第1話 提督が到着しました
それは遡る事五日ほど前の事。
それまで自分は、州海軍の誇る鎮守府の一つである『呉鎮守府』の参謀部に勤務する一介の参謀の一人に過ぎなかった。
所が五日ほど前、突如上官から当てはまる理由も思いつかぬまま呼び出され、部屋へと赴くと。
そこには、鎮守府の長である呉鎮守府司令長官の姿があったのだ。
「飯塚少佐、いや、飯塚中佐と呼ぶべきか。昇進おめでとう。……そして、我が呉鎮を離れても、この呉鎮での日々を、どうか忘れないでくれよ?」
自分にとっては、予想もしていなかった人物との面会に緊張してロボットのような返事をしてしまうと言う、そんな状態を他所に。
呉鎮守府司令長官や居合わせている上司は、とんとん拍子に話を進めていく。
「飯塚少佐、本日付をもって貴官を極東州海軍中佐とし。また、オセアニア州並びにヨーロッパ州、北アメリカ州との……」
「栄転だ。呉鎮の一員として恥じぬ言動をもって……」
緊張から、自分自身の思考回路の処理能力が低下している事等露知らずに、二人はどんどん話を進めていく。
そして気がつくと、真新しい中佐の階級章に辞令の入った茶封筒を手に、自分は部屋を後に参謀部の自分のデスクに腰を下ろしていた。
が、そこでも、もう既に話が回っていたのか、先輩や同僚から祝福の声などを浴びせられ。
漸く思考回路の処理能力が正常値に戻ったのは、その日の職務を終え、自宅アパートに戻った時であった。
「……マジかよ」
時間帯もあったが、もう精神的に疲れすぎて声を張って驚く気力もなく、零れるように驚く。
改めて辞令に目を通せば、そこには『ラバウル統合基地』の文字と、『配属』の文字が紛うことなく横並びしている。
ラバウル統合基地。
名前の通り、オセアニア州はパプアニューギニア管区内のニューブリテン島、同島の東に位置する一地方都市に設けられた海軍基地である。
同基地はオセアニア州内に設けられているものの、極東州のみならずヨーロッパ州や北アメリカ州が共同使用する巨大基地として整備されている。
同基地はオセアニアの海のみならず、東南アジアの一部の海の平和を日々守る国際地球連合の一大基地のひとつとして周知されている。
因みに、シーレーン的に価値が低いと思しきヨーロッパ州と北アメリカ州が同基地に戦力を置いているのは、リセットデイ以前、オセアニア州内に海外領土を有していた事が由来ではないかと言われているが。
私的には、パワーゲームの一端ではないかと考えている。
話が少しそれたが、辞令の文章を読むに、自分は呉鎮守府からラバウル統合基地に異動となった事を意味していた。
しかも、提督と言う新しい肩書きアンド昇進付きで。
さて、そこから準備はとんとん拍子に行われた。
引継ぎに荷物整理、挨拶回り等々。必要な手続きや荷造りなどを経て、十時間前の事、ついに自分は日本の地を離れ遥遥ラバウルの地を踏むべく機上の人となった。
因みに、ラバウル統合基地には軍用飛行場も併設されている為、軍用機で行けば色々と楽な筈なのだが。
何故か移動には公共交通機関を用いる事になった。当然、軍服なんて着ていく訳にもいかず、ビジネスマンよろしくスーツ姿だ。
その為、パプアニューギニアへの直行便のある成田へと移動し、そこから飛行機でポートモレスビー・ジャクソン国際空港へ移動。
さらにそこから、目的地であるラバウル統合基地の在るニューブリテン島へと移動すべく、同島の中心地であるココポへの空の玄関口、トクア空港を目指して小型機に搭乗する。
こうして日本を出発してから約十時間。
遂に、自分は、南方の島、ニューブリテン島の地に足をつけるのであった。
「さてと、到着した訳だが……」
都市部の空港とは異なり地方の小さな空港の為、滑走路から直接空港ターミナルビルへと足を運ぶと、手続きを経て、到着ロビーへと足を踏み入れる。
そこで、事前に聞かされていた出迎え送迎の者を探す。
「確か、ウェルカムボードを持ってるって……」
行き交う人々の間を縫うように移動し、それらしい者を探していく。
「ん?」
と、到着ロビーの一角に、明らかに仕事や旅行なんて次元じゃない格好をした三人の人影を発見する。
三人の近くを通り過ぎていく人々は、明らかに三人と目を合わさない様に顔を伏せ、足早に通り過ぎていく。
しかし、そのようなあからさまな態度をするのも当然だろう。
何故なら、センターに立つ男性は、牛柄模様のご丁寧に耳と尻尾まで付いた全身タイツで身を包み、その目元には、OZBのアルファベットを模した謎の眼鏡を装着しているからだ。
恐らくあれか、あのアルファベットの並びはオージー・ビーフの頭文字なのだろうか。全身タイツの柄からして。
あのような格好をした者の前を、平然と素通りできるものだろうか。
少なくとも、自分は無理だ。
さて、そんな危ない格好をした者と関わろうとするなど正気の沙汰ではない。
が、見つけてしまった。彼と嫌でも関わらなければならない証拠を。
「マジかよ……」
センターの男性がその手にしていたのは、紛れもなく、ウェルカムボード。
しかもそこには『Welcome to Rabaul ハジメ イイヅカ』と、どう見ても自分の名前が書かれているではないか。
と言う事は、あの危ない格好をした者が出迎え送迎の者と言う事になる。
だがしかし、だがしかし。あれもうどう見ても。見ただけで分かる。ヤッバイ奴やん。
しかもそんな危ない格好の後ろに控える、女性二人。それも、あのOZBの謎の眼鏡を同じく装着している。
あぁ成る程、もう皆まで言うな、分かってる。ヤッバイ奴等やん。
「ん!?」
「あ……っ!?」
とまじまじと観察していると、不意に危ない格好の男性と目が合ってしまった。
刹那、あの三人組みが自分のもとへと足早に近づいてくる。
「もしかして、極東州海軍のハジメ イイヅカ中佐でありますか?」
「い、いえす……」
嫌でも間近で観察すると、あの男性、自分よりも一回り程背が高く、タイツを着ていても隠し切れない体格の良さを誇り。
その威圧感たるや、格好と体格が相まってかなりの威力だ。謎の眼鏡の奥のから垣間見える瞳が、怖いです。
「Welcome to Rabaul!! ヨウコソ、ラバウルへ!!」
「せ、せんきゅー……」
「申し遅れました、僕、オージー・ビーフマン!!」
見事なまでの真っ白い歯を見せ付けて自己紹介したが、それ、キャラ付けか、役作りなのか。もしかして素なのか。
思った通り、関わったらアカン奴やん。
「極東州の皆! オージー・ビーフ大好きぃ~?」
「え?」
「極東州の皆! オージー・ビーフ、食べてるぅー?」
「は?」
何故か両手で聞き耳立てて反応を窺ってるが、どう考えてもまともに反応できる訳ない。
そもそも、こんなの突然目の前で見せられたら恐怖でしかない。
「エコノミークラス症候群になりそうな皆、元気に体を動かして健康を取り戻そう! ビーフタイソウ、はじめーっ!」
いつの間に持ち替えたのか、その手にはウェルカムボードではなくパック詰めされた肉の塊が。しかも女性二人まで、いつの間にか同じものを持っている。
「ハイハイ、ハイハイッ! ハイカロリーステーキセット!!」
「ホッホッホッホッ! ホーットサンドーッ!!」
そして始まった、三人による謎の体操。
もう完全にどう反応していいか分からず、ただ呆然と体操を眺めているしかなかった。
「それじゃ、極東州の皆! これからも一杯、オージー・ビーフ食べてね!! じゃ!」
こうして一通りやり終えた三人は、最後に大雑把な会釈をすると、何処かへと姿を消してしまった。
「えぇーっ!?」
まさかこの流れで置いてけぼりにされるとは思ってもいなかったので、思わず大きめに声が漏れてしまう。
見ず知らずの土地で謎の歓迎を受けて、その後まさかの置いてけぼり。
もうやだ、帰りたい。