転生提督の下には不思議な艦娘が集まる   作:ダルマ

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幕間 秘書艦体験

 それは今や日課となった、執務室での書類仕事を行っていた時の事。

 室内に設けられている秘書艦用の机で、自分と同じく書類仕事を行っていた河内が、例の如くぶうたれ始めたのが始まりだった。

 

「なぁ、提督はん」

 

「何だ……」

 

「やる気が急速潜航してもうた」

 

「そっか、ならさっさとメインタンク・ブローしろ(すべこべ言わずに手を動かせ)

 

 視線を上げることなく、軽くあしらいながら河内の相手をしていると。

 不意に、机を叩く音が聞こえてくる。

 

 その音に反応するように顔を上げ河内の方へ視線を向けると、そこには立ち上がった河内の姿があった。

 

「提督はん! 提督はんには優しさってもんがないんか!? あたしを気遣って休憩してきていいよって言ってくれる優しさはないん!?」

 

「いや、優しさも何も。真面目にちゃんとしてくれてれば配慮もするが、真面目にやる事やってない者には配慮もへったくれもないだろ」

 

 今の河内の主張は只のわがままだ。

 と、一刀両断して、再び書類仕事に戻るべく視線を下ろそうとした矢先。

 

 再び河内が机を叩き、視線が下ろされる事はなかった。

 

「あほ! もうええわ! 提督はんがそんな冷たい男やったとは思わんかった! あたし、実家(工廠)に帰らせてもらいます!!」

 

「はぁ?」

 

 訳の分からない事を言い残し、河内は勢いそのままに執務室を後にする。

 勢いよく閉められた執務室の扉を半ば呆然と見つめる事幾分か、やがて思考が正常に戻り始めると、最初に飛び出したのは溜息だった。

 

「はぁ……。まったく」

 

 額に指を当て、今回の河内の言動にどう対処したものか考えを巡らせる。

 然程無理を強いるような仕事量を与えているつもりはないし、適度に一休みは設けているつもりなのだが。それでもまだ不満だと言うのか。

 

 まったく。これじゃ他の艦娘()達に示しがつかない。

 

 とはいえ、自分にもわがままを助長させた原因があるのかも知れない。

 甘やかしているつもりは、ない筈だが。

 

 よし、ここは後の為にも、ガツンと言おう。

 

 

 考えを纏め終えると、執務室を後に、河内が言っていた工廠へと足を運ぶ。

 毎度のことながら鉄と油と炎の匂いが充満し、屋外とは異なる熱気をそこかしこから漂わせている工廠内。

 その一角にあるプレハブ事務所へと足を踏み入れると、目当ての人物は直ぐに見つかった。

 

「やっぱりいた。おい河内、戻るぞ。戻って仕事だ」

 

 椅子に座り背中を丸めていた河内を見つけると、早く執務室に戻るよう言葉をかける。

 しかし、手にした湯呑を見つめながら、河内は一向に立ち上がろうとしない。

 

「はぁ……。河内、お前は飯塚艦隊の旗艦で秘書艦なんだ。他の皆の手本となるべき立場なんだぞ。だからいい加減……」

 

「……で」

 

「ん?」

 

「ええ事思いついたで! 提督はん!」

 

 しかし、突如何を思いついたのか立ち上がると、自分の顔を見据えて、先ほどの不機嫌さなど微塵も感じさせず語り出す。

 

「一日秘書艦体験や! 他の艦娘()達に一日、あたしの代わりに秘書艦してもらうねん!」

 

「それの何処がいい事なんだ……」

 

「あたしは秘書艦の仕事をサボ……、やなかった。普段秘書艦をしてたら出来へん事に専念できる。で、一日秘書艦体験する艦娘()には将来秘書艦を任命された時に備えて貴重な経験を積める」

 

「で、自分にはどんなメリットが?」

 

「提督はんには、……あたしの事で頭悩ませんで済む!!」

 

 河内の口から語られた内容を聞き、そのあまりの馬鹿馬鹿しさに、もう、溜息も出なかった。

 

「……よし、帰るぞ」

 

「だぁぁっ! 待ってや提督はん! お願い、せめてお試し、お試しさせて!!」

 

 強硬手段とばかりに手を引っ張っていこうとするも、踏ん張る河内。

 

「だ、め、だぁぁ!」

 

「おねがいやー! お試しさせてや!! もしお試しさせてくれへんかったら、もう一生ここ離れへんで!!」

 

 意地でも楽できる方法を試したい河内、そんな河内の意地に影響され、自分も意地でも執務室に連れ帰ろうとする。

 まさに意地と意地とのぶつかり合い。

 だったが、その勝敗は、第三者の介入によって流れる事となる。

 

「あの~、お二人とも。ここは夫婦喧嘩する所ではないんですけど」

 

 自分と河内の騒ぎに気付きやって来たのか。

 気づけば、明石他工廠の妖精達が事の成り行きを見学していた。

 

 結局、作業の邪魔になると感じ、その場は一旦河内を説得し執務室へと移動する事になった。

 

 

 そして、執務室へと戻ると、再び勝負を再開する。

 

「大体、他人を巻き込んで楽したって、結局はいつか自分に負担が跳ね返ってくるだけだぞ!」

 

「そんなんわからへんやん!」

 

「そもそも、秘書艦経験のない艦娘()達にいきなり秘書艦の仕事はキツいだろ」

 

「誰かて最初は素人や! せやから何事も体験して経験を積んでもらう為に提案してんねや!」

 

 ああ言えばこう言って、勝負は平行線のまま時間だけが経過し。

 やがて、決着の瞬間は、訪れる。

 

「……はぁ、分かった。ならお試ししてみようじゃないか?」

 

「ホンマ! おおきに!!」

 

 その結果は、自分が根負けするというものだ。

 

「ただし、お前が期待しているような結果は訪れないとは思うけどな」

 

「んな訳ないやん、大丈夫や大丈夫」

 

 笑顔でウキウキな河内を他所に、自分は近い将来河内が泣きながら書類と向き合う未来を思い浮かべながら、再び河内に声をかける。

 

「じゃ、明日早速お試しするから、今日の分はきっちりと仕事をするんだぞ」

 

「了解や!」

 

 こうして、その日はそれ以降河内がぶうたれる事無く、無事にその日の業務は終わりを告げた。

 

 

 

 そして翌日。

 昨日の電撃発表によって実行されるに至った一日秘書艦体験。

 その第一号として一日秘書艦を務める事になったのは、金剛であった。

 

「HEY! 提督ぅ! reportが出来たがったよ!」

 

 河内と違ってぶうたれる事もなく、静かに淡々と仕事をこなしてくれる金剛。流石は第三戦隊の旗艦を務めているだけの事はある。

 これは、案外秘書艦交代を検討してもいいかも知れないな。

 

「ありがとう、金剛。どれどれ……」

 

 金剛から出来上がった報告書を受け取り、その中身を拝見する。

 すると、そこに書かれていたのは『やった、分かった、compleat』の三文字。

 

「……え?」

 

「提督、どうしたデース? あまりにPerfectなreportに感動して声も出ないですか?」

 

「いやあの、金剛さん。これ、何?」

 

 例の三文字を指差し金剛に解説を求める。

 すると、金剛はそれですかと声を漏らすと、例の三文字の解説を始めた。

 

「a regular meetingを行ったの『やった』、参加者の皆がContentを理解していたの『分かった』、無事に終了して大成功の『compleat』ネー! 簡素で分かり易くていいでしょ?」

 

「金剛、これじゃ駄目です」

 

「why!?」

 

 幾らなんでも簡素すぎる内容に、金剛に再度書き直すように指示するのであった。

 

 

 それから時が経ち午後の業務が開始。

 あのまま金剛を秘書艦にしておくと再提出の嵐となる為、急遽、一日ではなく半日秘書艦体験へと変更し、新たな艦娘()が秘書艦としての任を引き継ぐ。

 その者の名は、響。

 

「司令官、報告書だよ」

 

「お、ありがとう」

 

 金剛同様静かに仕事を行う響。

 最初こそたどたどしかったものの、飲み込みが早いのか、今では特に助け舟を出すこともなく仕事に励んでいる。

 そして、そんな響が書いた報告書を受け取ると、その中身を確認していく。

 

「何々……。『訓練、トレーニングとも言うよ。基本的には馴れるまで継続させて練習させる事だよ』『対空、航空機などによる空からの攻撃に対することだよ』、何これ?」

 

「注釈だよ、既述の文章や専門用語に対して補足や説明、解説を行う事だよ」

 

「響、枠を埋め尽くすほど注釈はつけなくていいんだ」

 

「ハラショー」

 

 金剛に比べれば簡素すぎる事無く適度に内容は書かれていた。

 しかし、その端々には、注釈をつけなくてもいいような単語にまで注釈が付けられ、もはやどれが本題だが分からなくなりそうな事になっていた。

 

 結局、再提出を指示して数十分後。再び提出された報告書は、キリル文字で書かれていました。

 

「響。すまねぇ、ロシア語はさっぱりなんだ」

 

「Нет, командир……」

 

 言葉の意味が分からなければもはや返す言葉もなく。

 再び再提出を指示するのであった。

 

 

 頭の痛くなる初日を無事に終えた翌日。

 今度は英語もロシア語も話すことも書くこともない人選で、半日秘書艦体験二日目を迎える事となったのだが。

 

「今日は秘書艦の日ーっ!」

 

 張り切っていた子日が書いた報告書は、全ての文章の語尾に『の日』が付けられていて、読みにくいものであった。

 

 時が経ち、午後からの業務は漣が秘書艦を勤める事になり。

 受け取る寸前になって気がついたのだが、報告書を受け取って中身を確認すると、案の定、サブカルチャーな語録の羅列がそこには書かれていた。

 ご丁寧に、お手製の顔文字と共に。

 

「ご主人様、どうどう?」

 

「可愛いけど、報告書としてこれは駄目だな」

 

「駄目だお?」

 

「駄目です」

 

「しょぼーん」

 

 結果、二日目も再提出の嵐は巻き起こり。

 二日間の秘書艦体験をお試しした結果分かったのは、自分が疲れるということだった。

 

 

 

 そして、翌日。

 

「提督はん、戻ってきたでー!」

 

 お試し期間を過ぎたので本日より再び秘書艦として戻ってきた河内。

 この二日間秘書艦の重荷から解放されリフレッシュし、晴れやかな笑顔と共に執務室にやって来た彼女を、自分は迎えると、とりあえずはいつも通りを装う。

 

 しかし、彼女が秘書艦机の椅子に腰を下ろしたそのタイミングで、椅子から立ち上がると、彼女の元へと近づいていく。

 

「ん? どないしたん、提督はん?」

 

「河内さん。二日間、楽しかった?」

 

「楽しかったで。せやけど提督はん、なんや他人行儀やな」

 

「……自分はね、全然楽しくなかったよ」

 

「そ、そうか。まぁ、提督はんはあたしらには分からん色々な責任とかあって大変やろうし……」

 

「でね、河内さん。そんな楽しかった二日間を満喫した河内さんに言いたいことがあるんだ」

 

「な、なんや、ちょっと怖いで、提督はん」

 

 少々引いている河内を他所に、自分は手にした書類の束を彼女の目の前に差し出すと、続けて、差し出した書類の束の意味を説明し始める。

 

「これ、二日間で河内の代わりに秘書艦を勤めてもらった艦娘()達の書いた報告書」

 

「そ、それが、何か……」

 

「悪いが河内、これ全部、明日までに訂正して提出してくれるか」

 

「えぇぇっ!? な、なんでなん!! なんで本人やのうてあたしが!?」

 

「本人達は各々任務でいない。だから河内、艦隊旗艦であり秘書艦にして彼女たちの上官であるお前が、これを訂正するんだ、いいな?」

 

「ちょ、ちょっとまってや提督はん! 上官って言うたら提督はんやって……」

 

「河内、そもそもこの書類の束を産み出した原因はお前にあるんだぞ。言ったよな、お前が期待したような結果は訪れない、負担は跳ね返るだけだって」

 

「う、うぅ」

 

「言っておくが、期限の延長は一切なしだ。もし期限を過ぎれば、その時は……。分かってるな?」

 

 結局の所、河内の浅はかな考えは、彼女自身の首をしめるだけの結果となり。

 その日、河内は秘書艦机に貼り付けにされたかの如く、食事の時以外机から放れる事はなかった。

 

 そして、期限までにきっちりと訂正を行い書類の提出を終えた河内は。

 暫く、真っ白に燃え尽きた姿を晒しながら、自身の浅はかな考えに後悔の言葉を漏らし続けるのであった。




いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます。

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