加賀さんに鳳翔さん、そして龍驤の三人の空母を新たに迎え入れてから早いもので数日が経過していた。
加入翌日から早速始められた各種訓練において、鳳翔さんの丁寧で優しい指導に対し。
加賀さんと龍驤が自主的に立案し行う訓練の、そのスパルタとも言うべき濃厚な内容に悲鳴を挙げる駆逐艦の
今では、悲鳴を挙げる事無く訓練についていけているようだ。
「五月雨さん! 機銃はもっと引き付けてから撃って! 子日さん! 舵を切るスピードが遅い!」
「す、すいませんっ!」
「うぅ~、スパルタぁ~」
「熱血指導クマー……」
「へっ! オレにはこれ位が丁度いいけどな」
「球磨さん、天龍さん! 無駄口は謹んでください!」
「す、すまんクマ……」
「お、おう」
「提督様。お見苦しい所をお見せしました」
「いや、いいよ。加賀さんの貴重な熱血指導ぶりが見られたからね」
「……恥ずかしいです」
頬を赤らめ少々俯く加賀さん。しかし、それも束の間。
瞬時に気持ちを切り替え通信機越しにテキパキと訓練中の
さて、今自分が一体何処にいるのかと言えば、それは加賀さんの艤装内。
艦橋に設けられたアドミラル・シートに腰を下ろしている。因みに、加賀さんも艦長席に腰を下ろし矢継早に声を飛ばしている。
もう既に薄々気づいているかとは思うが、現在自分を乗せた加賀さんの艤装は、訓練海域の大海原の上に浮かんでいる。
加賀さんをメインの対抗役に龍驤を補佐として、現在防空訓練の真っ最中なのだ。
自分はそんな訓練の様子を、双眼鏡片手に見学している最中である。
演習用の爆弾を搭載した九八式艦上爆撃機の編隊が、一糸乱れぬ機動で今回の訓練に参加している駆逐艦や軽巡洋艦に襲い掛かっている。
因みに、そんな訓練に自分が同行見学しているのは、一種の気分転換だ。
勿論、加賀さん達部下の艦娘達の頑張りを間近で見てみたいという気持ちも含まれている。
なお、同行しているのは自分だけだ。河内は、今も官舎の執務室で書類と格闘している事だろう。
「艦長! 訓練中の第一中隊中隊長より入電」
「内容は?」
「搭載爆弾を全機使い果たしたとの事です!」
「そう。……確か今回積み込んでいた演習用の爆弾は先ほど補給したので最後よね?」
「は!」
「では、第一中隊は全機帰還するように伝えて。……龍驤さん、聞こえますか?」
「お~、聞こえとんで」
「今回はこれにて訓練を終了します。警戒機を戻してもらって構いませんよ」
「さよか。なら帰りは頼むで、加賀」
「はい、お任せください」
程なくして、訓練の終了を告げる加賀さんの声が他の面々に伝わるや、各々やっと終わったと安堵の声が漏れ聞こえてくる。
「皆さん! まだ錨を下ろした訳ではありません! 地に足を付けるまで油断しない!」
が、最後まで気を引き締めろとばかりに放たれる加賀さんの一言で、目には見えずとも他の面々は再び背筋を伸ばした事だろう。
「第一中隊の収容状況は?」
「後三分ほどで全機収容完了です!」
「分かりました。では第一中隊収容後、直ちに警戒の直掩機を上げてください」
それからキッチリ三分後。
飛行甲板に設けられたカタパルトから、直掩の九九式艦上戦闘機二一型が大空へと目掛け放たれるのであった。
そして、数十分後。
訓練に参加していた
程なくして、錨が下ろされると、艦娘達が艤装から下船していく。当然、その中には自分の姿もある。
「いい気分転換になったよ。ありがとう」
「提督様のお役にたてて光栄です」
タラップを下りて加賀さんに感謝の言葉を述べると、少し頬を赤く染めて言葉を受け取る加賀さん。
「提督~。イチャイチャしてないで球磨達にも労をねぎらうクマ~」
と、球磨がそんな自分達の間に割って入ってくる。
刹那、加賀さんの目の奥から、元戦艦としての何かが放たれる。
「!! クマッ!」
「球磨さん。提督様は別にイチャイチャなどしていません。勘違いなさらないように、いいですね?」
「い、イエス、マムッ! ……クマ」
目に見えないそれは見事球磨を貫き、球磨は、まるでゼンマイ仕掛けの人形のように、ガチガチの敬礼を行うとバースを後にするのであった。
「さぁ、提督様。提督様も残っておられるお仕事を片付けてくださいね」
「あ、はい」
目の奥は再びあの柔らかなものへと戻ったものの、やはり加賀さんは加賀なのだと思い知らされるのであった。
そんなバースでの一幕を経て、官舎の執務室へと戻ってきた自分は。
秘書艦用の机に突っ伏している河内に声をかける。
「おーい河内。言っておいた書類は片付いたのか?」
「んー、片付いたで」
「お、そうか。それはご苦労」
もしかするとまだ残っているかもと思っていたが、案外やればできるじゃないか。
「じゃ、そんな頑張った河内にご褒美をやろう」
「え!? 何々!?」
ご褒美と聞いた瞬間、河内の背筋が九十度から百八十度へと切り替わる。
そしてその瞳には、煌めくばかりのお星さまが見える。
「もったいぶらんとはよ教えてや!」
「聞いて喜べ。なんと!」
「なんと!?」
「追加の書類だぞ!」
執務室に戻る道中で大淀から受け取った新しい書類を、笑顔と共に河内に差し出す。
刹那、河内は再び机に突っ伏すと、恨み節を呟き始めるのであった。
「なんやねん、ホンマなんやねん。折角期待しとったって言うのに。ありえへんやろ……」
「おーい、河内?」
「そこは普通。河内いつもほんまありがとう、これ日頃のお前への感謝の気持ちや。とか言って、お菓子の一つでも差し出すとこやろ」
「か・わ・ちさーん」
「アホ、ボケ、フツメン」
「顔は関係ないだろ……。はぁ」
まさかここまで落ち込むとは思ってもいなかったので、少しばかり悪戯しすぎたと内心少々反省する。
「河内、ほら顔上げろ」
「なんやねん。乙女の純情弄んだくせに」
「自分で乙女って言うか……」
確かに黙っていれば乙女だが、と喉まで出かけた言葉を飲み込むと、手にしていた書類を河内の机に置き。
そして、ポケットから、新しいものを取り出す。
「ほら河内。顔上げろ、さっきは悪かった。これやるから機嫌直してくれ」
「ん?」
少しばかり顔を上げ、自分が差し出しているものを確かめると。
刹那、河内の背筋は百八十度に瞬時に切り替わるのであった。
「やっぱ提督はんは分かってんな! おおきに!!」
差し出したそれを掠め取る様に受け取ると、河内のご機嫌メーターもダウンからアップへと振り切れるのであった。
まったく、本当に現金な奴だな。
因みに、河内に差し出していたのは、
こうして河内の顔がキラキラになった所で、自分は自身の指定席へと腰を下ろし。
執務机の上にいくらか置かれた書類の片付けを始めていく。
「失礼します、先輩」
「ん?」
書類に手を付け始め最初の一枚を片付け終えた所で、執務室に谷川が入ってくる。
「どうした?」
「は! 実は先ほど基地司令部から連絡がありまして」
「基地司令部? 内容は?」
「は! 哨戒中の機がはぐれ、或いは威力偵察と思しき深海棲艦の小規模艦隊を発見。これを直ちに撃滅せよとの命令です」
手にした書類に目を通しながら、命令の内容を簡素に告げる谷川。
谷川が告げる命令の内容を聞きながら、自分はいくつかの確認事項とその答えによるいくつかの想定されるパターンを頭の中に並べていく。
「敵小規模艦隊の内訳は?」
「重巡一、軽巡二、駆逐艦三です」
「戦艦や空母と言ったものは確認されていないんだな?」
「はい」
戦艦の砲火力も空母の艦載機による長槍もない。ならば、空母を含む戦隊で一方的な攻撃が有効か。
勿論、伏兵の可能性も捨てきれないので万が一に備えて手は打っておくか。
「分かった。では第三戦隊と第四戦隊に召集を。河内、行くぞ」
「ん? あぁ、待ってや提督はん!」
大谷が召集の為退室し、自分も会議室へと足を運ぶべく必要な物を手に取ると、輝きの世界から現実世界へと戻ってきた河内を引き連れ執務室を後にする。