谷川達に一声かけ、自分達の官舎を後にすると、一路チェザリス中佐の官舎を目指して基地内を歩く。
日本では秋口と呼ばれる時期であっても、ここラバウルの地では年間を通しても平均最低気温が二十度を下回るのは希少な事だ。
更に付け加えれば、十二月であっても最高気温の平均値は三十度前後にもなる。
故に、建物の空調完備は必須だ。自分の官舎も含め、快適な職場環境の整備は必要不可欠。
だが、屋外となると、残念ながら空調の整備はしようがない。
扇風機を置いて使えなくもないだろうが、残念ながらそれは点を作り出すだけで、面での効果は全くない。
よって、炎天下の中、自分達は目的地を目指して歩き続ける。
「あ~、あづいぃ~」
フル回転させた頭の疲れに追い討ちをかけるかのごとく状況に、河内の不快指数は急上昇しているようだ。
「ぶうたれるな、自分なんてお前より暑苦しい格好してるんだぞ」
「せやけど提督はん、今日は一段とあづいぃ」
「……はぁ、なら帰りに
「了解や!!」
アイスという単語が出た途端、河内の体感温度は快適数値へと瞬時に変化したようだ。
本当に、羨ましいほど現金なやつだ。
歩くこと数分、基地内の一角に世界遺産が現れる。
勿論本物ではない、妖精さんがリクエストした当人のリクエストに可能な限り応えて造り上げた風な建造物。
それが、ドゥカーレ宮殿と呼ばれるイタリアを代表する世界遺産に酷似した、チェザリス中佐の官舎であった。
「うわぁ、ごっつい個性的な官舎やな。こんなんと比べたら、あたしらん所、むっちゃ地味やん」
「地味には地味なりにいい所もあるんだ。ほら、行くぞ」
他の提督達に比べれば圧倒的なまでの無個性だが、それもそれで味があったり利点がある。
と、まるで自分に言い聞かせるように河内に私語を慎むように注意すると、官舎の正面出入り口へと足を進める。
その個性的な官舎の出入り口へと赴くと。そこには、まるで門兵の如く出入り口を監視する二人の警備員の姿があった。
M33型ヘルメットを被り、カーキ色の熱帯用水兵服と短ズボン。それに、足元にはゲートル代わりにレギンスを着用している。
そして目を引くのが、『サムライベスト』と呼ばれる大戦時のイタリアのエリート部隊に支給されていた後のタクティカルベストの走りとも呼べる装備だ。
おそらく肩にかけている短機関銃、ベレッタ Modello 1938Aの予備弾倉を収納しておく為に装備しているのだろう。
警備員達の装いは、一部独自の装備が見られる以外は、ギリシャの戦いやトブルクでの戦いで功績を挙げた大戦時にイタリア海軍が有した陸上部隊。
サン・マルコ海兵連隊を参考にしていた。
その装いからおそらく、ラバウル統合基地司令部が管轄している警備人員ではなく。各提督が独自に設けることの出来る警備隊の隊員だろう。
「失礼、そこで止まっていただけますか?」
等と、警備員を観察していると、自分と河内の存在に気がついた一人が声をかけてくる。
幾ら基地内だからとはいえ、やはりほいほい第三者を官舎に通していては、職務怠慢だ。
「失礼ですが、今回やって来たご用件は?」
「チェザリス中佐から合同訓練に関する提案を受けたので、その打ち合わせに」
「……お待ち下さい、今、確認いたします」
警備員の側も、自分と河内の格好を見て何者であるかをある程度察したのだろう。
丁寧な質問を自分に投げかけると、自分も相手側を刺激しないよう丁寧に答えを返す。
すると、もう一人の警備員にアイコンタクトを送るや、アイコンタクトを送られた警備員は、やや駆け足気味に正面出入り口の脇に設けられている詰所へと確認に向かった。
それから暫くして、再び駆け足気味に詰所から戻ってきた警備員は、待っていた相棒に軽く頷きアイコンタクトを送ると、確認できた旨を話し始める。
「確認が取れました。間もなく案内の者が来るとの事ですので、もう暫くお待ち下さい」
「ありがとう」
こうして無事に自分と河内が客人であると分かってくれた所で、少々張り詰めていた空気が和み始める。
と、空気が緩んだせいなのか。案内の者がやって来る間、暇を紛らわせるかのように様々な考えが頭の中を駆け巡る。
自分の所も、そろそろ警備隊の都合をつけるべきだろうか。
今はまだ意見を聞かないが、その内休暇に基地の外に気分転換しに行きたいと言い出す
勿論。その他の事も考慮するとなると、万が一に備えて都合を付けやすい独自の陸上戦力は何れ必要か。
と、考えを巡らせていたが、ふと河内の声が聞こえて意識を戻してみると。
なにやら警備員と、いつの間にか親しげに話をしていた。
「それホンマ!?」
「あぁ、俺の故郷には美味いって評判だったビスコッティを作ってる店があってな。ガキの頃は、よくお駄賃片手に買いに行ったもんだ」
「ええなぁ、近所に美味しいお菓子屋さんがあるって憧れるわ」
「あ、あの! じ、自分は、お菓子ではありませんが、ライスコロッケは得意料理です!」
「お、ええなぁ、料理できる男ってやっぱええね」
ま、親しくなって何か不都合なことがある訳でもないので、特に注意する事もなく。
折角なので、自分も会話の輪に混ざろうと歩み寄った、その時。
「軍曹。職務中に、女性と楽しくお喋りですか?」
出入り口の方から、女性の声が飛んでくる。
声に反応して視線を変えれば、そこには一人の女性が立っていた。
艦橋を模したカチューシャを被り、肩甲骨のあたりから腰までの背部がざっくり開いたノースリーブの襟シャツ、しかし露出対策か白のケープを羽織っている。
赤いミニスカートにニーソックス。そんな服装を着こなすのは、眼鏡をかけた焦げ茶色の前髪ぱっつんボブカットの持ち主。
そう、前世でもゲーム内に登場した、ヴィットリオ・ヴェネト級戦艦四番艦、ローマその人だ。
「あぁ~、いや違うんだよローマちゃん。これは待ち時間の間、彼女が退屈しないようにと思って」
ローマの登場に、苦笑いを浮かべながら釈明を行う軍曹と呼ばれた警備員。
ローマに対して頭が上がらないのだろうか。
「……そうですか、では、そういう事にしておきましょう」
軍曹の釈明に納得したわけではなさそうだが、ローマはあまり軍曹との相手をしていられないと切り上げる。
「ご苦労様でした。後は私が案内しますので、軍曹達は元の職務に戻ってくださって結構です」
「い、イエス・マム!」
ローマの言葉に従い、門兵の職務へと戻る警備員二人。
そんな二人を他所に、自分と河内はローマと対面する。
「飯塚中佐、ですね」
「はい」
「はじめまして、私、チェザリス艦隊の旗艦兼秘書艦を勤めますローマです。よろしく」
ローマから差し出された手を軽く握ると、握手を交す。
握手を終えると、ローマは次いで河内とも握手を交し始める。
「飯塚艦隊旗艦兼秘書艦の河内や、よろしゅう」
「っ! よ、よろしくお願いします」
しかし、軽く握った刹那、ローマは何かを感じ取ったのか眉を動かす。
だがそれも一瞬の事で、程なくして二人は握手を終える。
「では、
こうして挨拶を終えると、ローマに案内され、自分と河内は正面出入り口を潜る。
正面で入り口を潜ると、その先に待っていたのは、外観同様に絢爛豪華な内装であった。
司令部としてはあまり必要とは感じられない絵画や調度品の数々。
まるで官舎を歩いていると言うよりも、本当に世界遺産の中を歩いているような錯覚に陥りそうだ。
「チャオ! ローマさん!」
「リベッチオ、廊下は走っては駄目といつも言ってるでしょ! それに、他の提督の前よ、ちゃんとしなさい!」
「はーい」
しかし、ここが世界遺産などではなく、れっきとした艦隊司令部の官舎である事は程なく再認識させられる。
廊下を元気よく走っていた一人の艦娘の存在が、それを再認識させてくれた。