世界が回る、ぐるぐると。
楽しい、嬉しい、解放感、幸福感、自由。負の感情のない世界。
目に見える景色はどれもが輝いて、でもそんな世界に踏み出す一歩は千鳥足。
あれ、おかしいな、真っ直ぐ歩けないぞ。
そんな時、ふと自分に手を差し伸べてくれる優しい王子様が現れる。
彼の名は紀伊、パーフェクトイケメンで、自分の頼もしい部下の一人だ。
その綺麗なマスクに気遣い抜群の優しい行動、もう同性だけど惚れてしまいそう。
とりあえず、お礼の言葉を述べておこう。サンキュー。
「提督、大分酔っているな」
何を言う、自分は寄ってなどいない。少しばかりシラフの時よりも楽しくて体が軽くて頭がポカポカしているだけだ。
「ほら、しっかりしろ」
紀伊に肩を貸してもらい、我が家へと向け足を進め始める。
あぁ、自分は幸せ者だ、こんなにも優しい部下に恵まれて。
「提督、大丈夫か?」
おかしいな、自然と目から心の汗が流れてしまう。
いかんいかん、紀伊が見ている、堪えるんだ、自分。
「……泣きたい時は思う存分泣くといい、俺は何も見ていないからな」
紀伊の優しさにより、自分の防波堤は決壊。止め処ない心の汗が目から滝のように流れる。
やがて、ひとしお心の汗を流し終えた所で、疲れたのか意識が暗転する。
次に意識を戻した時、肩を貸してくれていた筈の紀伊の姿はなく。
まるで吸い寄せられるかのように、自分は見慣れた建物、鉄と炎と油の世界、工廠目指して一人で歩いていた。
あれ、どうして工廠に向かっているんだ。いや、待てよ、そうだ思い出した。
建造しに来たんだ。
チェザリス中佐の意見を汲んで、艦隊に不足している重巡と潜水艦を建造する為に。
思い立ったら即行動。
ふらふらしながら工廠に足を踏み入れると、鼻を突く臭いに食道の奥から何かがこみ上げてきそうになるも。
何とか堪えてプレハブ事務所に到着すると、肌身離さず持っているタブレットを使い、いつものようにモニターに数値を入力しようとする。
だが、何故だろう、モニターに表示される数値がたくさん見える。
おかしいな、表示される枠は四つの筈なのに、三倍・四倍もの枠が現れて数字だらけで頭がパニックになりそう。
ん、あれ、どの枠がどの資源のだっけ。
上が燃料だっけ、いやボーキサイトだったか。
あれ、どれだけ入力すれば建造されやすいんだけっけか。思い出せない、イライラする。
あぁ、面倒くさい。思い出せないし、枠も一杯、鼻を突く臭いも気になるし、あぁ、イライラが収まらない。
もういい、適当だ。適当。
適当に入れちゃえ。で、建造開始のボタンを押す。
ポチっとな。
お、何か時間が表示されている。でも、おかしいな枠が重なって時間が分からん。
でも何となく、大分時間がかかる気がする。
そうだ、ここには丁度いい大きさのソファがあるじゃないか、あれに腰を下ろして待ってればいいんだ。
よっこらしょと。
あぁ、支えられるこの感覚、気持ちいい。
しかし、ふぁ、気持ち良すぎて眠気が。
あ、体が、倒れる。
そして再び、意識は暗転した。
「とく……、提督……」
誰だろう、誰かが自分の事を呼んでいる。
女性の声で優しく囁くように呼ぶ声が、何処か懐かしさを呼び起こさせる。遥か昔、母親に叩き起された時のようだ。
やがて、声だけでなく自身の体をユサユサと、声の主は揺らし始めた。
声と揺れのダブル攻撃で、夢と現実の狭間を漂っていた自分の意識は、現実世界へと誘われるのであった。
「ん?」
「起きましたか、提督?」
重たい瞼をゆっくりと開くと、視界には、覗き込むように見つめる見知った顔。明石の顔がそこにはあった。
「あれ? 明石。何で君が自分の私室に?」
「何を言ってるんですか、提督。ここは工廠の事務所ですよ」
「ん? え?」
一瞬明石が何を言ってるのか理解できなかった。
だが、意識が覚醒していくにつれ、体の節々から感じる違和感が脳を襲い、やがてそれは痛みを伴う。
「いて、痛てて」
痛みにより完全に意識が覚醒すると、上半身の起こして自身の状態を確認する。
明石の言う通り、周囲を見渡すと、そこは見慣れた私室ではなく。プレハブ事務所だった。
そして、自分はベッドではなく、大き目のソファをベッド代わりにして寝ていたようだ。
本来の用途とは異なるもので睡眠をとったものだから、その代償として体の節々が痛い。
「う~、頭もいてぇ」
「お水、持ってきますね」
「あぁ、助かる……」
更には、昨日の打ち上げの席での飲酒が確実に原因である頭痛や軽い吐き気が襲い掛かってくる。
しかし、自分の顔色の悪さを察してくれたのか、明石が用意してくれた水を口にすると、少しは症状も和らいだ気がした。
「ありがとう明石、少しは楽になった」
「いえ。……所で提督、昨晩遅くに建造を行ったんですか?」
「……え?」
建造、記憶にない言葉が明石から呟かれ、間抜けな返事を返してしまう。
「いや、建造した記憶なんてないんだが」
「でも、私がやって来た時から稼動してますよ、四つとも」
「四つぅっ!!」
そして、更に明石の口から漏れた稼動四つの言葉を聞いて、残っていた頭痛も吐き気も節々の痛みも、全てが一瞬にして吹き飛んだ。
「ちょ、え、まて。よっつぅ!?」
「は、はい」
自分の余りの驚きように若干引いている明石だが、今の自分にはそんな明石の反応などどうでもいい事だ。
今の自分にとっての一番の問題は、建造した記憶もないのに建造し、しかも上限一杯の四つ同時に行ってしまったという事実だ。
慌てふためく心を落ち着かせ、記憶の隅々まで昨晩の自身の一挙手一投足を思い出していく。
確か、打ち上げでチェザリス中佐に勧められるがままワインを飲んで、その後、どうしたか。
あれ、一人で帰ろうとした。いや、誰かに肩を借りていたような気がしなくもない。
駄目だ、完全に打ち上げ後から現在までの記憶が吹き飛んでいる。
「えっと、提督。油を注ぐような気もするんですけど、これ、一応建造時に消費した資材のリストです」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!!!」
思い出せずに半ば絶望していると、明石から手渡されたリストを拝見し、声にならない声を挙げて絶望へのゴールを決める。
オール999の最悪の数字は記載されてはいなかったが、それに迫るかのような数字の数々が記載され。合計欄には、もう目を覆いたくなるような数字がしっかりと記載されていた。
「……」
「提督? 提督!? だ、大丈夫ですか!!?」
明石の声が遠くなる。あぁ、真っ白だ。燃え尽きたよ、真っ白に、よ。
それから暫く、自分は明石の声にも反応せず、ただリストを眺める人形へと成り果てていた。