転生提督の下には不思議な艦娘が集まる   作:ダルマ

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第48話 新たな翼はバカヤロウ その2

 こうして無事に敵機動部隊を海の藻屑へと変え、立役者たる第二及び第三戦隊が暁に染まるラバウル統合基地へと帰港した報告を、自分は執務室で書類と対峙しながら受けた。

 本当はバースで出迎えたかったのだが、戦力拡充とそれに伴う任務の増大により、片付けなければならない書類は着任当初の数割り増しにもなっていた。

 その為、損傷した艤装のドッグ入り状況や入渠室でのメンテナンスの状況など、主だった報告を大淀の口から告げられながら、自分は執務室の定位置に貼り付けっぱなしだった。

 

 本来であれば食堂に行って夕食を取りたい所であるが、集中力がリセットされる恐れもある為。

 本日の夕食は、鳳翔さんが官舎の休憩室に隣接して設けられている簡易キッチンで作ってくださった、栄養満点和食定食だ。

 

 あぁ、このお味噌汁の丁度いい塩梅、五臓六腑に染み渡る。

 

 簡易キッチンで作ったとは思えぬその美味しさを存分に堪能し、お腹も心も満たされた所で、再び書類作業を再開させる。

 

 

 夜が更け始めた頃、最後の一枚を処理済の書類トレーへと入れると、やっと終わったとばかりに伸びをする。

 すると、やはり長時間同じ姿勢であった為、肩の辺りからポキポキと音が聞こえてくる。

 疲れた肩周りなどを解すべくセルフマッサージをしていると、不意に執務室の扉がノックされる。

 

「提督様、私です」

 

 入室の許可を求めてきたのは、加賀さんであった。

 入室を許可して執務室へと入室した加賀さんは、真っ直ぐ自分のもとへと歩み寄ってくると、訪れたその理由(わけ)を語り始めた。

 

「提督様、今回の空母対決を受けて、私、このままで提督様や艦隊の皆さんのお役に立てないのではと不安なのです」

 

 空母対決。加賀さんの口から漏れたその言葉は、おそらく先の航空戦での航空隊の損耗率の高さを指しているのだろう。

 最終的に報告書にて提示された今回の任務での加賀さん及び龍驤航空隊の損耗率は、両空母が艦隊に就役して以来、最悪の数字を叩き出していた。

 また、無傷で帰還を果たしたのも、両航空隊とも全体の五分程度。

 

 相手がエリートクラスであると言う要因もあるが、戦争である以上、対戦相手を選ぶ権限など何処にもない。

 故に、相手が悪かった、は体のいい言い訳でしかない。

 

「私達は、例え提督様たちと姿を似通わせていても、所詮は兵器です。ですから、命令であれば、例え劣悪な装備であろうと臆する事無く戦地にて敵と戦う覚悟はあります」

 

「……」

 

「ですが。解ってはいるのですが、湧き出てしまうんです……。私達は、提督様たちと同じ、心を持ってしまいましたから。だから、湧き出てしまうんです。恐怖や不安が」

 

「……それは、今後も第一線で使ってもらえるのか、という不安や恐怖? それとも、今後も戦っていけるのか、という不安や恐怖?」

 

「どちらも、でしょうか。……空母の本分は、搭載し運用する航空機の運用基地。故に、運用できる航空機が一線級でなくなれば、その空母は必然的に第一線から身を引かずにはいられません」

 

「成る程……」

 

「あの子達は、皆優秀です。それに、説明の際にも申した通り思い入れもあります。……ですが、先の空戦を経験し、満身創痍で着艦したあの子達の姿を目にして、思ったんです。このままではいけない、と……」

 

 ふと見ると、まるで悔しさやるせなさを滲ませるかのように、加賀さんは下唇を少し噛んでいた。

 

「私の戦歴を見た提督様ならお分かりと思いますが、軍艦であった頃、私は第一線を退き、中・高等訓練を行う空母として余生を過ごしました。その際、多くの雛鳥達を見送ってきました。その体験は、今となっても貴重で、素晴らしいものであったと思います」

 

 そこで加賀さんは、一度深呼吸し息を整えると、再び静かに、しかし力強く語り始めた。

 

「ですが、私はれっきとした航空母艦です。それも、後方で使われる為ではなく、最前線で、如何な戦艦であろうとなし得ない長い槍、そして艦隊を護る傘にもなり得る航空機を運用すべく産み出された、航空母艦です。……軍艦の頃は、否応なく第一線を退きました。ですが今は、違います。我侭と思われても構いません、私は、私は、これからも提督様の指揮の下、第一線で活躍していたいんです! 提督様のお役に立ち続けたいんです!!」

 

 普段の柔らかな物言いではない、その力強い訴え。

 加賀さんの気持ちが、それだけ本気であると言う証拠だ。

 

 であれば、こちらもその気持ちに、応えなければならない。

 

「なら、具体的には、どうしたいんですか?」

 

「……提督様のご許可がいただけるならば、現在装備している航空機よりも、更に高性能な航空機の配備を上申いたします!」

 

 空母の戦闘力は搭載し運用する航空機の性能に左右される。

 運用可能な範囲の中で最も高性能な航空機を運用できれば、必然的に第一線に留まっておける期間は長くなる。

 

 今回エリートクラスと初めて対峙したが、それが今後も続くとなると、現行装備の航空機では苦戦は必須。

 更に格上との対峙も考慮するとなると、現行装備以上の高性能機を欲するのは必然だな。

 

 予想はしていたが、はっきりと言葉にされると、やはり応えてあげる気持ちの入り具合が違うな。

 

「加賀さんは我が艦隊の貴重な航空母艦。ですから、これからもその活躍には期待しています。……故に、今回の加賀さんの申し入れ、受け入れましょう」

 

「本当ですか!」

 

 申し入れを受け入れる、その言葉が出た途端、加賀さんの表情が明るくなる。

 

「ありがとうございます、提督様!」

 

「そんな、頭を上げてください」

 

「提督様、私、いつまでも提督様の事を、お慕い申します」

 

 と、加賀さんの口から漏れた言葉に、一瞬返事が詰まった。

 それはどういう意味なのか、尊敬としての意味か、はたまた……。いや、尊敬として意味だろう。

 

 邪な考えを振り払うと、咳払いして、再び言葉を紡ぎ出す。

 

「それじゃ、忘れない内に開発してしまいましょうか」

 

「え、今からですか?」

 

「確かに、もう夜も更けてるので訓練飛行は出来ませんけど。開発するだけなら、日中でも夜中でも構いませんからね」

 

「分かりました。……では、工廠の方へ?」

 

「うん。あ、加賀さん、一緒に来てくれますか?」

 

「勿論です」

 

 こうして新型航空機の開発を行う為、加賀さんを連れて工廠へと向かうべく執務室を後にしようと扉のノブに手をかけようとした時。

 不意に、扉がひとりでに開き始めた。

 

「ん? あぁ、提督はん」

 

 と思ったのだが、扉の先には河内の姿があった。どうやら河内が先に開けただけの様だ。

 因みに、河内は少し前に娯楽施設の温泉に入りに行くと言っていた。

 それでだろう、微かに河内からシャンプーのいい香りが漂ってくる。

 

「なんや、どっか行くん?」

 

「あぁ、ちょっと工廠にな」

 

「え、こんな時間にかいな? ……あれ、加賀さんもおるやん?」

 

「ちょっと二人で新型航空機開発の為に工廠に行ってくる。……あ、そうだ。留守番、頼んだぞ」

 

 タイミングよく戻ってきた河内に執務室の留守を任せ、自分と加賀さんは、一路工廠を目指し満天の星空の下を歩む。

 空調の効いた官舎内と比べれば至極快適、とは言えないまでも、日中よりも過ごしやすい中、加賀さんと肩を並べて歩いていく。

 

 そして、あと少しで明りの消えない工廠へと到着しようとした時。

 不意に、聞きなれた声が自分を呼び止めた。

 

「なんや、満点のお星様の下で夜中の星空デートかいな?」

 

「……茶化すな、龍驤!」

 

「はは、堪忍、堪忍。……んで、本当は何しに行くとこやったん?」

 

 星空と基地内の明りに照らされ、呼び止めその者の姿はしっかりと確認できる。

 龍驤は、人懐っこい笑みを浮かべながら再び質問を投げかけてきた。

 

「工廠に、新型の航空機を開発しに行く所だ」

 

「新型! それホンマ!」

 

「あぁ、本当だ」

 

 目的地とその目的を伝えると、龍驤は途端に目を輝かせ始めた。

 これはもしかして、龍驤も加賀さん同様、今回の航空戦を経て新型高性能機の配備を痛感したのだろうか。

 

 これは、確かめてみる必要があるな。

 

「そうだ。龍驤、君も我が艦隊の貴重な航空母艦の一人だ。だから、龍驤、君の素直な意見が聞きたい」

 

「それ、おふざけなし、かいな?」

 

「あぁ、おふざけなし、だ」

 

 漂う雰囲気を察したのだろう、龍驤の表情から真剣さが伝わってくる。

 

「よっしゃ、分かった。ほな、真剣に答えよか」

 

「よろしい。では聞くが、龍驤。……そんな装備(現行装備艦載機種)で大丈夫か?」

 

「大丈夫や、問題な……。と、言いたいとこやねんけど。うちのゴーストが囁くねん。一番いい(高性能機種)のを頼む、ってな」

 

「よろしい。じゃ、一緒についてこい。龍驤の分も開発を行うからな」

 

「お、了解や!」

 

 真剣と言いながら少々ネタに走ってしまったが、これは仕方がないのだ。自分の中に流れる血が、真剣な場面でも笑いを求めてしまう。

 

 と、誰に対してかは分からない弁解を終えた所で。

 自分は新たに龍驤を引き連れ、三人で工廠の出入り口を潜るのであった。


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