私達は航空機を、九九艦戦二一型を操る装備妖精。固有名詞を持たない、名無しのパイロット。
でも、そんな私達にも上下関係は存在している。私達の直属の上官、それが隊長という存在だ。
隊長は私達にとって親代わりのような存在。
時に厳しく、けど時に優しくいたわってくれる。
前回の激しい戦いの中、翼を折られやられてしまい。
そんな無様な姿を晒してもなお、隊長は戻ってきた私に優しく声をかけ、ラムネを差し出してくれた。
この人と共に、翼を並べ戦い続ける。
そんな思いが芽生えるのは自然の事だった。
これからも、隊長と共に、艦隊の為何処までも戦い続けると誓った。
そんな、矢先の事だった。
隊長の口から、衝撃的な事実が伝えられたのは。
「どういう事ですか、隊長!?」
「皆、今までありがとう。本日をもって、私は隊長の任を退く事となった」
「そんな、嫌です! 嫌ですよ! 隊長……」
待機所に響き渡る他のパイロット達の声。
詳しい説明を求めて、隊長に詰め掛けている。
「先ほど、辞令がきたんだ。司令長官が機種転換開発を行われた、故に、私は隊長の任を退き、皆を後任の隊長に任せる事となった」
機種転換開発、確か現在運用している装備を資材にして新たな機種の開発を行う開発方法の一つ。
開発が成功すれば、上位或いは下位であっても、私達装備妖精は新たに開発された機種に錬度を引き継いだまま搭乗する事となる。
ただし、隊長は別だ。
隊長は言わばその機種の顔。つまり、新たに開発された機種には搭乗することは出来ない。
何故なら、既に新たな顔と言うべき隊長がいるからだ。
「心配するな。皆の隊長でなくなっても、私は皆の事をいつまでも見守っている」
「隊長!?」
「たいちょーう!」
「タイチョウッ!」
他のパイロット達が各々別れを惜しむ中、私は、何も言えずにただ隊長の事を見続けているだけであった。
と、不意に隊長が私の方を真っ直ぐ見つめると、柔らかい笑顔を、私に向けてくれた。
その瞬間、堪えていたものが、目から涙となって零れ始めた。
「隊長! お元気で!!」
そして、同時に声を張り、別れを惜しんだ。
「……それじゃ、時間だ。皆、私がいなくても、私が教えてきたことを忘れずにな」
手を振り別れの時を告げた隊長は、やがて、光の束となり私達の前から姿を消した。
私をはじめ、残されたパイロット達は、そんな隊長を敬礼して見送るのであった。
別れがあれば出会いがある。
前任の隊長との別れを惜しんでから数分後、気持ちの切り替えも整わぬ内に、待機所に私達の後任である新しい隊長がやって来た。
「オラオラ! アタシが新しい隊長だバカヤロコノヤロ!! アタシの新しい部下は何処のどいつだバカヤロコノヤロ!?」
そして、開口一番の言葉を耳にし、思った。
「あぁん? お前らがアタシの新しい部下達か!? ほーん」
私達の事を見つけるや、新しい隊長は早速私達を整列させ、私達の顔を一人一人確かめていきます。
「よーし、覚えた! ……いいか、よく聞けよバカヤロウ!! アタシが今日から、お前らの新隊長を務める事になった、空戦の神様・仏様・菅様こと菅だ! 夜露死苦なコノヤロウ!!」
後任の菅隊長は、前任の隊長とは違い、かなり男勝りな性格の方のようです。
そのルックスも、どちらかと言えば男っぽいです。
「いいか、お前ら! アタシが隊長になったからには、前隊長のように一切の甘えはないものと思え!! 分かったかバカヤロウ!!」
「アイ・マムッ!!」
「前隊長がどんな鍛え方してたかは知らねぇが、アタシは厳しくいくぞ!! 耳の穴かっぽじってよく聞け、今後は『月月月月月月月』の精神で訓練するから覚悟しとけよバカヤロコノヤロ!」
私達の前を往復しながら、菅隊長は今後の訓練方針を説明します。
ただ、その方針内容は、聞いただけでは少し理解し辛いものでした。
「あの……火水木金は何処に?」
それは他の子達も感じていたようで、堪らず一人の子が手を上げて菅隊長に質問をぶつけます。
「あぁ!? ンなもん、アタシの辞書に
すると、今日一番の威勢と共に言葉の意味が説明されました。
これは、相当ハードな訓練が今後私達に課せられそうです。
「あ? 何だよその顔は!? いいか、生き残りたきゃアタシの訓練について来いバカヤロコノヤロ! ついてくりゃ、必ず発艦から着艦まで五体満足でいさせてやるよコノヤロウ!!」
「で、でも……」
「ねぇ?」
「うんうん」
「かぁぁぁっ!! ならとっておきだ! 隊長就任祝いに、お前たちにとっておきの生き残る秘策を教えてやる!!」
とっておき、その言葉に、私達は一様に菅隊長に注目します。
「耳の穴かっぽじってよく聞けよ! いいか、生き残りたきゃ撃たれる前に撃つ事だ。で、その時の機動が『ガッときてダダッと撃ってガーッとやってドン!』だ、分かったかバカヤロコノヤロ!!?」
「……すいません、分かりません」
ですが、そのあまりに抽象的な内容に、思わず口々に本音が漏れてしまいます。
「ああぁぁっ!? ンだと!? お前らそれでもパイロットかぁ!? 分かんだろ、ふつうこれ位!!」
多分先ほどの説明で分かるのは貴女だけですと、その場にいる私を含め全員が一同に思ったのは想像に難しくない。
因みに、私達に理解されなかったのが悔しかったのか。
菅隊長は、私達が新しく搭乗する事となる三式艦戦天風の模型を使って、その後無茶苦茶
こうしてレクチャーも終了し、何とか菅隊長の言っていたことを理解すると、菅隊長は締め括りの言葉を語り始める。
「よーし、いいか。これからは返事の際や喋る際には、必ず語尾に『天風万歳』と付けろ、いいなコノヤロ!」
「あ……、アイ・マムッ!! 天風万歳っ!!」
「お前らがこれから命預ける相棒だ! その名を連呼して、骨の髄まで叩き込めバカヤロ!!」
「アイ・マムッ!! 天風万歳!!!!」
「上出来だバカヤロコノヤロ!! それじゃ、明日からお前らに地獄を見せてやるから、確りついてこいよバカヤロコノヤロ!」
そして、締め括りの言葉通り。翌日から、私達は地獄の日々を過ごす事となる。
翌日、朝日も昇らぬ内から叩き起された私達は、有無を言わさず早朝ランニングや腕立て等による基礎体力の向上訓練を行い。
朝食を取った後も、平衡感覚の強化の為と菅隊長から言われた特別訓練や、歩兵のようなフル装備でのランニング。
更には、固定された自転車を用いて、自転車競技の選手のようにひたすら漕ぎ続ける訓練。菅隊長曰く、持久力強化の為の訓練。
等などを経て、気づけば、実機を使っての実技。
訓練飛行を行う時間が差し迫っていた。
「いいか、お前ら! 今回の訓練飛行で、本物の空中戦闘機動って奴を見せてやるから、確り目に焼き付けろよバカヤロコノヤロ!!」
「アイ・マムッ!! 天風万歳!!!!」
「よし! いくぞ!!」
菅隊長の十二分過ぎる気合のもと始まった訓練飛行。
そこで、菅隊長はあろう事か、私達同様新たに機種転換して生まれた震電改航空隊との模擬戦を、司令長官に上申したのです。
「あの菅隊長、幾らなんでもあまりに突然ではありませんか……」
「あぁ!? ンなことねぇよ! つか、相手いねぇと本物の空中戦闘機動が出来ねぇだろうがバカヤロコノヤロ!!」
菅隊長の上申は受け入れられ、両航空隊選抜メンバーによる模擬戦が執り行われる事になりました。
そして、私達の航空隊からは、菅隊長の他、私も含め数人が選抜されることになり。
私は、菅隊長と初めて翼を並べて飛ぶ事になりました。
「ははははっ!! やっぱ空はいいなぁ、バカヤロコノヤロ!!」
無線機から聞えてくる菅隊長の声は、心の底から湧きあがってくる嬉しさに満ちているように感じました。
「っは!! いいぜっ! 脊髄まで響くこの負担! 迫る殺気!! これだよこれ!! やっぱ空戦はこうじゃなくちゃなコノヤロッ!! おらおら! プロペラ後ろに付いてようが前についてようが航空機は航空機だ!! とっとと落とすぞバカヤロコノヤロ!!」
そして、菅隊長が操る機体のその凄まじい空中戦闘機動に、私は目を奪われました。
あの人は、態度は悪いが、本当に空を愛し、パイロットとしての腕に誇りを持っている。
そう思うと、それまで少なからずくすぶっていた嫌悪感が、何処かへと消えるような気がしました。
「オラ五番機!! さっさと後ろ付いて護れよバカヤロコノヤロ!!」
「は、はい!」
菅隊長、この新しい隊長の下で艦隊の為何処までも戦い続ける。
操縦桿を握りながら、私は、そんな誓いを立てていた。
いつもご愛読いただき、本当にありがとうございます