その後も特に問題なく進行し、やがて打ち合わせは終わりを迎えようとしていた。
「あぁ、そうだ。観閲部隊と受閲部隊の役割分担については、君達の間で話し合って決めてくれ。それから……、打ち合わせには参加していないが、今回のミニ観艦式にはもう一人、『フロイト少佐』も参加する。彼女と役割分担について話し合うと同時に、今回の打ち合わせの内容を伝えておいてくれたまえ」
その直後、ベイカー基地司令はそう言い残すと、打ち合わせの終了を宣言し会議室を退室するのであった。
レギーナ・フロイト少佐。
打ち合わせには参加していないが、配布された資料にもその名が明記されている、自分と共に今回のミニ観艦式に参加が決定している先任提督の一人だ。
自分よりも二つほど年上の、ヨーロッパ州海軍に籍を置く、『モスクワ管区』出身の女性。
彼女の出身は、少しばかり特殊な出生を持っている。
世界が国境を廃止し八大州へと再編される中で、ヨーロッパ州とアジア州に跨る巨大な存在であったのが、ロシアであった。
内包する資源等、ヨーロッパ州もアジア州も、互いにロシアを取り入れようと譲らず。
紆余曲折を経て、落としどころとして、ウラル山脈以西をモスクワ管区としてヨーロッパ州に属させ。
ウラル山脈以東を、『シベリア管区』としてアジア州に属させる事で最終的に決着がついた。
そんな特殊な出生を持つ管区出身のフロイト少佐。
資料に添付されていた写真を思い出すと、北の地域出身らしく白い肌に綺麗なヴェーブのかかった金髪を持った、美しい女性だ。
更に写真では見切れていて全体は写っていないが、かなりのものをお持ちでもある。
「じゃ、俺とマッケイ少佐は観閲部隊でいいから、飯塚中佐とフロイト少佐で受閲部隊をやってくれ」
「え、いいのか?」
「ほら、やっぱ河内や紀伊みたいな迫力ある艤装を持ってる者が受閲部隊を務める方が、来観者の受けもいいだろ」
「でも、そういうなら、チェザリス中佐だってローマさんやカブールを……」
「あー。それはそうだが。……お、バランスだ! お互い中佐と少佐、綺麗にバランス取れてていいだろ!? な、マッケイ少佐もそう思うよな?」
「は、はい! 自分もチェザリス中佐の仰る通りだと思います!」
そんな彼女に打ち合わせの内容を伝える前に、自分を含めた三人である程度役割分担の話を決めておこうと思ったのだが。
事前の想像では、チェザリス中佐がいの一番にフロイト少佐と組みたい、と言い出すのかと思っていたのだが。
何故か、実際にはチェザリス中佐もマッケイ少佐も、まるでフロイト少佐と組みたくないかの如く、少々強引に役割分担が決められてしまった。
「あぁ、そうだ! 折角受閲部隊で組むんだから、飯塚中佐、フロイト少佐に打ち合わせの内容、確り伝えておいてくれよ」
「え!? ちょっと待って! 伝えるだけならわざわざ自分じゃなくても……」
「いやー、俺さ、この後色々と予定が立て込んでて忙しくて」
「マッケイ少佐は……」
「じ、自分も、暇がありませんので、すいません!」
何処かよそよそしく、互いにフロイト少佐とはあまり関わりを持ちたくないかの如く雰囲気を醸し出す二人。
何故そこまで、フロイト少佐を避けようとするのか。
ここは一つ、直球で尋ねてみるとするか。
「チェザリス中佐は、フロイト少佐の事が苦手なのか?」
「あーまぁ、そうだな。かもしれないな」
「てっきり、チェザリス中佐なら相手は女性だし、メロメロになるのかと思ってたんだが?」
「いや~、確かに、あの顔立ちにあのスタイルは、物凄く俺好みではあるものの……。やっぱり、相手があの"北海の女王"の異名を持つ女性提督じゃなぁ……」
「北海の女王?」
すると、チェザリス中佐の口から、フロイト少佐の事を避けている理由と思しき単語が零れる。
「何だ、飯塚中佐は知らなかったのか。……フロイト少佐が俺と同じヨーロッパ州海軍に籍を置いてるのは知っての通りだが。少佐は、
チェザリス中佐の口から語られたフロイト少佐の経歴は、凄いの一言に尽きた。
太平洋や大西洋等の広大な海域を有さぬ北海、そこにも、深海棲艦は出没し、隣接する管区の脅威となっている。
そんな北海を守護するのが、ヨーロッパ州はノルウェー管区のホルダラン県はベルゲンの西南にある州海軍が誇る基地の一つ、ハーコンスヴァーン海軍基地だ。
フロイト少佐はラバウルに異動する以前、同基地を拠点に活動を行っており。
大西洋や太平洋などの大洋に比べると、深海棲艦との遭遇率の高さは高く、それは激戦地と言い換えてもおかしくはない。
勿論、陸地からの支援も受けやすいが、それでも砲火が絶えることのない海域である事に間違いはない。
そんな北海で、フロイト少佐はソ連海軍をモデルとする艦娘達を指揮下に置いて戦っていた。
他のヨーロッパ海軍をモデルとする艦娘と異なり、オリジナルは外洋に出たこともなければまともな艦隊行動を行った記録も少ない彼女達。
しかし、そんな彼女達を率いて、フロイト少佐は着実に勝利を勝ち取り。
北海の女王の異名を得ると共に、自身も『大佐』の地位にまで上り詰めた。
所が、大佐に昇進してから暫くした後、先任の基地司令の後任として赴任したゲール少将なる新基地司令との間にトラブルを抱えた事から、フロイト少佐の栄光は暗雲低迷する事になる。
「ま、俺も直接その場を見たわけじゃないし、人伝に聞いたもんだが。……そのゲール少将に、公衆の面前で直接言い放ったらしい。『お前のような上官の顔色伺いしかしていない者の下では戦いづらい』ってな。しかも強烈なビンタ付きで」
その言動の結果。
例え北海の女王ともてはやされていても、上官に対して手を上げ、無礼な振る舞いをし恥をかかせた事を罰しない訳にもいかず。
二階級降格の上、武勲の立役者でもある部下の艦娘達も殆ど引き離され。そしてこのラバウルの地に飛ばされたのだとか。
「俺も
「自分も。フロイト少佐とは演習で言葉を交した事があるのですが。あの内から溢れ出る気概には、終始圧倒されっぱなしでした」
チェザリス中佐とマッケイ少佐の口から語られるフロイト少佐の人物像を聞き、漸く、二人が距離を置きたい
「ま、何れにしてだ。飯塚中佐、フロイト少佐の事は任せたぞ。んじゃ、そろそろ予定があるから失礼するわ」
「え!?」
「お疲れ様でした、飯塚中佐」
伝言役をまだ正式に決めたわけではないと自分は思っていたのだが、どうやら二人の間では、既に自分が伝言役になるとの事は決定済みだったようだ。
「あーそうだ、フロイト少佐に会いに行く際のアドバイスを一つ。彼女に会いに行くなら、警備隊を連れてった方がいいぞ」
「け、警備隊!?」
「あ~、もしいないなら。……そうだな、腕の立つ艦娘を連れてけ、それも複数。一人じゃ駄目だぞ。あぁ、紀伊辺りなんかは適任と思うぞ。それじゃぁな」
「失礼します」
謎のアドバイスを言い残して会議室を後にするチェザリス中佐。軽くお辞儀をしてその後に続くマッケイ少佐。
そんな二人を見送りながら、残された自分は、これから伝言を伝える相手の事を考え、少し戦いていた。
警備隊を同行させなければ身の安全を保障できない程の人物。
チェザリス中佐のアドバイスを考えるに、そういうことなのだろう。
いかん、考えれば考えるほど、恐怖が増大していく。
「先輩」
「ひゃい!」
「? どうしたんですか、変な声出して」
「いや、ちょっと、その」
「あぁ、フロイト少佐の事ですか。先輩をからかって少し大げさに言っていただけなのでは? それに、強いじゃないですか、先輩」
谷川の奴はあまり二人の話を本気で捉えていないのか、全くもって恐怖している様子がない。
くそう、他人事な事もあるのだろうが、その暢気さが今は無性に腹立たしい。
「なら、谷川。自分の代わりにフロイト少佐の所に伝言役で行ってくれよ」
「先輩。それはフロイト少佐に失礼では? そもそも、代理を遣したと知ったフロイト少佐が殴りこんできたらどうします?」
結局、もはや選択肢など残されてはいないのであった。