転生提督の下には不思議な艦娘が集まる   作:ダルマ

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第55話 ミニ観艦式と女王との邂逅 その5

 その後、何とか観覧していた面々の誤解を解く事に成功し。

 足を踏み入れる前からどっと疲れたものの、自分達は女王様の許しを得たので、フロイト少佐の官舎(女王の居城)へと足を踏み入れる。

 

 その際、曹長ら警備員達に見送られたのだが、何人かから殺気を含んだ視線で見送られたような気がした。

 

「そうだ、中佐。私を訪ねてきた用件は、ミニ観艦式だけではないのだろ?」

 

 自ら案内役を買って出たフロイト少佐と共に、正面出入り口を潜りホールへと足を踏み入れた時。

 不意に彼女の口からそんな言葉が零れる。

 

「あの、もしかしてヴェールヌイの事」

 

「当然、はじめから気づいてた。少し待て、今中佐の大事な部下を連れて来させる」

 

 そう言うと、彼女は自身の部下の名を呼ぶ。

 ロシア語で呼ばれたそれはハッキリとは分からなかったが、漠然とではあるものの、『ガングート』並びに『マラート』と呼んでいた気がした。

 

 それから程なくして、奥へと続く廊下から、三人の人影がホールへと姿を現す。

 その真ん中にいるのは、紛れもなく響であった。

 

「響ちゃん! 響ちゃんなのですっ!!」

 

「わふ、ごめんね電、心配かけさせたね」

 

「いいのです! 無事でなによりなのです!」

 

 響の姿を見た途端、電は駆け出し響と抱き合い姉妹の再会を喜ぶ。

 

「安心しろ、私は艦娘であれば客人として丁寧にもてなす」

 

 フロイト少佐の言葉に、認めた人間以外の者も同じようにもてなして欲しいものだ、と喉まで出掛かったツッコミだが。

 それを何とか奥へと押し込むと、フロイト少佐に響をもてなしてもらったお礼を言い。

 

 今度は、こちらがヴェールヌイを返す番となる。

 

「お帰り、ヴェールヌイ」

 

я дома(ただいま)、アドミラール」

 

 フロイト少佐のもとへと歩み寄ったヴェールヌイは、フロイト少佐から無事に帰ってきた証に頭をなでなでされ。

 嬉しいのか、かすかに伏せて頬を赤らめるのであった。

 

「ヴェールヌイ、他のアドミラールの所は楽しかったか?」

 

「Да、楽しかったよ」

 

「そうか。こちらもヴェールヌイがいない間、あの子に随分と楽しませてもらったぞ」

 

 程なくしてなでなでから解放されたヴェールヌイに、一人の艦娘が声をかける。

 銀のロングヘアーに琥珀色の瞳、白のコートに赤の半袖シャツ、黒のプリーツスカート。そして、頭には白柄に黒つばの海軍将校の帽子。

 

 前世のゲームにも同じ容姿、同じ名前のキャラクターとして登場した、ガングートその人だ。

 

「そうよ、このマラート様も大満足だわ」

 

 そんなガングートに続いて声をかけているのは、恐らくマラートの名を介した艦娘であった。

 

 マラート、ガングート級戦艦の二番艦としてロシア帝国海軍時代に『ペトロパブロフスク』として生まれた彼女は、時を経て、ソ連海軍時代に『マラート』の名を名付けられる。

 艦歴を言えば、第二次世界大戦をソ連海軍の数少ない戦艦として生き残ったが、それは決して平穏無事なものではなかった。

 大戦時、彼女はドイツ空軍が誇る対地攻撃のスペシャリスト、ハンス・ウルリッヒ・ルーデルによる爆撃で大破着底。

 その後もドイツ軍の砲撃を受け、応急修理で何とか傷を庇いつつ海上砲台として運用が続けられ。

 更に、艦名をペトロパブロフスクに戻す措置も取られている。

 

 結局、本格的な修理と改装が行われるのは、戦後数年経ってからの事であった。

 また、最終的に彼女の名は『ヴォルホフ』となる。

 

 

 なお、一番艦のガングートや残りの姉妹艦と異なり、マラートは艦橋構造が簡略化されており。

 その姿は、何処か日本海軍の扶桑級に通ずるものがある。

 また、先に述べた爆撃により艦首が断裂されたものの応急修理をしたまま運用された為、全長も短く、排水量や乗員も姉妹艦よりかなり減少している。

 

 そんな事実が人工人体にも影響しているのか。

 姉と言うべきガングートの隣に立つマラートのその姿は、とても戦艦とは思えぬ背丈の持ち主であった。

 具体的に言えば、彼女の体型は見紛う事なき幼児体型。

 響を連れてきた時も感じ取ってはいたが、響とほぼ変わらぬ身長なのだ。

 

 そんな彼女は、ガングートとは色違いの緑のコートを着ている以外、ほぼ類似した格好をしている。

 だが、恐らく人間が着れば特注品になる事必須だろう、あの体型ならば。

 

 しかし、そんな体型とは裏張らに、醸し出される雰囲気はやはり戦艦としての何かを持ち合わせていた。

 

 と言うよりも、金髪ショートボブ、そして輝く青い瞳。加えてあの体型。

 東北最北部の県で戦車を使った武芸のチームの隊長さんをしておられた方によく似ている。

 

 二番艦はわがままボディ、なんて迷信があったが、やはりあれは眉唾物であったか。

 これが肩車されてる方ではなく、している方ならば、そうとも言い切れなかったが。

 

 

 因みに、本来であればロシア語辺りで会話しているであろう彼女達のやり取りだが。

 自分達に気を使ってか、或いはわざと聞かせているのか。何れにせよ、日本語でやり取りを行っている。

 

「さて、お互いに交換も済んだところで、紹介しよう。私の秘書艦兼艦隊旗艦を勤めるガングート。そしてこちらが、ガングートと並び艦隊の主力の一人であるマラートだ」

 

 そんな事を頭の中で考えていると、フロイト少佐が二人の紹介を始める。

 慌てて頭を切り替え、自分も自らを含め紀伊達の紹介を行う。

 

「一応聞き及んではいたが、成る程。中佐、貴方はよい部下をお持ちのようだ、羨ましい」

 

 すると、官舎の前で警備員達と腕比べしていた事を考慮してくれたのか。

 フロイト少佐は、紀伊とリクトを実物でお目にかかった感想を零すのであった。

 

「いえ、そんな。フロイト少佐の方こそ……」

 

「私の部下が素晴らしい事など、改めて言われなくとも解っている!」

 

「あ、はい……」

 

 やはり褒められると嬉しいもので、お返しとばかりにフロイト少佐の部下についても褒めてあげようとしたのだが。

 どうやら女王様にとってそれは無粋な事であったようだ。

 

「ふふ、アドミラールが久々に認めた者だからどんな者かと思ってはいたが。成る程、これは面白い奴だ」

 

「そうね、歴代の人の中でも、かなり上位にいるんじゃない?」

 

「ハラショー、これは今後が楽しみだね」

 

 そんな自分を見て、ガングート達が口々に自分の印象を零す。

 褒められているのか、それとも馬鹿にされているのか、どちらかであるかは定かではないが。

 

「さて中佐。そろそろ私の執務室に行こうか」

 

「あ、はい」

 

 その様なやり取りを経て、いよいよ今回フロイト少佐のもとを訪れた最大の目的である用件を済ませるべく、彼女の執務室へと移動を開始する。

 

「ガングート、アレをして頂戴!」

 

「ん? しょうがないな」

 

「はわわ! 高そうなのです!」

 

「ふふーん! どう。これでここにいる誰よりもこのマラート様が一番高いわよ!」

 

 その際、マラートがガングートに肩車してもらい、合体戦艦ガンラートに……。じゃなかった。

 マラート当人は大変ご満悦の様子であった。

 

 やっぱり、声や表情には出さなかったが、自身の身長の事は気になっていたのだろうか。

 

 

 

 執務室は二階にあると言うことなので、フロイト少佐案内のもと一路彼女の執務室を目指す自分達。

 外観は無個性溢れるものであったが、内装に関しては、各所にロシア的な。或いは北欧のような調度品が目に付く。

 

 そういえば、先ほどまでいたホールの一角には、ガラスのケースに入れられ展示されていたマトリョーシカ人形があったな。

 そうすると、やはりフロイト少佐の執務室も、ロシアの雰囲気を感じられる家具や小物で溢れているのだろうか。

 

 そんな事を思いながら、自分は階段を上がり二階へと足を運んでいた。

 

「そうだ、中佐」

 

 そのタイミングであった。不意にフロイト少佐が声をかけてきたのは。

 

「何か?」

 

「中佐に言っておきたい事がある、大事な事だ」

 

 立ち止まり、自分の方を振り向き見据えたフロイト少佐に対し。

 彼女から伝わってくる真剣な空気に、目を背ける事無く応える。

 

「先ほど。……外でのテストの際、私は傷物になる覚悟は出来ていると言ったな?」

 

「あ、えぇ、言いましたね」

 

「提督と言う肩書きを有しながら、私は警備員達と共に、己の剣を手に取り戦い傷を受けたこともある。勿論、相手は深海棲艦ではなく、地元の武装勢力の人間だったがな」

 

 そこまでしなくても、と言葉が喉まで出掛かったが、また余計なことを言って女王様のお怒りを誘うような事は不味いと。

 寸での所で言葉を奥へと戻す。

 

「だが、その……。今日のような、傷のつけ方は、は、初めて、……だ」

 

 刹那、何故かフロイト少佐の顔が赤く染まっていき、歯切れも悪くなり。

 身に纏っている雰囲気も、何処かしおらしく。手なんかもじもじし始めて。

 

 え、何なんだ、一体何なんだ。

 

「意とした事でないのは解っている。弾み、事故、それは解っている。……だが、その、押し倒されて、あんな破廉恥な事をされたのは、は、初めてで……」

 

「え、え?」

 

「だから、その……。中、佐、さえよければ。その……、"責任"を取ってほしい」

 

「責任?」

 

 あれ、何だこれは。

 やましいことなど一つもした覚えはないのに、何故こんなに背徳感駆られなければならないんだ。

 

 確かに、大勢の前で辱めを与えてしまったかもしれない。だが、あれはテストで、仕方がなくて。

 お、落ち着け、落ち着くんだ自分。

 

「そうだ、もう、あんな傷つけ方をされたら……、その、もうお嫁にいけないと、思う。……だから、中佐さえ、よければ。中佐は、私が認めた、お、男の、人、だから。け、結婚を前提としたお付き合い、を、して欲しい」

 

 先ほどまで自分が見ていた、凛とし、弱きものは切り捨てるかのごとく振舞っていた女王様は幻だったのか。

 今目の前にいるのは、北海の女王と恐れられた女性ではない。

 まるで花も恥じらう歳相応、否。ティーンエイジャーのようではないか。

 

 そんな彼女が、聞いた事もないようなか細い声で、確かに『結婚』の二文字を発した。

 

 ちょっと待て、どうしてそうなる。

 あまりに唐突な爆弾発言に、自分も紀伊達も驚きを隠しきれない表情を浮かべている。

 

「駄目、か? 日本の男は、日本男児は責任感が強く、男気がある、と聞いたのだが……」

 

 そんな表情に気づいてか。

 フロイト少佐から追い討ちとばかりに、おそらく当人は無意識にだろうが、上目遣いを加えた言葉が迫る。

 

 ぢかし何故だ、何故こうなった。

 言ってはあれだが、たかが胸を鷲掴みにした位でどうして結婚と言う結論に至るのか。

 

 思考を働かせ目まぐるしく結論を導き出そうとするも、何れもしっくりくるものがない。

 

「アドミラール、どうやら中佐は突然の事で混乱しているようだ」

 

「え? そ、そうなの」

 

「どれ、私達が中佐に説明してこよう。アドミラールは彼らと共にここで待っていてくれ」

 

 そのように思考を働かせていると、不意にガングートが自分の手を引き廊下の角へと連れて行く。

 肩車されたマラートと、ヴェールヌイも一緒にだ。

 

 程なくして、フロイト少佐や残してきた紀伊達の視界から隠れた所で。

 何故か自分は壁を背に、肩車から下りたマラート、ヴェールヌイ、そして対面に立ちふさがるガングートに完全に取り囲まれる。

 

「え、えっと……。ご説明、してくれる、だけですよね?」

 

「そうだ、中佐。貴方にちゃんと"OHANASI"するさ」

 

 刹那、ガングートは何処からか取り出した黒光りするものをその手に持つと、その黒光りするものの先端を自分の顔へと向ける。

 トゥルスキー・トカレヴァ1930/33、トカレフの名で一般にも名の知れたソ連製の軍用自動拳銃だ。

 

「あ、あの、ガングート、さん。これは、何でしょうか?」

 

「ん? あぁ、気にするな。なぁに、私の故郷では、これを持っていると相手が私の話をよく聞いてくれるようになるのでな」

 

 それは聞いてくれるんじゃなくて聞かざるを得ない状況にしているだけでは。

 と言葉が声に出てしまいそうになったが、寸での所で飲み込むと、あまりガングート達を刺激しないように言葉を選びつつ話を始める。

 

「それで、ご説明というのは……」

 

「中佐。先ほどのアドミラールの言動から、貴方も薄々感づいているかとは思うが。……アドミラールは、軍人としての才は言うまでもない。だが、恋愛や、性への知識や免疫に関しては。控えめに言っても歳相応どころか、全くもってないも同然」

 

「そう。システムである私達が言うのも、あれだけどね」

 

「ウブだよ、ピュアなんだよ」

 

「あ、そうなんですか」

 

 成る程、ウブだったのか。それならば、フロイト少佐のあの反応や導き出した結論も合点がいく。

 しかし、北海の女王と呼ばれたフロイト少佐もとんだギャップの持ち主だな。

 

「そこでだ、中佐。これから私が言うのは"命令"ではなく"お願い"だ。心して聞いて欲しい」

 

「あ、あぁ」

 

「アドミラールが北海で活躍してた頃、とあるトラブルに巻き込まれこちらに来たことは知っているか?」

 

「あ、あぁ、人伝に聞いて」

 

「ではその際、部下の艦娘達を引き離された事も知っているな?」

 

「勿論」

 

「ヴェールヌイを初とした者達はこのラバウルの地で新たに建造し指揮下に加えた者達だ。だが私とマラートは、北海時代からアドミラールの下で活動している。だから、アドミラールの事は他の誰よりも解っているつもりだ」

 

「あ、それから警備隊の人たちもね。わざわざ志願してアドミラールと一緒にこっちまでついて来たんだから」

 

 フロイト少佐は多くの者から慕われた人だったんだな。

 

「だからこそ。北海を去る時に目にしたアドミラールの悲しい顔を、私達はもう二度と見たくないんだ!」

 

「そうよ。アドミラールの笑顔の為なら、何だってするわ!」

 

「だから、中佐。……中佐には是非とも、私達の気持ちも含めて判断を下して欲しい」

 

「そう、アドミラールの質問に"イエス"か"ダー"で答えるのよ!」

 

 マラートさん、それは選択肢になっていないのでは。

 と、言葉にしていないのだが表情に出てしまっていたのか、ガングートの手にしたトカレフの銃口が頬に近づく。

 

「中佐。あくまでこれは"お願い"だ。だから、勿論拒否する権限はある。……だが、もし私達の目の前でアドミラールに涙でも流させようものなら。……どうなるかは、分かっているだろう、中佐?」

 

「ガングートとこのマラート様が、警備隊を引き連れて直々に会いに行くわ。その後は、言わなくても分かってるわよね?」

 

「福利厚生だよ、田舎暮らしだよ」

 

 背筋が凍るような、嫌な汗が頬を伝う。

 それは所謂シベリア管区送りですか、確かに今なら書面上国境はないので送ることも出来るだろうが、そんな事したら色々と管区同士の間で問題に。

 いやそれどころか、ガングート達にそこまでの力はない筈だが。

 

 何故だろう。

 赤いお国の血が流れているからか、そんな事を出来そうな錯覚に陥りそうだ。

 

 あぁ、お願いとは何だったのか。

 

「付け加えておくと、アドミラールとは清く正しいお付き合いをお願いしたい。順序を守り、自らの欲を満たす為だけに先走った事をするなど言語道断だ。分かるだろ、中佐?」

 

「それと、教えることは許してあげるけど、アドミラールにはちゃんとした知識を教えなさい! もし変な事吹き込んだら只じゃおかないわ!!」

 

「粛清だよ、ハラショーだよ」

 

「さて中佐、"OHANASI"の内容は理解してくれたかな?」

 

「も、勿論……」

 

замечательный(素晴らしい)、では中佐、そろそろアドミラール達のもとへと戻ろうか」

 

「だ、だぁ……」

 

「ふふ、中佐。中佐とは良き友、そして良き同志として、今後も末永く付き合っていけそうだな」

 

「は、ははは……」

 

 最高の笑顔を見せるガングート達に対して、自分の笑顔は、もう引き攣る他なかった。


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