ミニ観艦式を無事に終えて数日。いつも通りの日常が戻ってきた。
深海棲艦による積極的な攻勢の前兆も見られず、この南国のラバウル統合基地には、一定の緊張感と穏やかな空気とが入り混じり、流れていた。
南国特有の眩いばかりの太陽の下にあるラバウル統合基地だが、今現在、自分はそんなうだるようなお天道様の下にはいない。
ではクーラーの効いた官舎の中かと聞かれれば、それも違う。
では一体何処にいるのか。
それは、ラバウル統合基地内でも少々特殊な場所だ。
コンクリート造りで窓のない空間、照明がなければ、日中でも暗い事間違いない。
かなり奥行きのあるその空間には、いくつかの可動式のターゲットが設置されている。
また、空間内には火薬の臭いがこびり付いている。
と、ここまで説明すれば察しはつくと思うが。
自分は今、ラバウル統合基地内に設けられている射撃訓練施設、その屋内型射撃場で自主的な射撃訓練を行っている。
勿論、クーラーも完備しているのでうだるような暑い日でも快適に過ごせる。
等間隔に半個室ごとに区切られたスペースの一角。
目の前のテーブルには、愛銃である私物のカスタムガバメントと予備マガジン。それに、実弾の管理帳簿等々が置かれている。
因みに、訓練用にイヤーマフをしている以外、自分の装いは普段の軍服姿のままだ。
「こんなものか」
テーブルの前まで移動してきたターゲットには、先ほどの射撃の成果が示されている。
やはり最近撃っていなかったからか、前と比べると、少しばかりばらつきが気になる。
「んー、ん?」
と、先ほどの射撃を自己分析していると、不意に屋内型射撃場に誰かがやって来る。
時間帯的に多くの者は昼食を食べに基地の食堂等に出向いている、なので、今は自分以外の利用者はいない。
故に、自然と今しがたやって来た者が誰なのかが気になってしまう。
「何だ、紀伊か」
「提督?」
薄暗い出入り口から近づいてきたのは、自分のよく知る艦息、紀伊であった。
「珍しいな、紀伊がこんな所に来るなんて」
「提督、それを言うなら、提督こそ」
「あぁ、自分はほら、ラバウルに着任してから撃ててなかったから、久々にと思って」
「前任地の呉ではよく?」
「んー、まぁ、鈍り過ぎない程度にそこそこな」
他愛もない自分の事情を話した所で、攻守交替とばかりに、今度は自分から紀伊が射撃場へやって来た理由を尋ねる。
「所で、紀伊はどうしてここに?」
「この間申請していた護身用の拳銃がやっと完成したんで、その試射をしに来たんだ」
紀伊の口から洩れた言葉に、自分は数日前の事を思い出した。
それは、レーニャとの初めての打ち合わせの翌日の事。
前日のレーニャの警備隊との腕比べで必要性を感じたのか、紀伊が自身の護身用の拳銃の携帯申請と共に、"開発許可"申請を提出してきたのだ。
拳銃の携帯申請は特に不思議な事ではない、ただ、開発許可申請の方は、提出された際に困惑した。
紀伊曰く、既存のものではなく、自身が使い慣れた、即ちパラレルワールドである河内達の世界の大日本帝国海軍が採用していた拳銃を作る為の開発許可申請なのだそうだ。
前世でも、そして現世のリセットデイ以前にも影も形もない拳銃を作れるのかと疑問が浮かぶところだが、そこは
という事で、紀伊の申請を承認したのだが。
その成果が、今まさに現れたという事だ。
「紀伊、どんな拳銃なのか見せてもらってもいいか?」
「あぁ、構わない」
腰に装着した革製のホルスターから紀伊が取り出して見せてくれたのは、何処かで見覚えのある二つの拳銃が合体したかのような、そんな外観をした自動拳銃であった。
「紀伊、この拳銃は何て名前なんだ?」
「九六式自動拳銃という名前で、使用弾薬は9x19mmパラベラム弾、シングルカラム式マガジンで装弾数は最大十発」
紀伊の解説に耳を傾けながら、自分は九六式自動拳銃と呼ばれる拳銃をまじまじと観察する。
紀伊の解説によると、同拳銃は、前年に正式採用された九五式自動拳銃を補助する目的、ハイローミックスのローを担うべく開発された拳銃との事。
因みに、九五式自動拳銃とは、何と前世でも傑作自動拳銃の一つとして名高く、"天才"の称号に恥じぬ銃器設計者が最後に設計した事でも知られる『FN ブローニング・ハイパワー』、正式名称ブローニング・オートマティック・ピストル・モデル・ハイパワー。
の日本生産型だというのだ。
ただし、オリジナルの設計そのままで生産されたものではないらしく。
基本構造は同じながら、照準が固定式に変更され、またオリジナルの一番の売りでもある、実用拳銃として初めて採用されたダブルカラム式マガジンを、シングルカラム式マガジンに変更。
これにより、装弾数は低下する事となったが、当時の欧米人と比べ手の小さかった日本人でも握りやすい形状となった。
因みに、何故ブローニング・ハイパワーの生産を当時の日本が獲得できたのかと言えば。
紀伊曰く、先の大戦、即ち第一次世界大戦に日本軍が参戦し、戦後の戦訓調査と欧州の兵器研究に関して訪欧していた日本の銃器開発の第一人者が、ブローニング・ハイパワーの設計者と交流を持つこととなった。
そのパイプを当時の日本がうまく使い、ブローニング・ハイパワーの開発計画に関して出資等を行い、共同開発する事によって、ブローニング・ハイパワーに関する権利を得たとの事らしい。
そんな経緯で正式採用された九五式自動拳銃だが、如何せん、拳銃は戦車や戦闘艦などの所謂正面装備と比較して生産の優先度は低く。
また、設計変更でオリジナルよりも値段が安いと言われてもある程度の値段はするので、配備が行き届くのには時間がかかる事は容易に想像できたようだ。
そこで、そんな九五式自動拳銃を補助する為に九六式自動拳銃は設計された。
九六式自動拳銃を手掛けたのは、ブローニング・ハイパワーの設計者と交流を持った日本の銃器開発の第一人者、そして、彼が代表を務める銃器メーカーであった。
開発に関しては、開発期間と生産コストを抑える為に、九五式自動拳銃の設計を流用し、日本らしいデザインを有しながらブローニング・ハイパワーの血を引く、まさに"いとこ"のような拳銃として誕生した。
こうして九六式自動拳銃として正式採用された後、九五式自動拳銃と共に陸・海・空の三軍で使われたそうな。
なお、紀伊の解説を聞いて、解説を聞く前に思い浮かべていた二つの拳銃。
ブローニング・ハイパワーと十四年式拳銃の合体説が間違っていなかった事をここに記する。
「へぇー、成程な。……所で、九五式自動拳銃も同じように採用してたのなら、どうしてそっちにしなかったんだ? 解説を聞いてる限り、九五式自動拳銃の方が性能がよさそうだけど?」
「慣れ、の問題だな。俺にとっては、九六式自動拳銃の方が慣れ親しんでいるからな。……それを言うなら、提督だって、ガバメントを使ってるじゃないか」
「そういえばそうだな。……所で、紀伊の世界の日本軍も、ガバメントを使ってたのか?」
「俺は詳しくは知らないが、ライセンス生産されたものが各軍の一部部隊で使用されていたと聞き及んだことはある。おそらく、特殊部隊やそれに準ずる部隊等だろう。あぁ、もしその辺りを詳しく知りたいなら、俺なんかよりも河内に聞くといい、なんたって、河内は元連合艦隊旗艦だからな」
ブローニング・ハイパワーのみならず、まさかガバメントまでライセンス生産していたとは。
改めて思うが、紀伊や河内達の存在もそうだが、この九五式自動拳銃等の存在にしても、河内達の世界の日本は前世の同年代の日本とは比べ物にならないくらいの成長を遂げてるな。
この分じゃ、河内達の世界の戦後の兵器体系は前世じゃ考えられないものになっていそうだ。
にしても、戦闘機から拳銃まで、本当に、河内の奴は何でも知ってるんだな。普段からじゃとてもそうには見えないが、やはり元連合艦隊旗艦、知識に関しては面目躍如といった所か。
──へっ! くしょぉぉっぃいいっ!!!
うわ、物凄いくしゃみしてもうた。
あぶなぁ、もし今執務室に口の堅い大淀以外の誰かがおったら、ドン引きされとったわ。
「大丈夫ですか? 河内さん?」
「あぁ、心配せんでええって、風邪やないから。……大方、誰かがあたしの溢れんばかりの魅力を羨ましんであたしの噂でもしとるんやろ」
なんや、大淀の表情が物凄い何か言いたそうな顔しとるけど、ま、気にせんとこ。
「ほんで、ここ書いたらええんやろ」
「はい、そうです」
ま、そんなんもありつつ、大淀の持ってきた書類に必要事項を記入していく。
せやけど、ホンマに書類仕事って面倒やな。
提督はんもそうやけど、古賀のおっちゃんもなんや書類仕事は生き生きとしとったけど、これのどこに楽しみを見出してんねや。
「はぁ……」
「河内さん、進む速度が遅くなってますよ」
「大淀、あんたホンマ、最近姑みたいやで、小言多ない?」
「提督から、河内さんがしっかりと仕事をするように見ていてほしいと言われていますから」
「とほほ……」
提督はんがおらんから少しくらい
「HEY! 提督ぅ!! Where are you? My darling!」
なんておもとったら、いきなり勢いよく扉が開けられたかとおもたら金剛が体からハートでも出しそうな勢いで入室してきおった。
なんや、紀伊の事探しとるみたいやけど。
「What? 河内に大淀! 提督は何処ですか?」
「提督はんなら、なんや、これ撃ちに行っとるで」
あたしが引き金引くジェスチャーをしたら、金剛は意味を理解したみたいで言葉を漏らしとる。
「そうですかぁ……。折角提督に愛しのMy darling! の居場所を尋ねようと思ったのに、残念デース」
ま、最も、金剛の最終目的は紀伊みたいやさかい、提督はんの居場所分かった所で、所詮は通過点みたいなもんやけどな。
「せやけど、金剛もなんや最近、ホンマにますます人目気にせずになってきとんなぁ」
「当たり前デース!! ここ最近、更にLove rivalが増えて、私のlegal wifeの座が危ぶまれてるんデース! これが焦らずにいられますかってんだデース!!」
そういえば、なんやまた最近、紀伊争奪レースに新しい選手が加わったみたいや。
確か提督はんの彼女さんのフロイト少佐の秘書艦やったかな。
そういえば、この間のミニ観艦式でも二人揃って航行しとったな。ま、あれは行事やから、金剛も割り切っとると思うけど。
にしても、以前から表明しとった漣とか五月雨、それにコンテ・ディ・カブール。
他にも、金剛曰く、潜在的に艦隊内外で紀伊に好意寄せてる
最近彼女が出来て浮かれとるどっかの誰かとは大違いや。
「もうこうなったら
あ? ないわんなもん!
って、ここは突っ込んどいた方がええんやろか。
そもそも、あたしらの人口人体は赤ちゃんなんてできへんのやけど。金剛、そこんとこ分かっとんのかいな。
「こうしちゃいられないネー! 早速準備にLet's Go!」
こうして、嵐の様に執務室を去っていく金剛。
ホンマ、何しに来たんや。
「紀伊だけに、キーキー叫んだだけで帰りおった……」
──あ、あかん!
提督はんみたいな事口走ってもうた!
あぁ、大淀がなんか言いたげな顔であたしの事やっぱり見てる!
「河内さん……」
「ちょ! そんな顔で見んといて! 頼むわ、何でもするから!」
「へぇー、今、何でもするとおっしゃりましたね」
「え?」
「では、こちらの書類、昼食前に片づけていただけますか」
「……、ぎょえぇぇっ!!! こ、これ、これあたしのやる量かぁぁーーっ!?」
「
何処からか新しく大淀が取り出した書類の束を見て、あたしは叫ばずにはいられへんかった。
なんでや、なんでこうなるんや!
それもこれも、全部提督はんのせいや! 提督はんのドアホーッ!
──へっくしゅ。
ん、風邪かな?
「大丈夫か、提督?」
「大丈夫だ。きっと、河内辺りが書類仕事に嫌気がさして自分に文句を漏らしてるんだろ」
「あぁ、成程」
ま、大淀に見張り番を任せてあるし、
でももしかしたら、"オーバーヒート"位はしてるかもしれないな。