転生提督の下には不思議な艦娘が集まる   作:ダルマ

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第58話 Can you feel my cry? その2

 他愛もない雑談を終え、紀伊は九六式自動拳銃の試射を行うべく、空いているスペースに姿を消す。

 自分も、残ったマガジン分撃って昼食を食べに行こうかと、頭の中で予定を立てていたが、程なくして聞こえてきた九六式自動拳銃の発砲音に、予定は未定となってしまった。

 

「ほぉー」

 

 紀伊の使用しているスペースに近づくと、そこで試射を行っている紀伊の射撃姿勢に声を漏らす。

 銃の撃ち方は十人十色、基本は同じでも、その後の応用はまさに千差万別。

 自分とは異なるサポートハンドの使い方など、色々と紀伊の射撃姿勢の癖を観察し、また声を漏らす。

 

「成程ね」

 

 にしても、紀伊の射撃している姿は、男の自分から見ても絵になるな。

 艦隊内外の艦娘()から桃色の視線を送られるのも分かるというものだ。

 

 ──自分はいいんだ、自分にはレーニャがいるからな!

 まだ、保護者の方々の視線とか、互いの業務なんかでデートなんてまだ一度もしてないが、それでも自分にはレーニャがいるから羨ましくなんてないんだ。

 

 

 さて、自分に言い聞かせるようにして気持ちを落ち着かせた所で、当初の予定通り残ったマガジン分を撃っていこう。

 

「あ、ハ……、飯塚中佐、奇遇だな」

 

 自分の使用していたスペースに戻ろうとした時、再び誰かがやって来ていたのに気が付く。

 九六式自動拳銃の発砲音にかき消されて足音などが聞こえなかったその者は、誰であろう、レーニャであった。

 

 ただし、もう一人の人物が紀伊とは気付いていないのか、その口調や雰囲気はレーニャではなく、北海の女王ことフロイト少佐であった。

 

「えぇ、奇遇ですね。……所で、フロイト少佐、一応、もう一人、利用しているのは自分の部下である紀伊なのですが」

 

「ん? そ、そうなのか? なら……。あ、いや、駄目だ! 一応ここは他の者も共有施設だ、公私混同すべきではない!」

 

 紀伊の事を説明してはみたものの、どうやらプライベート空間ではない為フロイト少佐としての立場を崩す事はないようだ。

 でも、少しだけ揺れ動いた時の表情は、いいものだったな。

 

「所で、フロイト少佐、少佐も銃を撃ちに?」

 

「当たり前だ! 射撃場に来ているのに銃を撃たないで何をする!?」

 

「で、ですよね……」

 

「ふむ。飯塚中佐、どうだ、私の射撃の腕を見ていかないか?」

 

「え? 少佐の腕前を、ですか?」

 

「あぁ、嫌か?」

 

 多分、旗から見ると、自分は蛇に睨まれた蛙の様に見られるんだろう。

 だが、自分は気づいている、フロイト少佐の威厳に満ちた瞳の奥に、レーニャとしての気持ちがある事を。

 

「い、いえ! とても光栄な事です、是非拝見させていただきたく存じます!」

 

「では、あそこ撃つとしよう」

 

 上機嫌でフロイト少佐が向かったのは、自分が使用しているスペースの隣であった。

 

「よし、では始めよう」

 

 フロイト少佐が腰のホルスターから取り出したのは黒光りするトカレフであった。

 ガングートも同じものを使用している事を考慮すれば官給品なのだろう、警備隊が使用するPPSh-41とは弾薬の相互性もあるので妥当な選択である。

 

「いくぞ」

 

 刹那、トカレフが火を噴き、放たれた7.62x25mm トカレフ弾がターゲットに飛来し、中心位置付近に弾痕を残す。

 その後も、リズムよく火を噴くトカレフ。その度に、ターゲットの弾痕が数を増やす。

 

 にしても、かつて警備隊と共に地元の武装勢力と戦ったと言うだけの事はある。その射撃姿勢、まさに歴戦の戦士の風格。

 下手な新兵など圧倒するだろう。

 

 だが、だがしかし、自分はそんな凛々しい姿に視点を合わせてはいなかった。いや。合わせられなかった。

 何故なら、トカレフが放つ反動により、小刻みに揺れ動くフロイト少佐の豊満なメロンから、どうしても視点が離れないからだ。

 

 あぁ、素晴らしい、何と素晴らしい、まさに福眼。

 だが、惜しむらくは、フロイト少佐の格好が軍服であるという事だろうか。

 もしこれが薄手のシューティングウェアとかなら、自分の両目はまさしく大開眼していた事だろう。

 

「ん? どうかしたのか? 中佐」

 

「は! い、いえ! なんでも!!」

 

 等と、自身の欲に忠実な妄想を考えている内に、どうやら一区切りがついていたようだ。

 妄想していた事を怪しまれないように適当に誤魔化し終えると、自然な流れでテーブルの前まで移動してきたターゲットに話題を変える。

 

「あー、所で、凄い腕前ですね」

 

「そうか? ふむ、最近は撃っていなかったからな、少し腕が鈍った様だ。これからまた、鍛えて感覚等を取り戻さなければならんな」

 

 流石は北海の女王様、提督という役職にある者ならば及第点以上の成果だというのに、それでは駄目だとは。

 常に理想とする高い次元を維持しようとするその姿勢、流石はストイックでいらっしゃる。

 

「所で、中佐も先ほどまで撃っていたんだろ? 結果を見せてくれないか?」

 

 刹那、フロイト少佐から自分の結果が見たいとのご所望が飛び出す。

 特に見せて不都合でもないので、隣にある自分が使用しているスペースに移動し、自身の結果をご披露する。

 

「っ! ……これは、これは本当に中佐が撃ったものなのか!?」

 

「え、えぇ、そうですけど」

 

 なのだが、何故かフロイト少佐はターゲットが示した結果を疑っているようだ。

 念を押して確かめていることから、どうやら相当疑われているようだ。

 

「……中佐、一つ聞きたい」

 

「あ、はい、なんでしょう?」

 

「貴様は、貴様は一体、何者なんだ!?」

 

 などと思っていると、何と自分自身の事まで問いただされてしまう。

 

「何者と言われても、少佐と同じ提督ですよ」

 

「中佐、私はこれまでにも様々な提督を見てきた。その大半は、信用するにも値しない、権威や権力などを盾に口先だけは達者な者ばかりだった」

 

「そ、そうですか……」

 

「だが中佐、貴様は、貴様は私の信用を勝ち取った数少ない提督だ。……だからこそ! 問いたい! あのテストの時の動き、あれは訓練を積んでいない者が考えた所でとっさに出来る動きではない。それに、この射撃の結果。……貴様は、貴様は本当にただの提督なのか!?」

 

「あー、そのー。自分が提督じゃないんじゃないかと疑われているのでしたら、少佐の権限でも自分の経歴はある程度なら閲覧できますから、そちらを……」

 

 欲していた答えと違うからか、フロイト少佐の目つきは、まさに北海の女王の如く冷たく鋭くなっていく

 

「おい、中佐、耳を貸せ」

 

「あ、はい」

 

 そんな目つきと低い声に完全に屈した自分は、フロイト少佐に言われるがままに耳を貸すのであった。

 

「……ハジメ、私達は、その、恋人同士なんだ。だから、もし誰にも打ち明けられないような辛い事があったとしても、少しくらい、私に話してくれてもいいんじゃないか? 私は、口は堅いぞ。それに、あまり秘密の多い男は、好きじゃ、ない」

 

 一体どんな事を言われるのかと身構えていると、耳元から聞こえてきたのはレーニャとしての本心であった。

 ただの親しい間からではなく、恋人同士という特別な関係。そんな関係でありながら、何故もっと信頼してくれないのか。

 

 そんな不満が現れてか、彼女の顔を窺うと、少し、頬が膨らみ目はうるんでいた。

 

 

 いつか、いつかレーニャと一生を添い遂げると誓いを立てるその時がくれば、その時には、彼女に本当の事を話そう。

 自分が現世の人間ではない事、そして、前世で行っていた海軍軍人らしからぬ血生臭い事。

 包み隠さず、真実を伝えよう。

 

 でも今は、今はまだ、皆を惹きつけてやまない謎多き提督。のままでいさせてもらおう。

 

「レーニャ、ごめん。今はまだ、言えないんだ。……でも、でも必ず、いずれ君には包み隠さず全てを伝える。だから、今は黙っていてほしいんだ」

 

「……そう」

 

 刹那、レーニャからフロイト少佐に切り替えると、凛とした声と共に彼女は、分かった、と告げた。

 どうやら、自分の気持ちを汲み取り、理解を示してくれたようだ。

 

「フロイト少佐でしたか」

 

 と、自身の過去の経歴の件に一応の区切りがついた所で、試射を行っていた紀伊が声をかけてきた。

 

「紀伊か。どうかしたのか?」

 

「いえ、フロイト少佐のお姿が見えたので、ご挨拶にと」

 

「そうか。……所で、紀伊はもう帰るのか?」

 

 紀伊が手にしていたイヤーマフ等から、帰るものと判断したのだろう。

 

「えぇ、食堂で昼食を食べようと思いまして」

 

「ふむ」

 

 と、紀伊のこの後の予定を聞いたフロイト少佐は顎に手を当て何かを考え始めると、程なくして、再び口を開く。

 

「では紀伊。もしよければ、ガングートを誘ってはくれないか? 紀伊との昼食を所望していたのでな。汲み取ってくれるとありがたいのだが?」

 

「……、分かりました」

 

 何だ、紀伊の奴一瞬自分の方に視線を向けたが、一体その意味深な視線は何なんだ。

 

「では提督、フロイト少佐。俺はこれで失礼します」

 

「あ、あぁ」

 

「ガングートの事、頼んだぞ」

 

 こうして紀伊は屋内型射撃場から去っていった。

 

「よし、中佐! 中佐はまだ撃っていくのだろ?」

 

「え、えぇ、そのつもりですけど」

 

「では、私と射撃の成果で勝負しよう! 勿論、勝負なのだから勝った方には褒美がある。負けた方が勝った方の昼食後のデザートを奢るというものだ!」

 

 こうして屋内型射撃場に二人きりとなった訳だが、フロイト少佐からレーニャに切り替わる事はなく。

 それどころか、射撃の成果で勝負しようと言い出した。

 

「言っておくが、真剣一発勝負だ。手加減などするのなら……、分かってるだろ?」

 

「だ、だぁ……」

 

「ふ、ではいくぞ。……、負けないんだから」

 

「え? 今何か?」

 

「なんでもない!」

 

 気のせいか、一瞬フロイト少佐からレーニャに切り替わったような気がしたのだが。

 それに、心なしか、フロイト少佐の頬が赤らんでいるような気がする。

 

「ほら、早く構えろ!」

 

「あ、はい!」

 

 等と暢気に考えていると、フロイト少佐からの喝が飛んでくる。

 背筋を伸ばし、自分のスペースで準備を整えると、フロイト少佐の合図と共に互いに射撃を開始する。

 

 互いに隣り合って射撃を行う。

 客観的に考えると、そんな何気ない光景となるのだが、そこに恋人関係というものが絡むと、あら不思議。

 これって、所謂デートと言えるのではないだろうか。

 

 自分達以外誰もいない屋内型射撃場で恋人同士の男女が並んで仲良く射撃をする。

 でも待てよ、射撃場でデートって、あり、なのか?

 

 ──いや、アメリカンスタイルだと思えばいいんだ! 前世でも確か、アメリカの有名人なんかが射撃場デートしていた事をスクープされていた気がするし。

 

 

 等と、余計なことを考えている内に、互いに射撃が終了し、結果発表となる。

 

「おい、これは本当に真剣にやったんだろうな?」

 

 なのだが、余計なことを考えていたせいか、自分の結果は集中していた時に比べ散々なものとなっていた。

 

「……まぁいい、勝負は勝負だ。約束通り、昼食後のデザートを奢ってもらうぞ」

 

「喜んで」

 

 この結果に何処か腑に落ちないフロイト少佐ではあったが、一方で、デザートを奢ってもらえる嬉しさからか、口角が自然と上がっていた。

 

「よし、では片づけて食堂に行こうか」

 

 あれ、そういえば二人で食堂に行って昼食を食べる。

 この流れ、これこそ間違いなくデートだよな。

 

 基地の食堂という公共性の高い場所ではあるものの、雰囲気とかを気にしなければ、楽しい昼食が期待できそうだ。

 

 まさに気持ちは天にも昇るほど。

 が、この時、自分はそんな天にも昇る気持ちが、一瞬で地獄へと引きずり落される事になろうとは、思いもしていなかったのであった。

 

「あ、いたいた、アドミラール!」

 

 それは、片づけを終えて屋内型射撃場を後にしようとした直後の事であった。

 フロイト少佐の部下であるマラートが、彼女に声をかけながらやって来たのだ。

 

「マラート、どうかしたのか?」

 

「えぇ、……実はね」

 

 用件を述べる直前、二人きりだからといっておかしな事はしていないわよね? と言わんばかりに一瞬自分に睨みを利かせたマラートであったが。

 それを終えると、何やら手にした書類を交えながらフロイト少佐と話し始める。

 

 その様子から、どうやら急を要するもののようだ。

 

「分かった、では直ぐに官舎に戻る」

 

「Да!」

 

 そして、用件を伝え終えたマラートは、踵を返して屋内型射撃場を出ていくのであった。

 

「……すまない中佐、どうやら、食後のデザートを奢ってもらうのは、今度、機会があればとなった」

 

「え?」

 

「すまないが、昼食を共にしている暇がなくなったんだ。私は急いで官舎に戻らねばならない」

 

「あ、あぁ。そうですか、分かりました。えぇ、ではまた、デザートの件は今度の機会という事で」

 

「……すまない」

 

 最後にしおらしい声を漏らすと、フロイト少佐は足早に自身の官舎を目指して屋内型射撃場を後にした。

 

 そして、一人残された自分はといえば。

 折角巡ってきたチャンスを逃したショックから立ち直るまでの間、フロイト少佐が出て行った出入り口の方をぼんやりと眺め続けるのであった。


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