気持ちを切り替え、屋内型射撃場を後にした自分は、先ほどから主張の激しい腹の虫を落ち着かせるべく食堂へと向かった。
ピークは過ぎていた様だが、それでも食堂内には兵士や艦娘等でまだまだ賑わいを見せている。
「はぁ……」
適当に選んだ昼食を持って、適当な場所に座り、昼食を食べ始めたが。
切り替えたはずなのに、まだレーニャと昼食を一緒に食べれなかった事が尾を引いて、あまり美味しく感じないし、ため息が漏れてしまう。
と、聞き慣れた声が自分の名を、いや正確に言えば役職を呼んだ。
「どうしたんだ、提督? 何だか辛そうな顔をしているが?」
それは、自分よりも先に屋内型射撃場を出た筈の紀伊であった。
紀伊の手には、昼食を乗せたトレーの姿がある。
そして、そんな彼の周りには、見慣れた三人の艦娘の姿。
金剛、コンテ・ディ・カブール、そしてガングートだ。
「あぁ、何でもない。……それより紀伊、確か、自分より先に出て行った筈じゃ?」
「実は、ガングートを誘って食堂に向かう途中で金剛とカブールに出くわして……」
「HEY!Gangut! 抜け駆けは許さないデース!!」
「それは僕だって同じだよ!」
「と、いう訳だ、中佐」
四人のやり取りを聞いて大体の理由を察した自分は、その後金剛などから辛気臭いなどと言われつつも適当に会話を交わし、再び食事の方に意識を集中し始める。
「どうだ、紀伊。今度私特製のボルシチを食べに来ないか? 勿論、"二人きり"でな」
「HEY!Gangut! My darlingを誘惑しないでほしいデース!!」
「おや? 紀伊と金剛とは、まだそのような関係ではないと聞いていたが?」
「そうだよ、仮とは言え正式に婚姻を交わしてないんでしょ。なら僕にだってまだ権利はあるよね。……ねぇ紀伊、もしよかったらさ、今度秘蔵のワインと一緒に、手作りのチョコレートタルトを楽しまない? 誰にも邪魔されないでさ」
「Why!? Cavour! どさくさに紛れてちょっかいを出すんじゃねぇデース!!」
「おい、俺は食事をしたいんだ……」
だが、テーブルの対面で繰り広げられるイチャイチャコントを否が応でも見せられては、とても食事に集中などできない。
そもそも、今、自分はレーニャと昼食を一緒に食べれなかった事への絶望感に打ちひしがれているというのに。
まるで自分への当てつけかの如く繰り広げられる目の前の光景は、自分の中に新たなる感情を呼び起こさせる。
「……提督、本当に大丈夫なのか?」
「中佐、まるで人を殺しそうな目つきだぞ」
「わぁ~、僕怖いよ紀伊」
「HEY!Gangut! だからどさくさ紛れにMy darlingに抱き着くのは止めろっつてんだろデース!!」
「キャー! 金剛も怖いよー!」
「お、おい、動けないんだが」
あぁ、いかん。
感情が漏れ出て表面化してしまっていた様だ。
落ち着け、落ち着くんだ、自分。
「とっとと離れろでーす!」
「い・や・だぁー!」
「ふふ、では逆にもっと抱き着いてやるというのだどうだ? こんな風に、な」
「お、おい、ガングート、流石にこれは、感触が……」
「ふふ、私の心の温かさが伝わるだろ?」
「Nooooooo!!! 二人とも場を弁えろデース!!」
「僕はさっきから大声で叫んでいる金剛の方こそ場を弁ええるべきだと思うけど?」
「確かに、そうだな。食堂ではもっと静かに過ごすべきだ。紀伊も、そう思うだろ?」
「あ、あぁ、まぁな」
「うぅぅっ! ……なら、私もMy darlingにholdネー!」
──あぁ、落ち着け、落ち着け、お、ち、つ、け。お……。
「っ!!!」
刹那、食堂に静寂が訪れる。
原因は、自分が手にしていたフォークで肉をぶっ刺したのだが、勢い余って肉を貫通し、皿はおろかトレーまで真っ二つにしてしまったからだ。
その際の衝撃で、食堂内は静寂に包まれる事となった。
「……あ、あ、あははは。す、すいません! 本当にすいません!!」
嫉妬の炎から解き放たれ、我に返った自分は、慌てて立ち上がると全方位に向けて頭を下げ始める。
すると、食堂内の静寂も徐々に騒がしくなり、食堂スタッフが割れたトレー等を回収しに来た頃には、ほぼ静寂ではなくなっていた。
「本当にすいませんでした」
食堂スタッフに再度頭を下げ、こうして再び椅子に腰を下ろしたが。
対面の四人は、未だ固まったままであった。
「あぁ、えっと。驚かせて、本当にすまん!」
「て、提督、本当に、大丈夫なのか?」
ここでようやく我に返ったのか、紀伊が恐る恐る自分を心配してくれる。
「あー、やっぱり疲れてるみたいだな、うん。折角皆で楽しく食事してたのに、水を差して悪かったな。じゃ、先に官舎に戻ってるわ」
「あ、あぁ、気を付けてな」
紀伊達の視線を背に感じつつ、自分は立ち上がると、食堂の出入り口に向かって歩き始める。
「何だか今日の提督、いつもと様子が違いマース」
「確かに、この間会った時はあんな感じじゃなかったよね」
「しかし、一瞬中佐が放ったあの覇気、一介の提督とはとても思えぬものだった。……一体何者なんだ?」
金剛達のひそひそ話に耳を傾けつつも、食堂を後にすると、その足で自分の官舎へと向かう。
おそらく、今自分自身を客観的に見るとすれば、その姿は、相当哀愁を漂わせているんだろうな。
分かりやすい程肩を落として官舎に到着すると、出入り口を潜る前に一度深呼吸し気持ちを切り替える。
流石に、官舎の中では人目に付くので、艦隊司令長官としての威厳を保つためにも、気持ちを切り替えいつも通りに背筋を伸ばし終えると、出入り口を潜る。
と、早速自分に向かってくる人影と目が合う。
「あ、先輩、ちょうどよかった」
「ん? どうかしたのか、谷川?」
「先輩あてに呉鎮から直通電話がきてるんです」
「え? 呉鎮から?」
慌てていた様子の谷川から告げられたのは、何やら急を要しそうな内容であった。
呉鎮から自分への連絡、しかもラバウル統合基地の基地司令部を介さずに直接連絡してくる。これは、ただならぬ用件なのではないか。
谷川に了解した旨を伝えると、自分は急いで執務室へと駆ける。
程なくして執務室に入ると、河内の姿はなかった。昼食か或いはサボりという名の小休止か、いずれにせよ、今は河内にかまっている暇はない。
執務机の上に置かれている電話の受話器に手をかけ、一旦呼吸を整えた後、話を始める。
「はい、飯塚中佐であります」
「おぉ、飯塚中佐か! ははは、元気そうだな、うん、なにより」
「……しし、司令長官閣下ぁっー!!」
「ははは、いやー、そんなにいいリアクションしてくれると、わしも連絡した甲斐があるってもんよ!」
受話器の向こうから聞こえてきた声は、忘れもしない、あの辞令を受けた日、にこやかな笑顔で自分の肩を叩いてくださった呉鎮守府司令長官その人のものであった。
「ななな! な、何故名雲司令長官閣下自らご連絡を!??」
「いやー何、事が事だけに、わし自ら伝えた方がいいと思ってな。……所で、ラバウルはどうだ? 心地いいか? あぁ、そうそう、報告書、目を通させてもらったよ、いやー、実に興味深い! いずれ機会があれば、是非ともパラレルワールドからやって来たという艦娘を、この目で拝見したいもんだ」
自分の緊張を解こうとしておられるのか、
しかしながら、名雲呉鎮守府司令長官のお気遣いに水を差すようで申し訳ないのだが、自分としては、電話の相手が名雲呉鎮守府司令長官というだけで、緊張が取っ払われる事は絶対にないのだ。
極東州海軍が誇る五大大将の一人、そんな人物と電話越しとはいえ一対一で会話をしていて緊張しない者が果たしてどれ程いるだろうか。
少なくとも、一介の中佐である自分にとっては、相手はまさに雲の上の存在。今にも心臓が飛び出してしまいそうだ。
「ん~、飯塚中佐? どうした?」
「あ、あああ、いえ、何でもありません!」
「ははは、そう緊張するな。リラックスだ、リラーックス」
そのお言葉の一つ一つで、リラックスどころか余計に緊張が増すんです。
「ん? あぁ、すまんすまん。あぁ分かっとるよ。もうからかうのはこの位にしておく」
と思っていると、名雲呉鎮守府司令長官が誰かとのやり取りを始めた。
あれ? 今、からかうと言われなかったか。
名雲呉鎮守府司令長官は茶目っ気のある人だと聞いたことはあったが、まさか、自分はまんまと乗せられてしまっていたのか。
「いやー、すまんかったな、飯塚中佐。ちょっとからかうつもりだったんだが、少し調子に乗ってしまったようじゃ」
「は、はぁ……」
何だろう、まだ用件も聞いていないのにどっと疲れた。
ま、同時に緊張も疲れで紛れたので、よかったと言えばそうなのだが。
「ごほんっ! では、今回飯塚中佐に連絡を取った用件を伝える」
「はい!」
「一応付け加えておくとな、直通といっても何ら存亡に関わる様な喫緊の用ではないぞ」
「は、はぁ……」
「実はの、今週に予定しておった"警備府"への視察に関してちょっとしたトラブルが発生したので、それで連絡したんじゃ」
警備府、それはラバウル統合基地や呉鎮守府等の、各州管区内に設けられている大規模拠点とは異なり。
指定された近海海域の警備及び監視等を主任務とする為に設けられた小規模な拠点である。
その為、大規模拠点と異なり、常駐する提督も一人や二人。艦娘の数もそれに比例して少なく。また、提督が拠点の最高責任者を兼任している。
よって、警備府に着任させられた提督はまさに一国一城の主のようなものである。
が、それは所詮、建前。
本音は、警備府に着任させられるという事は、提督にとっての島流しを意味する。
そもそも警備府の立地として、主要な大規模拠点の活動範囲外、即ち、主要な航路から離れた海域などに設けられている。簡潔に言って、辺境やド田舎だ。
その為、深海棲艦側の活動も活発とは言い難く。故に、功績もあげづらい。
まさに島流し。警備府に着任させられた提督は、各州海軍内でも出世コースから落伍した者や素行に問題がある者等が殆どだ。
だが、そんな人材の墓場である警備府であっても、各州海軍においては大事な拠点。
ブラック提督の件もあり、定期的に中央の影響を残す為、各州海軍内ではこうした警備府などの拠点に視察を出す事が行われている
自分も、呉鎮時代には視察に同行して紀伊半島のとある警備府に行った事がある。
呉鎮とは異なり、どこか緩やかな雰囲気が漂っていたのは、今でも思い出す。
「それで、トラブルというのは?」
「実は、視察を行う筈だった提督が、視察に行けなくなってしまってのぉ……」
「行けなくなった? ご病気か何かですか?」
「あーいや、病気では……。いや、あれもまぁ病気といえば、病気? かの?」
何だか歯切れの悪い名雲呉鎮守府司令長官、一体、本来視察に行くべき筈の提督の身に何が起こったというのだろうか。
「まぁ、頼むんだし、素直に話しておいた方がいいかのぉ」
「名雲司令長官閣下?」
「実はの、本来行くべき筈の提督が、自身の部下である艦娘とケッコンカッコカリしたんじゃが、視察の予定日と新婚旅行の日程が重なってしまったんで、視察の方を行けないと言っておってのぉ」
──は?
一体名雲呉鎮守府司令長官は何を言っていらっしゃるんだ、トラブルの内容を聞いた自分は、そう思わずにはいられなかった。
軍務よりも新婚旅行を優先させる、ちょっと何を言っているのか自分には分からないな。
詳しく話を聞くと。
本来視察を行う筈だった呉鎮配属の提督、階級は大佐。は、部下であり秘書艦でもあった重巡の愛宕とケッコンカッコカリを果たし、晴れて幸せを掴んだ。
だがその矢先、今回の視察を命ぜられ、愛宕との幸せでぱんぱかぱーんな新婚旅行と日程が重なってしまうという問題が発覚。
自分は悩む必要があるのかと思わずにはいられないが、本人は悩みに悩んだ挙句、何と愛宕との新婚旅行を選んでしまった。
強制的に視察を行わせることもできなくはないのだが。曰く、彼はエリートで素晴らしい功績を残しており、故に将来を嘱望されている者の一人である為、当然上層部からの評判も良く。
さらに言えば、かなりのパイプを上層部のみならず方々にお持ちのようで。それらの方面から不要な軋轢は望まないとの声があったとかなかったとか。
結果、彼のわがままを許す事になったそうな。
「で、そんな彼の代わりを、是非とも君に、お願いしたく連絡をしたんじゃ」
で、そんなわがまま大佐の尻ぬぐいを、あろう事か自分がする事になってしまった。
「し、失礼ながら、どうして自分が?」
「うむ。わしが、飯塚中佐を見込んでいるからじゃよ。わしは、君がいずれ、新しい極東州海軍を支える逸材になると信じておるからじゃ」
「か、閣下……」
「という理由ならよかったんじゃがの」
「え?」
「ははは、いや、すまん。勿論、君を見込んでいるのは個人的な事なので本当じゃが、流石にそれだけでは代理として決定はされんよ」
何だろう、嬉しいような悲しいような、複雑な気分だ。
「飯塚中佐が代理として選ばれた理由は、君の任地であるラバウルから今回視察を行う警備府が近い、というのが一番の理由だ」
「そ、そうですか……。それで、その今回の視察を行う警備府の場所とは何処なのですか?」
「うむ。場所は、"クック諸島"の主島である"ラロトンガ島"となる。……あぁ、視察に関して、必要な手配や視察先の警備府の規模や人員等の視察要項を記載した書類は後でそちらに届くと思うので、詳細は書類に目を通してほしい」
「分かりました。飯塚 源、視察代行の任、謹んで拝命いたします!」
「では、期待しとるぞ、飯塚中佐」
そして、受話器の向こうから聞こえてきたのは、通話終了を告げる電子音であった。
刹那、身体中から張り詰めていたものが一気に放出され、同時に口から深いため息が漏れだす。
受話器を置き、同時に自分も椅子に腰を下ろす。
「はぁ……」
そして、残されていたため息を吐き出す。
「なんでこうなるかな……」
一体今日はどうしたというのか。顔に手を当て、思考を巡らせ始める。
まだ一日の半分程度しか経過していないというのに、アップダウンが激しすぎて精神が疲弊しまくっている。
最初は天にも昇る上りが続き、次いで、急降下爆撃並みの急勾配を下り、更に下りの勢いそのままに三回転のコークスクリュー。
この調子じゃ、一日が終わる頃には、自分の心と体は最凶ジェットコースターを体験した後の抜け殻の様になっていてしまいそうだ。