開閉式扉の向こう側へは妖精しか入ってはいけないとの事で、開閉式扉の前で、艦娘自身が出てくるのを待つ。
「来た、来たよー」
「にゅーふぇいす!」
「カーン、カーンの申し子!」
やがて開閉式扉の向こう側から妖精のものとは異なる足音が一つ。
妖精達よりも高い頭身、と言っても自分よりもやや背丈は低いだろうか。そんな人影がこちらへと近づいてくる。
そして、ついにその人影は開閉式扉のこちら側へとその全貌を現したのである。
「河内型戦艦一番艦の河内や! 自慢の主砲で敵をちぎっては投げちぎっては投げしたるさかい、頼りにしてや!」
現れたのは、大和型一番艦大和に似た紅白のセーラー服の上から、大日本帝国海軍の士官用夏用軍服である第2種軍装を羽織った二十代前半の女性。
またその容姿も、服装が酷似している事に関係してか、黒髪ショートヘアの大和と言った容姿を持つ。
ただし、その言葉遣いは、艦名からか何故か関西弁であった。
そして、当然ながら前世のゲームでは、河内型なんて戦艦は登場していない。
「……えっと、はじめまして」
「ん? もしかして、あたしを造った提督はん?」
「あ、はい。河内さん、じゃなかった。今後、河内の上官を務める飯塚 源だ、よろしく」
河内から敬礼され返礼し、とりあえず互いの自己紹介が終わった所で、河内に対して気になるあれこれを質問していく。
「所で、河内」
「ん? なんや提督はん?」
「君は河内型戦艦、なんだよな」
「せやで」
河内型戦艦。前世では大日本帝国海軍が第一次世界大戦前に竣工させた最初で最後の弩級戦艦。
完成と同時に旧式のレッテルを貼られ、その生涯も二番艦の摂津共々あまり幸運なものとは言えない艦だ。
後続の金剛型などのように近代化改装されていない為、その性能は数値だけで見れば、実戦においてはかなり厳しいものにならざるを得ないだろう。
「その、幾ら有名なアームストロング社設計の主砲を有しているとは言え、弩級である君は少しばかり実戦で活躍させるには……」
「ちょっとまってや! 何の話? あたし、アームストロング社設計の主砲なんて載せてないで」
「え?」
「え?」
彼女の為にもはっきりと、と思った矢先、何やら認識の相違が発生する。
「え、ちょっと待って、君、河内型戦艦だよね」
「そや」
「日本唯一の弩級戦艦で、最後は爆発事故で爆沈した」
「あぁ、それ先代の方や」
「え、川内の方?」
「って、なんでやねん! 軽巡の方ちゃうわ!」
「あぁ、東北最大の都市の方か」
「そうそうそう、牛タンでお腹一杯になった後はシメのお蕎麦と地酒をグイッと……、ってそれでもないわ! 先代言うたら当代の前の代の事に決まってるやろ!」
流石は難波っ子、切れるようなツッコミからの流れるようなノリツッコミ、流石だな。
と、河内のお笑い技術を拝見した所で、再び本題へと戻る。
「なぁ河内、ちょっと『履歴書』見せてくれるか」
「ん、分かった」
履歴書。
それは艦娘が個々に有している自身の、と言うより艤装と呼ばれる本体部分、即ち軍艦のスペックや簡単な戦歴等が記入された用紙の事だ。
そのレイアウトがあまりに学業や職業の経歴を記入する本来の履歴書に酷似している為、軍内部ではこの用紙の事を便宜上履歴書と呼んでいる。
「はいこれ」
そんな履歴書を河内から受け取ると、そこに書かれている内容に目を通していく。
顔写真が貼られた横の欄には、名前と生年月日、もとい起工や進水年月等が書かれているが。その数字は、自分の知っている河内型のものとは異なっていた。
自分の知っている河内型戦艦は、西暦一九○九年の四月に起工し三年後の三月末日に竣工。そして西暦一九一八年の七月十二日、爆発事故によりその生涯を閉じた。
しかし履歴書に書かれているのは、西暦一九三八年の三月末日に起工、そして三年半後の九月に竣工。と言う、自分の知ってる河内の没後二十年に生を受けている目の前の河内。
しかも戦歴を見ると、南に行ったり西に行ったり、加えて何故かヨーロッパの戦艦達と殴り合ってたり。
うん、どう見ても自分の知ってる戦艦河内じゃない。加えて、どうも前世で習ってきた歴史とは異なる歴史を歩んだ世界の河内型らしい。
しかもちゃっかり、終戦まで無事に生き残っている模様。
ま、そもそも年代の設定を第二次世界大戦時にしたのだから、自分の知っている河内型戦艦が建造される訳がないよな。
しかし、一体いつの間にこの工房は次元連結システムをちょっとばかり応用するようになったのだろうか。
「……ゑ?」
それに加えてスペックの方も確認してみると、彼女の主砲は50口径46cm連装砲。それも四基搭載。
副砲は搭載していないが、大和型よろしく高角砲や機銃が多数搭載されている。
当然それだけの火力の塊を収めるには、相応の船体が必要となり。大和型よりも大きな船体は基準排水量八万トン越えと、アメリカが計画していたモンタナ級戦艦をも超えるどたぷーんなボディなのだ。
しかしそれでいてその最大速力は大和型を越える二九・五ノット。
これはもはや大和型をも越える改大和型、或いは超大和型とでも言った所か。
そしてつまりは、ばるんばるんしよると言う訳だ。
「っ!」
なんて勝手に自己解釈していると、思い切り頭を叩かれた。
何処から出したか、河内が手にしているハリセンで。
「提督はん、今絶対エロい事考えとったやろ?」
「いいじゃんか、どう解釈したって! 健全な男の子なんだぞ!」
「うわ、開き直りおった!」
さて、こうして河内とのやり取りも楽しんだ所で、再び本題へと話を戻す。
「よし、君が自分の知ってる河内型戦艦じゃない事はよく分かった」
「あたしも、提督はんの世界とはなんか違う世界からやって来たみたいな事は薄々感じ取ったわ」
「にしても、履歴書を読む限り今後交流していくであろう他の艦娘達とは認識の相違が生まれる事は必須だな」
「それやったら提督はん。提督はんがあたしに歴史の勉強教えてくれたらええんちゃうん?」
「いや~、と言われても」
教えてあげたいのは山々だが、第二次世界大戦時の各国各艦の戦歴なんて全部覚えてないし。
何か丁度いい資料あったかな、官舎に戻って調べてみるか。
「おいおい!」
「ん?」
「お困りだな、ならこれ使え!」
と自分が悩んでいると、妖精が袖を引っ張り何かを訴えてくる。
何かと思えば、手にしたワイヤレスイヤホンを見せ付けてくる。
「これは?」
「それをあの河内さんの耳に装着させる、そしたら認識の相違はなくなる!」
「え!? ほんとうか!」
「なんやそれ付けたらええんか? ならさっそく」
妖精とのやり取りを見ていた河内は、妖精からワイヤレスイヤホンを受け取るとそれを両耳に装着し、意識を耳に集中させる。
それから約五分ほど、河内がワイヤレスイヤホンを耳から外すと、開口一番。
「よっしゃ、だいたいわかった!」
と眩いばかりのドヤ顔と共に言った。
その眩さに若干不安も募ったが、ここは河内の言葉を信じる事にしよう。