いやー、やる気に満ち溢れていると、時間が経つのもあっと言う間だな。
気が付けば、昼食を終えて午後の業務を開始する時刻となっていた。
しかし、今回はその前に、艦隊所属の全員を第二会議室へと招集する。
その目的は、ラロトンガ警備府への視察代行を正式に発表する為だ。
「という事で、この度ラロトンガ警備府への視察代行を拝命したので、視察代行中は艦隊の活動を制限する事となった」
「やったぁー! 臨時休暇だ! たっぷり昼寝だぁーっ!!」
「あ、活動を制限するといっても訓練などは通常通り行ってもらうので、艦隊のねぼすけアイドル・加古ちゃんも、しっかり励んでおくんだぞ」
「話が違うじゃないですか、ヤダー!!」
「ちょ、私は臨時休暇だなんて言ってない……」
この発表を受けて、各々がそれぞれの反応を示している中。
何やら加古の奴が夕張の言葉を早とちりしていた様で、物凄い一喜一憂した挙句、夕張に涙を流しながら詰め寄っている。
「えー、それでは、視察代行中の艦隊代理人事を発表する。まず提督代行は谷川、秘書艦代行兼臨時艦隊旗艦を紀伊とする」
その後、加古も落ち着きを取り戻した所で、臨時の人事発表を経て。
最後に、自分が視察代行で不在の間の心構えを皆に伝える。
「自分が不在で不安な者もいるかもしれないが、安心してほしい。自分の心は、いつも皆の傍に……」
「提督! 私、お土産は可愛い工芸品がよいぞよいぞ!」
「私は素敵なパーティーに合う物がいいっぽい」
「し、司令官。私はパレオなどで……」
筈だったのだが、何故かいつの間にかお土産の要望発表会と化してしまっていた。
あれ、自分、いてもいなくても皆はそれ程気にしてないのかな。
「言葉に出さなくてもよい程、提督は皆から信頼されている。という事じゃないのか」
「紀伊……」
「因みに、俺はアウチ島で生産されている特産の珈琲で頼む」
「これ立派な仕事って事、忘れてない?」
紀伊の言葉に涙しそうになったが、溢れそうな涙も次の瞬間には引っ込んでしまった。
でもま、シリアスな場面でも冗談を交えられる程信頼されている、と思えば、悪い気はしないな。
「よし、じゃ、お土産を買ってはくるが、一人"二千地球ドル"までな」
刹那、お土産の金額設定に文句の嵐が吹き荒れる。
なんだよ、これでも大分譲歩してやってるんだぞ。
そもそも、いくら佐官だからってたんまり給料もらってる訳じゃないんだぞ。
ただでさえ着任直後よりも人数増えて、ポケットマネーの出費は厳しいんだぞ。
くそう、信頼してるならもう少しは自分のポケットマネーにも気を使ってくれよ。
因みに、地球ドルというのは、表面上現世唯一の国家である国際地球連合政府の公式通貨で、唯一無二の基軸通貨である。
なお、ドルと名がついてはいるが、その額は前世の祖国たる日本の円と変わりない。
つまり、二千地球ドルとは、前世でいう所の二千円なのだ。
一人二千円相当だぞ、奮発してるだろうが。
と、少々ごたついたものの、無事に視察代行の発表と代理人事の発表などを経て、午後の業務を開始。
特に問題なども起こらず午後の業務を終了すると、夕食へ。
さて、いつもなら今日も一日頑張ったと肩の荷を癒す所だが、今日はそうもいかない。
何故なら、ラロトンガ警備府への視察に向けてラバウル統合基地を出発するのが本日の夜中になるからだ。
何故夜中に出発するのかといえば、それは時差が関係しているからに他ならない。
という訳で、夕食を終えて一休みする間もなく、自分は視察の為の出発準備に追われていた。
「なぁ提督はん!? これ持ってっていい!?」
「だから遊びに行くんじゃないんだぞ!!」
因みに、視察同行者の河内は、ふざけているのか本気なのか分からないが、水着や浮き輪など。
どう考えても海水浴の為の、視察には不必要な物を持っていけるかどうかを尋ねてくる。
あぁ、出発まで時間がないというのに、余計な手間を増やさないでくれ。
「なぁ提督はん、ホンマに同行すんのあたしだけでええん?」
「あぁ、今回は視察だけだからな。視察ついでに演習も行うなら人数も必要だし艤装も必須だ。でも、今回は演習は行わないから、同行も最低限、艤装も必要なしだから移動も飛行機で楽々だ」
視察先への移動手段は主に二通り。
一つは艦娘の艤装に乗って視察先に赴く。もう一つは、艤装以外の交通手段を用いて赴くかだ。
艦娘の艤装に乗って行く場合は、主に視察先で演習などを行う予定がある。或いは、最前線等の不安定で危険度が高く、万が一の場合も迅速に対処できる安全性の確保が必要な場合が多い。
一方、艦娘の艤装に乗っていかない場合は、主に演習の予定もなく、視察先の危険度もほぼない場合が多く。
急な事ではあれ、ラロトンガ警備府は戦火からは程遠い平穏な場所である為、飛行機を用いた移動方法となった。
因みに、移動に用いられる飛行機の手配に関しては、送られてきた書類によれば溝端准将が用意してくれる手筈となっている。
最初に目を通した時は何故溝端准将が、と思ったが、お互い極東州海軍の提督同士、困った時は助け合い。
という事で納得した。
「じゃ、留守の間頼んだぞ」
「任せてください! 先輩もお気をつけて」
こうして必要な荷物をアタッシュケースに詰め終えると、官舎の出入り口で見送る谷川達に言葉を交わした後。
飛行機に搭乗すべく、河内と共に基地内の軍用飛行場へと足を運ぶ。
夜中ではあるが、夜間飛行の為に基地内でも一際明るい軍用飛行場の一角。
自分達が搭乗予定の飛行機が駐機している筈のエプロンへと足を運ぶ。
すると、照明灯に照らされた一機の飛行機の姿が目に入る。
飛行機に近づいていくと、まるで出迎えの如く、数人の人影が立っていた。
「お待ちしておりました、飯塚中佐」
一歩前に出た位置で出迎えたのは、自分と同じく極東州海軍の軍服を着用した若い男性であった。
彼の軍服には、照明に反射する少佐の階級章が見える。
「えっと、貴方は?」
「は! 私は、溝端司令の副官を務めております田中と申します! 今回、飯塚中佐の移動中の保安担当を任せられました! 中佐の快適な空の移動の為、可能な限り尽力させていただきます!」
敬礼しながら喋る、人当たりのよさそうな田中少佐の後ろには、民間警備会社の戦闘要員の如く装備を身に纏った男達が整列している。
「同行の方は秘書艦一名との事ですが、間違いございませんか?」
「えぇ」
「では、お席にご案内しますので、どうぞこちらへ」
田中少佐に先導され、自分と河内は駐機している目の前の飛行機へと近づく。
スマートな旅客機とは異なるずんぐりとしたその胴体、そこから広がる巨大な翼には四基のターボファンエンジンが取り付けられている。
C-17、グローブマスターⅢの愛称を持つ軍用大型長距離輸送機。
今回、自分の移動の為に溝端准将が用意してくれた飛行機だ。
機体後部のカーゴハッチが開閉され、機内の貨物室へと、まさに要人警護の如く警備の方々周囲を守られながら乗り込む。
M1エイブラムス主力戦車やヘリコプターをも搭載可能な貨物室は、まさに広々空間だ。
だが、当然ながら人を運ぶために設計されていない為、側面や天井など、配線やフレーム等色々と剥き出しだ。
「本来ならばビジネスクラス相応のお席をご用意したかったのですが、何分今回は急な事で時間がありませんでした。ですので、申し訳ありませんが、中佐のお席はこちらになります」
田中少佐にそう言われて視線を動かした先には、貨物室に固定されている一台のキャンピングカーであった。
キャンピングカーの中を覗いてみると、四人家族にもぴったりな、標準的な設備を備えたキャンピングカーであった。
「お気に召しませんでしたか?」
「え? いやそんな事ないですよ! むしろ、ここまで手厚く配慮してくださって、逆に心苦しくなります」
貨物室に足を踏み入れる前は簡易椅子程度だろうと思っていたので、キャンピングカーでも大変有難い気遣いだ。
「それはよかった。では、間もなく出発しますので、キャンピングカーにご乗車ください」
こうして出発の為に操縦室へと向かっていった田中少佐を見送ると、貨物室内の簡易座席に座り始める警備の方々を他所に、自分と河内はキャンピングカーへと乗り込む。
よく考えてみれば、飛行機の機内で車に乗るというのは摩訶不思議な感覚だな。
「飯塚中佐、離陸を開始します。シートベルトの着用をお願いします」
暫くすると、カーゴハッチが閉じられた後、機内アナウンスが流れ、自分と河内は座席のシートベルトを着用する。
すると、キャンピングカー越しにグローブマスターⅢが軍用飛行場から離陸していく感覚が伝わる。
さて、これから数時間に及ぶ空の旅の始まりだ。
といっても、素敵な笑顔の客室乗務員はいないし、機内食や飲み物なども田中少佐曰くキャンピングカーの冷蔵庫に入っているので、食べる際は自分でレンジ等で調理してほしいとの事。
当然、新聞や雑誌、ゲームに映画などの娯楽はない。
よって、時間つぶしといえば、河内と喋るぐらいしかない。
「なぁ、提督はん」
「ん、何だ?」
「視察の移動ってこんなもんなん?」
「んー、場合によるな。視察場所が前線とかだと艤装に乗って、それこそ厳戒態勢でピリピリした空気の中で行くだろうな。……あとは、視察する側の階級も影響してくるだろうな。例えば自分が将官クラスの階級なら、それこそファーストクラスのサービス等、移動と言えどVIP待遇だろうな」
「って事は、提督はんは"そこそこ"の待遇って事やな!」
「河内さん、"そこそこ"は余計だと思います」
「ほなら、並?」
「やめて、もっと安っぽくなるから……」
こうして河内と喋り時間をつぶしていたが、それも数時間も続く筈もなく。
気が付けば、時間帯もあり、河内はキャンピングカーの展開式ベッドを展開させ、すぐさま夢の世界へと旅立ってしまった。
一方自分は、冷蔵庫に入っていた飲み物を片手に、座席に座りながら考えに耽っていた。
移動なれど万が一に備えて警備の人員まで割いてくださった溝端准将には本当に頭が下がる。
しかし、今後も同じように視察の頼みがこないとも限らないし、視察でなくとも危険は常に潜んでいる。
それに、自分のみならず部下の
加えて、移動手段の方も。
だがな、それらを加えるとなると、今まで以上に出費が……。
かといって現状のままでは、自分としても心苦しいままだし。
「むふふ、あかんて、もう食べられへんって」
くそう、自分はこんなに真剣に悩んでいるのに、河内の奴は何て幸せそうな顔して寝てるんだ。
むかつくので、頬を突いてやろう。
あ、くそ、なんて羨ましいぐらいのもち肌なんだ。
「大丈夫、やて、提督はん。あたしは、特殊な訓練うけとるから……、チョコレートファウンテンに頭突っ込んでも、大丈夫、や」
一体、どんな夢見たらそんな寝言が飛び出すというのだ。
そもそもチョコレートファウンテンに頭を突っ込むのは、衛生的にも道徳的にも悪い事なので、良い
と、脳内で注意喚起も終えた所で、飲み物の残りを一気に飲み干すと、自分も就寝の準備に入る。
「ふぁ~」
欠伸をしながら自分の分のベッドを展開させ終えると、すぐさま横になり眠りにつく。
夢の世界から目覚めれば、そこは既にラロトンガ島空の玄関口、ラロトンガ国際空港だろう。