転生提督の下には不思議な艦娘が集まる   作:ダルマ

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第63話 Can you feel my cry? その7

 頬に伝わる、やわらかく温かな触感。

 これは、もしかしてあの夜の。

 

 ──痛。

 

 あれ、何だ、今の衝撃は。

 

 ん? ちょっと待てよ、何だかあの夜の感触よりも少しばかり固いような気がする。

 

 ──痛。

 

 まただ、一体何なんだこの衝撃は。

 まるで、殴られて、いや、これはむしろ……。

 

 

「って、足!?」

 

 目が覚め、最初に飛び込んできたのは、自分の顔目掛けて目一杯伸ばされた河内の足であった。

 それを見た瞬間、自分は思い出した。河内は寝相が悪い事を。

 

「おい河内! 河内!! ここはただでさえ狭いんだからもっとお行儀よく寝なさい!」

 

「んー、あかんて。もうイチゴは食べられへん……」

 

 全く、自分はこんなに迷惑を被っているというのに、河内の奴は相変わらず幸せそうな寝言を漏らしている。

 

「はぁ……」

 

 自分も、河内位能天気ならどれ程幸せだったろうか。

 とため息を漏らした所で、現在の時刻を確認する。

 

 出発した時刻よりも数時間が経過しており、予定通りならば、もう間もなく目的地に到着する頃だ。

 

 と、誰かがキャンピングカーのドアをノックしてくる。

 

「おはようございます。飯塚中佐、よくお眠りになられましたか? ……あ、秘書艦の方は大変良くお眠りになられていたようで」

 

「あはは……」

 

 ドアを開けると、そこにいたのは田中少佐であった。

 田中少佐は自分の脇から目にした河内の寝相を目にし、気を利かせてくれるのであった。

 

 あぁ、当人は何も知らず幸せそうな夢見てるというのに、どうしてこうなる。

 穴があったら、入りたい。

 

「そ、それで、何か御用で?」

 

「あ、はい。間もなくラロトンガ国際空港に到着しますので、準備の方をお願いしますと伝えに」

 

「分かりました」

 

 こうして、顔を真っ赤にしながら用件を伝え終えた田中少佐を見送ると、早速河内を叩き起こす。

 

「おら! さっさと起きんか!!」

 

「ちょ!? なんなん!! 起こすんやったらもっと優しく……」

 

「こちとら赤っ恥なんだぞ! 優しくなんて起こせるか!!」

 

「何やねん、赤っ恥って!?」

 

 叩き起こされ文句を垂れる河内を他所に、自分はさっさと着陸に備えての準備を始める。

 河内も、やがて不満たらたらながらも着陸準備を始めると、程なくして互いに準備が完了する。

 

「飯塚中佐、間もなく着陸いたしますのでシートベルトの着用をお願いします」

 

 刹那、田中少佐の機内アナウンスが流れ、自分と河内は座席のシートベルトを着用する。

 程なくし、キャンピングカー越しにグローブマスターⅢがラロトンガ国際空港へと着陸した感覚が伝わる。

 

「お疲れさまでした、飯塚中佐。では、我々は機内で待機しておりますので、お帰りの際はお声がけください」

 

 貨物室で田中少佐や警備の方々に見送られながら、自分と河内は再び開閉されたカーゴハッチから、南国の太陽に照らされたラロトンガ国際空港へと降り立つ。

 かつては観光客で賑わっていたであろう同空港だが、今や、徒歩距離にあるビーチなどを楽しみにした観光客を満載した旅客機の姿はなく。

 

 エプロンでその姿を晒しているのは、ラロトンガ警備府航空隊所属と思しき二機の彩雲であった。

 ラロトンガ国際空港は、今や立派な軍用飛行場へと変わった様だ。

 

「所で、田中少佐らは同行せいへんのかいな?」

 

「あぁ、所管が違うからな。移動中の自分の保安に関しては田中少佐の所管だが、一歩ラロトンガ島に降り立てば、そこからはラロトンガ警備府の所管となる」

 

「ふーん。で、そのラロトンガ警備府のお迎えはどこにおるん?」

 

 エプロン内を見渡すも、特に迎えらしき人物は見当たらない。

 となると、空港ターミナルビルだろうか。

 

 早速、エプロンから三角屋根の空港ターミナルビルへと足を運ぶと、旅行客で賑わっていた頃の面影を随所に残した内装が目に付く。

 だが、それらも、一目で積もっていると分かるほどの埃が積もっている。

 かつての賑わいが失われてからかなりの時間が経っている事が容易に判断できる。

 

 と、空港ターミナルビル内を観察しつつ迎えの人物がいないかを探していると。

 不意に、到着ロビーの方から足音が聞こえてくる。

 

 足音は確実に、自分と河内が立っている搭乗ゲートへと近づいている。

 

 

 やがて、視界内に現れたのは一人の艦娘であった。

 儚げな雰囲気を纏い、流れるようなロングの黒髪、緋色の瞳。

 肩だしの大胆な紅白の巫女のような着物に赤いミニスカートを着込み、頭に目を引く髪飾りを付けた、そんな彼女の名は。

 

「扶桑さん!」

 

「……あら? その声、もしかして飯塚中尉、なの?」

 

 自分の声に小首を傾げた彼女の名前は、扶桑。

 西邑少佐が率いる艦隊の双璧たる戦艦の一人だ。当然、自分も西邑少佐が呉鎮にいた頃に、彼女とは面識を済ませている。

 

「やっぱり! 飯塚中尉、久しぶりね!!」

 

 しかし、西邑少佐が呉鎮から佐世保へと異動したと同時に、顔を合わせる事も連絡を取る事もなくなったので、お互い顔を合わせるのは久々だ。

 故に、扶桑は自分の顔を確かめるや、嬉しそうに小走りして近づいてきてくれると、自分の手を取り久々の再開を笑顔で喜ぶ。

 

「お久しぶりです、扶桑さん」

 

「ふふ、本当に、何年ぶりかしら。……あ、ごめんなさい。今は中尉じゃなくて、中佐、なのね」

 

 軍服に取り付けている中佐の階級章が目に付いたのか、扶桑は慌てて訂正する。

 

「でも、数年の間に、立派になられましたね。私が最後に見た時は、書類を持っておろおろしていたのに」

 

「ちょ、扶桑さん! よしてくださいよ、もう……」

 

「ふふ、ごめんないさい」

 

 でも、例え階級が変わっても、扶桑の中での自分の印象が変化するのはまだまだこれからのようだ。

 

「でも、本当に見違えました。急遽視察が代理の方に変わったと聞いてどんな方がいらっしゃるのかと思っていたのだけれど、まさか飯塚ちゅ……、中佐だなんて」

 

「自分も、視察先が西邑少佐が責任者を務めている警備府とは思ってもいませんでした」

 

「本当に、世界は広いけれども、世間は狭いわね。それから飯塚中佐、提督は今は"少佐"ではなく"大佐"ですよ」

 

「了解しました。……あ、そうだ、紹介しておきます。自分の艦隊の総旗艦兼秘書艦を務めている河内です」

 

「なんや話しぶりから提督はんの知り合いみたいやけど、どうも、よろしゅう。あたし、戦艦河内や」

 

「河内さん、ですか?」

 

 河内を紹介すると、案の定というべきか、扶桑の顔が少々困惑の色を隠せなくなる。

 多分、戦艦河内と聞いて弩級戦艦の方だと思っているんだろうな。

 爆発事故の際、扶桑も事故現場である徳山湾に停泊していたのだから。余計に思う所はあるよな。

 

「えっと、説明すると少し長いんですけど。河内は扶桑さんが思っている河内ではなくてですね……」

 

 なので、可能な限り簡潔に河内の説明を行うと、扶桑も納得してくれたようだ。

 

「そうだったんですね。すいません、お名前が同じだったので困惑してしまって……」

 

「ええねん、ええねん。別に、あたしはそこまで気にしてへんから」

 

「それにしても、パラレルワールドの戦艦ですか。何だか、不思議な感じですね」

 

「まぁ、あたしからしても、扶桑が"戦艦"ってのも、ちょっと違和感あるけどな」

 

「河内さんが軍艦だった世界では、私は戦艦ではなかったんですか?」

 

「んー、世代にもよるけど。あたしが軍艦で現役やった頃は、扶桑の名前を付けられとったんは航空母艦やったな」

 

「航空母艦、ですか。……ふふ、何時か、もし河内さんの世界の私に出会う事が出来れば、是非とも一度お会いしたいものです」

 

「お、戦艦と航空母艦の扶桑の対面。なんやそれ面白そうやな。提督はん、頑張ってあたしの世界の扶桑出してや」

 

 と、何やら勝手に当人達で盛り上がって、仕舞には無茶なお願いまで飛び込んできたが、どうやら仲良くなれたようだ。

 

 それにしても、内容は兎も角、艦娘同士が盛り上がって話をしている。

 これが本当のガールズ・フリート(GF)トーク、なんつってな。

 

「──んがっ!?」

 

「あほかっ!!」

 

 しまった、こいつ(河内)は人の心(ボケ限定)を読めるんだった。

 

 久々にさく裂した河内のハリセンを合図に、旧交を温め終えたので、いよいよ視察先であるラロトンガ警備府へと向けて移動を始める。

 

 

 ラロトンガ国際空港を後にした自分達は、扶桑先導のもと、同島の中心地にしてクック諸島の首都たるアバルア内にあるアベイウ湾を目指す。

 同湾にラロトンガ警備府は置かれているからだ。

 

 因みに、ラロトンガ島は島一周約三二キロメートル、車なら三十分程で一周できる大きさしかない。

 なので、ラロトンガ警備府へはラロトンガ国際空港から徒歩でも疲れ過ぎる事無く行ける。

 

 美しい南太平洋の海を横目に、扶桑さんと会話しながら歩き続ける。

 

「いい所ですね。のんびりした時間が流れてて」

 

「えぇ、地元の方々もとても優しい方々ばかりで、私達の事を温かく迎え入れてくれました。本当に、ここは素晴らしい場所です」

 

「それにしても綺麗な海やな、これやったら、美味しい魚も一杯釣れそうや」

 

「おい河内、お前は相変わらず食い気ばかりだな」

 

「えぇやん」

 

「ふふ、島には近海で獲れた美味しいお魚を使ったお店もありますから、視察が終われば案内しますよ」

 

「ホンマ!? やったー!」

 

 歩き続けていると、やがてアバルアの中心部が見えてくる。

 地元のスーパーマーケットや商店、教会などが見える中に、南国の風景に溶け込んでも不自然でない、赤レンガの建造物が見える。

 

 あれこそ、ラロトンガ警備府だろう。

 手前の湾内には、艦娘達の艤装が停泊している。

 その中でも特に目を引くのは、何といっても二つの鋼鉄(クロガネ)の城。細部は違えど大まかには似通ったそれは、扶桑と山城の艤装だ。

 

 呉鎮時代に幾度も目にした、懐かしの姿が湾内にはあった。

 

「こちらが、私達の家であり職場でもあるラロトンガ警備府になります」

 

 ラロトンガ警備府前まで足を運ぶと、さらにその詳細な姿を見る事が出来る。

 遠目からでも見えた通り赤レンガで造られた建物は、三階建ての、言葉は悪いがこの様な僻地に置かれた警備府としては十二分すぎる程の外観を誇っていた。

 

「ほえー、すんごい立派やな。もっと田舎のこじんまりした役所みたいな感じかとおもとったけど」

 

「こら、河内!」

 

「いいんですよ。……私も、引き継ぎの際に聞いたんですけど。これほど不釣り合いで立派な建物なのは、最初にラロトンガ警備府を任せられた提督の発案だと聞いています」

 

「え?」

 

「当時、半ば見捨てられ絶望に打ちひしがれ、手を差し伸べにやって来た初代の提督にすら疑心の目を向けていた地元の方々に、自分達は見捨てる事無く手を差し伸べる。そんな強いメッセージを込めて、この警備府は建てられたと聞いています」

 

 成程ね、この立派な警備府の建物は、まさにラロトンガ島の人々にとって守り神のような存在なんだな。

 そして、扶桑の話から、ラロトンガ警備府の初代責任者である提督の苦労も垣間見えた。

 

「では、提督の所にご案内しますね」

 

 こうして建物の外見を拝見し終えた自分達は、いよいよ西邑少佐。いや、西邑大佐に会うべく、建物内へと足を進める。

 

 筈なのだが、何故か扶桑は立派な出入り口を潜る事なく。

 何故か建物の裏手へと回っていく。

 

「あ、あの、扶桑さん? 西邑大佐の所に案内してくれるのでは?」

 

「はい、ですからご案内してるんです」

 

 これは黙ってついてこいと言われているのだと理解し、その後は疑問を挟むことなく扶桑の後をついていく。

 すると、港の一角に、南国の島には不釣り合いなほどの一軒の日本家屋が姿を見せる。

 しかし、外観の大きさからして母屋というよりも離れといった所か。

 

 何れにせよ、凄く目立つ。

 

「提督ー! 提督! 視察の方が参られましたよ!」

 

 そんな離れの玄関を潜ると、扶桑は奥に向かって叫び始める。

 すると、奥の方から懐かしい声が聞こえてくる。

 

「何時もの場所にいるから、連れてきてくれー」

 

「……はぁ、まったく。飯塚中佐、ついてきてください」

 

 何やら呆れた表情の扶桑に再度ついていくと、離れの玄関を潜る事なく、離れの側面へと回り込む。

 回り込んだ先は、海が見渡せる離れの一角であった。

 

 そこには、海を見渡せるからか、南国の太陽を浴びながらゆったりと潮風を感じられる縁側が設けられていた。

 

 そして、そんな縁側に、目的の人物はいた。

 

「提督。……全く、視察の方がお越しになられたんですよ。少しはしっかりと職務に励んでいる姿を見せてください!」

 

「んー。視察に来た時だけちゃんとしてたって、それじゃ意味ないだろ。ありのまま、いつも通りの俺の姿を見せてやった方が、視察側のレポートも公明正大になるってもんだ! ははは!」

 

「全く。……山城、貴女も提督の奥さんなら、提督に常日頃から職務に対してもう少し愚直に取り組むように言わないと駄目よ」

 

「でも姉さま。正二さんには勤勉に取り組んでいる姿よりも、こうして健やかにだらけている方が似合うと思うんです」

 

「はぁ……、全く」

 

 扶桑の言葉があまり響いているとは思えぬその人は、昔と変わらず、扶桑と同じ装いながらボブカットの黒髪が美しい、秘書艦にして艦隊の総旗艦。

 そして、最も愛すべき最愛の艦娘の膝枕を素晴らしい眺めと共に堪能していた。

 

 呉鎮時代より更に日焼けして肌の色が濃くはなっているが、軍服を着崩したりと、飄々としたあの性格は呉鎮時代からどうやら変わっていないようだ。

 

「相変わらず、扶桑さんを困らせてますね。西邑大佐」

 

「ん? その声!?」

 

 扶桑の後ろから姿を現した自分の姿を確認するや、西邑大佐は飛び起きると、暫し自分の顔を見つめた後、口角を最大限まで上げると嬉しそうに口を開いた。

 

「やっぱりそうか! 飯塚! 久しぶりだな!!」

 

「お久しぶりです、西邑大佐」

 

「っははは! 相変わらず他人行儀だな」

 

「山城さんも、お久しぶりです」

 

「あら、もしかして今回の視察の代理の方って、飯塚中尉だったの」

 

「提督、それに山城も。今は中尉じゃなくて中佐ですよ」

 

「あ、本当だ」

 

「なんだ、しばらく見ない間に随分と出世したな!! いやー、めでたい。……で、そちらの素敵なご婦人は何方かな?」

 

「む、正二さん」

 

 そして、山城という愛すべき人がいるにもかかわらず、女性に目がない所も、相変わらずのようだ。

 むすっとした表情を浮かべる山城に、西邑大佐はこれは一種のお約束の如く返事を返すのであった。


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