※一応キャラ崩壊注意
※一部修正しました
ーーーー送ってしまった…。
手元にある電子機器に写っている文字は『送信完了』の一文字。もう本当に、これで後戻りはできなくなってしまった。
あんな啖呵を切った以上、通常の精査内容で納得してもらえるわけがない。より精密で内容の濃いものが求められるだろう。
しかし、それらのデメリットを甘んじて受け入れなくてはならない状況だったのだ。
ーーーーけど、そうするしかなかったんだよなぁ。
普通であれば、査察を延長するなんて事はありえない。なぜなら、俺のような下っ端であっても、調査のスケジュールというものが存在しているからだ。
そのスケジュールを乱してまで捜査を延長するということは、それだけの理由を必要とする。まぁ、それだけの理由はこの組織にはあるのだが。
ーーーー伸ばせて、あと三週間だな。総会も近いし。
そんな目測を立てて見るが、実際はもっと短いかもしれない。この件の全ては『国際連合情報保持局』の局長の機嫌次第ということを忘れてはならない。
それだけの時間で、この組織の抱える戦力と抱える闇を精査しなければならないという事実に思わず背筋が凍る。いや、正直俺みたいな凡人には扱いきれませんって。
しかし、泣き言を喚いている時間はどこにもないのだ。そもそも今回の話だって、俺が見過ごせないから背負った案件なのだ、泣き言を言う資格など無いだろう。
ーーーー…頑張ろ。
これだけ働いても裁量労働制の一言で片付けられるのだから、公務員の専門職はやってられないものだ。
いつもより気持ち多めに粉を入れた珈琲を飲み干すと、再び視線を資料に走らせた。
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「…来たわね」
「おや。珍しいね、君がここにいるなんて」
カルデアの中にあるダヴィンチの工房。いつも誰かはいるその場所だが、今日は珍しい人物がいた。
マントを着て紫の髪をたなびかせている少女。常識では考えもつかない先進的な靴を履き、服装も『常識では考えられない』ものだった、
現代でもしこの格好で外を出歩こうものなら、公序良俗に引っかかる事は間違いない。
「なによ。私がここに来ちゃ悪い?」
「いや、ただ『ハイサーヴァント』である君の欲しがるものがここにあるとは思えなくてね」
彼女は『メルトリリス』。月の聖杯戦争のイレギュラーである『月の癌』から生み出された『アルターエゴ』。
ハイサーヴァントの名の通り、通常の英霊よりも高い霊基を保有している。
このカルデアに加入したのは人理修復を果たした後、海洋プラントに発生した特異点修復の時だ。最初は気難しい性格だったが、今では立派なカルデアにいるマスター大好きっ子の一人だ。
そんな彼女は壁にもたれかかりながら、気だるそうに話し始める。
「…話しがあるの。査察官についてね」
「査察官について?君、彼に興味が会ったのかい?」
「無いわよ。ただ、面倒なものを見つけちゃってね」
「面倒なもの?」
「これよ」
そう言ってメルトリリスはダヴィンチにコピーされた紙を手渡す。ダヴィンチはそれを見て眉間にしわを寄せ、気難しい表情を浮かべた。
「…どうやってこれを?」
「なにやら随分丁寧にプロテクトがかかってたから、暇つぶしついでに解いたのよ。最も、ほんの13秒で解析出来たけど」
「そうじゃない。なんで彼のメールを君が持っているんだ。見たところ、上司に宛られたもののようだが」
その書類は、かの調査官が懇切丁寧にプロテクトを掛けた裏のメールそのものだった。
「彼の動向を見ているのが貴方だけと思った?外から来た奴のことなんて信用できないし、大半の英霊はそう思ってるわよ。例外はいるけどね」
「…それで、彼からデータを抜き取ったと」
「えぇ。お陰でこんな重要な情報を得ることも出来たし」
『人理保証機関 フィニス・カルデア』への戦術核による核攻撃。それも一発二発ではく、文字通り『壊滅』するまで。
もしこんなことが行われれば、この組織とて無傷では済まない。
二、三発の核くらいならシェルターの強度で防げるだろう。だが、それ以降は無理だ。防衛の為に英霊を使うことになる。
そうなったらカルデアにいる英霊。主に反英霊やマスターを狂信する英霊たちは『報復』に動くだろう。
もしそうなったら最期、報復に動く英霊とそれを遮る英霊との『戦争』が起こる。ありとあらゆる時代から招かれた至高の存在による戦争、それが、通常の『聖杯戦争』のレベルで収まる筈がない。
そこまで行ったら終わりだ、間違いなく世界はこのありようを終わらせるだろう。
(…不味い)
そんな事を起こさせるわけにはいかない。絶対に。
「…君の意見を聞きたい。メルトリリス、どうすればいいと思う?」
「核攻撃の真偽はともかく、彼に危害を与えるのは得策ではないわね。もっとも、そんな事しようとする奴なんて今のところ居ないわよ」
「…『この書類』を見るまでは、ね」
「あの蛇女とかに見られたら最期ね」
そんなこと、考えただけでも恐ろしい。
「とにかく、君はこの事は黙秘で頼む。下手に英霊を刺激しないでくれ」
「わかってるわよ。…けど、もしあの調査官がマスターに危害を加えようとしたら」
「……そうなったら、私も腹を決めるよ」
彼の事だから、その可能性はゼロだがね。とは、口が裂けても言えなかった。
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コツコツと硬質なものが当たる音が等間隔に響く。今は、そんな音すら煩わしかった。
万能の人の部屋を出たあと、私の頭の中に浮かんでいるのはこの組織に来ているふざけた査察官の事だ。
(ここを核攻撃ですって?冗談じゃないわ‼︎)
正直あのメールを見たときは、我を忘れて査察官の部屋に押し入ろうとした。マスターに危害を加えるだけに飽き足らず、あの人の大切な場所を攻撃するなんて許せるはずがない!
それでもその時の衝動を諌めたのは決して査察官を思ってのことではない。ただ暴力に訴えるだけではマスターを悲しませてしまうと考えたからだ。
だから私はなるべく『平和的解決』を図るため、歩を査察官の部屋へと向かわせているのだ。万能の人の目の前ではあぁ言ったが、あんなものは口八丁に過ぎない。そもそも、あんなものを知って黙っていられる英霊がいるはずがないでしょ!
(査察官とはいっても所詮は人間。すこし『お願い』をすれば簡単に受け入れるはず)
厳重にプロテクトを施してあるメールを簡単に解読したことも『交渉』の材料になるだろう。どんな手段を使ってもこの『人理保証機関 フィニス・カルデア』に害を与えることができないとわかれば、さっさとここから出て行くに違いない。
頭の中で何度もシミュレーションをこなし、より効果的に『説得』する方法を何度も確認する。そんなことを繰り返している内に、目的の部屋の前に着く。
(蹴破って入った方が良いわよね。その方が印象をより強く与えられるし)
いくつもの装飾が施され、もはや芸術に到達している脚を上げる。その先端に付けられた棘を目の前の扉に向け、勢いよく突き刺す–––––!
ーーーーどうぞ。
その行為は、部屋の主人からの言葉でかき消された。棘はギリギリまで迫っており、まるでタイミングを計っていたかのようだ。
(足音で気づかれたのかしら?)
まぁ蹴破って入るという目論見自体は失敗したが、そんな事は些事である。さっさと要件を済ますため、フンッと鼻を立てその扉を潜る。
「これは……」
ーーーーいらっしゃい。と言っても今は忙しい身でして、少々お待ち下さい。
部屋の中は、『紙の城』とでもいうべき有様だった。大量の紙束が至る所に積み重なっており、中には簡素なベットにまで積まれたものもある。足の踏み場がないとは、まさにこの事だろう。
ーーーーすいませんね、かなり散らかってて。
「本当ね。整理整頓というものを知らないの?」
ーーーー片っ端から資料に目を通している状況でして…。残念なことに、整理している暇が無いんですよ。
「そう。べつにどうでも良いけど」
ある程度仕事がまとまったのか、机に向き合っていた青年が私の方を向く。すると顔を硬直させ、引きつった笑みを浮かべた。なにか顔に付いているのかしら?
ーーーー………………あの。
「なに?あんまり見ないで欲しいんだけど?」
ーーーー………………あ、はい。
「ふん。どうせこの服装のことでしょ?まったく、この先進的な衣装の素晴らしさがわからないなんて、所詮は凡人ね」
軽く頭を抱えるとなにやらボソボソと呟いていたが、すぐにこちらに向き直る。そこには初対面の人に向けるさわやかな笑みを貼り付けて。
ーーーー…それで、一体なんのご用件でしょうか?
「あぁ、ごめんなさい。あんまり気持ち悪い笑みを浮かべるから、思わず気持ち悪がってしまったわ」
ーーーーなるほど。笑みが不快でしたか、それは失礼しました。
そう言って軽く頭を下げるが、貼り付けた笑みは剥がさない。…へぇ、表情筋は鍛えられているようね。
そんな事はどうでも良いのよ。さっさと要件を済ませて、こんな紙の城からはおさらばしましょう。
「…まぁいいわ。そんな事より、貴方にこれを見て欲しいの」
そう言って一枚のプリント用紙を手渡す。査察官はそれを見ると、僅かに表情にしわをよせる。一般人なら見逃すほどの小さな変化だが、私なら余裕で判別できる
ーーーー……これは。
「なにやらプロテクトがかかってたから、面白そうだから解いて見たのよ。あまりの簡単さに暇つぶしにもならなかったけどね」
ーーーーなるほど。そういう……、それで?
……いま、こいつはなんて言った?
「…なんですって?」
ーーーーですから、これがなんだと言うんですか?
ガァン!という音を立て、査察官の床を抉る。意図せずした行為だが、脅しには十分な筈だ。
「貴方、この組織に喧嘩を売ったことが理解出来ないの?そんなこともわからないほど愚かなの?」
ーーーーえぇ。それくらいは十二分に理解していますよ。
「ならなんでそんなに余裕な態度なのよ?貴方、この組織にいる英霊の危険性が分かっているんでしょう?」
ーーーー勿論。だからそのメールを送ったんです。
…何、この違和感?さっきから会話が成り立っているようで、成り立っていないこの感じ。
「貴方…、この状況がわかってるの?いま私がほんのすこし動けば、簡単に死ぬのよ?」
ーーーーまぁ、貴方みたいな美女にやって貰えるなら本望かなって。
「ふざけた事を…!」
振り上げた脚を査察官の真横で振り切る。僅かにかすった髪の毛がサラサラと落ちるが、査察官の表情に変化はない。
「死ぬのが怖くないの?」
ーーーー…そうですね、生にしがみつく理由もありませんし。
そういうと懐からゆっくりと黒塗りの物体を取り出す。傍目で見てもわかる、拳銃だ。
「驚いたわね。そんなおもちゃで私に勝てるとでも?」
ーーーーまさか。この中に入っているのは一発だけです。
「…どういう事?」
ーーーーようは自決用ですよ。貴方みたいな連中に身体を好き勝手される前にね。
その時始めて、査察官の表情に変化がでる。貼り付けた笑みは剥がされ、残ったのは無機質な表情だった。
ーーーーまさか実力行使をこんなに早くしてくるとは思わなかったですよ。けどこれで、この組織の危険性も立証出来ました。感謝しますよ。
「お前………!」
ーーーー私はここで死にますけど、ほかの英霊たちのこともろくに調べられなかったのが悔いですかね。それでは。
そうやって拳銃をこめかみに当てる。不味い。ここで死なれたら、カルデアが核攻撃に!
引き金を引く寸前、振り上げた脚が握られた拳銃を弾く。弾かれた拳銃は天井にぶつかると床に落下し、カチャンという情けない音を出す。
そんな一瞬の刹那、私は首元に当てられた刃物のせいで一歩も動くことが出来なかった。
「そこまでです。メルトリリス殿」
「貴方は風魔一族の…!なんでこんな所に」
「私が頼んだんだよ。やれやれ、やっぱりこうなったか」
声のした方を向くと、そこには先程まで話していたレオナルド・ダ・ヴィンチが扉の前で佇んでいた。
「…ふん。監視されてたって事?」
「まぁそういう事だ。君の様子が普通ではない事はよくわかってたからね。けど、今回の茶番を組んだのは私じゃないよ」
「じゃあ一体…」
ーーーーあぁ、死ぬかと思った。あの速度の蹴りとか、殺人級ですよまったく。
そこには間抜けな顔をして地面に座っている査察官が笑っていた。つまり、今回の流れはこいつが…?
「初めは彼に身を隠す様に伝えたんだがね、そうしたら彼が『この組織への愛着を試しましょう』と言い出してね」
「それで僕はもしもの時の介入役として参集されたわけです」
ーーーーダ・ヴィンチさん、小太郎さん。ありがとうございました。お陰でいい資料が作れそうです。
…なんだろう。なんだかとっても恥ずかしくなってきた。
「 ……拳銃は?」
ーーーー中身は一発も入ってない、ただの置物ですよ。
「…死ぬのが怖くないのは?」
ーーーー仕事一辺倒で死ぬのは流石に。過労死しないために色々とやらなきゃいけないんですけどね。
ワナワナと羞恥の感情で身体が震え、顔が赤くなる。扉の前の私に気づいたのも、あんなに強気だったのも、全部演技だったからなのだ。
そんな私の内面など気にもせず、査察官は嬉しそうに話し始める。
ーーーーすいません、メルトリリスさん。試す様な事をしてしまって。この組織に所属する英霊がどれくらいこの組織を大切に思っているか知りたくて。けど、お陰で納得のいく検証ができました。貴方のその行動力と発言は、この組織への愛着無くしてはありえませんからね。
そんな風に言われたら最後、もう我慢の限界だった。
「そ、そう!それは良かったわ!じゃあ私は用事があるから失礼するわね‼︎」
そう言って早足でその場から立ち去るのが私の限界だった。そして胸に誓う、二度と外からの人を信用しない、と。
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ーーーーダ・ヴィンチさん。協力、ありがとうございました。
「…もし君から先のメールの話がなかったら、私だって見捨てていたさ」
ーーーー申し訳ありません。ですが、どうしても確信がほしくて。
「それで?彼女の対応は一体何点だったんだい?」
ーーーーそれはもう、100点満点ですよ。彼女はカルデアに固執している。ならば、外の世界に出てくる事はありませんから。
「…我々英霊がここから出ない確証が欲しかった。だから彼女を利用したんだね」
ーーーーえぇ。少なくとも、このカルデアへの攻撃は脅しに含まれると言うことがわかっただけでも充分な戦果です。
「……ずるいな、君は」
ーーーー褒め言葉として、受け取っておきます。
「それじゃ、私は行くよ」
ーーーーあと、この組織に公序良俗法違反の疑いがかかるかもしれないんで早めに対応をお願いしますね。
「なんで⁉︎」
いや、当たり前だろ。