私は、夢でも見ているのだろうか。
今までカルデアの職員として様々な特異点の調査、及び解析を担ってきた私だが、こんな事は今まで見たことも無い。
ここは現代だ、神代でもなければお伽話の中でも無い。それは、復旧された通信からも分かっている。
「じゃあ、これはなんて説明すれば良いのだろう…。」
このカルデアは、雪山に位置している。標高も高く、気象も荒れやすい。謂わば陸の孤島のような場所だ。
今日は国際連合からの調査官が着任する日。だが、カルデアは未だ活動中である。なので、私が一人で待っていたのだが…。
「雪山を、スーツ姿で登ってきたのか……⁉︎」
信じられない‼︎どう言う理屈なんだ⁉︎
ここは雪山、おまけに天候は過去最悪と来た。そんな中をなんの変哲も無いスーツで登山するなんて、正気の沙汰じゃない!
スーツの青年は吹雪の中を悠々と歩き、カルデアの入場門に辿り着く。顔色一つ変えてないなんて、本当に人間なのか⁉︎
ーーーー失礼。本日から『人理保証機関 フィニス・カルデア』に派遣された者です。門を開けてください。
「身分証の提示を、お願いします。」
手慣れた手つきで懐から手帳を取り出し、中に入っている顔写真付きの身分証を提示する。たしかに、本人だ…。
「わかりました。ゲートを開けます、少し離れて下さい。」
ーーーーわかりました。此処は少し寒いので、早めにお願いします。
そう言って彼は少し笑いかけて来る。それに私は苦笑いする事しか出来なかった。
少ししか寒くないのかよ⁉︎
______________________
いやぁ、寒い。もう諸々限界ですわ。手足とかもう感覚ないし、神経これ凍り付いてますね。これ老後冷え性待った無しかなぁ…。
なんとか辿り着いたけど、なんでこんな辺鄙な所に作ったんだよ!そうだよ、スーツ姿で吹雪の雪山の登山とかありえないけど、そもそもこんな所に作った奴が悪い。
なんで平野部に作らないんですかね?ここに物資を運ぶコストを考えないのか、それともあれか、秘密基地みたいなのに憧れてしまったのか?
そして受付の初老の男性からは人外を見るような目で見られたよ。でしょうね、俺も同じ気持ちだよ。もしかしたら俺人間やめてる可能性が微レ存…?
まぁそんな事はどうだって良いんだ、重要な事じゃない。辿り着いたんだから、まずは仕事である。
俺の仕事は大まかに言えば組織が正しく運用されているかの調査である。資金や人材などの査察が主な仕事であるので、かなり突っ込んだ事になるんだよなぁ。あぁ、面倒くさい。
今は先の男性から施設を一通り回っているのだが、そこそこ綺麗に整っている様に見える。
ふむふむ、こんな雪山なのに掃除は行き届いているようだな。優秀な清掃員でも雇っているのだろうか?まぁ、そこらはおいおい調べて行きましょ。
あぁ、はよお家に帰りたい。
____________________
「…えっ?もう仕事に入るんですか?」
ーーーーはい。なので、個室を用意して欲しいのですが…
…し、信じられない。
彼は今なんと言った?『早速仕事に取り掛かります』?
君、今この雪山を登山してきたばっかりだよね⁉︎どんな体力をしているんだ、いや、本当に人間なのか?
「個室はまだまだ有り余っていますが…。あの、もう仕事に取り掛かるんですか?」
ーーーーえぇ。時間は有限ですから。
彼は疲れたように笑う。それは慣れている、と言わんばかりだった。
国連の一調査官が、こんな表情をするのか?山を一つ登りきった後、すぐ仕事を始める体力なんて普通では考えられない。
調査官とは言え、国連に勤める公務員なら尚更だ。
「失礼ですが、調査官はここに来るまではどこに?」
ーーーー本局にて事務仕事に従事していましたが、それが何か?
「…いえ、失礼しました。個室に案内します。」
飄々とした態度で彼は笑う。
その態度を見て、彼は喋らないと、私はそう確信した。如何なる手段を取ったとしても、彼は過去を語ろうとはしないだろう。
ダ・ヴィンチさんに伝えなければならない。
彼は、なにかを抱えている。と。
____________________
「…わかった。どうやら、普通の経歴ではなさそうだね。」
「えぇ。気をつけて下さいね。」
私に情報に渡した後、局員は通常業務に戻って行った。普段温厚な彼が、あそこまで警戒心を露わにするのも珍しい。
かなりの切れ者か、それとも…。
「まぁ、まずは会わなければね。」
いくら私でも、人伝で だけでその人の本質など見抜けるはずがない。私が直接会いに行き、もしカルデアに害を与えようとするのであれば…。
手段は問わない。なんとしても排除してみせる。
_______________________
ーーーーこれが個室か。
無機質な部屋の作り。壁紙は白に換気扇が二つ。簡素なベットに、収納のクローゼット。事務机に、小さな観葉植物。
豪華とは言えないが、なにもないとも言えない。極めて普通なら部屋と言えるだろう。
出張用の鞄から着替え用の服やノートパソコンを取り出しては定位置に置いていく。ここが、しばらくの間活動の拠点となるだろう。
ーーーーそれにしても…。
観葉植物に一つ、換気扇に一つずつ。後は備え付けの掛け時計に一つか。
監視カメラを設置するなら、もっとマシな置き方があるだろうに。これでは見つけてくれと言っているようなものだ。
国連の調査官を舐めているのだろうか?
様々なしがらみのある国際連合。その為、それの目であり耳である調査官は常に平等を保たなければならない。
結果として、国連連合の調査官となる人物は、総じて怪しい経歴のある人間は就く事は出来ない。
だが天下の国際連合、その調査官を懐柔しようとする組織は極めて多い。そのアプローチの方法も様々だ。
調査官に任命されて早々に教えられる事は『勤務先では女と金とカメラに気をつけろ』だし、その暗さは押して図るべきだろう。
本来なら弱点となり得る『家族』も作るべきではないのだが…
ーーーー局長、やっぱ頭おかしいわ。
怖いわ、割とまじで。後ろ暗い人根こそぎ吹っ飛ばせるからね、あの人。機嫌を損ねようものなら後は転落人生真っしぐらだ。
まぁ恐ろしい上司のことなんて放っておいて、まずは第1印象についてまとめて行きますか。
…俺も可愛い嫁さんが欲しいな。
____________________
『2501』と書かれた扉の前に立つ。彼の話によれば、ここに調査官がいるはずだ。
この部屋は要注意人物用の部屋、簡単に言えば『監視』されている部屋である。
部屋の全体を確認する事のできる様に監視カメラが配置され、盗聴器も何台か置かれている。彼の目的が不鮮明な以上、少しも目を離すわけには行かないからだ。
扉を大きく三回叩く。すると中から若い男性の声が響く。
ーーーーどうぞ。
「失礼するよ。」
部屋には、声通りの青年がいた。黒い髪に黒い瞳、どうやら東洋系の人物らしい。
彼は目線をこちらに向け、少し唖然とした様子になる。…?
「何かあったのかい?」
ーーーー失礼、あまりに綺麗だったもので。
「…あはは!君、中々面白いね。」
彼は開口一番にこちらを綺麗だと言ってきた。綺麗だと言われて悪い気はしないが、これが世辞な事くらい誰にでもわかる。
ーーーーはじめまして。今日から『人理保証機関 フィニス・カルデア』に査察に来た◻︎◻︎◻︎◻︎です。よろしくお願いします。
「私はレオナルド・ダ・ヴィンチ。ここの局長代理さ。よろしくね。」
ーーーー……よろしくお願いします。ダ・ヴィンチ局長代理。
…ほぅ、驚かないのか。それとも呆れてものを言えないのか。まぁ、話して行けばわかるさ。
「ところで君、今日スーツ姿で登山して来たんだって?面白いことするね。」
ーーーーまぁ、成り行きで。案外楽でしたよ?
スーツ姿で雪山の登山が楽だって?もしそうならエベレスト登頂が一々ニュースになったりするものか!
…だが、何かしらの魔術を使った形跡はない。まさか身体能力だけで登りきったのか?信じられない身体能力だな…
「けど、多少は疲れただろう。今日はもう休んだらどうだい?」
ーーーーそうしたいのは山々ですが、性分でして。仕事しないと落ち着かないんですよ。
「その年齢で仕事中毒かい?先が思いやられるよ?」
そうですね、と彼は切なそうに笑う。だが、やめる気は無いらしい。…本格的に病気か?一体どんな経験を積めば、こんな風に仕事に傾倒出来るのだろうか
ーーーーまぁ、考えておきますよ。
「ところで、今君は何をやっているんだい?」
ーーーーあぁ、これはですね。
そう言って彼はノートパソコンの画面をこちらに見せてくる。そこには『人理保証機関 フィニス・カルデアの第一印象』と銘打たれたファイルが開かれている。
ファイルの中身は多種多様なものに渡っていた。
カルデアに資材を運搬する場合に取るべき手段やカルデアの外観についてなどの物から、館内の様子や局員の様子と言った小さなものまで鮮明に記されていた。
「…これは。」
ーーーー俺の所感です。書いてない調査官も多いですが、私は必ず書くようにしています。
彼を案内した局員についても詳しく書かれている。推定年齢や雰囲気、どんな人物かといったものだ。少なくとも、調査に決定的に必要なものではないものばかりだ。
「…それは、何故?」
ーーーー私の仕事はあくまでも調査。なので、調べることしか出来ません。手伝うことも、介入する事も出来ない。だから、せめてどんな細かい事も鮮明に記録しておこうと思ってるからです。
彼はそう言うと、先ほど見せた切ない笑みではない、心からの笑みを浮かべる。
……………………。
「うがぁぁぁぁぁぁ‼︎」
ーーーー⁉︎ちょ、どうしたんですか急に⁉︎
「いや、自分の馬鹿さ加減にイラついたのさ!気にしないでくれたまえよ!」
ーーーーは、はぁ?
私は馬鹿か!あぁ大バカだとも‼︎何故疑ってかかってしまったのか‼︎
彼を疑う事など、彼の挙動を見てからでも遅くなかった!なのに私は彼を疑ってしまった!ただ国連から来た調査官だからという理由だけで!
まったく自分が馬鹿らしい!これではロマンに笑われてしまう!
「すまない、私はどうやら誤解していたらしい。疑ってしまって悪かった。」
ーーーー良くわかりませんが、わかりました。
「君も、今日は休み給え。調査は明日からすれば良い。」
ーーーー…ですが
「い い か ら ‼︎」
なおも食い下がる彼を上から押さえつける。効率よく働くためには休息は必要不可欠なものだ。カルデアを正しく知ってもらうために、彼には休んでもらわなければ。
ーーーーわかりました。今日は休ませて頂きます。
「よろしい。では、また明日だ。おやすみ◻︎◻︎◻︎◻︎君。」
まったく、働きすぎは効率を悪くする天敵だ。それすら理解していないとは…
「あぁ、そうだ。言い忘れていたよ」
ーーーーなにか?
「ようこそ、人類最後の砦。フィニス・カルデアへ。」
そのまま私は急ぎ足で彼の部屋から立ち去った
とりあえず、今日は彼の事を知れて良かった。もし今日話さなければ、彼の事を誤解したままだったろう。
「ふふふっ。どうやら、面白い奴が来たらしいね」
やはり、直接会わなければわからないな。人間というものは。
________________________
……なんだったのだろうか、アレは。
思わず目を見開いた程の美女が突然騒いだかと思ったら急に謝って来たでござる…。うーん、疲れてるのかな…?
疑って悪かっただって?それで何故彼女が謝らなければならないのだろうか?
疑って悪かったのでなく、『疑わせて』悪かったと俺が謝罪するのが普通だろうに。
うーん、良い人過ぎる…。オマケに俺に休めとしつこく言ってくるあたり、もしかしたら現代の聖人君子、もしくは女神かも知れない。
オマケに俺の落書きの様な「カルデアの第一印象」を仕事と認めてくれるとは…。
あの所感とかあれよ。精査になんの役にも立たないガラクタよ。何故か局長からは必ず書けと言われるけどさ。
明日求婚したらオッケー貰えないかな?貰えないだろうなぁ…。
たぶんキャリアでイケメンな男が既に貰ってるよな、イケメンとか死ねば良いのに。
にしても彼女、良い人すぎて心配になって来た。それとなく裏から手を回すべきかな?
いや必要ないか、雰囲気でわかる。あれはデキる女だろう
もう監視カメラ付きの部屋に置いた事も許したる‼︎そもそもこの部屋しか空いてなかった可能性。
うん、あり得る。
あー、あんな美人で器量好しの人が上司だったら俺も人生薔薇色だったろうなぁ…。
今から部署替え申請してみようかな?
あぁ、けど偽名使ってるからなぁ…怪しいよなぁ…。
けどそれもまた良き、ナイスムーブメント。偽名で謎の多い女とか燃えるじゃないですか、色々と。
けどなんでまたレオナルド・ダ・ヴィンチ?あれ男ですよね?偽名にするにしても女の偉人にすれば良いのに。
別に偽名がクレオパトラとか楊貴妃でも一向に構わんッ!
いや、偽名はいけない事なんですけどね。
調査官
雪山に左遷された可哀想なやつ。さっさと仕事を終わらせるために諸々帆走する予定。最近中二病が流行っているのでは?と密かに不安がっている。カルデアに移籍する事をまじめに検討中
初老の男性職員
結構なベテラン職員。普段は温厚な人。怒ると卓袱台をひっくり返す昭和親父に早変わりする。
レオナルド・ダ・ヴィンチ
可愛くて美しい人理の万能人代表。調査官の人柄を痛く気に入った模様。なんでも亡くなった友人にまったく似ていないところがミソなんだとか。突然謝り始める事も天才あるある?らしい。