「はっはっは!そうか、簡単に見破られてしまったのか。それは災難だったね。」
「うぅ…。一生の不覚です…!」
彼の質疑を終えた後、ダヴィンチさんに事の顛末を説明したら笑われてしまいました…。それはもう盛大に、心底可笑しそうに。
た、たしかに私が悪かったかも知れませんが、そんなに笑うことでは無いと思います!
だ、だってこんな突然の査察でしたし。まるで疑って欲しいと言ってるようなものです!
「彼は調査官だよ?マシュみたいな正直者がその場で誤魔化そうとしたって無理だよ。」
「し、しかし、最初の方はうまく行っていたんですよ?」
「それは多分確信がなかったからだね。…思った以上に彼は優秀らしい。」
ダヴィンチさんはどこか嬉しそうに笑います。…なにかあるのでしょうか?
彼はカルデアに危害を与えようとしてない事は分かりましたし、彼について何かをする必要は無いと思うのですが…。
「…それで、彼とはどんな事を話したんだい?」
「はい。えぇと、話した内容は、主に仕事内容と業務時間。あとは職場環境についてが主なものでした。」
「…ふむふむ。じゃあ、彼と話していて何か感じたかい?」
「なにか、ですか?…そうですね。」
彼と話していて感じたこと…。
…色々と驚かされることばかりでしたが、一番印象に残っているのはやっぱりこれだと思います。
「彼と話していると、どこか安心したんです。ほっとした、と言うか…。」
「…ほぉう?詳しく説明できるかい?」
「え、えぇと。私は、あまり話すのが得意ではありません。職員の方々と方々と話すときも、偶に誤解が生じてしまうのですが…。」
「彼には、それがなかった?」
「はい。私の言いたい事。伝えたいことを的確に理解してくれるので、話していて疲れないというか…。」
確かに妙です。会ったばかりの、しかも外部の人と会話する事が安心に繋がるなんて、普通では考えられません。
「…まぁ、そこはまた追々聴いていこう。それでこれが本題なんだが…、彼は魔術について何か話していたかい?」
「…いえ、特になにも。」
急に黙り込み、何かを確信したような口ぶりになるダヴィンチさん。何か分かったのでしょうか?
「なら、彼の言葉の中に、どこか魔術について理解があるような言動はあったかい?」
「魔術について、ですか?」
…そういえば、会話の内容は全ていっぱん常識の枠をでないものばかり。魔術については、なんの話もしていませんでした。
「はい。なにも話していませんでした。…あの、それが何か?」
「…これはあくまでも予想なんだが。多分彼、魔術についてなにも知らないと思う。」
どこか確信じみた口調のダヴィンチさん。けど、そんなことってありえるのでしょうか?
ここは魔術の最先端。そこに魔術になんの知識もない人を派遣するなんて…。
「元々そうなんじゃないか、という考えはあったんだ。…彼は私の自己紹介の時、私の容姿に驚いただけで、名前に関しては何も触れなかった。」
「…つまり?」
「恐らく彼は、私がレオナルド・ダ・ヴィンチ本人であると認識していないはずだ。そうすると、彼のような知識人が驚かなかったことに説明がつく。」
ダヴィンチさんはパズルの様に彼の事を探っていきます。けど、言われてみればそうかも知れません。
もし魔術の事を知っていて、『英霊』の存在を知っているのならダヴィンチさんを見て卒倒してもおかしくありません。
「他にももう一つ。彼は此処を国連が実権を握っていると言ったらしいね。」
「はい。確かにそう言いました。」
「その言葉は正確には違う。ここに出資している中に国連は入っているが、実際に実権を握っているのは『魔術協会』だ。」
魔術協会。魔術を管理し、神秘を秘匿するために集められた魔術結社。
彼の言動にはその存在を知っている、という事は感じられませんでした。…となると、本当に魔術についてなにも知らないのでしょうか?
「となると疑問になるのは、なぜ彼の様に魔術に疎い人間がここに来たのか、という事になる。…けど、実際は見当がついてはいるんだ。」
ダヴィンチさんは指を二つ立てて、一つ一つ解説を始めました。
「一つ目は、国連が『我々はカルデアの運営について干渉する気は無い』という事を伝える為のメッセージだ。そう考えると、彼の様に魔術にからきしな人を派遣する理由に説明がつく。」
「二つ目の仮説なんだが、私にはこちらが主な目的であると考えているんだ。」
「…それは?」
「簡単な事だよ、マシュ。」
背後から男性の声が響きます。この声は…、ホームズさん⁉︎なんでこんな所に…。
「やぁ、ホームズ。盗み聞きなんて趣味が悪いな?」
気持ちよく話している時に割り込まれたせいか、ダヴィンチさんは少し不機嫌です。
「いや失礼。どうやら面白そうな話題でね、つい聞き入ってしまった。」
「それでホームズさん。二つ目の理由はなんなんですか?」
「うん?…Ms.レオナルド、私が話しても良いかい?」
「まぁ、構わないよ。君が言っても私が言っても同じ事だ。」
するとホームズさんは一呼吸起き、丁寧な口調で私に話してくれました。私では考えもつかなかった、とてつもない仮説が。
「うん。二つ目の理由は、『これ以上魔術協会に干渉させない、もしくは魔術協会と完全に切り離す』為だと私は考えている。そうすると、魔術協会に極秘で査察官を派遣した事にも説明がつくからね。」
私の驚きの声が上がったのは、そのすぐ後でした。
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ーーーーへくち。
…うぅ、だれか俺のこと噂してるのか?
まぁ、そんなわけ無いよね。俺噂されるようなことなんもやってないし。
にしてもマシュちゃん可愛かったなぁ。なんだよあの仕草、庇護欲が掻き立てられますね…。体もなかなか良いものをお持ちのようで。
良いなぁ、あんな子が後輩にいたらさぞかし学校楽しかっただろうなぁ…。けど、あんなに可愛い後輩がいたら他の先輩狼達に食われてしまう可能性。
けど現実にはそんなことないんですけどね!現実にいたのは晩成した親友に革ジャン着た着物少女だったよ‼︎…語彙力低下してきやがった。
そろそろ現実逃避はやめるか…。
ーーーー…にしても、これはどういうことなのだろうか?
この組織、調べてみると色々と不思議なところが多い。『魔術協会』なる中二結社からの多額の資金援助、出所不明な食料。
観測レンズ『シバ』と言った正体不明な装置群。そして何よりも…
ーーーーなんでこの組織、書類が一年分多いんだ?
そう、この組織の一番の謎。それは、書類の量がきっちり一年分多いことだ。
まるでこの組織だけ余分に一年多くあったみたいだ。けど、普通こんなことありえるのか…?
『君、魔術って信じるかい?』
ーーーー馬鹿馬鹿しい。何が『魔術』だ。
脳裏に完全無欠超人の放った中二格言がリピートされる。…うわ、ありえねぇ。
常識では測れない事象に直面した時、人は荒唐無稽なものを信じようとするらしい。だが、それはその場しのぎに過ぎない。
ーーーーけど、『ある事はあると証明できる』けど『ないものをないと証明する事』は難しいんだよなぁ…。
かつて蔓延した『魔女裁判』や『魔女狩り』は、摩訶不思議な能力が無い事を証明できなかったから起きた事件だ。
もちろん、集団ヒステリーといった外的要因はあるのだが。
ーーーーけど調べるのもなぁ…。もしなかったら赤っ恥も良いところだし。
………うーん。だめだ、思考能力が低下して来た。
やっぱり変に考えるとだめだね。考えをやめてルーチンワークに没頭しよう。うん、それがいい。
ぼくしごとだいすき。
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…はぁ。あまりに唐突な話過ぎて疲れてしまいました。あの二人は、どうしてあぁも信じられない様な事を平然と導き出すのでしょうか?
天才は惹かれ合うというか、何というか…。
その後二人が長話を始めてしまったので、こうして退出したわけですが…。
「…もう2時ですか。」
時刻は既に深夜。私が◻︎◻︎さんから質疑を受けてから既に八時間が経過しています。
あれからマスターの補助や諸々の雑事をこなしていたら、いつのまにかこんな時間になってしまいました…。
早く寝なければ、明日の業務に差し支えてしまいます。
「…あの人は、今何をしているのでしょうか?」
ふと、今日私と話した調査官の顔が浮かびました。
…あの時はよく考えてなかったのですが、カルデアの職員や英霊の方々とは違う、普通の一般人と話したのはこれが初めてかもしれません。
彼は、とても不思議な方でした。巧みな話術でこちらを翻弄する技能、僅かな仕草で考えを読み解く思考能力。これらの二つが合わさっているのに、どこか普通の存在。
そして、話して安心する存在です。
今まで、そんな人を見たことはありません。一番身近にいる先輩ですら、こんな感情を持つことはありませんでした。
「……あれ?まだ電気が点いてる。」
シフトの無い殆どの人が寝静まっているはずの深夜。一つの部屋だけが煌々と光を放っていました。
あの部屋は確か、『2501』のはず。…って、調査官のいる部屋じゃないですか⁉︎
時刻は既に深夜。…もしかして、電気を付けたまま眠っているのでしょうか?
……確認に行くべきか、否か。
散々悩んだ結果、私は確認に行くことにしました。もし起きていたとしても、注意を促せば良いと考えたからです。
大きくドアを三回叩き「◻︎◻︎さん、居ますか?」と声を掛けます。
が、特に返事はありません。…寝てしまったのでしょうか?
「……失礼します。って、え?」
部屋に入ると、そこは異様な空間でした。
際限なく鳴り響くキーボードを叩く音。紙と紙が擦れ合う音。そして、めまぐるしい速度で切り替わっていくパソコンの画面。
そして何より異常なのは、それらを操作している人物でした。
「…◻︎◻︎さん?」
こちらの呼びかけに気づく様子はなく、異様な雰囲気を放っている。昨日からここに査察に来ている青年。
ですが、私と言葉を交わし合った姿は今は何処にもありません。
瞬き一つせずパソコンに向き合い、両手をまるで別の生き物の様に滑らかに、そして素早く動かしています。
目に光は入っていない姿は、正確に物事をこなす機械のようで、とても正常な雰囲気ではありません。
そして、私はその姿を少し嫌だと思いました。何故かはわかりませんが、この姿は無性に嫌だったのです。
「…◻︎◻︎さん!」
ーーーーうぉ。…マシュさんか、どうしたの?
こちらが強く呼びかけると、大きく身体をビクつかせてこちらを見ます。…ハイライトは大丈夫そうです、それに、雰囲気も元に戻っています。
「 …あの、今何時かわかってますか?」
ーーーー今何時?…あー、もう2時なのか。
彼は頭を軽く掻くと、困ったように笑みを浮かべます。それと同時に、こんな事が珍しくない。という事も雰囲気でわかりました。
「……大丈夫ですか?その、異様な雰囲気でしたが……。」
ーーーーまぁ、よくある事だし大丈夫だよ。
あんな異様な状態が良くある?…それで体の方は大丈夫なのでしょうか?
あんまり言いたくありませんが、あれは人間の様子ではありませんでしたし…、少し、不安になります。
ーーーーそれで、マシュさんはどうして此処に?
「えぇと、電気が点いていたので、起きているかどうかの確認に来たんです。」
ーーーーそっかぁ。…優しいね、君は。
彼は面食らったあと、とても嬉しそうに笑いました。そ、そんなに嬉しかったのでしょうか?私はただ声を掛けただけなのですが…。
「別に、優しくありません。ただ私が気になったからやっただけです。」
ーーーー人間なんて、そんな気まぐれだけで嬉しいものだよ。
「そ、そんなものですか?」
ーーーーうん。そんなものだ。…そう言えば、今日は俺から君に質問したばかりだったね。
彼は思い出したように、今日。正確に言えば先日の私との会話を思い出します。
うぅ、恥ずかしい思いがまだあるので話題に上げて欲しく無いのですが…!
「そ、それが何か?」
ーーーーいやね。だから、今度は君の質問に答えてあげようと思ってね。
「…へっ?い、良いんですか⁉︎」
うん、と彼は頷きました。
これで、魔術のことや仕事について色々と聴くことが出来ます‼︎思い付きの行動がこんな事を呼ぶなんて、徳は積むものですね!
ーーーーただし、一つだけだよ。
「…な、何でですか⁉︎色々と聴きたいことがあるのに…。」
ーーーーそんなにあるの?まぁ、情報保全の観点からね。その代わり、なんでも一つ答えよう。
そ、そんなぁ…。聴きたいことが山ほどあるのに、一つなんて決められません。ダヴィンチさんやホームズさんに相談するべきでしょうか…?
いえ、これは私が聞かれた事です。私が考えないと!
け、けどどうしましょう……。意気込んで見たのは良いものの、何を優先すればいいのか…。
魔術について、本当に何も知らないのか聞くべきか。それとも、ダヴィンチさんたちの仮説について聞くべきか…。
うーん。どうしたら、カルデアに有益な情報を…。
…あっ。ありました!一回の質問で、カルデアに有益な情報を齎す質問が‼︎
「それでは、ひとつだけ。…貴方は、カルデアにとって何ですか?」
大きく目を見開き、驚いたような顔をします。ふふっ、間の抜けた顔なので、少し面白いです。
ーーーーそんなので良いのかい?
「…はい。これが、私の質問です。」
ーーーーそっかぁ。…じゃあ、答えよう。
私に念を押した後、彼は改めて口を開きます。そして、そこから出てきたものは、意外にもあっさりとしたものでした。
ーーーー俺は、観測者だよ。それは、保証しよう。
彼は、自分を"観測者"だと、明確に言い切りました。聞き間違いなど、しようもない程に。
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…まぁ調査官なんて、結局はお客様だし。大まかに言えば観測者ですよね。
大丈夫、嘘は言ってない。
調査官
思考が面倒くさくなると色々と放棄して覚醒する系主人公。かなりぶっ飛んでる所もあるが一応常識人の範疇に収まっている。カルデアに美女美少女率高すぎない?とまじめに考えている。
マシュ・キリエライト
色々と深読みした結果空回りしてしまうドジっ子系頼れる後輩。マスターといると勘が研ぎ澄まされるが、離れると途端にポンコツになる模様。ポンコツ可愛いヤッター!