※文章を付け足しました
プラスチックの擦れる音が、簡素な部屋に際限なく響き続ける。それと連動してモニターに文字が打ち込まれ、それが文章となっていく。
時刻は既に深夜の2時を回っているが、それも厭わず作業を進めていく。
ーーーー………。
終始無言で作業を続けていると、本当に気が滅入ってくる。だが、一人の方が集中できることも事実だ。
キーボードの隣に置かれたマグカップを手に取り、中に入っている物を一口啜る。
某白髪のイケメンの淹れた珈琲は、今まで飲んできた物を泥水と錯覚するような美味しさだった。
……現時点での結論から述べるのであれば、このフィニス・カルデアは『限りなくグレーに近い黒』である。
極めて用途不明な設備、出自不明な食料や資料等に含まれる謎の単語の数々。そして偽名を平然と使う協力者たち。
協力者への人件費等も振り込まれているが、国連関連の組織としてはあまりに安い。これではまるで形だけの給与みたいだ。
いくらこの組織が大所帯であったとしても、これではとても太鼓判を押すことなんて出来ない。
結果は出た。あとはいつも通り資料を作成し、局長に提出して此処を出て行けばいい。
そうするべきなのだ。だが、局長の一言がどうしても頭から離れない。
『君は、魔術って信じるかい?』
この局長の一言が、今の俺を迷わせていることは否定出来ない。
魔術なんでものは紛い物だ、ありえないものだ。と、断言するのは簡単だ。なにせ、ただ常識を振りかざせば良いのだから。
けれど、そう簡単に判断することは出来ない。
組織の名称は『人理保証機関 フィニス・カルデア』
こんな僻地に建てられた、実情不明な巨大組織。
しかも、この組織は国連の中でも秘匿された存在だった。
俺がこの存在を知ることが出来たのは、業務の関係で国連のデータベースの深くまで漁ったからだ。
もしこれをしなかったら、この組織の存在を知ることは出来なかっただろう。
此処で一つ、ある疑問が生じる。
それは、『なぜこの組織を国連は秘匿する必要があったのか?』と言うことだ。守らなければならない公開義務を破ってまで、この組織を隠す必要はあったのか?
加えて、この組織には巨大な原子力発電装置が設置されている。正式な手続きを経て作られたこれらだが、どうして認可が下りたのだろうが?
他にも、多種多様かつさまざまな疑問点が浮かんでくる。存在しないはずの2016年の資料。雪山の組織には分不相応な防衛システムの数々。組織上完全に隔離された運営方式。突如降って湧いてきた新鮮な食料等、あげていけばキリがない。
とても一言で言い表す事のできるものではない異常な数々。組織の闇を隠すために、ここまで大仰な隠蔽工作など不可能だ。
……正直な話、もはや自身の常識では測れない位置に立ってる自覚はある。
ーーーー…『魔術』ねぇ
しかし、これらの摩訶不思議なことは全て『魔術』の存在で説明する事のできる。
国連がこの組織を隠した理由は『魔術』という存在を世間から秘匿するためだったから。
原子力発電施設の認可が下りた理由は、その電力を『魔術』を行使するために必要だったから。
存在しない2016年の資料があるのは、『この組織にだけ2016年があった』から。なぜなら、この組織が『魔術』を行使する機関だから。
この組織に分不相応な防衛システムがあるのは、この組織が戦闘を目的に作られたものだから。
国連から完全に隔離された運営システムなのは、国連の上層部でも『魔術』の存在を扱いかねているからだ。
いささか無理のある、それこそ中学二年生のノートにでも書いてそうな内容であるが、『中二病乙』と一言で片付けられたらどんなに楽か。
…………本格的に、魔術について調べる必要があるのか?これは。
我ながら頭がおかしくなっていってる自覚はあるが、ほかにどうしようもないのだ。
よく考えれば、そうなるのも無理はない筈だ。
こんな雪山の組織にあんな変な服を着た連中が集まっているのだから仕方ないだろう。ドッペルゲンガーのようにソックリさんも何人かいたし。
そもそも、もし本当に『魔術』があったとしてそれは安全なものなのか?局長はこの世界を此処が救ったと言っていたが、果たして本当なのか?
…だめだ、疑問が全く尽きない。
しかし、俺一人でこれら全てを調べるなんて不可能だ。
国連ぐるみで隠している存在だ、生半可な調べでは尻尾すらつかめないだろう。
ーーーーこりゃ、ひさびさに『秘密兵器』を使うかぁ…。
しかし幸いなことに、そういった事を調べるプロフェッショナルに心当たりが俺には二つある。
…また頼ることになるのは忍びないが、今回は割り切ろう。今度のお歳暮に奮発していい肉を贈れば許してくれるはずだ。
それじゃあ、まずはあいつに電話だ。
魔術っていう『異端』には、あいつのような『普通』をぶつけるのが一番だ。
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今日は久しぶりに、本当に久しぶりにロロから電話があった。
あいつの声を聞くのは2年ぶりくらいだろうか?こちらが幾ら連絡しても返事が来なくて、その音沙汰無しの具合は橙子さんが『あいつ等々死んだか?』と言われるくらいだった。
そんな久方ぶりの会話。色々と積もる話もあったにもかかわらず、あいつが真っ先に告げてきたのはある種仰天の内容だった。
『黒桐、お前に『魔術』について調べて欲しいんだ』
僕の感想を正直に述べるのであれば、『えっ?今更?』と思ったのは間違いない。
ロロの事だからとっくに知っているものとばかり思っていたけど…、まぁ仕事が忙しいから無理はないのか。
けどこの件は慎重に扱わないといけない。橙子さんから『魔術は他人に秘匿されなければならない』との厳命を受けているので、おいそれと口に出すことは出来ない。
けど、ロロの頼みを聞いてあげたい気持ちもある。何だかんだあいつにはかなりの恩義があるし。
『わかった。けど、あんまり期待するなよ?』
『わかってるよ。頼むぜ、名探偵』
とりあえず了承の旨を伝えてその場は収めたが、このまま黙っているわけにもいかない。
彼はこちらがなにか隠してるとおもったら即座に突っ込んでくるやつだ。正直あの鋭さは人間離れしていると思う。
「…さて、それじゃあ始めようかな」
ロロが生きていることはわかったんだ。なら、今度の正月あたりに飲みに誘うのもいいかもしれない。
…式は嫌がるかもしれないけど。
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「やぁ、随分眠そうだね。コーヒーでもどうだい?」
ーーーー貴方は?
『仕込み』を終えた朝、鉛のように重くなった瞼を擦りながら部屋の外に出ると、ひとりの男性が待ち構えていた。
古臭いコルセットにパイプを吹かせた、いかにも時代錯誤という言葉が似合いそうな男性だ。
ここがもしハリウッドだったら違和感はないが、あいにくここは国連関連の組織。残念ながら違和感バリバリだ。
…本当にこの組織は俺に休息を与える気がないらしい。
「自己紹介がまだだったね。私は『シャーロック・ホームズ』、しがない名探偵さ」
ーーーー……成る程。私はロロ、査察に来ている調査官です
今度はかの高名な著者『コナン・ドイル』の描いた世界で最も著名な名探偵『シャーロック・ホームズ』らしい。
…退屈しない組織だな、本当に。
ーーーーそれにしても、シャーロック・ホームズですか。本当、この組織はなんなんですかね?
「…なるほど。君は、私が偽物だと疑っているのか」
ーーーー逆に聞きましょう。信じてもらえるとお思いですか?
それこそ不可能だ。それとも俺に『カルデアには実際のシャーロック・ホームズがいました』と報告しろと言うのか?
そんな事をしたら最後、辺境の地で永遠に書類に埋もれる事になるだろう。もしくは白い建物に隔離されるか。
「では、どうすればいいか本物と信じてもらえるのかな?」
ーーーー……。
その問いに、思わず口が閉じる。いや、勿論反論しようとした。
が、言葉が出てこなかった。
彼が『偽物』である。たしかに、それは世間的な目線では正しい。100人に聞けば100人がそうと答えるだろう。
けれど、もしそれが事実なら?俺に。それを証明する事が出来るのだろうか?
『あるものは証明できるが、ない物を証明することは出来ない』
…成る程、たしかにその通りだ。
そう言えば、誰かが言っていたじゃないか。『事実は小説よりも奇なり』と。
俺はあくまで『常識的判断』で彼を偽物と判断しているが、それは所詮『常識』。こんな『非常識』溢れる組織を『常識』で測る方が無理かもしれない。
…なら、俺のすることは一つだろう。
ーーーー…残念ながら、今の俺に貴方が本物かどうかはわかりません。
「…それで?」
ーーーーだから話しましょう、『シャーロック・ホームズ』。もし貴方が本物だと言うのなら、私にそれを証明してください。
結局のところ、話さなければわからないのなら話すしかない。なにせ、俺にはそれしか能がないのだから。
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面白い青年だ。と私は感じた。
彼はどこか平凡地味た出で立ちだが、その本質は平凡とはまるで異なる。
少し会話をしただけでわかる。彼は常識に囚われず、自身の観点から物事を把握できている。
先ほどの私の問いだって、普通の一般人なら一切の思考無く吐き捨てられるものだ。
それで彼を試したのだが、帰ってきた答えは私の想定の斜め上を行っていた。
彼は『真実』を見抜く勘を持っている。それもかなり鋭い、それこそ英霊のスキルにもある『直感』レベルの。
正直なところ、彼に査察官という立場は天職というほか無い。彼の才能を見抜いた人物は相当な切れ者だろう。
だが、彼はそれに気づいていない。彼は『自分は平凡だ』と信じて疑っていないが、そんな事はない。
彼は『異端』だ。それは、断言できる。
これは、面白いことになりそうだ。
久しぶりに歯ごたえのある人物に出逢えたからか、胸が踊る。それと同時に、一種の確信を得る。
「あぁ、いいとも」
彼ならば、『魔術』という途方も無い存在を理解できる。と