オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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2人で外出6

 しばらく抱き合っていたオカマ達は、ゆっくりと部屋の中へと入ってくる。

 その場にいた誰もが状況を理解できず、まるで魂が抜かれたようにその場に立ち尽くしているメンバー達にサラザが仲間を紹介する。

 

「この人達は私のオカマイスターの仲間なのよ~。こっちの体格がいいのがカルビ。そして私と同じで、美に生きるこっちの2人は――」

「――あたいはカルビ! 料理の見た目にはうるさいけど、人の外見は気にしないから。仲良くしましょ~」

「私はガーベラよ。話はサラザから聞いてる。私の可愛い子猫ちゃんを連れ去るなんて許せない! 是非協力させてもらうわ!!」

「わたーしはマツザカ。見ての通り孔雀の化身だ! 皆、わたーしの事は孔雀マツザカと呼ぶザマス!」

 

 3人は軽く自己紹介をすると、困惑した表情を浮かべているエミルに向かって手を突き出し握手を求めた。

 

 それぞれに個性的な見た目をしているが、サラザの仲間ということならば実力の方は申し分ないだろう。まあ、戦力的に劣っているエミル達にとって、彼等の加入はとても心強いことに変わりはない。

 

 エミルは一人ずつその手を握り締めると「よろしくお願いします」と頭を下げた。

 

 その光景を見ていたサラザは満足そうに微笑むと、見計らったように声を張り上げて叫んだ。

 

「ダークブレッドだかハムサンドだかしらないけど、肉弾戦で私達オカマイスターに敵う者は存在しない! みんな! 鍛え上げられた鋼の筋肉を遺憾なく発揮してちょうだ~い!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」

 

 サラザの声に相応するようにオカマ達は叫び声を上げ、その轟音が部屋を全体を揺らす。

 

 窓ガラスも震えるほどの声量に恐怖を覚えながらも、それを押し殺してエミル達は苦笑いを浮かべている。

 まあ、恐怖するのも当然だろう。筋肉で武装したオカマが3人、贅肉と筋肉で武装したオカマが1人。その全員が雄叫びを上げている。ガラスが震えるほどに……その現状で恐怖を覚えない方が異常だろう。

 

 ただ一つ言えるのは、この時の彼等は間違いなく『漢』であったということだろう……。

 

 今までオカマ仲間と熱い契りを交わしていたサラザが、徐にエミルの元に歩いてきて言葉を発する。

 

「それでエミル。いつ頃、ウォーレスト山脈に向かうの? 急がないと、星ちゃんの身が心配だわ~」

 

 首を傾げているサラザに、エミルは一瞬おののきながらも直ぐに平静を取り戻し。

 

「そうですね。ですが、何の策もなく敵地に乗り込むわけにも……敵は最大の犯罪組織ですし……」

「そんな悠長な事言ってる場合でもないぞ! エミル!!」

 

 突然叫び声が聞こえてその方向を振り向くと、そこには顔面蒼白のまま立ち尽くすエリエと、尋常じゃない慌てようでそのエリエの体を支えているデイビッドの姿があった。

 

 エミルはそんな彼に声を掛けた。

 

「ど、どうしたの? デイビッド」

「どうしたもこうしたもない! エミル。パーティーメンバーの表示から、星ちゃんの名前が消えてることにまだ気が付いていないのかッ!?」

「……えっ!? そ、そんな事――――ッ!?」

 

 エミルはデイビッドに言われ慌てて確認すると、彼の言った通りパーティーメンバーの名前の欄から、星の名前が消えていることに気が付いて顔を青ざめさせる。

 

「そ、そんな……こうしちゃいられないわ!!」

 

 エミルは血相を変えて、何も考えず急いで部屋を飛び出して行ってしまった。

 

 彼女を追いかけるように、周りのメンバー達も部屋を飛び出して行く。

 エミルが慌てるのも無理はない。何故なら、パーティーの解除は本人かパーティーリーダー以外はできない仕様になっているからだ。

 

 星が自分の意志でパーティーを抜けたと考えるのが自然だが、それは不可能だ――それもそうだろう。エミルは星にパーティーからの抜け方を教えていない。

 

 にも関わらず。名前が消えたということは、星の身に何か起きたと考えるのが普通なのだ。

 

 何者かに脅迫されて解除したことも考えられるが、星は意外と頑固な所があり。自分の生死に関わることは絶対に拒絶するはず……っとなると、既にこの世界に居ないのか……どちらにしても、星が危機的状況に陥っていることは間違いなかった。

 

 居ても立ってもいられずに険しい表情でエミルが身を翻すと、部屋の扉に向かって一目散に駆け出す。

 

(――待っててね、星ちゃん。今私が行くから頑張って!)

 

 心の中でそう叫びながら、エミルは城の廊下を全速力で走っていってしまう。

 

 もう彼女の思考の中には星のことしかない。だが、エミルが飛び出していってすぐ、もう一人部屋を飛び出した人物がいた――。

 

「うおおおおおおおおおおッ!!」

「――えっ!?」

 

 走っているエミルの後ろから、雄叫びを上げながら物凄い速度でサラザが爆走してくる。その形相は、まるで獲物を追い掛ける肉食獣の如く。

 

 サラザの全身から湧き上がるエミルは身の危険を感じて、更に速度を上げて走った。

 

 しかし、サラザの足は思いのほか速く、エミルはすぐに捕まってしまう。

 

「ちょっと待ちなさい! 急に飛び出したってダメよ! 敵のアジトまではエミルのドラゴンに乗っても2日近く掛かる。今は星ちゃんの事を信じましょ~?」

 

 サラザはエミルの体を後ろからがっしりとホールドすると、困惑して暴れることも忘れているエミルの耳元で告げた。

 

「……でも、私。星ちゃんにもしもの事があったら……」

「大丈夫よ。星ちゃんはパーティーを抜けさせられただけ……それに、あのドラゴンちゃんは星ちゃんが作り出した存在でしょ~? それが無事ってことはまだ大丈夫! そうよね? ドラゴンちゃ~ん」

「その通りじゃ! 珍獣にしては頭が回るではないか! ゴリ――」

 

 空中で腰に手を当てて頷くレイニールの体がそう口にしようとした直後、勢い良く体を引かれサラザの手の中に収まる。

 

 咄嗟のことで何が起きたのか分からずに、レイニールが目をぱちくりさせてきょとんとしている。そんなレイニールにサラザがにっこりと微笑みかけながら問い掛ける。

 

「あ~ら。今なんて言おうとしたのかしら~? ちょっと聞こえなかったから、もう一度お願い。でもドラゴンちゃん? 返答によってはあなたを食べちゃうかも♪」

 

 首を傾げてるレイニールの頬を、ペロリとひと舐めするサラザ。

 

 すると、やっと自分の置かれている状況が把握できたのか、身の危険を感じたレイニールは震える声で言った。

 

「あ、あはは……じょ、冗談じゃ! 冗談に決まっておろう! 美しいお前があんな下等生物と同じなわけがあるまい。ド、ドラゴンジョークじゃ! あはは……」

 

 冷や汗を流しながらレイニールが必死に作り笑いを浮かべると、サラザは掴んでいたその手を放す。

 

 レイニールはほっと息を吐くと、パタパタと翼をはためかせ、エミルの前に来ると徐ろに口を開く。

 

「――主は皆のお荷物になりたくないと、強く思っておる。なら、自分の力でなんとかしようと考えているはずじゃ! 我輩の主は強いのでな!」

 

 レイニールは自慢気にそう言い放つと、胸を張って頻りに頷いている。

 

 星も自分の意思で敵の手に落ちたからには、仲間達の助けを求めようとはしていないだろう。

 

(……迷惑をかけないようにと、自暴自棄にならなければいいけど……)

 

 エミルはそう心の中で呟くと『今すぐにでも助けに行きたい』と思う気持ちが先走っていた。だが、同時に頭では『冷静にならなければ』と何度も叫んでいる自分もいた。

 

 その噛み合わない心境が、エミルの中でなんとも言えない心のざわめきとなって彼女を惑わせている。

 すると、その横をエリエが通り過ぎて行くのが、一瞬エミルの視界に入ってきた――っと同時に、目にも留まらぬ速さでサラザが動きエリエの腕を掴んで止める。

 

「ちょっとエリー! あなたも少し落ち着きなさいって!」

「落ち着いてなんていられないよ! 星の名前が消えたんだ! もう一刻の猶予もないでしょ!?」

「だとしても、アジトに着くまで2日は掛かるのよ~。こっちも準備してから行かないと犬死になるわ~」

「――今すぐ行っても大丈夫やよ~」

 

 差し迫ったエリエがサラザと言い合っていると、その時イシェルの声が廊下に響いた。

 エリエ達が一斉に振り返ると、扉の前から微笑みを浮かべ、後ろ手に両手を組んでゆっくりと向かってくるイシェルの姿があった。

 

 それを驚いた様に見つめるエミルとサラザに、落ち着いた声音でイシェルが言葉を続けた。

 

「だって、せくんなら別にまとまらんでもええんやし。それに、エミルのとこんドラゴン以外にも、今はレイニールちゃんがおるしな~」

 

 そう言い放ったイシェルはレイニールの方を向いて微笑んだ。

 彼女のその表情からは『君も早く主様を助けに行きたいんやろ?』そう言ってる気がして仕方がない。

 

 レイニールはその意図を察したのか、慌ててえっへんと腰に手を当てると、イシェルに向かって胸を張って見せる。

 

 エミルはそれを聞いてポンっと手の平を叩くと口を開いた。

 

「どうして気が付かなかったのかしら……なら、私がリントヴルムと一緒に先に――」

 

 閃いたエミルがそう口にしようとした直後、エミルの腕にイシェルの腕が絡み付き、強引に自分の方へと引き寄せた。

 

「――あかんよ~。エミルから離れるなんて、うち考えられひん」

「ちょっと、今はそんな事を言ってる場合じゃ……」

 

 エミルがあたふたしてイシェルから離れようとした直後。イシェルが小さく耳元でささやいた。

 

「……ディーノって人も見張らなあかん。それに、必ず星ちゃんを助け出すのに準備は必要やろ? 緊急時ほど、冷静に、そして確実に……やよ!」

「……そ、そうね」

 

 それを聞いたエミルは返事をすると、イシェルの真剣そうな瞳を見つめた。 

 彼女の瞳には、普段ののほほんとした彼女とは違うなんとも言えない闘志のようなものが漲っている。

 

 イシェルとエミルは長い付き合いになるが、イシェルがやる気を見せたのは人生で数えるくらいしかない。

 

 普段から何事もそつなくこなせる彼女にとって、日常の殆どのことが他愛もない出来事なのだろう……。

 

 だが、人の命がかかっているこの状況で――今の彼女から感じる気迫は、普段の彼女とはかけ離れていて常人の比ではない。

 

 それをひしひしと感じたエミルは、額から冷や汗を掻きながら生唾を呑み込むと。

 

「――全てイシェ。あなたに任せるわ」

 

 っと呟いて、深く頷いて見せた。

 

 こうなった時のイシェルは自分以上に頼りになる存在だと、エミルは長年の付き合いで分かっていた。

 彼女ならどんなに危機的な状況でさえ、全く臆さない並外れた精神力がある。それを知っているエミルだからこそ彼女に託したのだろう。

 

 イシェルは満足そうに微笑むと、その表情はすぐに神妙な面持ちに変わり、力強く皆に指示を出していく。

 

「ほな。エミル、うち、カレンちゃん、ディーノはんはうちと一緒にニ陣や。物資を揃えてリントヴルムで――」

「――待ってください!」

 

 騒ぎを聞きつけて部屋の前に出て来ていた彼等にイシェルが告げ声を遮って、不服そうにカレンが声を上げた。

 

 ゆっくりとイシェルの前に歩いて来たカレンが、イシェルの瞳をじっと見つめた。

 

「俺も一陣で行きます! 星ちゃんが誘拐される時に、俺が一緒に居ればこんな事には……今回の事は俺にも責任があります!」

「そ、そんな……カレンさんに責任なんて……」

「いえ、お風呂に入っていたエミルさんと違い。こいつと星ちゃんが出ていった事に……それに気がつかなかった俺の責任は大きい。俺が必ずあの子を救い出します!!」

 

 詰め寄るようにエミルの前に出たカレンの決意に満ちた眼差しに、エミルは思わずたじろぐ。

 

 すると、隣に居たイシェルがため息混じりに徐ろに口を開く。

 

「――はぁ……分かった。せやけど、無理はあかん! それと、デイビッドの言う事をちゃんと聞くんやよ?」

「はい!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! どうしてそうなるんだ!?」

 

 カレンが頷いた直後。一番後方で皆のやり取りを見守っていたデイビッドが、焦ったような情けない声を上げた。

 

 動揺した様子の彼に、イシェルは何食わぬ顔で言った。

 

「それはな~。デイビッドくんが一番観察力があるからに決まってるやん! 頼りにしとるんよ~」

 

 デイビッドの不満を受け流すようにイシェルはやんわりとした言葉で返した。

 

 納得いかなと言いたげな顔で、デイビッドが人差し指で頭を掻くと。

 

「……いや、それは答えになってない」

 

 そう言い返そうとしたデイビッドを完全に無視し、イシェルはサラザに向かって話し始めた。

 

「サラザさん。ええか? うちらと合流するまでは、敵地を偵察だけにしててほしいんよ。そんでな。もし、見つかってしもたら、できるだけ敵を錯乱させてほしいんや。敵がバラけてた方が侵入しやすいやろ?」

「ええ、了解よ~。情報集めがメインで、最悪は派手に暴れて構わないって事でいいのかしら~?」

 

 自信満々に拳を突き出し満面の笑みで応えると、イシェルはにっこりと微笑み返した。

 

 その直後、待ちきれなくなったエリエとレイニールが声を揃えて叫んだ。

 

「早く行こうよ!」

「早く行くのじゃ!」

 

 そう言ってすぐにでも飛び出していきそうなエリエ達の方に慌てて、一陣のメンバー達が駆け寄っていった。

 

 一陣は皆を乗せてアジト近くまで運ぶレイニールとエリエ、カレン、デイビッド、サラザ、ガーベラ、カルビ、孔雀マツザカ――そして街で物資を買い漁り、後から向かう。実質、補給部隊という位置付けにある第二陣はリントヴルムで向かうエミル、イシェル、ディーノの3人だ――。

 

 城の外へと出るとレイニールが巨竜の姿へと変身し、その背中に皆を乗せた。

 

 それを心配そうに見つめるエミルが徐ろに口を開いた。

 

「――皆。無理はしないでね……エリー。もし何かあったら、すぐにメッセージでもボイスチャットでもいいから連絡するのよ?」

 

 不安そうな眼差しを向けてそう告げたエミルに対し、エリエは自信満々に答えた。

 

「大丈夫! 必ず星を助け出すから! エミル姉達はゆっくり来ていいからね!」

「もう。そういうわけにはいかないわよ……皆も気をつけて……」

 

 神妙な面持ちでそう呟くエミルの顔を見て、他のメンバー達も無言のまま静かに頷いた。

 

 レイニールの背に乗っている皆のその表情には、それぞれの決意を感じる。

 その緊張感の中。レイニールが大きく翼を数回はためかせその後、大きく叫んだ。

 

「主、待ってろ! 今助けにゆくぞー!!」

 

 その雄叫びにも似た叫び声が大気を震わせた次の瞬間。レイニールの巨体がゆっくりと地上を離れてあっという間に飛び去っていく。

 

 エミルとイシェルは手を振りながらそれを見送ると、月光に照らされながら月の中へと消えていく黄金のドラゴンの後ろ姿をいつまでも見送っていた。




小説家になろうをメインに活動しています。
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