オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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鉤爪武器の男2

 なんとか体裁は守り切ったカレンだったが、それと引き換えに左右の腹部には痛々しい傷跡が刻まれていた。

 

 男は顔を覆いながらも、笑いを堪えきれないのかクスクスと声を抑えて笑っている。

 そんな彼を見ていたカレンは苦痛に表情を歪ませながら、男に向かって声を荒らげた。

 

「なっ……なにがおかしいんだ!」

 

 憤るカレンの声に男の笑い声は大きくなる。そのクスクスという笑いがカレンにとっては不気味でもあり、なにより不愉快だった。

 

 しばらくして笑うのを止めた男が、不愉快そうに眉をひそめているカレンに言った。  

 

「いやすまんすまん。どんなに男になろうとしていても、お前は女だ――しかも、乙女だと思っただけぜよ。それよりも、何か気が付いた事はないか?」

「……気が付いたこと……だと?」

 

 カレンが眉をひそめ、不機嫌そうに聞き返す。

 

 男はその質問に答えることなく、突然カレンに飛び掛ってきた。

 倒れているカレンの肩を強引に掴むと、カレンの上に馬乗りになって不敵な笑みを浮かべている。

 

 カレンは身の危険を感じて咄嗟に動こうとしたのだが、体が痺れて思う通りに動いてくれない。

 

(くそっ! 今度は麻痺か……でも、これで毒は……消えてないッ!?)

 

 カレンは自分の異常状態を確認すると、毒と麻痺の両方が付いている。

 それは本来なら、起こりえないことだ――異常状態は原則として1つしか適応されない。つまり、毒にかかれば麻痺が上書きされ、先に掛かっていた毒は消えてなければならないのだが……。

 

(なんで2つも異常状態にかかるんだ!? こんなのゲーム時代はなかったのに……HPももうやばい……)

 

 HPもレッドゾーンに突入し、カレンの脳裏をさっき男が口にしたPVP戦闘でHPを『0』にできるようになったという言葉が過る。

 

 顔を青ざめさせたカレンが慌てて暴れ出す。

 

「――くッ! 離れろ! もうやばい!!」

 

 だが、馬乗りにされているうえに麻痺と毒の効果で体が上手く動かない。

 

「フフッ……何がやばいんだ? ああ、HPか?」

 

 男は暴れるカレンを見て、楽しそうにニヤニヤと笑みを浮かべている。

 反応を楽しむように体を揺らすカレンの体の上にのしかかって、男はカレンの毒の効果でHPが『1』になる直前。

 

 ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、カレンの耳元でそっとささやいた。

 

「ああ、さっきのは全部嘘。俺のでっち上げだ、安心するといいぜよ」

「なっ、何だと!? 俺を騙したのか!!」

 

 騙されたことに相当頭にきているのだろう。鋭く睨みを利かせて憤るカレンに向かって、男がニヤッと不気味に笑い。

 

 カレンの両手首を左手で掴むと、頭の上に合わせて強引に地面に押し付ける。

 

「なっ、何を……なにすんだよ!」

「――騙したわけじゃない。でも、すぐに殺された方がマシだったと思う事になるぜよ……」

 

 なんとか男を引き剥がそうと、思うように動かないながらも身を捩り鋭く睨みつけるカレンを尻目に、男は鼻歌交じりにコマンドを操作すると、アイテム内から赤いポーションの様な物を取り出す。

 

 フリーダムでは回復アイテムは宝石という位置付けで、例外なくそれぞれ別の宝石の形を模している。そして逆に普通のMMORPGで馴染みのポーションは、毒や麻痺など武器に追加効果を付ける為のものとされている……戦闘中は武器や防具などの変更はできても、ポーションなどでのアイテムで効果を追加することはできない設定になっていた。

 

 しかも、他のゲームと異なりポーションは武器などに使用できるが、プレイヤーへの直接使用は不可になっていた。元々ポーション類の毒、麻痺などは装備品などに付属効果を付ける目的でのみ使用できるもので、それ以外の用途で使用する必要性がないのが理由だ――もしも使用したとしても、ポーションアイテムの効果の発動は不発に終わる。

 

 だから男が持っているポーションを使用しても、人体には何の効力も起きないはずなのだが……先程の2重で異常状態になることもあってか、彼が何らかの方法で未知の技術を使用していることは間違いない。

 

 それもあってか、毒と麻痺の効果で思うように身体が動かない今の状態のカレンは怯えた表情のままだ。

 

「なんだよ……それ……」

「ふん……今に分かるぜよ」

 

 男はそう告げると、事もあろうか、持っていたそのポーションの中身を口に含む。

 しかし、カレンにはその男の行動が理解できない。本来なら武器に使う物で、飲むものではないポーションをしかも自分の体に取り込んだのだ。

 

 この状況と彼の行動から考えられるのは、男の身体を強化する何らかの効果を起こすものということだろう。

 

(なんだ? 自分で飲んだ……肉体強化系のアイテム? いやでも、どっちにしてもポーションを飲んでも効力は発揮されないはず……)

 

 一抹の不安とともに、動揺を隠しきれないカレンは首を傾げている。次にどんな効果があるのか、それとも何の効果もないパフォーマンスなのか……。

 

 男は笑みを浮かべると、右手でカレンの腕を抑えて、左手で頬をがっしりと掴んで口を強引に開かせる。

 

 カレンは嫌な予感に、表情を引きつらせながら男を見た。するとその直後、男の顔がカレンの顔に迫ってくる。

 男の突然の行動に、予期していなかったカレンは慌てふためく。

 

「なっ! 何をするつもりだ……や、やめろ……やめてぇ~!!」

 

 カレンは迫り来る男に普段は出さないような悲鳴を上げると必死に抵抗する。だが、その抵抗虚しく出会って数分の男に、カレンの唇を奪われてしまった。すると、男の口を通してカレンの口に先ほどのポーションの中身が流し込まれる。

 

 カレンは男が顔から手を放したのを見計らって、慌てて首を左右に振って男から逃れた。

 

(なんで……こんな……こんな奴に……屈辱だ!)

 

 瞳に涙を浮かべたカレンはそう心の中で呟くと、男を鋭く睨む。

 

 男は満足そうな笑みを浮かべると体を起こす。

 ほくそ笑みながら両手首を持っていた右手解いて、カレンの頬を掴んでいた左手も放しゆっくりと立ち上がる男に、カレンが瞳を潤ませながら叫ぶ。

  

「俺の……俺の初めてが、こんなかたちで……絶対に許さねぇー! 絶対殺してやるからなッ!!」

 

 殺意を剥き出しにしているカレンに、男は少し呆れながら言い放つ。

 

「たかが仮想世界でその反応とは、情けない奴ぜよ。お前は小学生なのか?」

「くッ! この野郎! 言わせておけば――」

(――なっ、なんだ? 体の感覚が完全にない……)

 

 憤っていたカレンは突然襲って来た体の明らかな異変に気が付く。

 

 その原因は、明らかにさっき口移しで無理矢理飲まされたポーションであることは間違いない。だが、何よりさっきまであったはずの全身の感覚が完全になくなっている。 

 

 しかし、全ての感覚がなくなったわけではなく。手足を動かすという脳の信号だけをカットされ、地面に寝ていると肌から伝わる感覚――触覚は先程より鋭くなっている気がする。だが喋れているということは、動かす感覚がなくなっているわけではない。

 

 簡単に言うと、首から下の体を動かすという感覚だけが完全になくなっているのである。

 

 カレンは困惑した表情をしていると、地面に横たわるカレンを上から見下ろして、男が不気味な笑みを浮かべ。

 

「もう気付いたようだな……そうぜよ。お前の体は完全に死んでいる」

「何をした!? 何をしたんだ。答えろ!!」

 

 憤るカレンに、男は指先で持った空のポーションの容器をちらつかせながら上機嫌で説明を始めた。

 

「これは女のプレイヤーにしか効果がない特別なポーションぜよ。俺が元研究者の男に作らせた特注品――これを飲むと筋力の数値は『0』になり、顔以外の筋肉的なデータの反応のみを完全に遮断するぜよ。更に体が外からの刺激に敏感になるぜよ。まあ現実世界の媚薬と言ったところだな……」

「……媚薬」

 

 彼の説明を聞く上で、男も同じものを飲んで効果が現れなかったのはその為だったのだ。

 

「ゲーム情報に意図的にバグを発生させる。奴が言うには、ゲームのプログラミングには多少の細工ができるが、プレイヤーのプログラムは個々に切り離されていて、ゲーム事態のセキュリティーが堅く、プログラムによる内部データの変更ができないらしい。が、逆に個々にプレイヤーのデータそのものに、ウィルスを感染させる事は容易にできるらしいぜよ。もちろん。一時的で、異常状態や負傷と同じく風呂に入ると治るらしいがな」

 

 説明していた男が突然、カレンの顔に自分の顔を近付けた。

 

 カレンは体が動けば今にも噛み付きそうな勢いで、男を鋭く睨み付けている。

 

「どうして頭から下だけか……分かるか?」

「そんな事知るかッ!!」

 

 そう声を荒らげるカレンの頬を撫でると、何かを企んでいるようにニヤリと不気味に笑う。

 

「それは表情が見れなくなるからぜよ。男女の行為の最中に、表情が変化しない女はつまらんぜよ……」

「なっ、男女の行為だとッ!? それは俺を……」

 

 男の言葉を聞いて、カレンの表情が一変する。これから男が何をしようとしているのか悟ったのか、青ざめた顔で怯えた瞳を男に向けるカレン。

 

 それもそうだろう。今は体が動かず、胸が露わになった状況で地面に横たわっている今のカレンの状態では、抵抗したくても抵抗できない。

 

 この絶体絶命の状況下で、カレンは男から目を逸らした。

 

(……こいつらは人のアイテムを奪い。このログアウトできない状況を利用して、人殺しも平気でやる連中だ。このままじゃ俺も……)

 

 カレンがそんなことを考えていたその時、男の手がカレンの胸を鷲掴みにする。

 

「……きゃっ! な、なにすんだ! 放せ馬鹿野郎!!」

 

 悲鳴を飲み込み、虚勢を張って見せるカレンの耳元で男が告げる。

 

「どうしたぜよ? 別にここは仮想世界でお前の体も作りもんだ。互いに楽しもうぜよ……」

「……嫌だ! 俺は……俺は……そんな事をするぐらいなら死んだ方がましだ! 殺すなら殺せッ!!」

 

 首を左右に振り涙ながらに叫んだカレンの首筋を、鉤爪の先が浅く刺さる。

 

「ぎああああああああああああッ!!」

 

 その直後、カレンは凄まじい叫び声を上げた。

 

 傷口はまるで針で刺された程度なのだが、顔を真っ赤にして額から汗が滴り落ちる。

 外傷の割に彼女の叫び声はまるで、刃物で腕を斬り落とされたかと思うほどの大きさだった。

 

 男は不機嫌そうに眉間にしわを寄せながら、低い声で言った。

 

「殺してもいいけどよ。お嬢ちゃんは分かってるのか? 今のお前は体が刺激に過敏になってるぜよ。こんな状況でこいつで体を貫けば、通常の10倍は痛いぞ?」

 

 男は鉤爪状の武器をチラつかせると、カレンの顔はたちまち顔面蒼白に変わる。

 

 無理もない。今の攻撃の苦痛は、それだけカレンの心に深く突き刺さっていた。

 死ぬ恐怖もあるが、それ以上にあの痛みで針を刺した程度――それが体を貫かれる痛みは想像を絶するものだ。

 

 狂気に満ちた表情で自分を見下ろす男に、カレンは底知れぬ恐怖を感じていた。




小説家になろうをメインに活動しています。
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