オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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ライラの正体4

 ライラのその真っ直ぐな瞳に、エミルは彼女から慌てて顔を背けた。

 

「……ダメよ、そんな顔しったって。あんたみたいな女はそうやって人の良心を揺さぶるつもりなんだから!」

「はぁ~。まだまだ子供ね~、エミル」

「――なっ、誰が子供ですって!?」

 

 子供と言われたことが相当気に障ったのだろう。顔を真っ赤にしながら、涼しい顔をしているライラに突き刺すような視線が向けられた。

 

 そんな彼女にライラが告げる。

 

「いい? あれはこの子に記憶が少しでも残っているか試したのよ」

「……せ、星ちゃんに? で、でも。どうしてそんな事するのよ! それに、なら事前に相談してくれればいいじゃないの!」

「なら、事前に相談したら貴女は協力してくれたかしら?」

「ぐっ……そ、それは……」

 

 そう。ライラの言う通り、エミルとライラはとても仲が悪い。いや、仲が悪いというよりは、仲が悪くなったという方が正しいかもしれない。

 

 もちろんそれには意味があった。それは以前同じギルドに所属していた時のいざこざが関係していた。

 それは彼女達が実際に会うリアルでの接触だ――オンラインゲームではゲームとリアルは別という考えが根強く、直接的な接触はご法度としているギルドも多い。

 

 VRとは言え。それは体はそれぞれ別の場所にあり、日々の生活を送っている。

 

 今はログアウトができなくなってしまった為にとても治安が悪くなってしまったが、元々は運営が厳しく管理し、危険が少しでもないようにと24時間街を巡回する憲兵や、狩場を見張るピクシーの様な存在が、防犯カメラ代わりに動き回っていた。

 

 つまり、男性プレイヤーが女性プレイヤーに、何らかのちょっかいを出すということが難しかった訳だ。しかし、関係が深まるにつれて、相手のことを更に詳しく知りたくなるのも仕方のないことだろう。

 

 そしてこの2人はマスターの承諾の後に直接会って、その時のライラの行動が議論となり、ライラはそれが原因でギルドを去ったのだった。 

 

「大体、ちょっと可愛がってあげたくらいで大袈裟なのよ。別に貴女の大事な物は残ってたでしょ?」

 

 当時のことを全く悪びれる様子もなく、さらっと口にしたライラに、エミルの溜まりに溜まった怒りは爆発する。

 

「くぅぅぅ~、言うに事欠いて…………この直結厨!!」

「ふふっ、その言い方は侵害だわ。私はリアルもバーチャルも楽しんでいるだけよ……それに、貴女が最初に行くのはどこでもいいって言ったのが悪いんじゃないの。お互い楽しめて、時間を潰せる場所なんてあそこしかないでしょ~?」

 

 顔を真っ赤にしながら怒鳴るエミルに、ライラは彼女の反応を見て楽しそうに微笑みを浮かべている。

 

 彼女のその余裕の表情に、エミルのすでに赤い顔が更に真っ赤に染まった。

 

 2人が言い合いをしている中、モニターの男の声が部屋に響いた。

  

『2人共いい加減にしなさい! 今はいがみ合っている時じゃない! ライラ君。君も今は任務中だ。公私混同は避けてもらわないとね!』

「――申し訳ありません。ミスター」

「ご、ごめんなさい?」

 

 同じ組織のライラが怒られるのは理解できるものの、エミルはどうして自分も怒られたのかと、頭上にはてなマークを浮かべながらも、軽く頭を下げて謝った。 

 

 その後、モニターの声がエミルに向かって声を掛ける。

 

『いや、急に怒鳴って申し訳なかったね。実はこっちで色々調べていて、彼女の状態はあまりいいとは言えなくてね。ライラ君に今日中に何とかしてほしいと依頼していたんだが、まさかこんな事になるとは……』

 

 その言葉を聞いてエミルの表情は、急に険しいものへと変わった。

 

 エミルは緊迫した声で、モニターの向こうにいるであろう男に尋ねる。

 

「――星ちゃんの状態が、そんなに悪いんですか?」

『ああ、残念ながら……しかし、ライラ君の報告によれば、急げば記憶の殆どを復旧できるだろう。だが――』

 

 そう言葉を詰まらせた男に、ライラが少し強い口調で呟く。

 

「ミスター。今はどんな事があってもやらなければいけないでしょう? 結果を求める為には、多少のリスクは付き物ですわ」

『分かった。これも彼女の為か……始めてくれライラ君!』

「ちょっと待って! 始めるってなにを!?」

 

 完全に話から置いてけぼりにされているエミルを余所に、ライラは辺りにある機械類を操作しだす。

 

 困惑するエミルは慌てて、準備の為に寝ている星の両手足を台に固定するライラに歩み寄って肩を掴んだ。

 

「ちょっと! 星ちゃんになにするつもりなの!?」

「……その手を放しなさい。エミル」

 

 ぞっとするほどに殺気に満ちた声をライラが発した。エミルの背筋が凍り付くのを感じて、思わず彼女の肩から手を放してしまう。

 

 再び作業を開始した彼女に、エミルが言葉をぶつける。

 

「どうしてライラ! どうして星ちゃんがこんな事になったか説明しなさい!」

「どうして? それは私も聞きたいわ。エミル」

「……それはどういう事?」

 

 ライラのその冷たい言葉に、エミルはびくっと体を震わせる。

 

 それは星を誘拐された落ち度が自分にもあったからかもしれない。

 そんな中。ライラは星の服を強制的に解除すると、その体に準備していた機械類から伸びた配線の付いたパットを貼り付けていく。

 

 その物々しい雰囲気に物怖じせずにライラに詰め寄ると、横目で睨んでくるライラに、エミルは重い口を開く。

 

「た、確かに私にも落ち度はあるわ……でも、城で何があったか説明する義務があると思うのだけど……?」

「……いいわ。それなら教えてあげるわね。私が救出に行った時には、すでにこの子は拘束具付きの診察台の上で苦しんでいた。そう……こんなふうに……よ?」

 

 作業を終わらせたライラが横の装置の赤いボタンを押した。

 

 その直後、星は尋常ではないほどに苦しみ出す。

 

「わああああああああああああああッ!!」

「――星ちゃんッ!!」

 

 慌てて機械を止めようと駆け寄ったエミルをテレポートで背後に回ったライラが腕を羽交い締めにして止める。

 診察台の上で拘束され、悲鳴を上げている星を助けようとエミルが暴れ出す。しかし、思った以上に強いライラの腕の力に阻まれてしまう。

 

 おそらく。星を止めた時の薬は今も効果が残っているのだろう。脇の下に腕を通され両腕をがっしりとホールドしているライラから逃れようと左右に体を捻るが、全く力が緩むこともない。

 

 鋭く睨みつけてくるエミルの耳元で、ライラが不敵な笑みを浮かべながらささやく。

 

「ふふっ、貴女はそっちじゃないわ……」

 

 次の瞬間、2人は白く輝く光りの中に包まれる。

 瞼を開くと、エミルは少し高い位置から星を見下ろしていた。両手足は鉄製の拘束具でしっかりと壁に固定されて身動き一つ取れない。

 

 エミルは地面でほくそ笑んでいるライラを鬼の様な形相で睨むと、大きな叫び声を上げる。

 

「……放しなさい! 放しなさいよ! ライラ!!」

 

 目の前で苦しむ星に目を向け、エミルは焦りが募る。拘束具をギシギシと軋ませながら、エミルはライラの名前を叫び続ける。

 

 何度も自分の名前を叫ぶエミルに、ライラが冷めた声色で告げる。

 

「……ダメよ。これが貴女の招いた結果なのだから……」

「なにを! 自分より弱い者をいたぶって何とも思わない貴女に――言われる筋合いはないわ!!」

「エミル、いいから聞きなさい」

 

 ライラは感情を殺したような瞳で、診察台の上で悲鳴を上げ、もがき苦しむ星を見つめる。

 

「――記憶を取り戻すのは容易ではないの。あの子に付けた電磁発生装置は、脳の中の神経という神経に一度に刺激を与えて、脳の中にバックアップしていたデータを直接上書きする為、電気を流してアップロードしていく。その痛みは、生身ならもう死んでいるほどよ? でも、ここはゲームの中。それにこの処置はPVPの【OVERKILL】状態を擬似的に起こす。この処置をまる2日続けるわ……」

「こんな状態をまる2日ですって!? ありえないわ……ライラ今すぐ装置を止めなさい!!」

 

 この会話の間も、何度も失神と覚醒を繰り返しながら、悲痛な叫び声を上げ続ける星を見て、何もできないエミルは、自分の無力さを痛感し、その彼女の瞳からは止めどなく涙が溢れていた。

 

「……お願い……もう……やめて……」

 

 苦しそうにもがく星を見て、涙を流しながらエミルは声にならない声でライラに訴える。しかし、ライラはその言葉を聞き入れることはなかった。

 

 ライラはエミルの方に冷たい瞳を向け無慈悲に告げる。

 

「――貴女が泣こうが喚こうが、これは必要な処置なのよ。私は目の前の女の子よりも。この先に起こりうる被害を抑えなければいけない……残酷に思うけど、社会に出るという事はね。社会全体の利益を見るということでもあるのよ。個人の利益、利得、権利だけを主張すれば必ずいつか淘汰され消えていく。エミル、貴女も学生気分が抜けてないと、この先厳しいわよ?」

 

 ライラの言っている意味は分かる。社会に出るということは、学生の頃に比べて否応にも多くの人と交流を持たなければいけない。だが、エミルにはそれと目の前で苦しむ星を、天秤に掛けることなどできるはずがなかった。

 

 一人を犠牲にして複数の人間が幸せになるのならば、切り捨てるのも仕方がない。異端とされる者、弱い者、愚かな者、尊い者……長い歴史の中が多くの他と異なる者達が涙を流し、血を流してきた。

 

 英霊と呼ばれる者、悪人と呼ばれる者達――それが社会に秩序をもたらし、多くの反省材料として今の社会全体を支えている事実。

 

 ライラの言葉は全体の利益の為なら、些細な損益は損益にすら成り得ないと言うことだ――。

 

(これから先の人を救う為なら、目の前の苦しんでいる子を見捨てるのも正しい行い? そんなの絶対に間違っている!)

 

 拘束された腕を震わせながら、拳を強く握り締める。

 

「貴女の言いたいことは分からなくもない……でも。ライラ! 大勢の為に個人を犠牲にするなんて、そんな考えは歪んでいる!!」

 

 エミルはそう叫ぶと、地上にいるライラの瞳を見つめる。

 

 決意に満ちた瞳を向けるエミルに、ライラが眉をひそめ、不機嫌そうに言葉を返す。

 

「なにが歪んでいるというの? 私はまだ貴女が子供だから理解できないとしか思えないんだけど……」

「……ライラ。私はやっぱり貴女が嫌い!」

 

 そう言い放ったエミルに、ライラは失笑を浮かべて応える。

 

「嫌いで結構よ。大人はね。相手が好き嫌いに関わらず、欲しいものは必ず力で手に入れるの……人の感情なんて二の次なのよ? それが社会のルールなの。勝った者だけが敗者を踏み付け、都合の良い様に歴史を刻める権利があるのよ!」

 

 自分は全く間違ったことを言っていないと言いたげなライラをエミルは鋭く睨みつけると、普段の彼女からは想像もできない殺意のこもった低い声で告げる。

 

「――ライラ。私と勝負しなさい! 私が勝ったら、今星ちゃんにやっている事を止めてもらう!」

「ほう……なら貴女が負けたら?」

「……私が負けたら……」

 

 微かに笑みを浮かべるライラの返答に考えるように瞼を閉じる。

 

 数秒後。エミルがゆっくりと瞼を開けて口を開く。

 

「私が負けたら、もう貴女が星ちゃんになにをしようと口出ししないわ……」

「……ダメね。元々私はこれが仕事なの。それに、今だって別に好き勝手できてるし……両手足を拘束されて動きが取れない無力化した人間を、わざわざ解き放って勝負するメリットが薄過ぎる。そうね~。なら、私が勝ったら~貴女の体も貰おうかしら♪」

「……分かったわ」

 

 その話を聞いてエミルは決意に満ちた表情で小さく頷く。

 

 ライラは嬉しさを抑えきれないといった感じで、にこやかな表情になると釘を刺すように、

 

「――もちろん。リアルもよ」

 

 っと微笑みながら告げる。

 

 険しい表情のまま、エミルはもう一度深く頷く。

 

 すると、ライラはパンと胸の前で手を打ち鳴らし、楽しそうな声を上げた。

 

「なら勝負しましょうか! 場所は荒野がいいわね。飛行タイプの貴女に有利な戦場でしょ? ねぇエミル」

「そうね。でも、後でそれが原因で負けたなんて言わないでしょうね?」

「あら、言わないわよ。だって私が必ず勝つんだもの♪」

 

 その自信満々なライラの態度に、少し疑問を抱いたものの。今は星の身を解き放つのが最優先だ、このままあの責めを受け続ければ星の心が壊れてしまう。しかも、戦場が荒野であれば、ライラの言った通り遮るものもなくドラゴンで制空権を取れるエミルにとって有利なのは間違いない。

 

 物陰に隠れる場所の少ないステージならば、ドラゴンで空を飛べるエミルにとっては、この上ないフィールドだ――。

 

 地面に立っていたライラは瞬時にエミルの元にテレポートすると、彼女の腕に手を触れる。その直後、2人は研究室の様な部屋から姿を消した。 




小説家になろうをメインに活動しています。
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