オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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富士の遺産

 5人を乗せたリントヴルムは徐々にスピードを上げ、まるで風の様に雲を裂き進んでいく。

 

 リントヴルムの背中から見える景色を眺めていると、ふと星があることに気が付く。地上にいた時には気が付かなかったが、地平線の先に大きな海が見えた。よく見ると、大陸全てが海で囲まれているようだ。

 

 星はその疑問を尋ねる為、近くに座っているエリエに声を掛けた。

 

「あの……エリエさん」

「――ん? どうしたの星。お腹空いた?」

「いえ、ここって海に囲まれた国なんですか?」

 

 星の質問にエリエは首を傾げる。

 

「さあ、どうだろうね~」

 

 どうやら、エリエもその答えを知らないらしく、笑ってはぐらかされてしまった。

 

 その時、エリエの横でその話を聞いていたサラザが、星の質問に答えるべく口を開いた。

 

「いい質問ね、星ちゃん。このサーバーは日本――ここは、この世界の地図上で見ると、日本と同じ場所なのよ~。だから、この世界は現実の世界地図と全く同じに大陸が分かれているってわけ」

「なるほどー」

 

 その説明に星が相槌を打つと、サラザは更に言葉を続ける。

 

「後、付け加えるなら、フリーダムってゲームは世界中にサーバーがあって、各サーバーから他のサーバーへの行き来も自由にできるように作られているわ。でも、今はそれもできなくなってるみたいね~。一度試したけど、外国サーバーに行く為の機能も、今は失われてしまってるみたいなのよ~」

 

 サラザのオカマ特有の喋り口調に星は苦笑いしつつも、ここが地球でいう日本だと言うことは理解した。

 

 その直後、エミルの声が響いた。

 

「見えたわ! あそこよ!」

「……えっ?」

 

 エミルが前方を指差して叫んだ。星がその場所を見ると、そこには富士山によく似た山がそびえ立っていた。だが、唯一違うのはそれが火山ということだ。

 

 その頂上付近の雪が溶けていないのは、ここが現実ではなくゲームであることを表していた。エミルは直後にリントヴルムにその富士の火口付近に降りるように指示を出す。 

 

 5人はリントヴルムの背から降り、エリエの案内でゴツゴツとした岩場を進んでいくと、その先に小さな洞窟を見つけた。

 

 エリエの話によると、この洞窟から入ることで通常とは別のルートに繋がっているらしい。

 洞窟の中に入ると入り口は狭いものの、中は意外と広く洞窟のあちらこちらには松明が絶え間なく燃え続け辺りを照らしている。

 

「へぇー。こんな抜け穴があったのねー」

 

 エミルは洞窟内を見渡して関心したように呟く。

 すると、エリエは自慢げに「私すごいでしょ!」と胸を張った。

 

 そんな彼女にデイビッドが眉をひそめながら尋ねてきた。

 

「しかし、ここの難易度は通常ルートと比べてどうなんだ?」

「う~ん。そうだねぇ~。ここは通常より少し敵は手強いけど、それ以外はそうでもないかも、ボスも通常より少し強化されたくらい?」

 

 エリエは少し考えてそう答えた。

 

 その時、目の前からまるでキリンの首かと見紛うばかりの太さの大蛇が3匹現れた。

 

「早速お出ましねぇ~。私の全身の筋肉がピクピクしちゃうわぁ~」

 

 大蛇を見たサラザが、興奮気味になぜか自慢の上腕二頭筋を盛り上げさせた。

 

「――来るわよ。皆、武器を構えて!」

 

 エミルのその言葉に合わせて武器を構えた。星も見様見真似で自分の腰に装備していた剣を抜きその剣先を大蛇に向ける。

 

 サラザはコマンドを素早く操作して、ボディービルダー専用装備のバーベルをアイテム内から取り出すと、それをぶんぶんと振り回しながら大蛇に向かって突進していく。

 

「うおらあああああああああああああッ!!」

 

 サラザは雄叫びを上げると、手に握り締めたバーベルで3匹の大蛇まとめて薙ぎ払った。その攻撃に大蛇は反応する暇もなく、光りとなってキラキラと上がっていく。

 

 サラザは「この程度とはね……オカマ、ナメんじゃないわよ!!」と叫ぶと、手に持っていたバーベルをズドンッ!と地面に突き立てた。

 

 地面に突き立てたバーベルを持って佇むその姿はまさに仁王像の様だった。それを目の当たりにして、4人は目を丸くしてサラザを見ていた。

 

 誰もが何が起きたのか分からず。ただ武器を握り締めたまま、その場に立ち尽くしている。 

 荒い息を繰り返し、鬼の様な形相をしていた。

 

 サラザはその冷えきった空気に気が付くと、いつもの声のトーンに戻り「やだも~」と体をくねらせている。

 

 それからボスまでの道中に出る敵は、全てサラザのバーベルの餌食となり、5人は危なげなくボス部屋まで辿り着いた。

 ボスの部屋には大きな古い扉が行く手を阻んでいた。

 

「なによ。こんなチンケな扉で、私の行く手を阻もうなんて500万年早いわ~」

「あっ、もう少し慎重にした方が……」

 

 エミルの制止も聞かず、サラザはその鍛え抜かれた肉体を遺憾なく発揮して、1人でその重そうな扉を開いた。

 

 すると、中からまるで雛人形のお雛様のような、一二単を纏った透き通るような長い黒髪の女性が背を向けるようにして立っていた。

 

「おぉ~。これが今や伝説と化した大和撫子! まさかこんなところでお目にかかれるとは!!」

 

 それを見たデイビッドが歓喜の声を上げた。その言葉を聞いた女性陣がギロリと鋭い視線をデイビッドに向ける。

 

「はぁ~。男ってどうしてこうなのかしら……」

「デイビッドさん……」

「デビッド先輩はラビットで十分でしょ?」

「あら~。大和撫子が好みなんて、私困っちゃうわ~」

 

 女性4人?はそれぞれに呟く。1人だけ明らかにおかしい反応を見せているのは、この際あえて触れないでおこう……。

 

「でも大和撫子は2人もいらないわ……悪いけど、ボロ雑巾の様に捻り潰して上げるわ」

 

 低い声でそう呟いたサラザが部屋に一歩足を踏み入れると、女性のすすり泣く声が聞こえてきた。

 

「あの人。どうしたんでしょう……」

 

 星がぽつりと部屋の中央でしくしくと泣き続けている女性を見て、不安そうな表情でエミルを見上げる。

 

 エミルはそんな星の頭を優しく撫でるとにっこりと微笑む。

 

「大丈夫よ、星ちゃん。ボス部屋に居るという事は、彼女もモンスターのはず。死んだりはしないわ」

「なら、いいんですけど……でも、凄く悲しそうです……」

 

 星は悲しそうに泣いている女性の方を見つめている。

 

「まあ、言うより見てもらった方が早いかしらね!」

 

 エミルはすすり泣いている女性の姿に戸惑っている星の迷いを取り除こうと、その女性目掛け駆けて走って行くと躊躇なく持っていた剣を振り抜いた。

 

「はあああああッ!!」

 

 彼女の攻撃が当たる直前に、今さっきまで確かにそこに居たはずの女性の姿は跡形もなく消えた。

 

「えっ? どうして……?」

 

 エミルが不思議そうにキョロキョロと辺りを見渡した。すると、彼女の足元の地面から突然大蛇の頭が現れエミルを襲う。

 

「きゃあああああああああッ!!」

 

 エミルは足元から突如現れた大蛇に、反応することもできずに吹き飛ばされてしまう。

 

 宙を舞った彼女の体はそのまま強く地面に叩きつけられ、エミルのHPゲージは見る見るうちに減少し、半分を少しきったところで止まった。

 

「エミルさん!」

 

 星は大きな声で彼女の名前を呼んだが、返事が返ってこない。

 

 どうやらエミルはさっきの衝撃で気を失ってしまっているらしく、その場に横たわったまま微動だにしない。

 

「エミル姉!!」

 

 エリエがエミルの元に駆け寄ろうと走り出した直後。轟音とともに地を裂いて、地面から8つの頭を持つ蛇が姿を表した。

 

 空中で複数の首を動かしながら、その全ての頭が口を大きく広げる。

 

 ――ギアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!

 

 巨大な8本の頭を持った大蛇が、地面を揺るがすほどのけたたましい鳴き声を上げた。

 

 蛇に睨まれた蛙とはまさにこのことだ。その場にいた誰もがその鳴き声に恐れをなし、その場を動く事ができなかった。

 

「――そんな……ここのボスは雪女のはずじゃ……」

「雪女だって!? でも、あれはどう見たって蛇の化け物じゃないか!!」

「いえ……私もエリーと一緒にここに来たから分かる。ここのボスは泣いてる女の姿が変わり、吹雪が吹き荒れて雪女になるという設定のはずよ?」

 

 エリエとサラザは驚きを隠せない。それよりも、困惑しているのはデイビッドだった。

 

 それもそのはずだ。その巨体の大きさはエミルの持っているリントヴルムをも凌駕している。

 天井の見えないボス部屋の中で悠々と立ち上がった八本の首が、地面にいるデイビッド達を見下ろしている。

 

 驚きと恐怖から手をこまねいていると、八つの首のうちの一本が倒れているエミルに向かって襲い掛かった。

 その時、その場に金縛りの様に釘付けになっているメンバー達を余所に、星がエミルの方に向かって走り出す。

 

(このままじゃ……エミルさんがッ!)

 

 そう思った時には、すでに星の体が動いていた。

 

 星は迷うことなく、倒れ込んでいるエミルの前に立ちはだかった。

 

(私が盾になれば。エミルさんへのダメージが少しは減るはず……たとえ私が死ぬことになっても! この人だけは……)

 

 星はそう思うと牙をむき出しにして向かってくる大蛇の頭にも、不思議と恐怖は感じなかった。ただあるのは、エミルにお礼を言えなかったという後悔だけだ――。

 

(……エミルさん。短い間でしたが色々とありがとうございました……さようなら)

 

 覚悟を決めた星は心の中でエミルにお礼を言って、ゆっくりと瞼を閉じた。  




小説家になろうをメインに活動しています。
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