オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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護衛ギルド選抜戦

 しばらく待っていると、食堂の中にNPCのメイド達が食事を運んでくる。

 

 だが、メルディウス達はまだ戻って来る気配がない。NPCは命令を出さない限り行動することはないのだ。

 

 っということは、自分達抜きで始めてくれというメルディウス達からの意思表示なのだろう。

 

 彼のギルドのメンバーもそれを察していつも通りに食事を取る中、エミル達もそのご相伴にあずかることにした。

 結局メルディウス達が戻って来たのは、エミル達が食事を終えた直後だった。紅蓮が不機嫌そうにしているから話し掛けはしなかったが……。 

 

 エミル達と別れデイビッドとエリエ、ミレイニが泊まっている部屋に戻る途中の廊下で、湯上がりなのだろう。バスタオルを頭に被せ、下着の上に薄いシャツ一枚で廊下を歩いていたのカレンと出くわした。

 

 熱を帯で微かに赤く染まった頬と淡い緑のシャツの上からでも分かる引き締まったウエストに、女性らしく迫り出したバストとヒップが、普段男性の様な格好をしている彼女が女性であることを再確認させる。

 

 普段サラシを巻いているカレンだが、今は何も身に付けていないのか普段隠されている大きな胸がボタンを締めたシャツを弾かんばかりに押し広げ、下には黒いショーツが薄っすら顔を覗かせていた。

 

「ちょっと! なんであんたがここにいるのよ!」

「……は? 別に俺がどこにいたって、お前には関係ないだろ?」 

「あるわよ! 何よその格好!」

 

 面倒そうに眉をひそめていたカレンに、突っ掛かるように声を上げているエリエが彼女の体を舐めるように見た。

 まあ、普段気の知れたエミルや星の前で平気で下着姿を見せてエミルに怒られているのはエリエなのだが、さすがに人通りのある場所では非常識だと思うらしい。

 

 起こっている彼女とは正反対に、間の抜けた顔でカレンは頭を掻きながら大きなあくびをすると。

 

「別にいいだろ? 大浴場からエレベーターまで一直線だし。それに、数人としかすれ違ってないし」

「すれ違ってるじゃない!」

「……だから?」

 

 今の自分の姿を全く気にしていない素振りで首を傾げるカレンに、エリエが激怒する。

 

「だからって! あんたも女なら、少しは慎みを持ちなさいよ!」

「フン! 俺に危害を加えられる男なんていない。それに別に見られたって減るもんじゃないし、いいじゃないか。ああ、お前は元より見られるくらいなかったか……」

「むっかー!! この男女! あんたのそのぶら下がってる無駄な脂肪を削ぎ落としてやる! 表に出ろー!!」

「やだね。俺は修行で疲れてるんだ。子供の相手なんてしてらんないな」

 

 これ見よがしに胸の下に腕を当てて持ち上げている。

 

 彼女としては、いつでも全力でエリエを煽っていくスタイルは変わらないらしい。

 確かにカレンのバストサイズはDかEはあるが、エリエはBくらいだろう。戦闘でも、どちらもスピードを活かした戦法を得意としている分、仲が悪いというよりもライバルに近い存在なのだろう……。

 

 カレンもマスターとの行動が長かった為に、今まであまり同い年の者との交流は少なかった。エリエは基本的に自由奔放にこのゲームのタイトル通りフリーダムでやってきた。

 

 腕を競う相手というのもおらず――というか、そんなことを微塵も考えていなかっただろう。

 

 だいたいアイテム内に入っているはずの予備の武器や、装備品もなく回復アイテムも持っていない。その分全てをお菓子とその材料、調理器具でいっぱいだ――つまり『当たらなければどうということはない』を地で行く彼女に、回復アイテムは不要でお菓子こそが最重要なアイテムなのだ。

 

 エリエは装備にトレジャーアイテムの『天女の羽衣』を使用している為、元々防御値がない服でも元にした防具の性能を付属できる。また、固有スキルもスピードを上げる『神速』。

 

 武器の中で剣の重さを数値にして表すとすれば『12』に比べて、ガントレットは『6』と言ったところか。

 今の段階では、革鎧でガントレットという装備の軽さを最大限に活かしても、固有スキルが使えないカレンの方が、エリエよりもスピードで劣るのは仕方ない。 

 

 だが、唯一大きな差がある胸でエリエを罵るのがカレンにとっては心地いいのだろう。

 っといがみ合っているエリエとカレンのすぐ横に、いつの間にか鬼の様な形相のエミルが腕組みしながら立っていた。

  

「「あっ……」」

 

 あんぐりと口を開けてエミルを見た2人の顔が見る見るうちに青ざめていく、とてつもない威圧感を放っている隣にはイシェルがにっこりと笑顔をふりまいている。

 

「……ふふっ、楽しそうね。2人共……」

「いや……これは……」

「あっ! 聞いてエミル姉! こいつったら――」

 

 カレンの方を指差してエミルに告げ口しようとした直後ゴンッ!という鈍い音とともに、エリエの頭上に有無を言わさず拳が炸裂する。

 

 突如襲ってきた衝撃的な痛みに、思わず頭を押さえてうずくまるエリエ。

 

 隣で目尻に涙を溜めて蹲る頭を押さえて蹲っているエリエを見ていたカレンの頭上にも、同じようにエミルのげんこつが炸裂した。あまりの痛さに、頭を押さえて悶絶しながらうずくまるカレン。

 

 カレンがエミルのげんこつを受けるのは始めてだったが、自分が想像をしていた20倍は痛かった。

 頭を押さえてうずくまる2人を前に、仁王立ちしたエミルが威圧感のある低い声で告げる。

 

「貴女達の声が私達の部屋まで響いてたわよ? 私の城ならともかく、ここは他人のギルドホールの中です。どんな理由があっても、大声で騒いでいい場所ではありません! いいですね!」

「「……はい。ごめんなさい」」 

 

 素直に謝った2人にやっとエミルが笑顔を見せると「分かればよろしい」と頷く。

 

 ほっとして、まだジンジンする頭を立ち上がった2人の耳に、再びエミルの声が飛び込んできて。

 

「カレンさん。他の人も居るんだから、恥ずかしくない格好でね」

 

 笑顔でそう言ったエミルの目は決して笑ってはいなかった。カレンは慌てて普段装備している皮鎧に変えると、その隣でエリエが『ざまあみろ』と言いたげに口に手を当ててニヤニヤしている。

 

 カレンは渋い顔をしながらも、言い返すことはしない。すると、急にデイビッドの声が聞こえてきた。

 

「もう大丈夫か?」

 

 殊勝にもあられもない姿のカレンの姿を見まいと、顔を背けていたのだが、どうやらエリエとカレンには彼の存在そのものを忘れていたらしく『いたんだ……』と言いたげな顔で彼の方を見て目を細めている。

 

 っとデイビッドが更に言葉を続けた。

 

「てっきり、カレンさんはマスターと一緒に行ったものだと思ってたから驚いたよ」

「はい? 師匠がどうかしたんですか?」

「あっ! しまった……痛だッ!!」

 

 カレンの反応にハッとしたデイビッドの頭に衝撃が走り。彼もまた、頭を押さえて地面に座り込んだ。

 己の失言によってエミルのげんこつの餌食となったデイビッドを、哀れむような目で見ているエリエが悟りを開いたかのように無意識に手を合わせた。

 

 話を聞いて不安そうな表情を見せたカレンの肩にそっと手を置く。

 

「マスターは紅蓮さん達の依頼で。今、敵の位置を偵察に行っているらしいわ。でも、彼は間違いなくこのゲーム内で最強のプレイヤーですもの。モンスターなんかに負けないわ……カレンさんを置いていったのも2人で動いて、敵に察知される危険を減らす為だろうし。今はマスターを待ちましょう、師匠を信じて待つのも弟子の務めよ?」

「……はい。分かっています」

 

 彼女の話を聞いたカレンは渋い顔をしながら、悔しそうに唇を噛み締めている。 

 カレンがマスターに置いていかれるのはこれで2回目だ――今まで、まるで一心同体の様に離れることはなかったのだ。

 

 だが、エミル達と行動を共にするようになってから、マスターと共に連れていってもらえることが減って、留守番することが多くなった。

 それはカレンからすれば自分の力を信用してもらっていないという不安に繋がっていた……何故なら彼女は、未だに固有スキルすら発動できていないのだから無理もない。

 

 がっくりと肩を下ろしたカレンは、皆に一礼して自分の泊まっている部屋へと帰っていく。

 正直。あのままでは自暴自棄になって何をするか分からないとは思ったが、今の彼女と話ができる相手は一人しかいないだろう。

 

 皆が同時にデイビッドの方を見つめている。まあ、彼ならカレンと揉めることもなく、やんわりと話ができるに違いない。

 

 彼は大きくため息を漏らし、仕方なくカレンの部屋の方へと重い足取りで歩いていった。 




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