オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

269 / 422
エキシビションマッチ3

 先程までとはダイロスの体から迸る殺気が段違いだ。メルディウスとダイロスは互いに似た立場にいながら、全く別の思想の元で行動している。

 

 情報を駆使して、少しでもリスクを回避するダイロスに対し、メルディウスはリスクよりもスリルを味わう為に戦っている。

 個人ならば、何もダイロスも口を出さないだろうが、仮にも同じギルドを率いるギルドマスターであり、次の日には共に作戦を行うのだ。

 

 自分の大事なギルドメンバー達を危険な戦場に連れ立っていく以上は、無鉄砲な人物のいるギルドとの作戦は遠慮したい……それがギルドマスターなら尚の事。

 

 かくなる上は試合に圧倒的な力量差で勝って、己のギルドマスターとしての優位性を示さなければならない。人は強い者の言葉を優先的に聞く傾向があり、実質この試合は次の作戦の指揮官を決める前哨戦でもあるのだ――。

 

 すでに固有スキル『豪腕』は5分のリキャストタイムに入っているが、そのインターバルは大きい。

 しかし、常時発動型の武器スキルを持つトレジャーアイテム装備『ベルセルク』が、メルディウスに圧倒的なアドバンテージを与えているのは間違いない。

 

 トレジャーアイテムならダイロスも『炎剣デュランダル』という耐久力の存在しない不滅の炎の大剣は持っているが、それは固有スキル『豪腕』があってこその武器と言ってもいい。

 

 その大剣を纏う炎も飾りではなく、巨大なモンスター相手でも炎属性の付属ダメージで確実にHPを必殺の一撃で削り切れるために必要なものなのだ。

 

 対人戦のPVPでは相手の武器を撃ち抜いて、確実に敵に敵に通常の100倍の一撃を叩き込むのを信条としていたのだが、それがメルディウスには通用しない。

 それだけメルディウスの戦闘センスが卓越していることの証しだ――通常の戦法が通用しないのだが、ダイロスには力で押すしかない。防具は5分のリキャストタイムを意識している為、防御を重視し過ぎて重くてスピードではメルディウスには勝てない。

 

 そこで考えたのがベルセルクの刃を自分の大剣で封じる策なのだ。しかも、重さを利用した突進とプラスで基本スキルのタフネスを使用し、メルディウスの隙を突いてのステージ上からの押し出しを狙った。

 

 ルール上ではリングであるステージ上から落ちても負けになる。

 ステージ上はメルディウスが破壊したことで、辺りには残骸が転がり至る場所にヒビが入っていて足場は最悪の状況――押す方にとっては有利となるが、踏ん張るには最悪の足場だ。

 

「――あとひと押しで君の負けだ……負けを宣言してくれれば、これ以上の恥を掻かなくて済むが。どうする?」

「……くッ!! するかそんなもん! 負け方が変わるだけだろうがッ!!」

「…………残念だ」

 

 ステージ端のギリギリで競り合っているダイロスが手に持つ大剣に力を込めた直後、メルディウスのベルセルクが金色の光を放つ。

 

「目潰しか……しかし! 何をしようともすでに、俺の勝ちは揺るぎはしない!!」

 

 光に目を細めながらも振り抜いたダイロスの大剣が、何故かメルディウスの遥か上で空を切った。

 

「――なっ、なんだとッ!?」

 

 驚き目を見開いたダイロスの視線の先には、大斧ではなく大剣の刃の先に斧のような刃が更に付いた武器に変わっていた。

 

 トレジャーアイテム『ベルセルク』は、爆発能力を持つ大斧の状態の方をメルディウスも多用していることもあり。どうしてもそればかりが目立ってしまうが、元々は大剣と鍔の刃を入れ替え、大剣と斧を切り替える可変式の武器なのだ――しかも、ダイロスとの鍔迫り合いの最中。ベルセルクの刃に当たっているデュランダルの刃を可変により、強引に上へと引き剥がしたのだ。

 

 大剣が空を切ったダイロスは、メルディウスの思わぬ秘策に体制が崩れた。

 っと、メルディウスが前に構えていたベルセルクを腰より下に構え直すと、再び金色に輝く。

 

 大斧の状態に戻ったベルセルクに力を込めると。

 

「……負けるのは――――お前だあああああああああああああッ!!」  

 

 バランスを崩しているダイロスに向け、下から上に全力でベルセルクを振り上げた。

 大きな爆発を起こし、漆黒の重鎧でガチガチに固められたダイロスの体がまるで風船の様に軽々と上空に打ち上げられる。

 

 会場はその衝撃的な光景に一度は静まり返ったが、すぐに歓声が上がりメルディウスを称賛する声で溢れ返った。

 

「これでこそ、THE STRONGのギルドマスターだぜ!」「いつもながら、豪快な攻撃が痛快だよな!」「俺はこれが見たくて今日ここにきたんだ!」「それでこそ千代を代表するギルドだぜ!」

 

 その声は鳴り止むところを知らず、次々に伝染病の様に増えていく。そんな中、メルディウスだけは空中に投げ出されたダイロスを見上げ渋い顔をしている。

 

 誰が見ても勝利は明らかな状況なのだが、メルディウスは手に握り締めた大斧を構えたまま、下ろす素振りすら見せない。その理由は、実際にダイロスと戦っているメルディウスでなければ分からなかっただろう。

 

 何故なら……。

 

(……あの野郎。ギリギリで俺の攻撃を大剣で防ぎやがった)

 

 完全に体勢を崩していて受け身すら取れない状況だったにも関わらず。ダイロスはあの一瞬で、その攻撃を予測していたかのようにメルディウスの渾身の一撃を防いだのだ。

 攻撃を読んでいたとしか思えなかったその動作に、さすがのメルディウスも警戒せざるを得ないのだろう。それが彼の咄嗟の判断によるものなのか、それとも彼の持つトレジャーアイテムによる効果なのか……。

 

 徐々に高度を落としているダイロスの大剣から、突如として大量の炎が噴き上がる。

 落ちてきたダイロスは大剣を地面に突き立て、落ちる時の衝撃を吸収した。しかも、炎を勢い良く噴射して突き刺さる既の所で、地面に完全に刃が突き刺さるのを防いでいるのだ。

 

 地面に着地したダイロスのHPゲージはまだ緑色の状態で、大剣で受けたとはいえ凄まじい爆発をその身で受けたとは到底考えられない。

 それには観客達も驚いている。無事に着地しなければ地面に落ちた直後にHPの殆どは消え去り、メルディウスが止めの一撃を加えるだけで決着になると考えていただろう。

 

 騒然とする会場内で、ただ1人。ダイロスと対峙しているメルディウスだけは全く驚いている様子がなく。それどころか、口元には不敵な笑みを浮かべている。

 

 そんなメルディウスをダイロスが、親の敵でも見るような鋭い瞳で睨みつけながら激しい視線をぶつけ。

 

「――まだだ! まだまだこんなものでは、この俺はやれんぞ! メルディウス!!」

「フッ……いい面構えだ。ダイロスだったか? 凄い奴もいたもんだぜ……だが、俺は負けない! ここからは全力だー!!」

 

 そう告げると、メルディウスは素早くコマンドを操作した。すると、彼の装備が見る見るうちに消え、余計な脂肪を削ぎ落とした男らしい上半身に下はデニムのジーンズと、軽装備というより殆ど裸に近い格好へと変わる。そのふざけた彼の姿に、ダイロスの怒りは頂点に達する。全身から滲み出る殺気が今までにないほどに膨れ上がり、会場内の空気が一気に張りつめていく。

 

 俯きながら怒りに震える腕に握られていた大剣が大きく上下に動いていることが、ダイロスの心中を物語っているのだろう。しかし、メルディウスは真剣な面持ちでベルセルクを構えている。その直後、手に握っていたベルセルクが金色に輝く。

 

 可変式の大剣の姿に変わったベルセルクを持ち、ニヤリと不敵な笑みを浮かべるメルディウス。

 

 だが傍から見れば、自ら防具を解いて武器を弱体化させただけにしか見えない。そして上半身だけ裸なのも理解できるものではない。何故なら、装備の中で服などには重さや防御力はなく。実質、何も着ていないものと同じ扱いになっているからだ――。

 

「……なんのつもりだそれは!!」

「はっ? なんだって?」

「くっ……どこまでバカにするつもりだメルディウス!!」

 

 激昂するダイロスに、メルディウスは首を傾げながら眉をひそめている。

 

 が、次の瞬間。メルディウスはニヤッと笑みを浮かべ、声高らかに告げた。

 

「お前がどう思っているのかは知らないがな! 俺の戦ってきた中で最強の男が……昔のギルマスが、俺にこう言った!『勝ちたいと真に願った時。人は守りを捨てる! それは攻撃こそ最大の防御だからだ。勝つには攻めるしかない。防御を潔く捨て、攻撃に集中させてこそ活路が見出せる。肉を切らせて骨を断つ。死中に活あり!』てな。まあ、最後のはいまいち意味が分からないんだが……全能力を攻撃に向けさせたのはお前が初めてだ――誇っていいぜ!」

 

 それを聞いて、先程までダイロスの体から噴き上がっていた立っているだけで突き刺されそうな刺々しい殺気が、まるで水面の波紋の様な静かなものへと変わった。

 

 ダイロスは大剣の先をメルディウスに向け、そのドラゴンの兜の隙間から見える口元に、ニヤリと不敵な笑みを浮かべると。

 

「――防御を完全に捨てる潔さ……か。まさに死中に活ありだな。ふふふふっ、君の様な人物に会えたのが嬉しいよ……ならば、俺も手加減なく。全力でお相手しよう! その刃が私に届く前にHPを削り切ってやろうじゃないか!」

「おう! やれるもんならやってみやがれ!」

 

 そう叫んだ直後、仕掛けたのは重々し重鎧を捨て、裸にジーンズ一枚という無防備なメルディウスの方だった。なんの躊躇もなく突っ込んでいくその様は、清々しくも思えるほどだ――。

 

 地面を蹴って跳び掛かったメルディウスは右上から構えた大剣を振り下ろすが、その攻撃は容易く防がれてしまう。

 やはり、可変式の大剣状態では爆発能力のない分。相手からしてみれば、爆発の破壊力と爆風で体勢を崩される危険がないので防ぎやすい。 

 

 っとその直後、ダイロスの大剣に押し付けられていたはずの大剣が一瞬で消え、次にダイロスの右脇腹に衝撃が走る。

 

「――くッ!! あの一瞬に、空中で体を回転させただと!?」

 

 ダイロスがメルディウスの大剣に目を向けると、いつの間にか斧の様に変わっていた。

 そう。メルディウスは防がれ、即座に武器を斧へと変形させ、その遠心力をも利用して空中で素早く体を回転させたのだ。

 

 だが、付け焼き刃に切り返した攻撃では、ダイロスの体を飛ばすほどの力はない。少しよろめきはしたのものの、すぐに体勢を立て直してメルディウスを攻撃する。

 

 しかし、その攻撃を意図も容易くメルディウスは避けると、隙を突いて再びダイロスの左脇腹に攻撃を加えた。

 

 見た目は少し間抜けに見えるが、重さを大幅に減らすことによって、敏捷性が段違いに上がる。

 

 近接戦闘ならば、これだけでもプレイヤーに与えるアドバンテージは大きい。だが、それを実際にするとなると、防御を装備しない裸の状態で戦うことになり。高レベルプレイヤー同士の戦闘では、一撃受けただけで致命傷になるだけではなく、下手をすれば一撃で撃破されかねない。

 

 プレイヤーに与えるメリット以上にデメリットの方が大き過ぎる為、普通なら絶対にしない戦法であるのは言うまでもないだろう。これができるのは、一握りのトッププレイヤー達だけなのだ。マスターや紅蓮も防御力のある防具は身に付けていない。それだけ回避に自信があるか、固有スキルの兼ね合いもあるだろうが。

 

 痛覚の存在するVRゲーム内で防具を身に付けないというリスクは他のゲームとは訳が違う。

 その為、真似したくても通常の復活できる状況ならともかく。アバターの死が現実での死になるという今の状況では、真似する者などいるはずもない。

 

 それが例え、HPが『1』必ず残るPVPだったとしても――。




小説家になろうをメインに活動しています。
私の作品を気に入ってなろうの方にもブックマーク頂けると励みになります。

小説家になろう
https://ncode.syosetu.com/novelview/infotop/ncode/n6760cm/



▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。