オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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防衛戦の秘密兵器

 フィリスと別れた紅蓮はエントランスホールに着ていた。

 彼女がホールに着いた時には既に多くの人が集まっていて、ギルドメンバーや始まりの街からきたギルドではない一般のプレイヤーまでが騒ぎを聞きつけエントランスホールにいた。

 

 ギルドホールの外まで続くその人波も紅蓮が来ると、進んで道を空けた。まあ、彼女くらい有名になれば街で知らない者はいないのだろう。

 

 何の苦もなく先頭の列まできた彼女は、フィリスと戦った時とはまるで別人のように凛とした姿で歩いていた。しかし、平静を装ってはいるものの無理をしているのは明らかで、その額から流れる汗までは隠しきれてはいない。

 

「皆様、集まって頂きありがとうございます。もうすでにご存知だと思いますが、我々の街に敵の侵入を許してしまって申し訳ありません。しかし、幸い我がギルドのマスターであるメルディウスが事態の収拾を図りました」

 

 そこまで口にすると周囲から大きな拍手が沸き起こる。

 

 歓喜の声が響き渡り震えるエントランスホール内が静まってから、再び紅蓮が話し始める。

 

「しかし、敵がこちらにやられたまま引き下がる人物ではないと、私はこの数回の戦闘で確信しています。モンスターであれAIに従って動く人形です。命令を下す者の癖が顕著に表われます。私が推測するに、この人物は自己顕示欲と自信の塊と言っていい。しかも敵はルシファーで、この私を撃破したと勘違いしています。これを好機と追撃を仕掛けて来るのは間違いないでしょう……しかし、私は見ての通りまだ無傷です! また拳帝、四天王の全員がこの街に集まっている今ならば、この街が落ちることはありえません! 皆様も何があっても凛として事に当たって下さい。我々に敗北の二文字はありません!!」

 

 紅蓮が普段よりも強い口調で右腕を突き上げると、横にいたメルディウスも腕を突き上げ「不安も恐怖も捨てて俺達に付いてこい! そしたらお前達に勝利をくれてやる!」と更に場を盛り上げる。

 

 それに呼応するようにその場にいた者達が『勝利を!』と彼等と同じく腕を突き上げ声を上げた。その場の空気が振動して、まるで空気そのものが声を発して動いているのだと錯覚するほどだった――。

 

 紅蓮とメルディウスがその場を離れてもなお、興奮冷めやらぬ者達の声がギルドホール内にも外にも響いていた。

 エレベーター内に入った紅蓮は扉が閉まったのを確認し、まるで糸の切れた人形の様に脱力する。しかし、彼女の体は地面には倒れず何者かに支えられているかのように宙に浮いていた。

 

 すると、何もなかった空間に白雪が現れ。彼女は倒れそうになる紅蓮の体をしっかりと抱きかかえていた。

 おそらく。回復したように見えた紅蓮が、皆の前に立って演説する前から彼女が後ろで支えていたのだろう。

 

「……紅蓮様。立派でしたよ」

「ああ、これで士気は随分上がったはずだ。敵が動くまでのしばらくの間はゆっくり休んでいろ! 重要な時に体が使い物にならなければ意味がないからな!」

 

 相当疲労が溜まっていたのだろう。メルディウスの言葉に頷いた彼女は瞼を閉じる。

 

 

 それから1時間も経たないうちに敵の軍勢に動きがあると、再び偵察に出ていた白雪からメルディウスに連絡が入った。

 

「――――やはりきたか」

 

 自室のソファーに腰を下ろしていたメルディウスが俯きながら呟くと、徐に立ち上がり部屋から出た。

 

 向かったのは、もちろん紅蓮の部屋だ――メルディウスにとって紅蓮は仲間であり、それ以上に大切な存在でもある。

 彼からすれば、彼女の意志を優先することが重要なのであり、彼女の実力もしり己が彼女を守れると確信しているからこその行動だ。

 

 紅蓮の部屋に着いたメルディウスが扉をノックするが、中からはなんの反応もない。まあ、まだ1時間しか経っていないのだ。無理もないだろう……。

 

 中に入ると紅蓮はベッドの上で眠っていた。白銀の長い髪の彼女のその寝顔は、まるでおとぎ話に出てくるお姫様のように見えていた。

 

 メルディウスが眠っている彼女の体を揺らすと、彼女はゆっくりと瞼を上げた。

 

「……来ましたか」

 

 のっそりと体を起こした紅蓮は布団から出ると、紅蓮は下着姿でメルディウスも咄嗟に後ろを振り向いた。しかし、下着姿の彼女は全く羞恥心を感じていない様子でコマンドから普段の真っ白な着物を装備する。

 

 袖を大きく振り抜くと後ろを向いていたメルディウスに告げた。

 

「行きますよ。この街も人も必ず私達で守り抜きましょう!」

「ああ、勿論!」

 

 その言葉を聞いて、口元にニヤリと不敵な笑みを浮かべたメルディウスも彼女の横に付いて歩き出す。

 

 

 ギルドホールから出たメルディウス達は、街を大きく囲む巨大な城壁から外を見渡す。

 外では地面にバラ撒いた米粒のような無数のスケルトン達の頭がゆらゆらを左右に揺れながら進軍を開始していた。

 

 エミルやイシェルが敵の数を減らしたとはいえ、未だに多くのモンスターが街を覆うように囲んでいる。

 千代に生息する多くはアンデッド系のモンスターで、その姿はまさに不気味そのもの……しかも、夜だった周囲は微かに明るみだしていて朝の訪れを告げている。

 

「――遂に決戦か……フン。始まりの街の戦いを思い出すぜ……あの時は負けたが、ここは俺達のホームだ。以前のようにはいかないぜ!」

 

 戦いの時が近付きテンションが上っているのだろう。メルディウスの表情からは自然と笑みがこぼれ、まるで自ら戦いを求めているような感じだった。

 

 それとは対称的に、紅蓮は彼を横目に紅蓮は神妙な面持ちで向かってくるアンデッドモンスターの姿を見据えている。

 

「……今まで止まっていた戦線が動く。なんの策もなく敵は動きません。メルディウス、すぐに皆に連絡を――敵に先手を取られる前に、こちらは定石通りに手堅く守りを固めます!」

 

 メルディウスは頷いて指を動かす。その間も紅蓮の瞳は、徐々に大きくなるモンスターの群れに向いていた。

 

 その後、紅蓮とメルディウスはギルドホールのエントランスへと移動していた。

 エントランスホールでは小虎が手を降って待っていて、もう彼の呼びかけに賛同した多くの者達が集まっていた。しかし、いざとなると戦いに参加する覚悟が決めきれない者達もいる。

 

 だが、そんな者達を非難することはできない。人の本質――いや、人間の本能が生存を望むのであり、動物の本能を非難することなど誰にもできるはずがないのだから。

 

 集まった者の前に立ち、メルディウスが声を発する。

 

「皆聞いてくれ! 遂に奴らが動いた。だが、俺達の街の周りにはアンデッド系のモンスターの嫌う水で守られている。事実上、近付くことはできても侵入は不可能だ。しかし、だからと言って防衛の陣形を取らずに待っているバカはいない!」

 

 彼の言葉に合わせ多くの者達が声を大にして叫ぶ。「そうだ! 俺達の街は俺達が守る!」「向かってきてくれるって言うなら弓で射殺してやろう!」「戦いは上を取った方が有利になるという定石も知らないモンスター共なんて怖くもないぜ!」などの言葉が次々と集まった者達から上がっていた。

 

 その最中、メルディウスが下がって今度は紅蓮が前に出た。

 

「現時点の配置を確認します。始まりの街から来てもらったギルドLEO、POWER,Sの皆様は中央で待機し、臨機応変に応援を出して頂けるようお願いします。北は成仏善寺の皆様。そして南正面の門にはメルキュールの方々と、エルフで構成されたギルドのネオアークの皆様にお願いします。東と西は我々千代のギルドの面々で守ります。しかし、私達のギルド『THE STRONG』が南の正面門の防衛にあたります。皆様迅速に持ち場に移動し攻撃に備えて下さい!」

『おー!!』

 

 周囲にいた者達は彼女の言葉に応える様に大声を上げて腕を突き上げると。直ぐ様、蜘蛛の子を散らす様に街の中へと散っていった。

 

 防衛のおおよその計画は決まったものの、まだ部隊の配置のみ。防衛策を取った以上はどうしても避けられない事実に直面してしまう。

 その事実とは――防衛とは敵に先制攻撃のチャンスを許すということであり。敵の動きに合わせて動く為、どうしても後手に回ってしまうことだ。

 

 先の始まりの街の戦いではマスターはそれを嫌って先制攻撃を仕掛けた。しかし、結果としてそれは失敗に終わった。

 

 だが、メルディウス達は今回防衛策を取った。それはゲーム外からの助けを待つしかない状況だからに他ならない……。




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