オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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限界3

 特に戦闘経験が少ない星にとっては、殆ど痛みがなくとも攻撃を受けるという行為そのものが精神的に彼女を追い込むことになる。

 今まで確実に避けられていたほぼ止まって見えていたはずの攻撃に当たるというのは、星の体力がそれほど少なくなってきているということの現れでもあり。どうしても焦りが出てきてしまい攻撃だけではなく、防御にも神経を使わなくてはいけなくなる。

 

 それを表しているかのように星の剣での攻撃が単調になり、防御や回避時に体の動きが大きくなってきた。それにともなって、星の呼吸も次第に大きく荒くなっていく。

 

 やはり一人で10万の大群を相手にするのはリスクが大き過ぎたのだ。疲労を完全に取りきれていない状態で、最初からハイペースにモンスターを撃破し過ぎた。

 ただでさえ、敵の集団の中に突撃する以上。どうしても360度全ての方向を警戒し続ける必要があり、体力だけではなく精神力も大きく消耗してしまう。

 

 戦闘に長けているプレイヤーでさえ、複数の敵に全方位から攻撃されれば容易に撃破されてしまうにも関わらず。星は肉体強化のみでそれを行っているのだ――普通の同年代の子供ならば、数百の敵を撃破した辺りで集中力が切れて撃破されてしまうだろう。しかし、星は洞察力や対応力に関しては元々のスペックが高い。

 

 それもそのはずだ。星は日常的に人に頼ることをしない。相手を優先し過ぎて頼れないという思いと、頼ったところで何もしてもらえないという考えが先にきてしまい上手く他人に甘えることができない。

 その為、どんな問題が起きても常に一人で行動して解決してきた星にとって、一回の問題に対しての経験値が他の子供達とは明らかに違う。まあ、数人で考えて解決しないといけない問題を一人で熟さなければならないのだから当然だろう。

 

 現に今も、星は敵に囲まれ戦闘をしながらも、時折遠くに悠々と仁王立ちしているルシファーに視線を向けて警戒を解いていない。

 しかし、それが更に精神的に負担を増幅させているのも事実。今のまま戦闘を続けていても、星の体力と精神の方が限界がきてしまうは明白だ――ならば、その前にせめて最も危険性の高いルシファーだけは撃破しなければと思ったのかもしれない。

 

 星はエクスカリバーを構えると、突如として敵の中を突っ切るように全力で走り出した。

 もちろん。敵は星の体に容赦なく得物の刃で斬り掛かるが、星は体に当たる刃を気にも止めず進路を塞ぐ敵のみを撃破して強引に前に出る。

 

 彼女の瞳には、もう赤黒い炎に身を包まれたルシファーしか映っていない。

 時間がない……もう時期に、前日に発動させた固有スキル『ソードマスター・オーバーレイ』の効果が切れてしまう。

 

「――残っている時間はもう少ししかない……月が真上に来るまで、その前にあの大きい天使だけでも!」

 

 攻撃のダメージは殆どない。今の星のHP、防御力はほぼ無限になっている。今ならば、痛みの殆どをシステムが受けたダメージと照合して軽減してくれる。

 

 つまり、防御力が最大になっている星には最低値のダメージ『1』しか与えることはできない。

 例えるならば、針の先で肌を突かれている程度の痛みだろうか。しかし、実際には敵は剣や槍などで攻撃してくるわけだから恐怖も付随して、本人はそれ以上の痛みに感じている。

 

 だが、今の星にはその程度の痛みや恐怖などは、もうどこかにいってしまっているかのように全力でルシファーを見据えて突き進んでいく。

 ルシファーの目の前までくると、勢い良く跳び上がったルシファーの頭上まで体が浮かび上がると、星の視界の直上に昇っている月が入る。

 

 微かな笑みを浮かべた星が、その月を斬り裂く様にエクスカリバーを大きく掲げ、次の瞬間に力一杯振り下ろした。

 

「はあああああああああああああああああああああッ!!」 

 

 叫びながら星の振り下ろしたエクスカリバーの刃が、ルシファーの脳天から下へと斬り裂いていく。

 抵抗する暇もなく真っ二つに斬り裂かれたルシファーの体が、次第に左右に離れて地面に居るモンスター達を巻き込んで土煙を上げて倒れた。その後、地面に着地したと同時に、星の体を包んでいた金色の光が徐々に収まって消えた……。

 

「はぁ……はぁ……ぎりぎりだった……」

 

 固有スキルが切れたと同時に、体に物凄い疲労感と眠気が襲ってくる。

 手に持っていたエクスカリバーを地面に落とし、星は前のめりにゆっくりと倒れた。

 

 ここ数日間まともに休めなかった星には、もうスプーンを持つ力も残っていない。もう固有スキルも切れ、体にも力が入らない『万策尽きた』という言葉がしっくりくる。

 体の周りを敵に囲まれ、固有スキルが切れたことでパワーバランスも完全に逆転し、無敵のプレイヤーが雑魚モンスターに囲まれている構図から、レベル100のプレイヤーが数万の同レベルのモンスターに囲まれている状態へと変わってしまっていた。

 

 薄れゆく意識の中で、自分を取り囲む死霊系のモンスターがジリジリと迫ってくる。だが、奇跡的に剣を持てたとしても、今の体力では一合打ち合って互いの武器の刃をぶつけたら、間違いなく星の方の剣が弾かれてしまう……。

 

 体を囲むモンスター達が剣を振り上げて倒れている星に襲い掛かろうとするが、もはや星にはそれにあらう術がない。諦めて瞼を閉じると不思議なことに、襲ってくると思っていた痛みがいつまで経ってもこない。

 

 恐る恐る瞼を開くと、自分の周りを囲んでいたはずのモンスターは光の粒子になって消えていた。その直後、再び攻撃を仕掛けにきたモンスターが星の視界で一斉に止まった。何が起きたのか、考えるよりも早くその理由が判明する。

 

 突如、ローブを身に纏った黒い剣を持ったプレイヤーが目の前に立っていた。

 次の瞬間。その体が大きく動き、手に持った黒い剣を構えて体を回転させると、囲んでいた敵の体を斬り裂いてそのプレイヤーの顔が星の顔を見つめて止まる。

 

 ローブの中から見える青い瞳が、星の紫色の瞳を真っ直ぐに見つめていた。

 この人物を見たのはこれが初めてではない。以前、村正事件の時にエミルといった宿屋で出会ったその時も星のことを助けてくれたのだが――。

 

「……あなたは誰?」

 

 地面に倒れていた星がそう尋ねると、相手からの返答はないと思っていたが意外なほどあっさりと言葉を返してくれた。

 

「――私は……そんなことはどうでもいい。それよりも、お前の仲間がきている」

 

 その女性の声に促される様に星の視線が一瞬彼女から離れ、慌てて視線を彼女に戻した時にはすでに彼女の姿はなくなっていた。

 するとそこに彼女が言った通り、黄金のドラゴンの姿になっているレイニールと白銀の鱗に包まれたリントヴルムの背中にはエミルとイシェル。そして漆黒の巨竜ファーブニルに乗った影虎が現れる。

 

 地面近くに着たドラゴンの背中から飛び降りた2人の人影が、地面に倒れている星の側に着地した。

 その人物はイシェルと影虎で、星の近くに降りたったイシェルが素早く両手を広げると、それを合図に3体の巨大なドラゴンがモンスターに向かって一斉に口から炎と火炎弾を噴射する。

 

 炎と火炎弾によって周囲のモンスター達が見る見るうちに減って、モンスターで隠されていた地表の部分が現れ、モンスターが居なくなった地面に3体のドラゴンが舞い降りる。

 威嚇するように周囲に向かって咆哮を上げるレイニールとファーブニル。そして中央にいたリントヴルムからエミルが飛び降りた。

 

 彼女は地面に着地すると、一瞬体勢を崩してよろけながらも星の方に向かって一目散に駆け出す。

 

「助けにきたわよ。星ちゃん!」

 

 そう言って駆け寄ってきたエミルは、地面に横たわっている星の体を抱き上げると、リントヴルムの方へと戻った。

 

 しかし、跳び上がろうとした足が言うことを聞かず、中々リントヴルムの背中に戻ることができない。

 その直後、一度は止まっていたモンスター達が再び動き出し、左右に居たレイニールとファーブニルが同時に炎と火炎弾で敵の先頭を撃破した。

 

 まだ跳び上がれずに四苦八苦していると、そんな彼女の体をイシェルが支えながら跳び上がった。

 背中に乗ったのを確認すると、リントヴルムが勢い良く翼をはためかせて一気に地面から飛び立つ。それに続くようにニ体のドラゴンが後を追いかけて飛び上がった。

 

 戦場から離れ、街の方向に向かって一目散に飛んでいく。しかし、今の千代に戦闘をするという意思のある者は少ない。いや、二度の攻勢を退けた星を頼り過ぎた為、本来ならば自分達で敵を退けると躍起になっていたのはすでに過去の話なのだ。

 

 だが、その心配は必要なかった。何故なら、星が戦場を離れた直後にモンスター達が一斉に撤退を開始したのだ。まるで、街には何の興味もないかのように……。




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