オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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太陽を司る巨竜7

 苦しそうな咆哮を上げたドラゴンのHPが、今までの攻撃とは比べ物にならないほどにガクッと減った。

 今までの戦闘で分かったのは、出現したドラゴンに有効打を与えるには闇属性系の攻撃で、しかも一定量以上のダメージを一度に与えなければならないということだろう……。

 

 どうして、一度に与えなければならないかというと、闇属性系の属性攻撃武器は数は少ないが、ゼロではないからだ――属性攻撃武器は基本的にトレジャーアイテムと呼ばれるレア度の高い特殊な装備にのみ付随する効果である。

 

 始まりの街ならまだしも、ここ千代のプレイヤーのレベルは平均で80。それに対して始まりの街の平均レベルは40そこそこだった。

 MMORPGに限らず。他のゲームでもそうだが、プレイヤーのレベルが上がれば上がるほど受けられるクエスト、挑戦できるモンスターのレベルが増加する。それに伴って所有するアイテムのバリエーションも豊富になっていくのは当たり前のことだ。

 

 つまり、平均レベル80前後のプレイヤーが数万人も集まれば、いくら希少価値な闇属性系武器と言えど、皆無とはならないわけだ。しかも、この巨大なドラゴンが現れる前は、攻略不可能とまで言われたルシファーの亜種とも言っていい属性系以外の攻撃を受け付けないモンスターを相手にしている。

 

 その経験からプレイヤー達が通常攻撃が効果なければ、属性攻撃系の武器で攻撃するのは明らかだろう。しかも、空中に飛び立つ前の地面から若干姿を現した時に散々攻撃していた。

 それでも、ダメージが入らなかったことを考えれば……属性攻撃。しかも、リントヴルムやファーブニルなどの攻撃でもHPを削ることができなかったとすれば、その原因は一つしかない。

 

 属性系の攻撃の中でも限られたもので、しかも一度に大ダメージを与えられる攻撃以外は通用しない。だから、敵はわざわざマスターにだけ居場所を教え、障害に成り得る彼を先に撃破したのだろう。

 

 彼の攻撃力はこのゲーム世界で最大と言ってもいい。それをこのドラゴンにぶつければ、いくら山の様に巨大なドラゴンであってもひとたまりもない。ゲームバランスを超えた攻撃力。そしてその攻撃力に不釣り合いなほどの驚異的な俊敏性は、対人戦闘ではなくモンスターとの戦闘で初めて遺憾なく発揮されるものだからだ。

 

 人間であれば、同じプレイヤーを相手に全力では攻撃しきれない。それが痛みを伴うと分かっていれば、尚の事だろう……。

 

 意識的には全力でやっているつもりでも、脳のどこかで躊躇する。それがブレーキとなって、全力戦闘はできない。

 例えるなら、目の前に人がいて全力で殴っていいと言われても躊躇してしまうのと同じだ。しかし、それがひとたびぬいぐるみなどに変われば、何の躊躇もなく全力で殴ることができるだろう……つまりはそういうことなのだ。

 

 それは強者であればあるほど大きくなる。武術の達人が人を殴ることで快楽を得られる狂人ではない。中にはそんな者もいるかもしれないが、本来は技を極める内に精神も鍛えられるものであり。強者になればなるほど、理性的で感情的になりにくくなる。

 

 感情に流され理性のたがが外れるのは、なんでも初心者から中級者の間で起こりやすい感情の一つと言えるだろう。武道に限らず。道を究めるということでは、今回のこの大規模な監禁事件の首謀者である狼の覆面の男もそうなのだろう。

 

 組織である『シルバーウルフ』を名乗りつつ、公の場に姿を現す彼は、明らかに一人での行動が殆どだ――普通ならば理解できないことだが、彼が一人でこの事件を起こしたと言わざるを得ない。

 

 だが、それだけの才能を持っていながらこれほどの凶悪事件を起こすのだから、間違いなく彼は狂人だろう。この【FREEDOM】というゲームのいいところは、どんな強力なモンスターであっても絶対に弱点と言えるウィークポイントがあることだ。

 

 この巨大なドラゴンのウィークポイントは間違いなく闇属性攻撃に弱いことだろう……闇属性攻撃に長けているマスターを危険視しないわけがなく。そして、そんな彼が道は違えど、武道を極めているマスターの本気を測る上で彼の戦闘データを取って、弱点を探っていたのは明らかだろう。そうでなければ、あのマスターが彼に負けるわけがない。

 

 漆黒の龍神は炎の翼や尻尾、熱線で攻撃してくるドラゴンの応戦を巧みに交わしつつ、胸のドラゴンの口から放たれる熱線や、持っている大剣でその体に傷を刻んでいく。

 

 敵に誤算があるとするならば、エミルがこれほどのドラゴンを有していたことを知らなかったことだろう……いや、認知はしていた。しかし、それはエミルのリントヴルムがダイヤモンドドラゴンがエミルを武闘大会で獲得した。世界に一つだけのオリジナルアイテムである『融合の笛』によって生み出したもう一つの姿。白銀の龍神であるリントヴルムZWEIの方だけだ。

 

 まさか、リントヴルムクラスの他のドラゴンとの融合など想定もしていなかっただろう。しかし、以前のエミルと影虎の様子を知っている覆面の男は、まさか影虎がエミルにドラゴンを貸し与えるとは考えなかったのだろう……それは当然だ。エミルに取ってリントヴルムが最大戦力なように、影虎に取ってはファーブニルが最大戦力なのだ。そんな二体のドラゴンがまさか合わさり、しかも最悪の相性のドラゴンに生まれ変わるとは思わなかったのだ。

 

 だが、脅威が出現したとしても。用意周到な彼が、これで諦めるとは思えない……。

 

 エミルのリントヴルムNEXTザ・デストロイヤーの攻撃によって、最初のHPバーが尽きたまさにその瞬間、赤い鱗の巨竜が物凄い咆哮を上げた。

 

 すると、地面が激しく揺れて地割れが起こり、地面のあちこちから突如赤い火柱が上がった。 

 

 その全てがバラバラではなく、空中に浮遊するドラゴンを取り巻くように噴き上がり、火花となって地面に舞い降りる。地面に落ちた炎は炎上を続け、その中から次々にジャッカルの顔をしたアヌビスの兵士達が現れた。

 

 手には黄金の武器を持ち。その体には黄金の装飾が施されており、皮膚は黒く鎧などの防具は装備していない。しかし、その手には例外なく槍が装備されており。近距離戦ではなく中距離戦が得意な武器を装備していることで、近接戦においてのアドバンテージを多く持っていることは分かる。

 

 誰しもが一度は聞いたことがあるだろうが『刀を持つ者が槍を持つ者に勝つには、その3倍の技量が必要である。』という話である。

 槍は攻撃範囲は勿論。突き、叩く、投げるの攻撃方法がある。特に叩くというのは優秀で、これは近距離戦に置いて重い鎧を装備する者の宿命とも言える欠点が重量であり、そのせいでちょっとした衝撃でもバランスを崩しやすい。

 

 つまり、頭でも叩かれた日には、一時的な脳震盪によって一瞬で呆気なく倒れてしまうのだ。しかし、それは現実世界ので話だ――確かにゲーム内での脳震盪などは発生しない。だが、ダメージよるめまいなどの症状はある。そして、槍の圧倒的な攻撃範囲に剣では手も足も出ないというのが正直なところだ。

 

 これがPVP――つまり対人戦ならば、リーチの差で剣の持ち主の攻撃力にアドバンテージが生まれる。しかし、その公平を期する為のシステムもモンスターとの戦闘では発生しない。

 

 そして厄介なのはそんな槍兵が数千……いや、数万単位で現れたということだろう。しかも、それだけではなく、武装した二頭の馬に荷車を引かせた古代戦車『チャリオット』に乗った普通の兵士の2倍から3倍の体を持ち、その身には黄金の装飾が施された漆黒の強固な鎧を纏った屈強なアヌビスも混ざっている。




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