オンライン・メモリーズ ~VRMMOの世界に閉じ込められた。内気な小学生の女の子が頑張るダークファンタジー~   作:北条氏也

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テディベア

 九條が目を覚ましたのは11時になってからだった。リビングにいった九條はその場に星がいないことを確認して、今度は星の部屋へと向かった。彼女の部屋のドアをゆっくりと開けて中を覗くと、星はまだ眠っていてまだ当分は起きる様子がない。

 

 微笑みを浮かべた九條はそのままゆっくりとドアを閉めて、自分の部屋に戻ると急いで服を着替え始める。白のティーシャツに薄い茶色のトレンチコート、下は黒のパンツ姿で紺色の皮のバッグを手に持ってリビングに戻り。そこに星への置き手紙を書いてテーブルに菓子パンを置くと玄関を出た。

 

 外に出た九條はサングラスを掛けると、電車に乗って離れた街へと向かう。わざわざ星を家に残して電車で離れた街まできたのには理由があった。それは彼女が今から向かう場所にヒントがある。

 

 電車に乗って九條がわざわざきたのは多くのテナントが入っているビルだった。その中に入っていった九條が向かったのは服や宝石。バッグなどのテナントではなく、ぬいぐるみを専門に扱う専門店だった。

 

 店に入ると棚を埋め尽くすほどの様々なぬいぐるみで広い店内に所狭しと並べられている。

 そう。九條は星の部屋が年頃の女の子とは思えないほどに質素だったのを気にしていたからこそ、今日は星にぬいぐるみをプレゼントしようと電車に乗って離れた街まできたのだ――。

 

 棚に並べられている大きさ種類様々な動物やキャラクターのぬいぐるみを時折手に取っては棚に戻すを繰り返していると、そこに店員がやってきた。

 

「なにかお探しですか?」

 

 笑顔で近付いてきた女性の店員に九條は笑顔で返して告げる。

 

「ええ、娘にぬいぐるみをプレゼントしようと思ったんだけど、種類が多くてなかなか決められなくてね……」

「娘さんの年齢はおいくつですか?」

「――9歳なんだけど、どんなのがいいかしら」

 

 店員は「9歳ですか……」と難しい顔をすると店内を忙しなく歩き回り、一頻り動き回ったところで九條の元に戻ってくる。

 

「娘さんのお誕生日のプレゼントですか?」

「い、いえ。そんな事もないんだけど……」

 

 それを聞いた店員は困った様子で頭を捻って独り言の様にボソッと呟く。

 

「……お誕生日に合わせたテディベアがあるんだけど」

 

 なにげない店員の言葉に九條が反応して言葉を返す。

 

「そのテディベアを見せてもらえる?」

「はい? ああ、誕生日のですか。こちらに置いてあります」

 

 歩いていく女性の店員の後ろを付いていくと、店の奥にある少し開けたスペースにテディベアがずらりと並んでいた。

 ちゃんと誕生月に並んでいて日にちごとに順番に陳列されていて、テディベアの首には誕生日の日付を象ったネックレスが付けられている。

 

 九條はそれを見て一目で気に入り、星の誕生日である8月28日のテディベアを手に取って店員に渡した。

 

「気に入った。これを頂くわ、プレゼント用にラッピングしてもらえます?」

「はい。ありがとうございます!」

 

 店員はテディベアを九條から受け取るとラッピングする為に足早にカウンターの方へと歩いていった。

 ラッピングが終わり商品の会計を済ませた九條は綺麗な中央にテディベアの小さなワンポイントの付いた白い袋にピンク色のリポンでくくられている。

 

 買ったプレゼントを抱えながら歩いて駅までいった九條は、何故か星の待つマンションとは真逆の方向へ向かう電車に乗った。

 本来ならプレゼントも買ったのだから早く家に帰りたいはずなのだが、九條が帰れない理由は店を出た直後から数人の男性がそれぞれ一定の距離を保ったまま付いてきていたのだ。

 

 その者達を全員引き剥がすまでは、絶対に星の所に帰るわけにはいかない。九條はなるべく人の出入りの多い駅で降りると、急いで止まっていたタクシーへと乗り込んで発車させる。

 向かったのは今よりも人通りの多い都心。木を隠すなら森の中……人を隠すなら雑踏の中、だ――。

  

 繁華街にきた九條は様々なビルに入っては出てを繰り返す。しかし、その全ての場所にすでに敵の刺客が入り込んでいた。もはやどこにも逃げ場がないことは九条にも分かっていたが、星の居場所だけは知らせるわけにはいかない。それは星の亡くなった母親が彼女との関係を絶って守ってきた唯一のものだから……。

 

 母親として我が子を守る為に最善を尽くすのは当然であり、九條がそれを無にすることは同じ母親である彼女が死んでもやってはいけないことである。

 

 昼まえには出てきたはずなのだが、もうすでに辺りは暗くなってしまっていた。人影のないビルとビルの間に潜み背中を壁に凭れて荒く息を繰り返す九條。

 

 無理もない。この隙間に逃げ込むのでさえ、全速力で走ってやっとなのだ。それすら長くは続かないだろう、残された手段は、刺客をやり過ごすのではなく戦って数を減らし騒ぎに乗じて逃げ切る以外にはない。

 

「……不本意だけど。もう、やるしかないわね……」

 

 九條はバッグの中に入っている鍵付きのプラスチックケースを開ける。

 

 中には拳銃が入っていた。それを入れていたプラスチックケースも、金属探知機を阻害するもので、星を守る為に入国した時から肌身離さず持っていた。しかし、日本はアメリカと違って銃社会ではない為、市街地戦はとてつもなくリスキーだ。だが、星の待つ家に帰りたいという気持ちの方が今の九條には強い。

 

「――必ず帰るからもう少しだけ待っててね」

 

 一瞬、テディベアの入っている袋に目を落とし、銃のセーフティーロックを解除すると、着ていたトレンチコートの中にガンホルダーを装着して、そこに銃を収め持っていたバッグを放り投げてテディベアの入っている袋を脇に抱えながら走り出す。

 

 狭いビルとビルの間を走り抜けると曲がり角から男が飛び出してきた。突然飛び出してきた男に反応して、九條が大きく飛び上がると的確にみぞおちに膝蹴りを直撃させると男が後ろに向かって倒れた。

 

 その直後、周囲に二度の銃声が響き。男の背後からきたスーツの男が倒れ、彼の持っていた銃が地面に落ちて銃を撃って倒れた男の左胸には銃弾でできた穴が開いている。

 

 膝を地面に突いて低い姿勢で銃を構えている九條は大きく息を吐き出して、銃口から微かに上がる煙りを切るように構えていた銃を降ろした。

 徐に立ち上がった九條は最初に膝蹴りをして倒した男が銃を構えたのを見て、透かさず持っていた銃で彼を撃った。

 

 その銃弾も男の左胸を撃ち抜き、心臓に確実にヒットさせていた。九条は倒れている2人の男を冷たい瞳で見下ろしながらボソッと呟く。

 

「……女一人相手するのに銃まで使うなんてね」

 

 九條は銃をホルダーに戻してその場を足早に去る。

 しかし、さすがに3回も銃声が鳴れば誰にも気が付かれないというのは不可能であり、鳴り響くパトカーのサイレンの音が路地裏にいる九條にも届いていた。

  

 なるべく建物の陰を利用して移動していた九條だったが、徐々に増えるサイレンの音に軽く舌打ちをして渋い顔を見せる。

 

 だが、彼女がそんな表情をするのも無理はない。確かに銃声が鳴ればこうなるのは予想していた。しかし、問題はそこではなくそれに対応するまでの時間なのだ――。




小説家になろうをメインに活動しています。
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