どこの誰でもないお話だったり。
おしゃべりしてるだけの時もあれば、
つらつら文字を連ねる時もある。
素敵な恋に恋をしているような、
ただのあまぁいお話たち。
草木も眠る丑三つ時、とまではいかないが充分に月の高い、そんな夜。審神者の自室からは光と微かなうめき声が漏れていた。
「無理。終わらない。眠い」
何を隠そう、定期考査の勉強である。腰と肩に湿布を貼り、毛布を背負って机に向かうその姿はまるで別人のよう。それもそのはず。日頃から業務に家事に学校にと常に何かに追われている彼女は勉強する時間など確保しようにもない。だから最初から、こうしてテストの直前になって徹夜で頭に叩き込む算段なのである。それにしても眠い。何度目かわからぬ欠伸を漏らし項垂れる。と、同時に腹の虫が情けなく鳴き声を上げた。
「お腹すいた……ねむい……」
もうこのまま寝てしまおうか。よほどのことがない限り留年はあるまい。
手にしたペンを転がしそのまま仰向けに寝転がる。ぼーっと照明を見つめるが眠気は去るどころか今にも彼女を取り込もうと躍起になっているようだ。その熱意に負けた、と白旗を上げ瞼を降ろそうとした、その時。
こんこんこん、律儀に扉を叩く音が三回。眠りの淵から引き上げられた彼女はなんとも情けない声で応答する。
「…はぁーい、」
「主?よかった、起きてた」
「光忠」
ここの刀剣は基本的に早寝早起きだ。つまりこんな時間に起きてることなどそう無いはず。しかし、
「夜食、持ってきたけど食べる?」
着流しに身を包んだ彼の手には小さな土鍋。わざわざこんな時間に作ってきてくれたのか。
はっと身体を起こして首を縦に激しく振る。その様子に若干苦笑されたがまあいい。誰だって魅力的な夜食の前には無力なのだ。小さなサイドテーブルに置かれたそれは熱い湯気を出しており出来立てだということが容易にうかがえる。嬉しさと同時に腹の虫もまた活発化したようで自己主張をし始めた。
手と手を合わせて、いただきます。いつもより早口になってしまったそれ。召し上がれ、と目尻下げる彼にはどう映っているのだろう。まあそんなことはどうでもいい。れんげで一つ掬い上げて口元に。息を吹きかけ冷ます時間も煩わしいとばかりに口の中へ。襲ってくるであろう熱さに身構えたが、襲ってくるのは出汁の香りとご飯と卵の旨味ばかり。この伊達男は本当によくできる男のようだ。
ちらりと頬杖をつく彼を見れば視線が交差。もぐもぐと飲み込んでおいしい、と力強く言えば蕩けそうな笑みでよかった、と一言。一口、また一口と口に運ぶうちにいつの間にか土鍋は空に。腹の虫も治まったようである。ふー、と満足気に息を漏らして、もう一度。手と手を合わせて、ご馳走様。お粗末様でした。こんな些細なやりとりさえ今の彼女には大事なもの。
「光忠のおかげでやる気でた。ありがとう」
素直な気持ちを音に乗せる。そうするとほら、目の前の伊達男は心底嬉しそうに笑うのだ。本音を言うと、できればそんな顔はあまりして頂きたくない。彼の笑顔は私にとって毒でもあるのだから。
「主の力になれたならそれでいいよ。この時期の主は何を言っても聞かないだろう?」
我が初期刀や短刀達に言われた言葉を思い出し思わず首をすくめる。皆んな心配してくれているのだ。分かってはいる。分かってはいるのだが、
「まあ、こればかりはしょうがないしね」
「知ってるよ。だから僕はこうして君を甘やかすんだ。少しでも君が無理をしないように」
と言っても、僕に出来る事なんてたかがしれてるんだけどね。そう笑う彼は眉を下げて頬をかく。
「この夜食のおかげで、光忠のお陰で私がどれだけ助かっていることか」
「あはは、うん。そうだね」
「でも、もう少し。足りない」
「ん、なにかな」
はい。なんて両腕を広げないとわからないのか、ん?挑戦的に口の端を吊り上げ固まる彼をみる。
えらく気が効くこの男も実はちょっぴり鈍感なのかもしれない。