欲望をただただ広げて拡げていく日本産色欲の獣に挑む物語
※以前書いていたものが、宮沢氏に対する極端なアンチ・ヘイトの類であった為に、
史実の宮沢氏の行動やその結果を踏まえた上で、以前の物をまろやかに修正しました。
サーヴァントと言うのは元から遺伝子レベルで美しいのか、後世の人々によって美化されたのかまでは解らないが、
キラキラトーンが背景にある様な美男美女が多い。
そして、内面的にも尊敬されてしかるべき王者の気風や、騎士の信念というようなものが在る。
かつて多くのカルデアの人々はそう思っていた。
だが世の中には例外と言うものが存在する。例えば何処かの海賊さんや航海士さんである。
海絡みにはそういう者が多いのかと言うとそうでは無く、山育ちにもそういう者はいる。
「春画萌え~。ぐへへ、ぐへへへへ。
二次元のおなごは皆可愛ええし、何より僕に逆らわなんからエエんだよ。
やっぱ現実の女はクソだってハッキリわかんだね!!」
一応言って置くと、この発言をした彼は、黒ひげとして有名な某エドワードさんでは無い。
日本人なら大抵知っている知名度の作家、――――宮沢賢治氏である。
幼いころから、リア充とは無縁の空気を纏い、心を現実社会では無く夢想の世界に置き、
孤高に、孤独に、文豪として邁進してきた男。ついでに言えば看護師萌え。ナース服か給仕服に酷く興奮するオタク系男子。
それが、宮沢賢治の人となりであった。
彼の生存した当時の日本は、ファンタジーというものは一般的には逃場としか理解されなかった。
そんな事より、現実を見据え他国に勝つ為に、如何に物理的・経済的・軍事的に強固な国に貢献できる人材になるかだけが求められた。
インパール作戦とか、講和時期だとか、敵対国だとか、
正直軍上層部にもファンタジーな人たちが多かったのも事実だが、
基本的には他者の上に登り上がる才能が、他者を踏み台に出来る強さと厳しさが、
国家にも個人にも求められていた時代だった。
彼にはいささか不向きな集団同調力が強い地方で育ったが、
彼は実家がお金持ちなのでその影響は最小限に受け止められていたのは幸いだった。
とはいえ、そういう土地では、その時代のその地域の意見にぴったり同調して、
リーダーシップと言う名の圧力を周囲にかけられる益荒男が持て囃された。
逆に、宮沢賢治の様な独特な感性を持った少年には生きずらい時代であり、土地であったと言えるかもしれない。
仏教的な誰もが救われる、というか誰もが救われるべきであるという風な彼の童話の世界観は、
その体験の反動であった。
現実でいじめられっ子がいじめがある現実はおかしいと、放課後の教室の端で同類たちと声高らかに叫んだところで、
周囲には相手にされないどころか笑われる。
自分の評価を可笑しいと言う前に、自分が評価されるようになれと言われるだけである。
それは今も変わらないが、昔からそういう意見は強かった。正論故に容赦がないのである。
あの黒ひげでさえ、海賊王的な意味ではリア充だった。
荒くれ者ばかりの集団の頂点に立つのだから、他者に見せる必要な残酷さを振るえるだけの心の強さと冷酷さと腕っぷしはあった。
大抵、サーヴァントになった英雄は成功者でありリア充である。
だが、生前の宮沢賢治には親が金持ちである事以外にリア充要素はそうない。
彼は実家を継いで、リア充的資産家として生きていれば、親にも周囲にも尊敬される様な、
使用人と愛人を侍らすリア充になっただろうが、
彼はそれを選ばず、金にならない作家という生き方を選んだ。
宮沢賢治が尊敬して、多大な影響を受けた同じ童貞作家繋がりのショタサーヴァントとは仲良くなれるかも知れない。
いじめに加担してないリア充組のキラキラしたアイドルが、「いじめの無い世の中を作ろうっ!!」と言うのと、
いじめられっ子が「いじめなんか理不尽無くなれよ」というのでは、人々の捉え方は大きく異なる。
特に、テレビもネットも交通機関も無い時代で地元のリア充が、幅を利かせる社会なら尚の事。
結局、発言の内容よりも、発言者の影響力こそが説得力になるのである。
そんな宮沢賢治が死後、文筆以外で活躍した舞台があった。
それは2032年の海洋油田基地セラフィックス――――
素人童貞にも拘らず、童貞オタクの例にもれず、
自己処理においては驚異的な精力を誇る性欲モンスター宮沢賢治は、
その匂いを半ば本能的に嗅ぎつけた殺生院キアラのお眼鏡に叶った。
そこで、非リア充な存在でも喜んで相手をしてくれる美女に飛び掛かりたい宮沢賢治であったが、
彼の卑屈だが高すぎるプライドが、それを拒んだ。
「僕は女にうつつを抜かさない」と彼は言った。
モテない生前をおくって来たゆえの、精神的自己防衛の発露だった。
よく非リア充が言う、「別に異性に興味がある訳じゃ無いし」というアレであった。
だが、それを言いきった事で、自分で相手を拒絶してチャンスを失ってしまった事による諦めの思い込みが、
彼のキアラに対する拒絶の壁を堅くした。
彼は生前、それと同じ展開で脱童貞のチャンスを失っている。
自分を気にかけてくれる好きな女性に素直になれずにいたら、そのまま嫌われてしまっていたのだ。
因みに小学生の頃の出来事では無く、大人になってからの出来事である。
恋愛の不慣れから、ツンデレが回りすぎて、気に入った女性に厳しく当たりすぎてしまう。
普通の女性は、いつも不機嫌に文句をつけてつっけんどんにしてくる男性に好意を持ち続ける事は出来ない。
キアラ的には何回拒絶されようと、そんなにマイナス評価にはしない、ある意味聖女のような性女なので問題は無かったが、
普通はこっぴどく拒絶した相手に嫌われていないと思う方が不思議である。
ましてや彼は現実社会から自身の理想を切り離して、とことん自分自身の固有の理想に没頭していく性格、
悪く言えば人の話を全く聞かない、良く言えば性格自体が固有結界的な性質であった。
そして彼は自分を受け入れてくれない女は必要ないと、相手への確認無く飛躍した結論を出して、
自分の考える都合の良い理想的な美しい世界には魔王は要らないと考えて、
そんな女を消滅させる手段として、固有結界である宝具を使用した。
『
その効果は何処までも現実からかけ離れた夢幻の妄想を、結界内の全ての存在に無限に浸る事を赦す。
現実から何処までも剥離した、理想の上に積み上げた理想を追求した彼の童話世界観そのものであった。
どこまでも、その妄想の作者に都合の良い世界を垂れ流して呑み込ませる。
まるで自慰の快楽に依存する病気の様に。
妄想の上に妄想を積み重ねて、その上に妄想を積み上げる。
欲深き者ほど、その欲望の夢から浮上できなくなり沈み続ける。そして代償に岩手県民の出生率がやや下がる。
現実の女心を知らぬ故に、妄想で固めた理想感のみを許容して、
妄想の世界に逃げ込む弱者を許し、現実を支配するリア充的な権力を拒絶する宮沢賢治の性格に基づく、
全ての欲望を持つ者を妄想の海で溺死させる大技だった。
愛欲の体現者たるビーストⅢ/Rにはこれ以上無い特効であった。
本来ならどうやってもたどり着けないであろう快楽に、求めれば求める程溺れて往ける。
一歩踏み出す度に、もう戻れなくなる片道切符だと理解しながらも、それでも止まれなくなる。
NTR系ヒロインが他の男に蹂躙されながら、世間体や恋人の事を放棄する様に、
浅ましく涎を垂らしながら、虚ろな目で現実で無い世界を見続けた。
現実よりも遥かに価値のある快楽が、高次関数的に際限なく登り続けていく。
ただそれは彼女の妄想の世界でのこと。
彼女は現実に後戻りできない、後戻りしようとも思えない植物人間へと変わっていた。
精神が夢想のその奥へと突き抜けて、遂には肉体すら原形を保てなくなった。
そこにかつての強者としての教祖や魔王としての威光は無い。
まるで、官能小説やその手のゲームに出てくるような、
ドラッグによる性行為で肉体的、精神的、金銭的、社会的に崩壊していく弱くて哀れで無様な女の様に、
愛欲の獣は溺れて沈んで、そしてその細胞の生命力さえも快楽を味わう妄想の劇薬の購入代金として払い、
そして熱に溶ける氷菓子の様に溶けて消えてしまった。
彼女は肉体を失った今も、彼女の妄想世界で無限に増え続ける快楽に魂を任せているに違いない。
史実
・当時トップクラスの春画コレクター
・看護師に惹かれる
・生涯童貞
・アンデルセンの熱心なファン
・学業は基本トップクラス
・教師としては威厳はそう無かった
・義理はそれなりに深かった(本人談)
・教師の権力と繋がりが強い地域
・日蓮宗に深く信仰
・共産系理想主義者
・ボンボンのお坊ちゃま
・実家は宮沢賢治が商人としての道を選ばず、作家を選んだことで傾く
・当時の日本には理想主義的なファンタジーは比較的人気は出にくかった
・生前は国内の評価が現在ほどは無く、作家としてだけでは食ってはいけなかった
・宣伝・営業・商売の基盤作成能力は無かった
・代わりに友人には恵まれたので、友人の紹介で名前が広まった
・生涯を通じて死の間際に一度だけ初めて親に褒められた(当時の社会観と個性が相容れなかった為。商売の適正が無かった事も要因)
・凄いツンデレ(その為に婚期を逃す)
・岩手県民
・岩手が好き
・岩手をもじった理想郷『イーハトーブ』が作品に出てくる
・岩手が大好き
やっぱり、作家って濃い性格していますね。