1月7日、平日
都内の多くの学校が3学期の始業式をしているこの日、ラッシュの母親であり、GGOでジェーンを操作するキャーティアの女性、ケニーは、医務官として地球の医療技術についての調査をしていた。もちろん、キャーティアのハッキング技術を用いて、勝手に論文やデータを盗み見ているわけである
「VR技術を医療転用した機器の臨床試験・・・」
ケニーは日本でのメディキュボイドの臨床試験の経過データを読んでいた
「試作1号機、被験者、紺野木綿季、15歳。病名、後天性免疫不全症候群」
キャーティアにはかざすだけで診察から治療までを行え、擦り傷から遺伝子治療まで可能な万能な、医療コミュニケーターという医療機器が存在する。しかし、それでも生命の大切さは変わらず、医者という職業はなくならず、医療の研究は日夜続けられている
―ターミナルケア目的にしては機器が大きすぎて高額。導入できるのは一部の富裕層を相手にしてる病院や介護老人ホームってところかしら?それでも実用化したら需要に供給が追いつきそうに無いけど・・・さて、患者の家族から、いったいいくら取るつもりなのかしら・・・?
仕事モードのケニーは、モニターに映るデータを冷めた目で読み続ける
「この子のような、本当に必要とする患者に行き渡るのは、10年単位の時間がかかりそうね」
っと、ケニーが別の論文の調査に切り替えようとしたそのとき、ケニーの仕事部屋である医務室のドアが開く。そしてラッシュが医務室に入ってくる
「あら、トスカ君。どうしたの?」
ケニーは仕事モードの医務官から一転して母親の顔になり、ラッシュこと本名トスカに向く。子ども扱いされることを嫌う彼が仕事時間中にケニーのいる医務室に来ることは、珍しいことなのである
「ちょっと専門外のデータが出てきたから、意見をもらいに」
「なるほどね」
トスカはそう言うと、端末から調査中のデータを空中モニターに映し出す
「例の交友関係の調査ね」
「全く、デスガン事件なんか起こるから、全部洗い出さなきゃならんくなった」
「わざわざ介入するからでしょ。上が言うには、そんなの放っておけばいいってことなのよ。所詮は余所の星の小さな事件なんだから」
デスガン事件に関わってからというもの、ゲーム内にラッシュとしてログインした際の関わる人物の簡単な身辺調査が仕事として増えたトスカ。不穏分子の洗い出しは、外交団の安全に関わる問題なので、キッチリこなさざるを得ない
「えーっと、アカウント名YUUKI。本名紺野木綿季・・・あら、偶然ね」
ハッキングで得た個人情報を読み上げたケニーは少し驚くと同時に、それまで読んでいたメディキュボイドの臨床試験の被験者データを横に並べる
「トスカ君の聞きたいことは、この子の病気のことね?」
「うん、まぁ・・・ぶっちゃけ治る見込みがあるのかどうか」
医療は専門外のトスカでも、臨床試験の期間が長いことはデータから読み取れた。それだけ長い期間治療を要する病気ならば、完治するかどうかを疑うのは当たり前とも言える
「無理ね。今の地球の医療ではこの子の病気は治らない。治せないわ。今も医療用VRマシンを用いて、体感覚をカットして苦痛を無くすことが精一杯のようね。持ってあと1,2ヶ月ってところじゃないかしら?」
「そうか・・・」
ケニーが医務官として、冷静に病気の進行具合からの余命を見積もる。トスカはややショックを受けつつも、調査書にケニーの意見を記入した
「あまり深入りしちゃダメよ。可哀想と思っても、この子に医療コミュニケーターは使用することはできないのだから」
キャーティアにはキャーティアの守るべき法があり、それによってキャーティアと比較して医療レベルの低い星での医療コミュニケーターの使用の制限が入っている
「わかってるよ・・・」
力なく言葉を返し、トスカは医務室から出ていた
「まったく、あの子ったら・・・」
1月の第2月曜日、日本は成人の日という祝日であり、その前の土日と合わせて3連休になる
そんな3連休の初日の土曜日、アスナとスリーピングナイツのフロアボス攻略戦は決行された。しかしそれは失敗に終わり、2度目の挑戦に向かっているとき、トラブルは起こった
「そう、じゃあ・・・戦うしか、ないよね・・・」
スリーピングナイツの挑戦を盗み見て、フロアボスの攻略を有利に進めるギルドが、2度目の挑戦をしようとするスリーピングナイツの行く手を阻む。レイドパーティのメンバーが揃っていないにも関わらず、挑戦権を主張するギルドに、ユウキは剣を抜いた
「ヘッ、後ろを見ても同じこと言えんのか?」
「っ?!」
相手のプレイヤーたちの中の1人が、そう挑発する。ユウキたちが振り返ると、相手のギルドの残りのレイドパーティのメンバーが押し寄せて来ていた
これは流石に・・・っとユウキもアスナも思った・・・そのときだった
「悪いな。ココは通行止めだ」
押し寄せる集団に紛れていたキリトが、スキルの壁走りを使用して前に出て、集団を止める
「おいおい、ブラッキー先生よ?この人数相手にやる気か?勝てると思ってんのか?」
「そうだな。俺じゃキツイかもな・・・」
だけど・・・っとキリトが言うと同時に、集団の背後から断末魔が響く。集団が後ろを見ると、1人のプレイヤーの死亡後のリメインライトと、異彩を放つスーツ姿のプレイヤーが1人
「じゅ、13連撃のラッシュ・・・」
「・・・」
刀を構えたラッシュの姿に、集団がザザッと距離を取り、道ができた
「お、お前はSAO生還者で、PKをしないんじゃ・・・」
「ハッ、この前の決闘の観客がいるのか。俺は可愛い女の子を斬りたくないって言ったんだ・・・お前らムサい男共なんざ、いくらでも斬ってやるよ」
氷かのような冷たい表情で言い放つ。そんなラッシュの姿に、味方であるはずのキリトですら背筋に冷たいものが走る
「そ、それでもたった2人だ!なにができるってんだよっ!!」
「そうだな。50人を相手に皆殺しできたGGOじゃなく、ALOだもんな」
「ご、50人?!」
フロアボス攻略のレイドパーティの上限人数は49人である。ボス部屋の扉の前に待機しているメンバーが十数名いるので、キリトとラッシュの間にいる集団の人数は大体30名ほどである
「アイツには、この刀の代金30万ユルドを払ってもらわなければならない。じゃないと、俺がリズベットに殺されるからな」
「ひ、人殺し・・・」
「安心しろ。命が担保されてる世界だ。町で復活するさ」
「行こう、ユウキ!」
「え?あ、う、うん!」
後方で始まった戦闘に、ユウキは釘付けになっていた。ラッシュの殺気は彼女も感じ取ることができた。圧倒され、恐怖も感じた。そんな彼女を我に返らせたのは、アスナの声だった
―どうして?どうしてラッシュはそこまで・・・
扉の前にいる残りメンバーとの戦闘をしながら、ユウキはラッシュの行動をずっと問い続けていた
―借金があるから?ただのネトゲの貨幣にそこまでするの?どこかのゲームみたいにRMTできるわけでもないのに?
ユウキの、ラッシュへの印象は2つ。
―それをどうして、こんなところであっさりと・・・僕
・
・
「ハァー、疲れた」
ユウキたちが扉の前のメンバーを倒し終わる。それとほぼ同時に、ラッシュとキリトと、それに遅れてきたクラインが集団のプレイヤーを倒しきったのだった
辺り一帯にプレイヤーのリメインライトが残る中、ラッシュは刀を納める
「耐久も残ってるな。いやぁー流石30万ユルドの予算で頼んだオーダーメイドだ。いい仕事してるぜ」
「どうして・・・?」
刀が壊れなかったことに安心するラッシュに、ユウキが近付いて問いかける
「言っただろ。お前さんに30万ユルド払ってもらわんと、俺がリズベットに殺されるってな」
「そんなの、わざわざこんなことしなくたって・・・例え、僕が払えなくても、また賭け試合で稼げば」
「いいか?賭けはちゃんと支払い分を取り立てるから成り立つ。支払いから逃げるのは詐欺師のやることだ。お前さんは詐欺師になりたいのか?」
親が子を諭すように言葉をかけるラッシュ。ユウキはそれに首を横に振って返す
「なら、行ってこい。まずはギルドの目的を果たせ。借金返済はその後まで待つさ」
ユウキの体をクルッと回し、背中を叩いて仲間の下へ送り出すラッシュ
「待ってて!絶対、絶対返すから!行こう、みんな!」
そしてスリーピングナイツとアスナがボス部屋の扉を開けて中に入った。それを確認し、ラッシュとキリト、クラインの3人は撤収しようと来た道を戻り始める
「ラッシュ!ありがとう!」
扉が閉まる最後に、ユウキの声が隙間から飛び出してきた
「ありがとう、だとよ」
「ラッシュにだけかよ。俺やキリの字も戦ってたっての」
キリトとクラインがニヤニヤと、からかうような表情でラッシュに言う
「お前は遅刻しただろ」
「それを言うなよ。ここの道が複雑なのが悪いんだぜ」
「それに、ほとんどラッシュが倒したからな。ザッと半分以上はラッシュだろ?」
「知らんな。MOBもプレイヤーも数は数えんようにしてる」
「サラッと重いこと言うなよ・・・」
スリーピングナイツの27層フロアボス攻略戦は成功した。しかし、ユウキはそれ以降ALOにログインしなくなったのだった
そして2日経った月曜日
「ねぇー?そろそろ代金支払ってほしいんですけどー?」
「それはユウキに言ってくれ。まぁ今日もログインしてないが」
リズベットからの代金の催促に、ラッシュはフレンドリストを見ながら返す
―まさか、容態が悪化したのか?いや、でも母さんの見立てではまだ・・・でも『持ってあと1,2ヶ月』なら、もういつ何が起こってもって状態だと思うべきか・・・
「ログインしてないなら言えないじゃない。あたし明日から通常授業でインできる時間がかなり減っちゃうんだから」
「じゃあアスナに伝言でも託しとけよ。同じ学校なんだろ?アイツが最後に会ってたんだからよ」
「それがアスナに聞いても、突然のことでわからないって。他のメンバーも知らないみたいだし」
「じゃあ諦めようぜ。お互いユウキに騙されたってことで」
「あ゛?刀差し押さえるわよ?」
「スンマセン・・・」
リズベットの剣幕に、ラッシュが即行で謝罪した
―でも、マジでどうすりゃいいんだか・・・そりゃあ支払いだけなら、賭け試合で稼げばどうにかできるんだが・・・それをするのもアイツを信じてないようで・・・あぁクソッ、メンドくせえ
次の日
「トスカ君、外へ出ましょう」
「外?」
ユウキの情報をモニターに開いたままウンウンと唸っているトスカに、ケニーが車のキーを見せて誘った
「ちょっと行きたい場所があるのよ」
「行きたい場所?」
「横浜港北総合病院ってところなんだけど」
「それって・・・」
モニターに映る、ユウキの情報をもう一度見た。逆探知で出たアクセス場所の施設名がケニーの言うそれであった
「深入りしちゃダメって言ったのに、こうもすぐに破っちゃうのだから・・・会いたいんでしょ?彼女に」
・
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「っで、
トスカとケニーは今、横浜港北総合病院の関係者専用区画にやってきていた。もちろんアポ無しの彼らは無許可での立ち入りである。認識霍乱装置という、人の意識に干渉する装置を使い、病院関係者の注意を逸らしての侵入である
「それだけじゃないわよ。ハッキング班の子にお願いして、監視カメラ映像をインターセプトしてもらってダミーに差し替えてるし、ドアの開錠記録も残らないようになってるわ」
「もう何でもありだな。俺らキャーティアって日本と外交を結ぼうとしてるんだよな?」
「交渉に裏工作は付き物よ」
呆れるトスカに、ケニーは『まだまだ甘いわね』っといった表情である
「ここね。心の準備はいい?」
「別に想い人に会うわけでもないのに、心の準備なんて」
「誰もそんな準備をしてとは言ってないわ。3年間フルダイブし続けている人間がどんな姿になるのか、分からないあなたではないでしょ?」
「軽率な発言、失礼いたしました・・・」
医務官としての顔になったケニーに、トスカは子としてではなく、部下として丁寧に謝罪した。トスカもSAOで2年間フルダイブしたので、彼女の体がどんな状態になっているのかは、容易に想像することができた
「ちなみに、メディキュボイドから病院のサーバーにアップロードされる彼女のバイタルデータも、ダミーになってるから」
「おいおい・・・ま、うん、とりあえずオッケー」
トスカの心の準備もでき、2人は臨床試験室の携帯式ハッキングツールでドアを開錠して開ける
「このガラスの向こうはエアコントロールのようね」
ケニーがその場にあるパネルを操作して、ガラスの向こうが見えるようになった
「っ!」
「終末期はどんな種族も似たような姿ね。トスカ君は見たことないでしょうけど、老衰で死亡する前のキャーティアも同じような感じになるわ。トスカ君もあの2年間は似たような状態だったわ」
ベッドに横になり、骨と皮といった状態のユウキの中の人、紺野木綿季の姿。点滴や機材のセンサーが体から伸びていて、周囲のモニターには、彼女の生体情報が全て表示されていた
そんな姿にトスカはショックを受けるが、医務官のケニーには見覚えのある光景だった
『・・・誰?』
ラッシュとジェーンの本名
キャーティアの存在は秘密だったので、ゲーム内からは類推されないように、ゲーム内の名前は本名とはまったく関係なし
メディキュボイドの考察
アニメのあの外観だと、市民病院に置けるようなものには思えないけど、横浜港北総合病院ってどんな病院なんだろ?ちなみに、某救命病棟のドラマの第2シリーズの舞台が港北医大救命救急センターだったり
ラッシュの交友関係の調査
ハッキングでザッと個人情報を抜き取る程度です。何かあったら使うかも。その何かが起こる予定は無い
ラッシュの刀、生存
魔法を切ったら武器の耐久値ってどうなるのだろう?まぁ、ラッシュは『当たらなければ(ry』なので関係ないけど
病院に潜入
ラッシュの『もう何でもありだな』は、書いてる自分も思ってる