八物語   作:Maverick

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ひたぎクラブ《其の壱》

突然だが、俺にはとある経験がある。

それは、聞く人が聞けば驚き呆れ、また聞く人が聞けば目を輝かせ詰め寄られ詳細を事細かに話してほしいと言われ、また聞く人が聞けば嘲笑しパチこくのも大概にしろと窘められるような、そんな経験。

俺は、三年生への春休みに、畏怖するほどに美しい鬼に襲われた。そして、全く同時刻に、全く違う場所で、二週間後のクラスメイトも同じく、残酷なまでに美しい鬼に襲われていた。

これから語られる物語は、そんな俺たちの、八つの怪異との邂逅。八物語、全八篇とでも言われるようなものなのだろう。

 

 

 

**********

 

 

 

戦場ヶ原ひたぎ。

その名を知らない人はこの高校にはいない、もしいてもそれは恐らくピカピカの一年生と、ピカピカの就任したての先生、あとは頭がピカピカしててボケてる教頭くらいだ。

容姿端麗、成績優秀でありながら、まさかの貧弱体質。その全てを収束してまとめるなら、儚い美少女。清楚系に分類される。

そんな訳で、彼女は体育は十割でないし、なんなら普通の授業も九割五分くらいいない。そんなんでよく今まで進級してこれたなと思うが、深くは考えないようにしている。

しかし俺が風の噂で知っていることから推測するとすれば、保健室登校で出席日数を誤魔化し、テストで点数を取っているのだと思う。

ここまで語ってきたのは全て伝聞と推量によるもので、何故かと言われれば関わりがなかったからだ。そして何故今こうして語っているのかと言われれば、これからもずっと関わることはないだろうと思っていたのに、前述した彼が関わり、故に強制的に関わることとなってしまったからである。

それは、それはそれは忙しかったゴールデンウィークが終わり気だるげに、しかし遅刻しないよう階段を駆け上がっていた時のこと。

前を走るのは彼。

その彼の上から何やら落ちてきて。

それは目を凝らせば人で。

助けるためにスピードを上げるも。

間に合いそうになく。

せめて彼の更に下でダメージを抑えようとしていたのに。

彼が軽々それを受け止めて。

不思議に思っていた、まさにその出来事から。この物語の幕は上げられた。まあ普通に考えると、それより前には上げられていたわけだが。

兎にも角にも。

 

「大丈夫そうだな、それじゃ」

 

「あ…おい!比企谷!」

 

校内に始業の合図が駆け抜けた時、俺はギリギリ机に突っ伏していた。

先程の彼?…教室には、いなかったな。

 

 

 

**********

 

 

 

そんな事が今朝起こり、今はもう放課後。

俺とあと二人が教室に残り、一学期に催される文化祭の出し物について話し合っていた。

何故していると聞かれれば、それはやはり俺の学級役員の肩書きが起因する。

 

「お疲れ、庶務くん」

 

「るっせえ、副会長」

 

学級役員に庶務なんて必要ないだろうと思うが、まあクラスの委員長がそう言ったのだ、このクラスに所属する以上、従わざるを得ない。全く面倒なものだ。

 

「二人とも、口より頭を動かしてよ」

 

「しかしだな、羽川。頭を動かしたところで生産的な思索を出来るほど俺はこういうのに慣れていない」

 

「そして僕は生産的な提案ができるほど、頭が良くない」

 

「はあ…問題児が二人もいると、大変だよ。やりがいはあるけど」

 

その言葉を聞いた俺たちは、それはもう酷い顔だっただろう。

羽川翼。

歪な羽を持つ少女。

猫に魅せられた少女。

このクラスの学級委員長であり、そのなりを見れば誰もが納得する。

眼鏡、三つ編みのお下げ、そして校則に則った制服の着こなし。どれをとっても、どこを見ても委員長だった。

いや。

一つ、判断しかねる場所が。

目線を鼻先から一瞬、十七.三センチほど下ろすと見える双丘。

うむ、やはり判断しかねるな。

閑話休題。

 

「なあ、僕もう上がっていいか?忍野のところに行かなきゃならん」

 

阿良々木暦。

どこまで行っても平々凡々優しいいい人。高校の授業について行けなくなり毎年ギリギリで進級してきてる、髪の毛で右目が隠れてる、俺と同じアホ毛の持ち主。

 

「んー、まあいっか。比企谷君いるし」

 

「ああ、今日はお前が吸ってもらうのか」

 

「ん、まあ」

 

ここの会話だけ聞くと卑猥に聞こえなくもないが、あとついでに下の話が多い気がするが、別にそういうことではなく。

ただこいつが、今まで散々彼と呼んできた、鬼に襲われたもう一人で、その一件から俺たち三人はこうして友人、なのだろうか、そのような立ち位置をお互いに持っている。

そしてこいつは一生を鬼と過ごすことを覚悟したのだ。どこまでも優しいいい人で、故に酷い悪い人だから。

人のことは言えないのだけれど。俺は度胸がないだけだ。

そして今日は定期的に行わなければいけない、吸血に行く……らしい。

 

「お前は明日行くんだったか」

 

「あー、そういや行かなきゃな」

 

まあ俺は忍野と話すことはあまりないから、忍野に会いに行っているというより、あいつに会いに行ってるんだが。

美しい鬼の欠片。

魅惑な波紋の残響。

 

「んじゃあまあ、抜けるわ」

 

「じゃあね、阿良々木くん。また明日」

 

「じゃあな」

 

そう言って阿良々木暦は帰った、否、出かけた。

改めて教室を見渡しても人影は二つ、ちゃんと影があることに内心安堵しつつ作業を進めた。

とは言っても残っていた仕事は少なく十分ほどすれば終わってしまった。他愛ない会話は割愛。

帰り支度も終わり教室を出ると、そこにはさっき帰ったはずの阿良々木が立ち尽くしていた。

 

「あれ?阿良々木くんだ」

 

「あ?お前帰ったんじゃなかったのか?」

 

首だけをこちらに向け、彼は発す。

 

「おい、お前ら。バナナは好きか?」

 

「え?う…うん。栄養もあるし、好きか嫌いかで言えば、好きかな?」

 

「俺はあんまり…食べられないことはないが」

 

いきなり何を聞いてきているのか、分からないが…まあ今に始まったことではない。周りから見れば奇天烈に思う発言が、こいつには多々ある。大体の時は分かるんだが…たまに俺でもわからなくなる。まあ、まだ知り合って一月なんだが。

 

「そうか…学校では絶対に食うなよ!もし食べるとしても、皮のポイ捨てなんてもってのほか、その事実を知った途端僕はお前達を軽蔑するっ!」

 

「は、はあ…」

 

羽川が困り果てたように言う。

俺だって口が動いたのならそうしただろう。変に冷静を装って動かなかった。

瞬刻にして阿良々木が俺の腕を掴む。

 

「じゃあな、羽川!」

 

そう言って阿良々木が走る。と、やはり俺もそれに引っ張られる訳でして。

ちょ、おい。何すんだ、馬鹿野郎。そう素直に言えれば良かったものの、阿良々木の真面目な顔を見たら、それが憚られてしまい、結局なされるまま引き摺られてしまう。

なぜ俺がこんな目に。その説明もなく阿良々木は俺を引き続け、階段を降り始める。必死こいて足を合わせ、今が何階かも分からぬままに阿良々木は急ブレーキを踏む。右も左も全部しゃらくさいくらいには目が回っていた。

もう何だってどうだっていい!

 

「戦場ヶ原!」

 

戦場ヶ原?確かに阿暦々木は、戦場ヶ原と言ったか?

なんとか体制を立て直し、阿良々木が見据える先を見る。そこに居たのは、確かにクラスメイトの戦場ヶ原ひたぎであった。

でも、何故?そこだけが分からなかった。ふたりで会話を続けるだろうから、壁に寄りかかって様子を見ることにした。

 

「…阿良々木くん。ついさっき警告したばかりよね?あさましいこと限りないわね」

 

「訳が分からん」

 

「この状況に私はとてもあさましさを感じたわ。いと、あさまし」

 

「さらに分からん」

 

こいつはやはり馬鹿だったか、阿良々木暦。

仕方ないので俺が解説をする。口出しするつもり無かったのに、いみじくくちをし。

 

「あさましってのは、古語で驚き呆れることを意味する形容詞。つまり、戦場ヶ原はお前が話しかけてきたことを驚きながらも、呆れてんだよ」

 

「解説どうもヒキタニくん」

 

「誰だよヒキタニくん。俺の名前は比企谷だ」

 

「そうだったの…今まで勘違いしていたわ。ごめんなさい」

 

驚いた。

戦場ヶ原という奴はどうやら素直に謝ることが出来る人間だったらしい。少し気分が浮つく。

 

「あなたの事なんて眼中になかったものだから」

 

刹那沈んだ。

 

「そういう事は思っても言うもんじゃない」

 

「まあまあ、お前の本名を知る人がクラスに増えたんだ、喜べよ」

 

「みんなどんだけ俺をクラスから排除したいんだよ、そんなに比企谷よりヒキタニがいいのか?」

 

「そんなの、大して変わらないわよ」

 

「知ってるよ!」

 

誰だよこいつが清楚だとか言ったやつ。ただの毒舌キャラじゃん。昨今清楚だと思った?残念外れ!なパターンはあるけど、ここまでオープンな外れもなかなか無いぞ…。せめて隠せよ。

 

「で、だ。戦場ヶ原、お前の『病気』なんとか出来るかもしれないんだが…どうする?」

 

「…今までそう言ってきた人はいたけれど、その誰もが私を助けてくれたことは一度もないわ」

 

…察するに怪異絡みか。

今まで、という言葉がつく以上、推測を出ないが年単位で悩ませれていると見た。

ふむ、俺達とは比べようもないか。

 

「僕たちは…奴は助けたりしない。力を貸すだけだ」

 

「変に言い直すな、別にお前だって力を貸すことくらいあるだろ」

 

阿良々木は春休みとゴールデンウィークのどちらも、きっと自分が解決したとは思っていないのだろう。俺からすれば出過ぎた謙遜だと思うんだがな。

少なくともあの鬼はこいつの優柔不断のおかげで生きてるわけだし。

話についていけてなさそうな戦場ヶ原へ、あまり得意ではないが助け舟を出航させた。

 

「まあ、なんだ。俺たちはまだ健全な高校生の身だ。少なくとも俺たちは警察の厄介になるつもりはない」

 

それに阿良々木が乗ってきた。

 

「あ、ああ。だからだな、つまり、一回騙されたと思って僕たちと来てくれないか?」

 

「…そう、ね。もしどうにもならなかったとしたら、これ以上関わらないと誓えるなら」

 

「分かった。比企谷もそれでいいよな?」

 

いいも何も俺は元々戦場ヶ原と喋ろうという気は無いんだが。

しかしここは乗っといてやろう。

 

「ああ、問題ない」

 

「そうと決まれば善は急げだ。戦場ヶ原は校門前で待っていてくれ、僕たちはチャリ通だから。そこで落ち合おう」

 

なぜ阿良々木が戦場ヶ原の登校方法がチャリでないことを知っているかは、この際置いておこう。

無駄な詮索は災いの元だ。

 

「仕方ないわね。付き合ってあげるわ」

 

階段があり、俺たちの方が上にいるはずなのに、それで尚上から押し付けられるように言われたそれに、敵意はほぼなかった。一応は信用に値したようだ。阿良々木と顔を見合わせお互いに一息ついた。

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