八物語   作:Maverick

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今回でひたぎクラブ完結です。

プロットと全然違うんですけど、まあ楽しくかけたのでよし!次回からはついにみんな大好き八九寺ちゃんですね。

こっちはもうプロットから原作ほぼガン無視ですね、まあ楽しみにしていただければと思います。

それではひたぎクラブ《その肆》、開幕でございます。尚当劇場ではポップコーンの代わりに金平糖を販売しております、よろしければお買い求めください。


ひたぎクラブ《其の肆》

日を跨ぐか跨がないかの時間に、俺は学習塾跡に着いた。夕方に血を飲まれたからか、あまり眠くはない。

その敷地──正しい使い方をしてる奴はいないし、正式な所有者もいないから、この場合土地か?──に踏み入れるやいなや右隣に俺の主様が現れた。

なに、瞬間移動でもしたのん?怖いよ。

 

「よう八幡!」

 

「いきなり現れるのやめて頂けますかね…」

 

「いやじゃ!」

 

何故か忍の口調がうつっている…いやでも忍はこいつと喋るのか?あまりに暇すぎたからつい会話してしまったって可能性は無くもないな。

けどそれを探るのはあまりに危険性が高い。探った結果会話してなかったら、こいつに忍が喋れることをばらすようなもんになってしまう。このことは気にしないことにした。

大方こいつの気分だろうし。

驚き一度立ち止まったものの、気を取り直して歩き始める。その一歩後ろをとことこ歩く主様。三分の一大和撫子である。

右斜め後ろから覗き込むように俺の顔を見てこいつは言った。

 

「それでそれで?名前を決めてきたのか?」

 

「一応な、期待するなよ」

 

「基本なんでも良いが、百香なら殺す」

 

危なかった、おもし蟹と対峙して退治する前に死ぬところだった。

少しふざけてみようと、わざとらしくため息をしてから言った。

 

「まあ、あの名前から取ろうと考えたら、そこ取るよなぁ」

 

「…覚悟は良いか?」

 

「安心しろ、百香ではない」

 

違うからその爪と指と手首が一直線になっているその右手の力を緩めていただきたく思います。

俺阿良々木より治癒力ないんだから。代わりに多分阿良々木なら片手でぶん投げれる。…20mくらい。しょぼい。中途半端である。

建物内に入り四階へ向かう。

カツン、カツンと足音が反響する。それだけで世界に俺とこいつしかいないんじゃないかなと錯覚する。

二階まで登った時、こいつが言った。

 

「そろそろ教えてくれてもいいんじゃないかな?かな?」

 

「ん、まあいっか」

 

大きく息を吸いながら立ち止まる。俺が止まったことに気づくのが少し遅かったのか、俺の少し前で歩を止めた彼女。こちらを振り向き、向き合う形になる俺達。

上目遣いが可愛い、そんな彼女の───。

 

「名前は…」

 

「な、なまえは……?」

 

少し不安そうに復唱する彼女に向かって、溜めて溜めて溜めて溜めて、放つ。

 

「小愛。比企谷小愛だ」

 

「…ごめんね、八幡。一ついい?」

 

特に感動とか失望とかすること無く、問いかけてきた。むしろ疑問の色が見える。

やっぱりダメだったか?目で先を促す。

 

「なんて読むの?」

 

「皆さんの意見を代弁しちゃうか」

 

ここで読み方を教えよう。

確かにキラキラネームとまでは言わないが、自分でも初見で読むのは無理だろうと思ってたし。

 

「こあみ、だ。こあみ」

 

「こあみ…あみで変換かけたの?」

 

「そういうことは心に留めておいてね!?」

 

小愛にはバレバレである。

だが、改めて自分の名前を認識した小愛はなんだか嬉しそうな表情をしている…気がする。

無意識なのだろうか、上がっている口角に気付かず何度かうなづいて見せる小愛。

やがてパッと下に向いていた顔をこちらに向けて、にかりと笑う。

 

「合格!」

 

どうやら及第点ギリギリchopは取れたらしい。ふらふらしたっていいじゃあないかよ。

安堵から、息が漏れた。

 

「そりゃ良かった…という訳で、これからよろしく。小愛」

 

「こっちこそよろしくね、八幡」

 

今まで散々許す許さない言ってきたが、しかもすごく今更だが、俺と小愛は既に和解している。

今でも俺が半吸血鬼になることになってしまった事は許してないけど、一応自分が選んだ道。

阿良々木と忍も、今はまだだがそのうち和解するだろう。多分風呂の中とかで、いや知らんけども。

 

「それじゃ行こっか」

 

「…ああ」

 

その場でくるりと一周する小愛、楽しそうにニカッと笑ってルンルンスキップしながら階段を上がっていってしまう。

少し気が緩んだのと同時に、表情筋も緩む。

 

「何してるの、八幡!早くいこーよー!」

 

2.5階から声を上げる小愛に、はいはいと答えながらゆったり階段を登る。

三階まで来て、さらにもう一階登ろうとすると、小愛に袖を引っ張られる。

 

「どうした?」

 

「忍野が、今日はこっちだって言ってた」

 

「ほう…わかった」

 

階段を離れてみると、確かに一つだけ明るい部屋があった。ろうそく…だろうか。

そこに入ると案の定、忍野がいた。阿良々木と戦場ヶ原はまだのようだ。

部屋には全体に注連囲いが張り巡らされており、雰囲気から感じることとしては、常設されているであろう祭壇も置かれていた。

なにやら神聖な雰囲気を漂わせて目を閉じているアロハが、と言っても今は神社にいる神官みたいな格好だが、片目と口を開く。

 

「早かったね、比企谷くん」

 

そう言いながら忍野は頭を下げるようにハンドサインしてきた。

ここはもう神前…ということか。粗相がないよう最低限の振る舞いをしながら会話を紡ぎ直す。

 

「ああ、メインキャラがいないのにいたたまれないな」

 

「そう野暮なことを言うもんじゃないよ、君の相方が怒っているよ」

 

横を見ると、確かに小愛は頬を膨らませていた。何が気に入らないのか、皆目見当もつかない。

プンプン怒りながら地団駄踏んで言った。

 

「八幡がメインキャラじゃないなんてこと無い!」

 

「…小愛」

 

優しいんだな、慰めてくれるのか。

散々こいつは大雑把で適当で俺に敬意とか全くないと思ってたのに。

何だかんだでこいつも俺のことが好きかもなあと感心してた。

もちろん異性的な意味じゃないぞ?

 

「八幡がメインキャラじゃないってことは、あたしもメインキャラじゃないってことじゃん!」

 

「そこですか…」

 

優しくもなんともなかった。

感心を返せ。

もはや何度目か分からないため息が出て、その事にまたうんざりする。

 

「あはは、仲が良さそうでいいねぇ」

 

「どこかだよ…」

 

「どこから見ても、だよ、ところで、『こあみ』ってのは彼女の名前かい?ひらがな三つで、こあみ?」

 

んー、意識して言ったわけじゃなさそうだが、それはどこぞの天才ことみちゃんを連想させるのでやめて頂きたい。

何とか喉まででかかった非難を、肺に避難させ、補足をつける。

 

「小さいに愛、だ。なかなか時間がかかった」

 

「こあみ…こあみ…。ああ、レチクル座かい」

 

「博識なことで…」

 

特になんとも言ってないのにそこまで分かるこいつが怖い。

いつまでも立ってるのはつらいが、やはりここは儀式用なのか、椅子ひとつない。

仕方ないから教室の隅で壁を背もたれに座り込む。そのすぐ横に小愛が座ってきた。

時々、誰のものかわからない欠伸が空間に響きながら、十五分程度経過した頃、漸く二人が現れた。

 

「すまん、遅くなった…」

 

開口一番、阿良々木が謝りながら部屋に入ってくる。後続にはもちろん、戦場ヶ原。白い、清楚な風味の装いだ。

待っている間に小愛が寝てしまっていたので、少しばかりそのことを含めつつ返す。

 

「そうだな、遅すぎて小愛が寝た」

 

「あ?…ああ、その子の名前か。いい名前だな」

 

何故か俺が褒められた気になって、悪い気はしなかった。阿良々木には適当に感謝を伝えた。

こほんと一つ咳払い。

 

「それで、今からどうするんだ、忍野」

 

「まあまあそう慌てるなよ、比企谷くん。何かいいことでもあったのかい?」

 

「阿良々木はあったんじゃないか?」

 

忍野からの質問に真に答える必要も無いので阿良々木に流す。と言っても、特に何もないだろうがな。

 

「あ、ああ。な、なな何もなかったぞお!?」

 

どうやら何かあったらしい。

声が裏返ってるし、嘘下手くそかよこいつ。めちゃくちゃ焦ってるじゃん。

ありえないほど下手くそすぎてドン引きするレベルである。

そもそもどんないいことがあったのか気になるところだが…。

俺の肩に寄りかかってた小愛を一度どかして立ち上がり、小愛を抱えた。

 

「そうね…強いていえば、阿良々木くんは私の下着姿を見たわ、屍姦されたわ」

 

「変換間違って大変なことになってるぞー、訂正しとけー」

 

無気力に告げる。阿良々木が戦場ヶ原の下着姿を視姦したのか、そうかそうか。

そんな思考しながら、抱えた小愛を忍に預けるために一度部屋を出て忍を探す。隣の部屋で寝てた。その横に寝かして、部屋に戻る。実はこの間1秒足らずだったり。

持ち前の運動能力を発揮させた。しかも疲れ知らず。まあ便利。

 

「待て二人とも、確かに僕は戦場ヶ原の下着姿を見た。そこは否定する余地もない」

 

慌てて弁明に務める阿良々木。

つーか本当に見たのかよ、男子高校生としてここは羨ましいとか言うべきか?

まあ、特にそう思わないけどな。ついでに妹のもそこまでして見たいと思わない。

 

「でも決して疚しい気持ちで見たんじゃない、風呂上がりに下着姿のまま居間に来た戦場ヶ原が悪い!」

 

「私は阿良々木くんに汚されてしまったわー」

 

棒読みすぎてゆっくりもびっくりだよ。

阿良々木に情状酌量して、懲役十年だな。

ふたりの夫婦漫才は程々にスルーして忍野に話を進めるよう目で催促する。

俺の視線に気づいた忍野は、ふっと笑って少し服を正す。その時、服の裾がひらひらと揺らめき、その姿はさながら式神使いの陰陽師である。タンロウでも使うのかね?もしくはロクソン?

ちなみにアニメしか見てないので漢字はわからん、体に書いてあるんだけどね。あ、因みに雪女推しです、異論は認めよう。

 

「さて、それじゃ始めよっか」

 

俺は部屋の隅に寄りかかって部屋の全域が見えるようにして、異変があればすぐに気づけるように神経を尖らせていた。

その部屋の中央で、忍野、阿良々木、戦場ヶ原がなにやら話している。まあ、説明しているのだろう。時々阿良々木の怒号に似たツッコミは聞こえるも、戦場ヶ原のささやかなボケは聞こえないので、聞いてる身としてはどこか味気ない。

会話が一段落したところで、忍野は供物からお神酒を手に取り、戦場ヶ原に差し出した。未成年に酒を飲ませるとは…いやまあ必要なことなのだろう。今俺たちは法律でどうこうできる話はこれっぽっちもしてないのだから、法律に縛られるのもおかしな話ということだ。

いよいよ本格的に始まるのか、場の雰囲気が総替えされたように途端に変わった。

戦場ヶ原を真似て阿良々木も儀式に参加するようだ。邪魔ではないんだろうか?

戦場ヶ原と忍野が問答の応酬をしているらしい、淡々とお互いに言葉を掛け合っていた。と思っていたら戦場ヶ原が止まった。

そんな戦場ヶ原に、忍野は無慈悲にも同じ問をしているようだ。やはりこの場の『空気』に流された戦場ヶ原は、詰まりながらも吐露した。

にもかかわらず。

忍野はまだ攻める。

このモノローグも少し飽きた。状況を整理して考えることよりも、聞くことに神経を集中させることにする。そこまですれば、微かな風の音の狭間で文字と文字が意味ある羅列を形成する。

 

「言って御覧。何があった」

 

「何がって──お、お母さんは──私のために、そんな宗教に、嵌ってしまって──騙されて──」

 

「お母さんが悪徳宗教に騙されて──そのあと」

 

「う──うちに、その宗教団体の、幹部の人が、お母さんに連れられて、やってきて」

 

「幹部の人。幹部の人がやってきて、どうした?」

 

「じょ──浄化、だと言って」

 

「浄化?浄化だって?浄化だと言って──どうした?」

 

忍野は、ただただ戦場ヶ原の発言から単語をピックアップし復唱して語尾に口癖のごとくそのあと、とかどうした、とか言っているだけなのに、戦場ヶ原は吐き出してしまう。

場違いにも、場の空気の恐ろしさを垣間見た。

見方によれば。

忍野は悪徳宗教よりも。

悪いことを、しているのかもしれない。

たとえ。

それが、戦場ヶ原か助かる手段だとしても。

もっとも、俺自身はそんなこと思ってないけれど。

少し考えすぎた、会話が進んでいる。再度聴覚を鋭くさせる。

 

「──お母さんは私を助けてくれなかった。ずっとそばで見てたのに。むしろ、それどころか──私を詰ったわ」

 

「それ──だけ?」

 

「違う─私が、その幹部に、怪我をさせたせいで──お母さんは」

 

「お母さんは、ペナルティを負った?」

 

「──はい」

 

あの冷徹で美麗なまでに利己的なあれらの態度は、この過去から生成されたのか。

また淡々と、短々と、単々と、言葉を掛け合っていた二人だが、忍野の一言で、戦場ヶ原が目を開けた。

何もかもが揺らいでいた。

燈火も、影も、戦場ヶ原の振る舞いも。

 

「あ、ああああああっ!」

 

大声をあげるも、踏ん張って下を見つめたままの戦場ヶ原の体は、驚愕と恐怖を伝えていた。小刻みに震えた体から、冷や汗が垂れ流れている。

それ故に不思議だ。

俺はおろか、忍野や阿良々木にもきっと。

 

「阿良々木くんには、何か見えるかい?」

 

「見え──ない」

 

影が揺れるなんて超常的な出来事は起こっているものの、そんなのは見えてないのと同義だ。

戦場ヶ原に向き直った忍野と話していた戦場ヶ原は過ちを犯す。

神前で──顔をあげてしまう。

そこからは早かった。否、速かった。

刹那にして戦場ヶ原にかかる重力のベクトルが九十度変わったかのように壁に叩きつけられ──そうになる。

 

「させるかっ!」

 

コンマ一秒行動が遅れるも、すんでのところで戦場ヶ原を抱えてなんとか救い出す。

そのまま戦場ヶ原が先程までいたところに走っていき、戦場ヶ原を下ろす。戦場ヶ原はそのままヘタってしまって、その場にすわり悩んでしまった。

 

「全く。壁になってやれって言っただろう、阿良々木くん。比企谷くんの方がかっこいいじゃないか、折角下着姿を見た女の子なんだから、対価を払って守ってあげるくらいしないと」

 

忍野は落胆した声で言った。

けれど阿良々木にはどうしようもできなかったのだろう。こいつが発達してるのは、生物学的にいえば副交感神経なんだから。

さて、ここからが問題なのだ。

神様であるところの、おもし蟹は、戦場ヶ原以外の3人からは全く見えない。雰囲気すらも、かすかに感じられる程度だ。

 

「どうする、忍野」

 

忍野に問う。

ため息混じりに、忍野はこう言った。

 

「方針変更だ。やむをえん、まあ、こんなところだろう。僕としては最初から、別にどっちでもよかったんだ。阿良々木くん、そのへんに立ってくれない?」

 

「?ここか」

 

そう言って指された場所は、戦場ヶ原とおそらく蟹がいるであろう場所の直線上。

嫌な予感しかしない。

 

「腰を低くして、大きいものを受け止める姿勢をとったら、あちらにガンをくれてやれ」

 

忍野も酷いことをする…しかし流石阿良々木。そこはちゃんと理解してないのか、それとも理解した上でやるのかは本人しか知らないが、言われた通りに行動する阿良々木。

瞬刻の時を経て、阿良々木に衝撃が与えられる。苦悶の表情を浮かべかなり後ろに押されるもどうやら蟹を捕まえたらしい。

 

「比企谷くん、あれ退治してくれない?」

 

「…それでいいのか?」

 

「いいんだよ。お願いできなかったんだ、危険思想に手ェ出すしかないんだよ。それこそ猫や鬼と一緒、戦争するしかない──のさ。表面上は解決するよ、お嬢ちゃんに重さは返ってくる、あまりに気が進む方法じゃあないんだけど、この際それもありじゃないかな?」

 

「ふーん、けれど忍野。お前まだなにか隠してるだろ?猫の方がまだ厄介だったのに、今日のお前はなんか変だぞ?」

 

「どっちでもいいが、はやく何とかしてくれっ!!」

 

阿良々木が大変そうだ、話はまたあと。飛び上がって前宙かかと落としを喰らわせようと踏み込──。

 

「待って」

 

女の声がする。

言うまでもなく、戦場ヶ原だった。助け方がまずかったのか、右の足首を気にしながら立ち上がる。

 

「待って──ちょうだい。比企谷くん」

 

「ああ?」

 

「待つって──」

 

「待つって──何をさ。お嬢ちゃん」

 

忍野は、ひどく好戦的な挑発をふっかける。それに臆することなく、戦場ヶ原は言った。

 

「さっきは──驚いただけだから。ちゃんと、できますから。自分で、できるから」

 

「…ふうん」

 

まるで品定めをするような視線を戦場ヶ原全身に浴びせて、忍野は呟く。

 

「じゃあどうぞ」

 

忍野はもう関わらないことにしたらしい。最後にちょんちょんと俺の肩をかわいらしくつついて、おそらく蟹の背であるだろうところを指さす。

…マジか。視線で問うと頷かれる。

神様相手にあんま罰当たりなことはしたくなかったんだがね、仕方ない。

阿良々木の手伝いをするため、俺は阿良々木から見て左前に移動し、適当な力を込めて足で蟹を押さえつける。すると俺の正面に戦場ヶ原が歩いてきた。

それから信じられないことに。

足を正座に組み、姿勢を正した戦場ヶ原が。

手を床について、正面のなにかに対して、緩慢に、丁寧に頭を下げた。

土下座の──形だった。

 

「──ごめんなさい」

 

謝罪。

 

「──それから、ありがとうございました」

 

感謝。

 

「でも──もういいんです。それは──私の気持ちで、思いで──記憶でした。私が、背負います。失くしては、いけないものでした」

 

説明。

 

「お願いです。お願いします。どうか、私に、私の重みを、返してください」

 

懇願。

 

「どうかお母さんを──私に、返してください」

 

だん。すかっ、ぱん。

俺が床を踏みつけた音と。

阿良々木の手が振り抜かれ、拍子をした音だった。

ひと段落ついた、ということか。

 

「──ふう」

 

微動だにしない忍野メメと。

姿勢をそのままに、まるで成長途中の中学生のようにわんわん泣きじゃくり始めた戦場ヶ原と。

そんな戦場ヶ原を見てくだらないことを考えていそうな阿良々木を、俺は眺めながら。

ああ、これから普通の日常というのは、もう帰ってこないのかもなと、しかしそれもまた乙なものかなと、そんなことを、ただぼんやり、考えていた。

 

 

 

 

 

戦場ヶ原が泣き止んだ頃に、忍野が口を開いた。

 

「おもし蟹ってのはね。つまり、おもいし神ってことなんだよね」

 

またその話か。

忍に聞いた。

 

「分かる?思いし神ってことだ。また、思いとしがみ──しがらみってことでもある。怪異というのはひとの解釈によって創られるから、そうしてしまえば、重さと一緒に存在感や感情を失うことの説明がつく。ドラマや映画、小説によくないかい?そういう題材のもの。強いて例えるならそんなかんじ」

 

つまりは、蟹に行き遇ってしまった時。

戦場ヶ原は──母への思いを重みとともに、棄てたのだ。

本来ならできないことも、怪異ならできる。

ズルを──皆が抱えるような闇を手放すという──ズルをした。

 

「そう言えば言ってなかったね。なんで今日の僕が少し様子が変なのか」

 

忍野がそう言った言葉の続きには頭を抱えざるを得なかった。

 

「もちろん、お嬢ちゃんがまるっきり被害者面してるのも気に食わなかったけどね、それ以上にね──僕は蟹が嫌いなんだ」

 

 

 

 

 

後日談というか、今回のオチ。

あのあと阿良々木と戦場ヶ原は正式に友達となったらしい。あの時の二人のやりとりは傍から見ると、何このバカップル死ねよみたいな感じだったが、そのあと戦場ヶ原に蟹から助けてもらったことについて感謝されたから、帳消しにしといてやった。

そんなこんなで翌朝、いつも以上に寝不足の俺は妹に叩き起こされる。少し体が重く感じた、無理やり体を起こすも、違和感が拭えない。そのまま顔を洗おうと洗面所に入った時、ふと視界に体重計が入る。

もしやと思い立って四月の身体計測ぶりに体重を計る。

四月時点で六十四ほどだった俺の体重は。

律儀に、どうやったか知らないが小数第三位まで表示されたデジタル体重計は告げていた。

八○.○○○。

神様も粋なことを…。

俺でこんなんなら、きっと阿良々木は、百くらいかね。




ちょっと長くなっちゃいましたが、前回が少し短かった分帳尻合わせってことで。

多分これが年内最後の更新かな、なんて思いつつ。

それでは皆さん、よりお年を。
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