年が明け早半月、それがのぼる空はきっと美しいのでしょう。秋葉里香最高。
今年から不肖私、受験生の末席に加わらざるを得なくなるため、更新速度がさらに鈍足となります。
ご理解の方、よろしくお願い致します。
小町もいよいよ平常運転に戻ったってところで、小町を下ろす。
ありがと、と言ってその場で何度かぴょんぴょんした小町。
「それで、お兄ちゃん。さっきのあれ、どういうこと?」
「えっ?どういうこと、比企谷くん?」
小町の言葉に疑問を覚えてしまう羽川。聡すぎるのも、悩みものである。
あまり羽川の前ではこのことについて話したくなかったんだが、仕方ないか。
むしろここで渋ると忍野辺りに聞きに行きそうで怖い。
多分だが、そうだな──戦場ヶ原が忍野のところに行っていたのだろう。
憶測の域は出ないが、勝手にそう思っておくことにした。
「歩きながら…いや、家でいいか。羽川も来るか?」
「ええっ!──お邪魔じゃない?」
「そんな訳ないです!…折角のお義姉さん候補だもんね」
小町がなにやらよからぬ事を考えているが、単に俺は歩きながら話していると歩くのが遅くなって、帰るのが遅くなるなと思ったくらいだ。他意はない。
けれど、結局小町と羽川が談笑してしまって、歩くの遅くなったんだけど。
まさに本末転倒である。
俺の客を家に招くのは、これが初めてだろうか。羽川は居間に通す。
これから小町と羽川に説明しなきゃならないんだろうが、それは小町に羽川の家の事情の一端を垣間見せる行為に等しく、少し気が進まなかった。
麦茶を飲んで一段落する。
「さてお兄ちゃん。説明してもらうよ!」
「それはいいんだが…羽川」
「──」
俺の呼び掛けに答えずに何やらぼーっと虚空を見つめてる羽川。
小町が羽川の目の前で手をふりふりさせてようやくこちらに注意を向けてくれた。
「なっ、何かな?比企谷くん」
「いや…結構言いづらいんだが、説明上もしかしたらお前の家庭事情を引き合いに出すかもしれん。先に謝っとく」
「いいよ、よくある事だし。むしろそこで確認とってくれるところ、私好きだよ」
自分の顔が赤くなるのがわかる。
小町が羽川の言葉を聞いてすごく嬉しそうな反応をしている。そんなに俺が弄ばれるのを見るのは楽しいですか、そうですか。
「快諾どうも…それじゃあ始めるぞ」
「お願い!」
遅ばせながら現状を少し語ろう。
場所は比企谷家のリビング。あるのは大型テレビとローテーブル、それの2辺を囲むように且つ、テレビが見えるようにさらには、陽の光が背にあたらないように設置されたソファ。
この説明でわかりにくければ、どうか俺のアニメでも見てくれ。
ともかく、短辺部のソファに俺が、長辺部の俺側に小町、奥側に羽川が座っている。
では、説明を始めようか。
「まず、阿良々木は八九寺が怪異に出会ったと思っているだろうが、そこから違う」
「えっ」
と、羽川。羽川のリアクションはひとまず無視して、続けた。
「八九寺自身が、まさに怪異だ。その証拠は、小町が示してくれる」
「──小町ちゃん。教えてくれるかな?」
「はい──と言っても一言で終わりますよ。私に八九寺ちゃんは見えてなかったんです」
「……そんな、嘘──でしょ?」
いつもの羽川らしくない、驚愕を隠しきれてない表情をする。
それほどまでにショックなことだったんだろう。さっき普通に会話していたあの少女が、春休みの時と同じような世界の住人だということが。
少し経って羽川が落ち着いた頃を見計らって説明を続ける。
「ここからは、あくまで推測だ。そうかもなっていう体で聞いてくれ」
「分かった…それで?比企谷くんの見解は?」
「あれは──人を迷わせる怪異だ、と思う。しかも、帰りたくない人だけを帰さない…結構パッシブなタイプの」
それが恐らく、八九寺真宵の正体。
あどけない、小学五年生の。
悲しく残酷でありながら、それを見せない少女の真の姿。
まあ怪異となっているのだから、何年あの状態か知らないが。
しかしその事実もまた、一層と残酷さを増す要素でしかない。
「詳しいことはわからないが、ほぼ間違いない。簡単な証明としては、先に言った通り。阿良々木と羽川には見えたが、小町には見えなかったことだ」
「え、でも…比企谷くんは?」
「俺は半吸血鬼だから、見えてもおかしくない」
「それは阿良々木くんもだよ」
これは単に疑問に思ってるのか。
それとも、まだ認めたくないのか。
こいつらしくない、前者だろうと後者だろうと、自分で理解できる能力を持っているのに。
決定的な一打を無慈悲にかます。
「あいつは、怪異に行き遭ったんだよ。見える見えないに関わらず、発端はあいつなんだ。なら、あいつもそれを抱えていると考えるのが妥当だ」
「っ!──そう…だね。うん、比企谷くんは正しいよ」
「ちょ、お兄ちゃん。今までの事をわかりやすく説明してくれる?」
今まで小町が黙っていたのは、集中してたからじゃなく、理解していなかったかららしい。
おお、理解できないとは情けない!
「つまり、だ。八九寺は帰りたくない人を迷わせる怪異で、発端は阿良々木。羽川もまた家に帰りたくないひとりだから見えた。けど小町は家に帰りたくないわけないし、だから見えなかったわけだ」
「ふむふむ…ちょーっと待ってね。お兄ちゃん」
小町は一人でぶつぶつ呟きながら腕を組んで考えている。
羽川は今まで話したことの衝撃が凄すぎたのか、硬直している…てまじか。
二人とも再起動にかなり時間を費やしている。その間暇だったので、普段できない羽川の観察とやらに手を出してみる。
なんだか、いけないことをやってるような表現である。
スタイル、顔はモデルのそれに勝るとも劣らない。が、ヘアスタイルはただの委員長。時代遅れが過ぎる丸いメガネも委員長感をより一層高めている。
その横顔は、この世界の何よりも可憐で美しいとさえ思えた。
「…そっか、真宵ちゃん。怪異なのかあ」
先に再起動したのは羽川だった。そこはやはり、流石と評せざるを得ない。
「そこはほぼ確実だろう…さて、ここからなんだが」
「え、まだ何かあるの?」
「ああ。ここまで話してきたことの殆どが推測。しかし、阿良々木が怪異に絡んだのは間違いない」
ここで阿良々木が怪異に行き遭ったとは言わなかったのは、単にまだ確定ではないからだ。
だとしても、だ。もしも阿良々木が怪異に絡まれたとしたら、100%あいつが頼る人がいる。
「真相を知りたいなら、忍野のところに行くか?」
「──そっか、阿良々木くんなら、相談してるよね」
「忍野さんのところに行くの?お兄ちゃん」
ここで小町が目を覚ます。寝てた訳では無いが。
理解出来たのかその顔に迷いとか疑問は感じなかった。さすおにって言ってもいいよ?もしくはおにただ。
あ、使い方違いますか、すみません。
結構真剣な表情をしてる小町を見て、そんなことを言って茶化して返すことがはばかられた。
「行きたくないんだがな」
「ならっ──」
「でも、羽川を一人で行かせるわけにはいかない。あいつはなんもせんと思うが、一応な」
あれほど性欲って言葉と遠い関係な大人は見たことないってほどだと思っている。
あいつ自家発電する労力とかした快感とかを怪異研究に置き変えてる気がする。
それはそれで変態チックだ。
「ちょっと考えさせてね」
羽川が口を挟み思考の海洋へ潜る。
その間に小町はいつの間にか無くなっていた三人の麦茶を注ぎ足す。
こうなると呼びかけない限り、うんともすんとも言わなくなる羽川。その隙に小町が質問してきた。
「お兄ちゃん、翼さんはどうして家に行きたくないの?」
「ああ、それか…簡単に言えば、あいつは遠縁の家に居候してるようなもんで、厄介者扱いされてんだよ」
尤も。
現実はもっと酷いが。
あそこまで不甲斐ない大人に振り回された少女は、世界広しと言えども羽川しかいないんじゃないだろうか。
「そうなんだ…ってことは、制服なのも──」
その問には首肯だけで答えを返す。
買ってもらえるわけがない、羽川の服を買うくらいなら自分の鞄を買うだろう。
かと言って、俺はその人たちを極悪人だとは思わない。思えないのだ。
突き詰めれば、ただの他人なのだから。
「んー、翼さんのスタイルなら…ギリギリかな?」
そう言った小町が部屋を出てタッタッタッと二階へ駆け上がって行った。
いきなりどうしたんだろう。疑問に思っている時に、羽川が思考の息継ぎをするためにお茶を啜った。
そもそもなんでこいつは忍野のところに行くかどうかでこんなに迷ってるんだ?
「羽川」
「…んっ、何?」
コップから口を離したリップ音に少しドギマギしながら、平常心を装ってホウレンソウする。
「小町に、簡単にだがお前の家の事情話した…遠縁ってことにしてあるが、いいか?」
「ふふっ、事前報告だけじゃなくて、事後報告までしてくれるんだ」
「まあ、な」
「構わないって言ったじゃん。気にしないでよ」
「あ、ああ…すまん」
謝らなくてもいいのにな、と言った羽川がまた考えようと集中する寸前に、部屋のドアが開いた。
俺と羽川が思わずそちらを見る。
そこに佇むはもちろん小町、何やら白と黒の布を抱えていた。
「お兄ちゃんちょっと部屋出て!翼さんは、そこで立ってください!」
「ええ…」
「ええっ!?」
同じ音を発するも、それが意味する感情は全く違う。
しかし二人とも、すんなり小町の言う通りにする。この辺、俺はやっぱりシスコンなんだなと思い知らされた。
廊下の壁に寄りかかって呼ばれるのを待つ間、居間から布擦れの音とか羽川の『いやっ…小町ちゃん、恥ずかしい』みたいな声が聞こえたので俺の血はフルドライブしてます。いまならパルクールできる気がする。
「いいよ、お兄ちゃん。入って〜」
五分後に呼ばれた俺は部屋に入る。そこには勿論羽川がいた。
いたのだが、その姿は先程とは全く違う格好だった。
ご自慢の眼鏡もなく、いつものお下げは取り払われポニーテールになっている。
校則通りの長さにしていたスカートは折り曲げたのか膝上十センチをひらひらしている。
胴の方は制服ですらなく黒いTシャツの上に薄手の白い長袖パーカーを着ている。
ちなみにどちらも俺のものである。羽織っているパーカーはブカブカで萌え袖になっているというのに、下のTシャツは主に胸のあたりがキツそうでなんとも言えない。彼シャツされる気分を知った、背徳感が半端ない。
そのシャツは今後一ヶ月は洗わないと決める。
すらっと伸びた足は黒い布に包まれ、絶対領域が眩しく映える。来た時と違うので、あれは小町のだろう。
つまるところそこには、いつも以上に可愛らしい羽川がいた。
「ひっ、比企谷くん…」
腰を折って大型テレビの鏡で自分の格好を確認していた羽川がぱっと体を起こしこちらへくっと顔を向ける。
同時に顔を赤くするから、さらに可愛い。眼鏡がないからなのかそれともただ全身慣れない格好をしているからなのか普段より若干弱気というか、感情が表に出やすくなっている。
すらり、言葉が漏れた。
「似合ってる…その──可愛いんじゃあないか?」
「お、お兄ちゃんがすんなり褒めた。ああ、すんなり」
両性酸化物の覚え方で驚くな。
それにどっちかと言うとハロゲンの覚え方の方が好き。男子高校生としてふっくらブラジャー愛の跡とかもういやらしい風にしか聞こえないよね。
「あ、ありがと」
「い、いや。気にすんな」
頭の方は全く饒舌なのに、実際の口は回らない回らない。新人アルバイトのレジでももう少し回転率いい。ソースは半年前の俺。
まあ一週間でやめたけど。
このあとも羽川は少し考え続け、結局忍野のところへ行こうということになった。小町は家に置いて行く。流石に小町を忍野に会わせてしまうと、後戻りができなくなりそうだ。
…正直めんどくせえ、けどまあ友人のためだから。そう──いろんな面で──割り切って、家を出た。