いや、前回の更新の時にインフルになったと言ったじゃないですか。あの勢いで1回書いたんですよ、この回。
そしていつの間にか投稿せずに消していてするが書き始めてるという謎。
1度下がったモチベを無理やり引き上げ書きました。感覚戻ってないので所々変になってるかも知れませんが暖かい目で見てください。
それでは、まよいマイマイ完結です。
「おい、忍野。今なんて言った」
「…いやいや、比企谷くん。君らしくないね?なにか良くないことでもあったのかい?」
いつもとは違うセリフで、しかしいつものように煽ってくる彼に必要以上の語気で再度問う。
「俺のことはどうでもいい、お前今なんて言ったかと聞いた…答えろ!」
「はぁ、みんな甘々だよ。こんなんじゃ先が思いやられるね」
アメリカンに手を挙げ首を降るその挙動に腹が立つのを振り切って呆れさえした。そしてその心境は、俺に心の安寧をもたらす。
おーけー、ステイクールだ。黒の剣士も言ってたろ。落ち着いて、冷静に行動しろ、俺。冷静でなければ俺じゃない。
それになんの根拠もなしに忍野がそんなこと言うわけがない。こいつは専門家だ、そのへんはしっかりする。
「彼女はさっきも言った通り一般に幽霊と言われる怪異だ。幽霊ってのは遍く未練があるからそこにある。即ち未練がなくなればそれはもう、根本的定義でいえば幽霊ではなくなるんだよ」
冷静じゃなかったおかげでそんな小学生でも知っていそうなことが頭から抜けていたとは、いやはや愚かだと思った。
言いたいことは理解もできるし納得もできる。やはり忍野はどこまでも忍野だった。故に、嘘でないこともわかる。
彼は嘘をつくのを嫌う節がある。隠し事をする時は何も言わないか論点をずらすのが基本だ。
つまり…八九寺は成仏するってことか。お前…消えるのか…。
それを止める術はないのだろう。否、あったとしても実行出来ないだろう。
それでも、まだ、若しかしたら──そんな希望も一言二言のやり取りで即刻消える。
「なら、成仏するのが当然…ってわけか」
「そーゆーこと」
「…そうか」
きっとそれは仕方の無いことなのだろう。
きっとそれはどうしようもないことなのだろう。
きっとそれはどうやっても訪れてしまうことなのだろう。
途端俺の心は軽くなる。簡単だ、諦めたのだ。今まで何回も──何十回何百回何千回と繰り返してきた行為。諦めたものは過去となり、変えよう無い事象へ変わる。
静寂に支配された世界に、息を吐く音を吹き込む。
「にしても、うまく出来すぎてたなあ。今回は」
「…まだ何か言い足りないのか、忍野」
ぶっちゃけ帰りたいが、今のまま帰ると多分小町に心配されそうな顔──諦めたと言えど心にしこりは残る──をしているから、少しくらいなら付き合ってやってもいいかもしれない。
「ん、そうだね…君たちは今回助けを求めてないからね、いいかな。それでも一応クイズ方式にしよう」
座っている状態の膝に肘を乗せ右手の人差し指を伸ばす忍野。
「一つ目、八九寺と言えばっていうある古典があるんだけど…比企谷くんなら、わかる?」
「…ちょっと待ってくれ」
記憶の棚を漁る。棚の名前は古典、『あ』から探るのがめんどくさいけれどまあいいや。
頑張って頑張って探ること数秒。俺の口から答えが出された。
「『東雲物語』だな」
「そうだね、流石比企谷くん」
それを聞く限り阿良々木は知りもしなかったのだろう。大丈夫か、あいつ。
「あとは、まあ…竹林の中の寺を『淡い』『竹』の『淡竹』の言葉遊びの置き換えをしたのが八九寺だとかあるんだけど…八九って『やく』とも読めるわけじゃない?」
「怒涛の勢いだな…つまり八九寺は『やくでら』とも読めるってか」
「そういうこと。まあ、テラって方に今は意味を求めるのは野暮なんだけど…しかも、八九寺ちゃんの旧姓は綱手と来たもんだ」
綱手…ね。
俺たち2人とも、忍野が言わんとしていることが分かったのは読書を趣味としていたりなんでも知っていると錯覚してしまうほどに知識を持ち合わせていたりするからだ。普通は知らない。
「綱手…というと、カタツムリですよね」
「ああ…やっぱり君たちは勝手に助かってくれるからやりやすい。阿良々木くんと来たら──まったくもう、僕は便利屋じゃないんだけどなあ」
結構そういう面がなくないか?と思うも口に出すことはしない。彼は見た目にそぐわない繊細なハートの持ち主だから、こっちとしては面倒くさいことこの上ない。
「つまり、その八九寺ちゃんが目的地へ向かう途中に事故で死んでしまったその瞬間から、迷い牛となるのはもはや運命で必然だったんだよ」
「ほぉーん、なるほど…」
俺は曖昧な返事をしてしまう。
羽川に配慮したのだろうか、らしくない。こういうことも普段ならズバッと言うやつじゃなかったか、こいつは。
素直に言ってしまえばいいのに、『死ぬことすら運命的に決めつけられていたのかもしれない』と。
「さて、簡単と言ってしまったのに長くなってしまったね…さあもうお帰り、比企谷くんはちゃんと委員長ちゃんを送り届けなよ?」
「無論」
と、ここまでがあの学習塾跡での出来事だ。話と年度を跨いでしまったのは申し訳ない。
記憶を想起させてあるあいだも羽川はずっと黙っていた。俺としては気になることがあるので、少々気が乗らないが声をかける。
「そう言えば羽川」
「…何かな?」
未だ声を沈ませた羽川が答えた。
ため息を吐かざるを得ない。この少女はあまりに優しすぎる。
確かにショックかもしれないし残念かもしれないが、割り切るしかないのだ。彼女が未練なしに現世をさまよい続ける確率などほぼゼロに等しいと。あのやけに大人びた目を持つオバケにはもう会えないだろうと。
それを表に出さないようにしながらも浮かんだ疑問を問いかける。
「制服、どうするんだ?明日は学校だろ」
「…あっ」
そう、忘れてはいけない。
今の彼女の身につけている衣服はほぼ全て我が家からの出土品なのだ。そして彼女が愛用する制服は比企谷家に取り残されている。さぞ寂しい思いをしているだろう。きっと真っ暗な俺の部屋でぐすんぐすん泣いていることでしょう。
「どうしよっか」
「聞き返すなよ…」
「うーん、比企谷くんの家に行くしかないかなー」
ええまあそうですよねそうなりますよね。
「ならもう泊まってけ」
「えっいや、それは流石にお家の人にご迷惑が」
「小町がそんなこと言うように見えるか?そもそも今頃は寝てる」
「親御さんは?」
「あいつらは会社がホテル。そして基本ホテル暮らし」
つまるところ会社に泊まってる。
ふむ、俺ももう深夜テンションになりつつあるのか、くだらない言い回しをしてしまう。気を引き締めた。
そして何より俺は彼女を知っている、知ってしまっている。
ならば、らしくない情がわくというのも致し方ないのではないのだろうか。
せめて今夜は、今夜だけは『普通』に過ごす、そんな機会をあげたいと思うのは、エゴだろうか。
「うーん、そうだね。ならお願いしようかな」
「おう、任せろ」
また暫く歩き家に着く。丑三つ時まで後半刻にまで迫った。
小町を起こさないよう静かに入る。俺たちが二人とも深夜テンションだから、変なハンドサインをして羽川を誘導しながら着替えだったり簡単な夜食だったりを済ませる。
一度帰ってきた時に置いていったプレゼントは、ルーズリーフの手紙とともに彼女の寝室に置いておく。中身はありふれた、けれどだからこそ一番ふさわしいあの言葉。
羽川のパジャマは今シーズン一回も着ていない俺のスウェットだ。そしてこれは今後ジップロックに入れて末代まで家宝にする。
ラッキースケベは何もありませんでした。残念。
後日談というか、今回のオチ。
小町が俺と羽川を見て何事かと騒ぐのも聞かずに二人でさっさと家を出た。
いつもと同じ通学路も、連れがいると彩られるものだな…なんて思う。
「もうそろそろ文化祭について色々決めなきゃね」
「それはそうだが、しかしそれは俺じゃなくて阿良々木に言うべきだろ」
副会長は阿良々木であって、俺はただの庶務だ。雑用だ。二人にいいように使われる馬車馬なのだ。
なにそれやだ、働きたくない。
ともまあそんな会話をしていた俺たちの視界に、それは写った。
こちらを向き手を腰に当てている影。
長い黒髪を両の側頭で結わんだ、見た目小学生の元迷える蝸牛。
体躯に合わないほど大きいリュックを背負ったその少女は、まさしく成仏するとされていた八九寺真宵その人だった。
「待ちくたびれましたよ、羽川さんに比企谷さん」
ドヤ顔で言い放たれた言葉は彼女の存在証明となり、確かに俺たちの鼓膜を震わせる。
その微振動が全身へ伝わるかのように、俺たちは硬直した。
再起動が早かったのは俺だった。
「…ふははっ、お前成仏できなかったのか?」
「いえ、家には辿り着きましたしいつでも昇れますけど…まだここに居たいんです。ダメですか?」
「別にいいんじゃねぇの?ここには鬼や蟹、猫がいるんだ。いまさら蝸牛が増えたところで変わらんだろ」
「なるほど、確かに捻くれていますが優しいお方ですね」
何となく馬鹿にされた気がした。
羽川の硬直はまだ解けない。仕方ないからこちらだけで話を済ませてしまおう。
「また迷った時は、誰かを頼れよ」
「ええ──独りの寂しさはもう味わいたくありませんから」
短くてすみません。