小阪ちひろは悩んでいた。
そりゃあそんな大ごとなのか、と問われれば違うかもしれない。歩美にどうしたの、と聞かれたら首を振る程度だし、みやこに相談乗るよと言われれば自分から辞退する程度の話だ。けれど、たしかに私は悩んでいた。夜中にテレビを見る気もせず、豆球とにらめっこする程度には。
枕元でスマホが小さく震えるが、動く気がしない。けれど、あんまりにずっと震えるから変なアラームでもかけたかしらと思って仕方なくスマホを取る。
歩美からの電話だった。面倒だな、なんて失礼なことを少し思って、しばらく経っても切れないから仕方なく電話に出る。
「……はい、なに歩美〜」
「ちひろー?えー、もうおねむ?」
「うん、そんなとこ。早寝早起きが健康には一番って言うじゃんー?」
「出た、お得意の適当に言ってる正論っぽいやつ」
「あちゃー、歩美にはお見通しかー。で、なんなの用事って?」このまま話していたら、内容なんてまるでないまま時間が経ってしまう。もう何回も繰り返してきた。
「あぁ明日色々終わったら、遊びに行こうって話してたじゃん?」
「……うん」
「あれさー、キャンセルでお願い!」
「えー、どうしたの。なんで!」
驚いた。歩美に誘われて、クラスの集まりを断って請けたというのに。
「ちょっと家が大変でさ。もう一週間後には私、東京じゃん?」
「うん」
「部屋が全然片付いてなくて、持っていくダンボール一つもまだ閉じられてないの。冷蔵庫とかそういう家電も全く買ってなくて、それを明日お祝いついでに買いに行こうって家族の話でなってさ」
「……歩美ってば、その日暮らしすぎない?」
「……あはは、反省してる」
「もう新生活が心配だよ」
歩美が一人暮らしなんてしたら、部屋がヒビだらけになってしまいそう。隣人から文句を言われるのは当然だ。
「たまに遊びにきてよ」
「そうだね〜、休みになったらみやこと二人で行くよ」
「言ったからねー!とにかく、そういうわけだから明日はごめん」
「……分かったよ」
「ちひろはあっさりだなぁ。エリーなんか三十分くらい、歩美さん〜ってそんな調子」
簡単にその絵が想像できて、私は笑った。そのあと、じゃあねと言い合って電話が切れる。
私はまた寝返りを打って、天井の豆球と今夜二回目のにらめっこ。ちなみに勝てた試しがない、最初はいい勝負をしていても必ず私が先に寝落ちしてしまう。
歩美が東京に行く。ずっと前から知っていたけれどこうして近づいてくると、やっぱり実感が湧いていないことに気づく。東京の大学から陸上でスカウトされた、なんて私とは別次元の話だから余計に。
歩美だけじゃない。みやこだって大学で学びたいことがあるから、と京都に行く。結は名門女子大を志して、神戸へ。エリーは舞島に残るけれど、料理の専門学校に進むそうだ。そして、あいつはーーーー
とにかく、みんながみんなそれぞれの道を歩み始めている。それは私だって。
明日はいわば、人生の分岐点だ。一緒に乗っていた船から降りて、それぞれの目的地へ向かう。また同じ船に乗りたいね、と願いながら。
あぁ変な気分だ。あいつは、今どんな気持ちでいるのだろう。少しは考えてくれているのだろうか、それともこんな日までゲームに明け暮れたりして。明日目にクマが出ていたら、どうしてやろうか。
そんな思いに押されるように、瞼が降りてくる。豆球との戦いは、今日も私の負けで終わりそう。
明日は卒業式だ。
♢
第八十四回舞島学園高校卒業式。
そう立て掛けられ派手に飾られた看板の前で、親御さんや同級生がほとんど一様に写真を撮ってから校舎の中へ入っていく。一人だった私も流れに身を任せとりあえず一枚だけ写真に納めて、中に入った。
もう使い古した中履きをつっかけて、教室のある二階への階段を上る。この埃っぽい、いかにも学校らしい階段を上るのも今日で最後だと考えると少し感慨深い。
教室に入ると、もう椅子も机もないまっさらな状態になっていた。クラスメイトはカバンを床に投げ出し床に座り込みながら会話を楽しんでいる。黒板には誰が書いたのか、大きな桜の木とクラス全員分の名前が列記されていた。器用なものである。はえー、とひとしきり感心していたら
「あ、ちひろさん〜!やっときた〜」
エリーが長い髪を乱して飛びついてきた。犬みたくしばらく離れそうにもないので、そのしなやかで美しい黒髪を撫でて整えてやる。すぐに元どおりになって驚いた。それに、私みたいに初めから少し茶色だと、憧れるほどの艶だ。
「エリー、歩美からの電話聴いたー?」
「え、えっと、はい!つ、つい取り乱しちゃいました」
「それ聞いた〜。今から直接文句言いに行こっか?」歩美は隣のクラスだ。
「も、文句なんてそんなー」
「よしときなー、たぶんまだ歩美来てないし」床に座り込みながら、みやこが私の足首を掴んで制止する。床に座る、ということ自体はあんまり褒められた行為じゃないのに、綺麗に三角座りしていてそれが正しいことのように思えた。
「分かったよ」
「分かりがいいのは結構なことで」
真似して膝を立てて座ってみる。くすっと、みやこが小さく笑った。
「みやこ、絶対卒業式泣かないタイプだよね」
「えー、そう見えるー?」
「もう見え見え。なんか大人だもんなー」
「ううん、私も寂しいよ。あんたらと、2Bペンシルズと離れるの」
みやこさんー、と音階を上げていきながらエリーがみやこに抱きつく。ここまではいつも通りだ、微笑ましいなぁなんて思っていたら、
「ちひろはやらないの?」
みやこがそういって右側を空ける。このー、と言いながら溜まらず抱きついた。ふわっと柔軟剤のいい香りが漂う。お母さんか、こいつは。京都に単身赴任しちゃうお母さん。
そのあと、二人と話しながら待っていると担任の教師がやってきてそのままホームルームが始まる。椅子がないので、場所なんて御構い無しだ。けれど、さすがに卒業式目前である。誰もふざけずに先生の話を聞いた。チャイムが鳴ったら、廊下に整列して式の催される体育館へ移動する。
私はクラスメイトと話しながら、歩いた。その間、私がD組であいつはB組だから、などと考えてずっと前の列にいるであろう跳ねた後ろ髪を探しつつ。
結は見つかったけれど、あいつはなぜか見つからなかった。いつもはセンサーみたいに、ひょこっと見つけられるのに。
「まさか休んでるなんてことないよね……」
思わずそう呟いたのを、クラスメイトに聞かれてしまった。
「まー、本当に小阪は物好きだなぁ」
「……う、うっさいなぁ」
もうあいつと私が付き合っているのは、学年中に知れた話だ。
体育館に入ると、もうすでに下級生や教師、親御さんで中は溢れかえっていた。拍手に迎えられるまま、順々に用意されていた椅子に座っていく。
私の親は来ていない。けれど、歩美のお母さんは来るとか言っていたっけ。だとすれば、あんまり挙動不審だと心配させてしまうやもしれない。歩美が結構な奔放だから、歩美のお母さんは極度の心配性なのだ。それは「近所のお友達」たる私に対しても変わらない。
跳ねた後ろ髪を引き続き探しつつも、背中はまっすぐ伸ばしておいた。
やっぱり見つからなかった。クラスは違えど、出席番号は近いはずで、B組が並ぶ前方列にいるかと思ったのだけど、その姿は見当たらない。
また「なんなのさ」と思わず呟いた。休むなら休むで連絡ぐらいしろ! 看病でもなんでもやってやろうってのに。私はあんたのなんだ! なんて不満が私の脳内で紛糾し始める。おかげでろくに校長の話や校歌斉唱に意識を向けることができなかった。卒業式なのに。
すっかり歩美のお母さんの存在も忘れ、俯いたまま式が進行していくのを待つ。早く終わってくれ、と足先をくいくいと動かし、今日でお役御免のブレザーの裾をきゅっと引っ張った。文句をいくつかぶつけてやらないと気が済まない。それに心配でもあった。
しかし、その焦燥感のような苛立ちのような感情は途中で打ち切られることになる。
「では卒業生からの答辞、三年B組桂木桂馬くん」
「はい」
あいつは、壇上にいた。
遠く、高いところで探していた跳ね髪が揺れる。
そこでやっと思い出した。そうだ、うちの高校は成績最優秀の生徒がスピーチをする習わしだったっけ。だからいなかったんだ、ようやく合点してほっとする。
そんな私の心の移りとは別に平然と歩いて、桂馬は校長の横に並んで立つ。そして振り返るとーーーー
「ご紹介に預かりました。卒業生代表、桂木桂馬です」
必死に作り笑いをしていた。無理やり上げたことが誰でも分かる異常な口角の吊りっぷり、目がにんまりと弧を描いている。
つい声を上げて笑ってしまい、静かな体育館に少し響いた。口を抑えて、堪える。
練習したのだろうか、あれでも。おかしいったらない。私のせいか、その変顔のせいかざわっとした式場が静まり返るのを待ってから桂馬は言葉を継ぐ。
内容はなんてことない、時節の挨拶から始まり三年を振り返り感謝して終わるテンプレート。けれど、桂馬が読むとなると少し違う印象に聞こえる。「先生方の支えあってこそ」と桂馬が言った時には「心にも思ってないくせに」とまた大笑いしそうになった。二階堂先生に凄まれたので、辛うじて耐えることができたが。
答辞が終わると、卒業証書がそれぞれのクラス代表に授与されて式が終わりになる。拍手に送り出されるまま、会場を出た。泣いているクラスメイトも何人かいた。私も泣いてもおかしくないな、と思っていたのに、桂馬のせいでそれどころじゃなくなってしまった。思い出すだけで笑いがこみ上げてくる。
少しぐらい揶揄ってやろうと思って、出口から少ししたところで彼を待つ。
C組が行くのを見送って、B組の列の中にターゲットを発見。
「桂馬ーーーー」
しかし、ごった返していたせいか私には気づかず過ぎていってしまった。
なんだ、上手くいきそうかな、とちょっとは思っていたのだけど思い違いだったみたい。Aクラスに紛れて帰るのもなんとなく気恥ずかしく、全員が行くのを待ってから、教室に戻る。
全員が揃って私を待っていた。私のせいで、最後のホームルームの時間を遅らせてしまったようだ。エリーやみやこに、「なにやってたんですか?」「ちひろってば忘れ物でもしたの」と聞かれたからそれらしく頷いておいた。
担任から一人一人に卒業証書の授与が始まる。本来ならクラスメイト全員のいわば晴れ舞台、きっちり見送るべきところなのだけど、自分が呼ばれる時間の他、私はずっと考えごとに耽っていた。
今日で学校は最後だ。
つまり桂馬に会うための、自然な手段はなくなる。ただでさえ連絡するとかしないとかに無頓着な桂馬のことだ。春のうちに遊びに誘ったって、返事が返ってくるかさえ分からない。そうなったら、このままもう会えなくなってしまうかもしれない。そうまで考えは及んだ。
それに、最近はすれ違いが続いていた。
私は、私学志望だから早々に受験が終わって無事に進路も決まった。けれど、桂馬は公立を志望して後期の三月まで受験をする。桂馬が私に構うほど時間がないのも分かっていた。実際、向こうから連絡なんかほとんど来なかったし、遠慮して私も連絡をしなかった。メッセージを打とうとしては、何度も消した。気軽に使えるはずのスタンプもこんな時には、なぜか使う気になれなかった。
桂馬の気持ちを信じていないわけじゃない。けれど、単純に時間や距離が離れてしまうと、不安になる。心配になる。ない、と信じていても私に飽きたのかな、とかよくない妄想がその胞子をどんどん脳内で拡散してまた新たな不安の種を生む。
もし桂馬が公立に受からなかったら、彼は歩美と同じ東京の大学に行くことになる。そうなったら、離れ離れだ。もし今のまま、もしそうなったら、きっと終わりーーーー
望まないifを首を横に振って切り捨てる。決めた、こうなりゃ踏み出してやる。
ホームルームが終わり、それでも名残を惜しんで教室に止まるクラスメイトを置いて、私は
「ちょっと、ちひろー!?」
「ちひろさーん!!!!もう、どうしたんですか〜」
「こりゃあ大変だー」
親友たちの声を後ろに、廊下へ飛び出した。
Bクラスの教室前に向かう。けれど、もうホームルームは終わっていて、しばらく見回してみるけれど、桂馬の姿は見当たらない。諦めてなるものか、今度は昇降口に一直線。しかし、いない。ならば、と校門までおよそ全校生徒の中で一番乗りにたどり着いたのだけれど、
「……おっかしいなぁ」
桂馬はどこにもいなかった。
私を探していたらしいエリー、みやこ、結、なぜか歩美までが揃って先にやってきて私を中に連れ帰る。
「かばんもなにも置きっ放しじゃん」とみやこが呆れていた。
「どこに行ったんだ、あいつはー! そうまでして私に会いたくないか。くっそー、腹立つ〜」
こちらも今日でお別れの、バンドの部室でつい愚痴をこぼす。歩美が落ち着いて、と私の背中を撫でてなだめた。
「っていうか歩美、家の用事は大丈夫なの?」
「……あぁうん、予定変更になって」
「そうなんだ」
「ちょうど良かったんじゃない?これでペンシルズで打ち上げにいけるし」結がいつものボーイッシュな口調で言う。女子大に行ったらモテモテに違いない、なんてちょっと考えた。だって弱っている状態とはいえ、今私が惚れそうだもの。
そこからもしばらく文句を言っていたものの、どうもここまでして報われないとなると一旦全てを投げ出したくなってくる。それに、この五人でいられるのだってあと僅かだ。
「……そうだね、じゃあぱーっと行きますか!ボーリング大会とかどうー!?」
「ちょーっと待った!」
しかし、歩美が勢い立ち上がった私を大きな声で留めた。
「どうしたの」
「ねぇ折角だし最後にみんなで演奏していかない?」そして、学校中を魅了するその溌剌とした笑顔で提案する。
「い、い、いいですね!それ!」
「そうだね、いいこと言うよ歩美は」
「ぼくは構わないけど、ボーカル次第だね。どうだい、ちひろ?」
そんな流れともなれば、私だって「やらない」なんて返事をするわけにはいかなかった。
とはいえ、自分たちの楽器は家だ。部室の奥にしまわれていた、いつの時代の先輩が使っていたかも怪しい、埃を被ったり錆のついた楽器をそれぞれ引っ張り出してきた。
無茶苦茶に撓んだり張ったりしていた弦に、チューニングを施す。放っておくだけで、勝手にずれてしまうのだから、恋愛みたいだなとふと思った。
発声練習を繰り返して声も整える。もう春だ、湿気の程よい空気が喉に心地よかった。
「で、なに歌うの」
大方想像はついていたが、聞いてみる。
「そりゃあ、ね」歩美が全員にウインクをする。曲名を誰かが言う前に、結がスティックで小さくハイハットシンバルをリズムよく叩く。曲が始まった。
変わりゆく日常に
飲み込まれたまま
恋愛なんてしないと思ってた
歌い始めから、妙な心地がしていた。それはあの文化祭の時に匹敵するほど。
意識していなくても、歌詞の一音、一言が私の中に染みいっていく。血液と一緒になって、心臓に届き、心拍数が春の空へと駆け上がった。
歌は記憶だ、と誰か有名な歌手が言っていたのを思い出す。まさに、だった。ビブラートとかフォールとかそういう歌の技術、そんなことは全部忘れて、私は歌=記憶の世界の真ん中に立っていた。
文化祭、なぜか忘れていた出会い、初めてのキス、カフェでのデート、観覧車、二人で歩いただけが特別だった帰り道、あいつの部屋で初めて歌ったこと。それら全部がこの歌そのものだった。
順番は、てんでばらばら。思い出が、歌が渦巻いて、今度は私の身体を脈打つ。バンドでみんなでやっているのに、自分がまるで地球のど真ん中で一人歌っているような気分だった。
曲が進むごとにその世界はどんどん広がって、私を呑み込んだ。
心にまだ残る純粋と
初めて恋をした記憶
曲が終わってさえ、私はその世界から戻るのに時間を要した。目を閉じる。もう二度この場所で歌うことはない、私の思い出のたっぷり詰まったこの場所。そしてこの曲。引き戻される最後まで浸っていようと思ったら、
「おい」
と雑に呼びかけられた。
聞き慣れた声、私の好きな声。目を開くと桂馬がいた。
「……あ、あんた、なんで」
「お前が読めなさすぎるから、こんな大掛かりなことになったんだ。どうして急に走り出したりするんだ」
桂馬が呆れを隠さぬ声で言う。
後ろを振り返ると、他の四人はいなくなっていた。いつから、だったのだろう。感覚だけだと思っていたのに、本当に一人で歌っていた。
「なに、どういうこと。説明して」
静かになった教室に私の声が響いて、開けた窓から春風がそっと吹き込む。
「ちひろ」
「…………なに」
「本当は僕から会いにいくつもりで、予定を立てていた」
「へ?」
「でも、えりから五人で遊ぶ予定なんだって聞いて、時間を作ってもらおうと思った」
「じゃあなんでなにも言ってこなかったの」
桂馬は少し逡巡したあと、
「歩美が、どうせならサプライズ仕掛けようって。四人全員が予定を突然断った体で、一人になったところに僕が現れる。ドラマチックでしょ、なんて言うから、それで」
歩美のやつめ、そんな入れ知恵を。
「でも、お前があんまりに突飛に動くから、計画は頓挫、大変更して今。こんなことになった」
「……悪かったね、突飛で」
「本当に。……でも、ちひろらしいと思ったよ」
桂馬が私との距離を少し詰める。間を抜ける風が頬にくすぐったい。桜の花びらが一枚、教室の中に迷い込む。少しの間ができた。
「……で、会いたかったってことはなんかあるんでしょ」私は小さく言う。
「……あぁ」
「言って」
桂馬が少し迷ってから、言葉を継いでいく。壇上とは違って、自然な表情をしていた。
「僕はもしかしたら、来月にはこの街にいないかもしれない」
私は頷く。
「ちひろとだって離れ離れになってしまうかもしれない。もちろん、そうならないためにも受かればいい話なんだけど」私はもう一度首を縦に振った。
「でも、もしそうなっても、もしそんな万が一があってもーー」
桂馬がここで言い止まって、唾を一つ飲む。そして言った。
「僕はちひろと一緒になりたい」
なんだ、それは、と思った。まるでプロポーズされたみたい。なおも桂馬は言葉を続けるが、
「理由なんてない、おかしなくらい見つからない。それでも僕はーー」
それが満ちる前に、私が満ちてしまった。思わず桂馬を抱き寄せる。
「どうせなら、最後の台詞くらい一番近いところで聞かせてよ」
「ちひろが好きだ」
「知ってる」
そのまま、手を握り合ってキスを交わした。その瞬間、時間が溶けていった気がした。悩んでいた時間も、豆球とにらめっこしていた時間もなにも全て。
こんなに幸せでいいのだろうか、それもこんなに簡単で。
「……舌、だめ?」
「……ばか、ここ学校だぞ」
♢
小阪ちひろはたぶん、この先も小さなことにいちいち悩みながら生きていく。その日々は全部が虹色ではないと思う、当たり前に。
けれど、だからこそ、小さな幸せが愛おしい。
それから、一つだけ言えること。
私は桂木桂馬が大好きだ。
やー、おめでたい。