FGO1.5部セイレムの短編小説です。
ラヴィニアを幸せにしたい一心で書き上げました。
基本的にネタバレしか無いですし、設定も色々ガン無視で、ラヴィニアを幸せにする事だけを考えて書いています。
それでもよろしければどうかご覧ください。

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暖かな陽だまりの中で。

「…ニア…ヴィニア…ラヴィニア」

私は、誰かにゆさゆさと肩を揺さぶられて目を醒ます。

ゆっくりと覚醒していく意識の中で、どうやら自分は廊下で眠りこけていたらしいと理解する。

「ラヴィニア、起きて。貴女なんでこんな所で寝ているの?」

私の肩を揺さぶった同じ年頃の少女は呆れた様な顔を向けてくるが、困った事に私にもわからない。

ここで眠る直前までどこで何をしていたか、なぜここで眠っているのか、とんと思い出せないのだ。

「…おはよう、アビー」

寝ぼけ眼の目をぐしぐしと擦りながら、とりあえず挨拶だけ済ます。

「んもう、いくらここが安全だからってぼんやりしすぎよ、ラヴィニア。」

彼女はそう言って、私の手を取って起こそうとする。

そう、ここはとても安全だ。

私たちの住んでいた町とはまるで違う。

白くてピカピカの壁と床、とっても大きな建物、部屋の中は一年中あったかくて、寒さに凍えることもない。

いつでも食堂に向かえば、とっても美味しいご飯を作ってくれる人がいる。

人理保証期間カルデア。

私ラヴィニアと、アビゲイルがここに越してきてから、一週間が経った。

 

 

セイレムでの一件、魔神柱ラウムに体を裂かれた私は、辛うじて息を繋ぎとめた。

セイレムにおいて数少ない生き残りとなった私は、生き絶える前にぐだ男やマシュに抱えられて、治療のためにカルデアへと場所を移したのだ。

だが、治療を終えた後に私を出迎えたのは、カルデアの人達だけでは無かった。

なんと、病室のフワフワなベッドの上で目を覚ましてみると、アビゲイルがこちらを見つめていたのだ。

理屈はよくわからないが、ぐだ男達が言うにはこのアビゲイルは厳密には本人ではなく、サーヴァントという存在らしい。

私たちの家系の魔術を完成させたアビーは、その功績を持って人理に刻まれ、サーヴァントとしてカルデアで呼び出すことができるようになったうんぬん…。

とにかくこのアビゲイルは、本人の幽霊のような存在なのだそうだ。それでも、彼女がアビゲイルである事には変わりない。

彼女は以前そうしたように、このカルデアでも事あるごとに私に声を掛けてきた。

 

「ねえラヴィニア、食堂のご飯はとっても美味しいわね」

 

「ラヴィニア、娯楽施設には行ってみた?楽しいオモチャがいっぱいなの!ゲームっていうらしいわ」

 

「このカルデアには、不思議な大人が沢山いるわね。マスターが言うには、モジャモジャの黒ひげのおじ様には絶対に話しかけちゃいけないそうよ」

 

あまりの変わらなさに、思わず頭を抱えたくなる。

私たちの関係の歪さを知っていてこの態度だ。ラウムに調整された、偽物の友情なんてなにも意味がないと言うのに。

ここでもアビーは沢山の友達に囲まれているのだから、私以外の友達を大切にすればいいのに、と思う。

そう思うと、とても胸が苦しくなる。

私がいるせいで、彼女は他の友達と遊べないのではないか。

だって私はいつも独りぼっちで、つまはじき者だから。

「ラヴィニア、今から一緒に食堂に行きましょう。エミヤさんが美味しいパンケーキを作ってくださるそうよ。」

私の手をぎゅっと握って、アビーは私に話しかける。

「…い、行かない。」

だけど、それを私は拒絶する。

「…え?」

ぽかんと口を開けて、でもほんのすこし悲しそうな顔をするアビー。

私はそんな彼女を見てると胸の奥がギュって苦しくなるから、目をそらしてボソボソと呟く。

「…行かない、私お腹いっぱいだし。

ナーサリーさんとか、他のお友達と行けば。」

「でも…」

なおも私を引っ張ろうとするアビーの手を私は無理やり振り解く。

そしてあっけにとられた彼女をその場に置き去りにして駆け出した。

 

 

部屋に戻ったら、またアビーが呼びに来ると思った私は、誰にも見つかりそうにない場所、階段下のスペースに隠れる事にした。

体育座りで身を隠し、何をするでもなくぼんやりと宙を見る。

アビーは私を未だに友達だと思ってくれている。そして私も彼女が友達だと思う。

いや、思いたいと想っている。

それでも、あの魔神柱の存在が脳裏をよぎるのだ。

結局私は、あいつが用意したアビーにとって都合のいい「お友達」でしかない。

アビーがぬいぐるみで遊ぶような物なのだ。

だったらこの本物しか無いカルデアなら、私はいらないでは無いか。

使い古したぬいぐるみなんて捨てて、新しい本物の友達を作ればいいでは無いかと思ってしまうのだ。

知らず、手に持っていたボロ布を自分の胸にそっと抱く。

この子の名前はミーゴ。とても昔に、アビーから貰ったぬいぐるみ。

今はもうボロボロで、とてもぬいぐるみの様には見えないけれど、私のとってもとっても大切なお友達。

「そう、あなたも私と一緒なのね。」

胸に抱いたミーゴに話しかける。

「きっと、古いぬいぐるみはいつか捨てられる運命なのよ…」

「そんなことは無いよ」

ぬいぐるみに話しかけた言葉に、頭の上から返ってくる声があった。

驚いて顔を上げると、そこに立っているのは黒いコートに身を包んだ白髪の男性。

シャルル・アンリ・サンソンだった。

 

 

「あ…あなた…」

私が驚いて、つっかえつっかえに言葉を出していると、サンソンは柔らかく笑みを浮かべる。

「ここに居たんだね、ミス・ラヴィニア。マスターからの緊急要請でね、姿の見えなくなった君を探して居たんだよ。」

「う…あ…」

上手く言葉が続かず、意味のない音ばかり口から出る。

「どうかな、そこから出てこれるかい?」

サンソンの言葉に、辛うじて首を振って意思表示をすると、サンソンはそうかと一言だけ言って階段の下に入り込んでくると、私の対面に腰を下ろした。

「え…?」

「僕はマスターから君を見つけてくる様に言われたけど、君も直ぐには動けないみたいだからね。僕も腰を降ろさせてもらう事にしたんだ、まずかったかな。」

サンソンの言葉にまたフルフルと首を振る。

私のせいで彼に迷惑を掛けているのだ。断れるわけがなかった。

少しの間、階段の暗い影の下で、二人とも無言で見つめ合う。

するとサンソンはこちらの手元に目をやった。

「君の胸に抱いているソレはぬいぐるみかい?」

「…うん」

「でも、随分傷ついている様に見える。」

「…も、もう、随分昔のものだから。」

「そうか、少し友達をお借りしてもいいかな。ある程度ほつれは縫えるかもしれない。」

サンソンの突拍子も無い言葉に、私は目を2.3度瞬く。

「こう見えても、多少医療には心得があってね。簡単な裁縫くらいなら出来るから、常に針と糸を持ち歩いているんだ。貸してもらても良いかな?」

正直に言うと、手放したくはなかった。常に手の中に無いと落ち着かないのだ。

でも、と私は思う。

どうせ古いぬいぐるみはいつか捨てられてしまうものだ。

この男に渡してしまっても構わないのでは無いか。

無言で頷いて、私は胸に抱いてたソレを、彼に手渡す。

サンソンはありがとうと言って、友人の手を握る様に丁寧に人形を受け取り、懐から裁縫道具を取り出した。

そして、ぬいぐるみを検分してあたりをつけると、針に糸を通してチクチクとぬいぐるみを縫い始める。

「………」

「………」

黙々とぬいぐるみを縫うサンソンと、ソレをボンヤリと見つめる私。

しばらく無言の時間が続いたが、やがて私の方がその空気に耐えられなくなってしまった。

「…どう、して?」

「ん?なんだい。」

ぬいぐるみに視線を向けたまま、サンソンは私の言葉に応じる。

「どうして、わ、わたしなんかに構うの?わたしなんてここにいる、意味は無いのに」

「……」

サンソンは応えない。

黙々とぬいぐるみをチクチクやっている。

「わた、わたしは…今まで、魔神柱にいいようにされてて…その事をあなた達にも、知らせなくて…」

「……」

「ここにきたら…その役目も、無くなって…なんの役にも、たてないのに…」

「……」

「それなのに、アビーは…ここの人達は…みんな優しくて。わたしなんて、もういる意味はないのに。」

「それは違うよ」

今まで黙っていたサンソンが応える。

手許で結んでいた糸をビーッと引っ張り、余分な部分をチョキンとハサミで切る。

どうやら裁縫は終わったらしい。ぬいぐるみから顔を上げ、まっすぐわたしの顔をみる。

「それは違うよ、ミス・ラヴィニア。君が何かの役にたつか、何か役目を持ってるかは問題じゃないんだ。

君が君であるから、みんな君を大切にするんだよ。」

「わたしが、わたしだから…?」

彼の眼差しに茶化した様子は無い。

そもそも、彼は悪ふざけとは無縁の男なのだろう。

どこまでもまっすぐ真摯に、わたしの目を見ている。わたしはそれに耐えられなくて、目をそらす。

だってそうやってわたしを見てきたのは、今までアビーくらいだったから。

「そう、何が出来るかなんて関係ない。君が好きだから、笑って欲しいから、君に話しかけるんだよ。

アビゲイルはずっと、そうしてきたんじゃ無いかい?」

「好きだから…?」

「ああ。」

わたしの言葉に、サンソンは頷く。

「友達だから…?」

「そうかもしれない。」

友達と言葉に出してそれをサンソンに肯定してもらえると、胸の奥がポワポワと暖かくなる。

それは凄くやわらく、日差しの中にいるような気持ちのいい暖かさ。

でもーー

「--でも、わたしのこの気持ちは、偽物なのよ。魔神がそうあれかしと作った設定で、偽りなの。」

「そうだね、もしかしたら始まりは偽りだったかもしれない。」

サンソンはわたしの言葉を遮る。

「でもね、始まりが偽りだからと言って、今もそうとは限らないだろう。今の君の気持ちは、偽物かい?」

「え…?」

サンソンの言葉に目を見開く。

そうだ、と思う。

わたしはまだアビーを友達だと思っている。私たちの真実に触れて尚だ。それならこの気持ちは、もしかしたら、ううん、きっと。

「わたし、友達でいたいわ。今も、これからもずっと。」

口に出した瞬間、感情がどっと胸に溢れてくる。

アビーと友達でいたい。

彼女と一緒にご飯をたべて、どうでもいい話をして、一緒に笑って、時々喧嘩をして、でも仲直りしたら、二人で鯨を見に行ってーー

ポロポロと目から涙が溢れてくる。

感情を抑えきれず吐き出してしまう。

「わた、わたし…わたしアビーと一緒にいたい。ずっと、ずっと友達で、そばにいたい!」

胸を抑えて涙をこぼすわたしの頭を、サンソンが優しく撫でる。

「その感情はまさしく本物だよ、ラヴィニア。それは捨てちゃいけない、捨てたく無いだろう。」

「ゔんっ!」

嗚咽と一緒に言葉を絞り出す。

アビーに会いたいと、心の底からそう思った。

 

 

その後、わたしが泣き止むまでサンソンはわたしの頭を撫で続けていた。

「…落ち着いたかい?」

「…うん」

わたしは自分の目を拭いながら、頷く。

サンソンはわたしの頭から手を離してしまい、少し寂しく感じたが、それをわざわざ言葉にはしない。

「じゃあ、そろそろここを出ようか。ここを出て、ミス・アビゲイルに顔を見せに行こう。」

うん、とわたしは再び頷こうとしたが、直前でアビーに冷たい態度を取ってしまったことを思い出す。

「ゔっ…」

「どうした、まだ何か心残りがあるかい?」

サンソンの言葉にわたしは首を振る。

「そうじゃ…ないの。わたし…ここにくる前に、アビーに冷たくしちゃったから…」

それを聞いたサンソンは、ああっと納得いったような表情を見せる。

「顔を合わせづらいんだね。たしかに、喧嘩をした友達に声をかけるのは、勇気がいる事だ。でもね、そこは踏ん張りどころだよ、ラヴィニア。

もし難しくても…あー…」

そこでサンソンは、なぜか言葉を詰まらせる。

そして少し躊躇ったような素振りを見せた後に、何を思ったのか手に持っていたぬいぐるみを自分の顔のところまで持ってくると。

『いざって時は、僕がついてるさ!』

ぬいぐるみを動かしながらそう言ったのだ。

「え…?」

呆気にとられたわたしと、そのまま固まるサンソン。

「……」

「……」

ふたりの間に再び沈黙が訪れる。

やがて、耳まで真っ赤にしたサンソンが、ぬいぐるみを顔から外して、誤魔化すように咳払いを一つした。

「ヴゥンッ…マスターがアビゲイルにこうやったらとても喜んでいたと聞いていたんだが…やはり、僕にはむいてないみたいだな…」

そう言ってわざとらしく咳払いを続けるサンソンが可笑しくて、わたしはつい笑ってしまう。

「ふふっ…」

クスクスと声を潜めて笑うと、なんだかさっきまで悩んでいたことがバカらしく感じてくる。

「…ここから、出れそうかい?」

サンソンの最初と同じ問い。

「うん、アビーに会いたい。」

わたしはそれに、はっきりと答えたのだった。

 

 

ふたりで階段の陰から這い出して、少し廊下を歩くと、直ぐ人に見つかった。

「あれ、なんだい君が一番乗りかい?」

つまらなそうな声で、サンソンに語りかける声。

「アマデウス。ああ、ラヴィニアならこうして、見つけたよ。」

アマデウス、アマデウス・ヴォルフガング・モーツァルト。

稀代の音楽の天才。彼のその物々しい格好に、わたしは反射的にサンソンの陰に隠れて距離をとってしまう。

するとアマデウスは一瞬驚いたような表情をすると、直ぐにニヤニヤとした笑みを浮かべる。

「おや、随分懐かれたじゃないか、君。

ははーん、さてやそういう趣味だな?」

「そういう趣味とはなんだ、貴様と一緒にするな変態。」

そうして二人が騒ぎ立てていると、その声を聞きつけたのか、明るい女性の声がふたりの元にやってきた。

「あら、あらあら?あの子がそうじゃないかしら?

サンソン、アマデウス!ラヴィニアを見つけてくれたのね!」

「マリー!ああ、見てくれたまえ、僕の人探しの能力も中々のものだろう?」

「こら貴様、お前は何もしてないだろうが。」

マリー・アントワネットを会話に迎えながら、二人はなおも言い争う。

当のマリー本人は、いつもの事とばかりに二人をスルーして、わたしに声を掛けてくる。

「あなたがラヴィニアね!素敵な白いお肌、とってもかわいいわ!ヴィヴ・ラ・フランス。」

当然のように距離を縮めてくる彼女に、わたしは驚いてまた反射的に隠れてしまう。

そして、どうしていいか分からず、サンソンの服の裾を掴む。

「あら?」

「すまない、マリー。彼女は見ての通り人見知りなんだ。挨拶はまた今度でいいかな?」

サンソンの言葉に、マリーは少しだけ残念そうな顔をする。

「んー、そうね。でしたらまた今度、きっとお友達になりましょうね、ラヴィニア。

さ、アマデウス。ふられてしまったわたし達は、お茶にでも行きましょうか。」

「おや、それは光栄だね、じゃあ僕も一曲披露しようじゃないか。

じゃあね、お前もその子をちゃんと送り届けろよ」

「ああ、貴様に言われるまでもない」

マリーとアマデウスはそうして、嵐のように過ぎ去っていった。

 

「どうだい、二人とも慌ただしい人たちだけど、緊張したかな。」

二人がいなくなって少ししてから、サンソンがわたしに声を掛けてくる。

「…えぇ、とっても…緊張したわ…でも」

「でも…?」

「でも…わたしがここにいる事を…喜んでくれた?」

「ああ、そうだね。もちろん全員がそうじゃないが、少なくともマリーは、君が君だからここに居て欲しいと思っている。」

サンソンの言葉に、少しだけ胸が暖かくなる。

自分はここに居て良いのだと、たしかに二人はそう言ってくれていた。

「……」

なにも言えず、サンソンの服の裾をギュと握りながら、わたしはその場に立ち竦む。

嬉しい気持ちを自分の中で、うまく扱えないのだ。

ポワポワと不思議な浮遊感に当てられて、いまいち現実味がない。

「あーーー!いたーー!ラヴィだー!」

そうやってその場にとどまっていると、突然大きな声を掛けられた。

廊下の向こうからやってきたのは、わたしと同じくらいの背丈の集団だ。

「おや、迎えが来たみたいだね。」

パタパタと走り寄ってくる集団の先頭にいるのは、誰であろうアビゲイルだ。

「ラヴィニア!あなた急にいなくなったから心配したのよ。」

慌てた顔で近づいてくるアビーに、わたしは思わず一歩退きそうになる。

だが、されを止める手があった。サンソンが、わたしの背中をそっと押したのだ。

思わずサンソンの方を見ると、彼はわたしに柔らかな笑みを向ける。

言わなきゃいけないことがあるだろう、と促すように。

わたしはそれをみてグッと覚悟を決めた。

「あ、アビー…あのね、お願いがあるの。」

「…ええ、何かしら、ラヴィニア。」

アビーは優しく微笑んでくれる。

そうだ、わたしはこの笑顔が好きなのだ。

「わたしと…友達に、なってくれるかしら…」

最後の方は尻すぼみになりながら、それでもなんとか言葉を言いきる。

すると彼女はもう一度微笑んで、「もちろん、よろしくラヴィニア」と手を出してきた。

わたしはそれを恐る恐る、それでも自分の意思で握り返す。

あの時の記憶は決して偽物ではないと、確かめるように。

 

 

アビーと仲直りをした後、みんなで食堂へ向かうことになった。

これからみんなでパンケーキを食べるのだという。

「そもそも、みんなにラヴィニアの事を紹介したくて、エミヤさんに頼んだのよ。それなのにラヴィニアったら逃げちゃうのだから。」

歩きながら、ふてくされ顔をするアビー。

わたしはまずかったかと思い、慌てて謝ることにする。

「ご、ごめんなさい、アビー。」

「いいえ、許してあげないわ、ラヴィニア。わたしのお友達に挨拶するまではね。」

アビーはそう言って、一緒にいた子供達に話をふる。

すると、銀色の短い髪に、顔に縫い傷をつけた子がわたしに待ってましたとばかりに声をかけてきた。

「ね、ね、わたしジャック・ザ・リッパーって言うの。よろしくね、ラヴィ!」

彼女は無邪気に笑って、包帯で巻かれた手でこちらの手をがっしりと掴んでブンブンとふる。

「よ…よろしく、お願いします。」

そのあまりの元気さに、目を回しそうになっていると、それを諌める声があった。

「ジャック、あまり振り回すものではないのだわ。ラヴィが驚いてしまっているもの。」

その女の子はフリフリの豪奢な服に身を纏っていて、長い髪を三つ編みにして両脇から垂らした姿は、まるでお人形のようだった。

「わたしナーサリーライム。ナーサリーって呼んでね、可愛いお嬢さん。」

そう言って、ジャックと入れ替わりでわたしの手を握る。

「よ、よろしく…あの、さっきから、言ってるラヴィって?」

「あなたのニックネームよ、ラヴィニア。アビゲイルがアビーだもの、それならラヴィニアはラヴィだわ。

とっても素敵な可愛い名前、まるでやさしい子猫のようね。」

「……」

あだ名なんてつけられたことの無いわたしは、どう反応していいか分からず、顔を赤くして黙ってしまう。

何か言った方がいいのかもしれないが、なんて返せばいいか分からないのだ。

すると、後ろからわたし達のあとをついてきたサンソンが助け舟を出してくれた。

「ふむ、ラヴィ(lovey)ときたか。僕の文化圏では無いのだけれど、よいニックネームをもらったね、ラヴィ。」

「え、ええ…ありがとう、ナーサリー、ジャック。」

わたしが何とか口ごもりながらお礼を言うと、二人は嬉しそうにニコニコと笑った。

 

 

そうやってみんなで食堂に到着すると、そこには先ほどのアマデウスとマリーが座ってお茶をしていた。

「あら、あなたは先程のラヴィニア。よかった、お友達には無事再開出来たのね。

ヴィヴ・ラ・フランス!」

先程と全く同じテンションで声をかけてくるマリーに、一歩退きそうになりながら、わたしは何とか挨拶を返す。

「…は、ハロー」

すると、マリーは少しだけ驚いた顔をすると、パッとひまわりの様に笑顔になる。

「あら、それは英語圏の挨拶ね!

ええ、えぇ、ハローラヴィニア、ご機嫌いかがかしら?」

「マリーこの子はね、先ほど友達からラヴィというあだ名を貰ったんだよ。」

後ろから会話に加わってくる、サンソンにマリーは再び嬉しそうな顔をする。

「ラヴィ…ラヴィね!愛される人だなんて、それってとっても素敵なお名前ね、よろしくね、ラヴィ。」

まるで苦しみの一切を知らない様なマリーの顔の眩さに、少し目を細めながら、何とか彼女と握手をした。

 

そうしてみんなでワイワイと賑やかにしてると、厨房から人が出てくる。

「おまたせした、こちら注文のパンケーキだ。」

黒いタンクトップに身を包んだ、白髪で色黒長身の男は、両手のお盆に、その無骨さとは真逆の大きな大きなパンケーキを載せていた。

そして、わたし達から一番近いテーブルに、二つの大きなパンケーキをそっと置く。

そのあまりの鮮やかさに、わたし達は目が釘付けになって慌ててテーブルに駆け寄る。

3段重ねの大きくて分厚くてふわふわなパンケーキが二つ。山の様に飾り付けられた生クリームと、色とりどりのベリー達。

まるで本の中で見たような美しさに、わたし達は思わずオオーッと簡単の声をあげる。

「みてみて、ラヴィニア!とっても綺麗だわ!」

「えぇ、わたしこんなの初めてみた!」

二人ではしゃいでいると、ケーキを持ってきた男がにっこりと微笑む。

「喜んでもらえた様で何よりだ。さ、座りたまえ、君たち。すぐに取り皿と紅茶を持ってこよう。」

「はーい、紅茶おまたせだよ、子供たち!」

彼の言葉に合わせた様に、厨房の奥からもう一人、赤毛で胸の大きな女性が盆にティーセットと取り皿を乗せてやってくる。

二人の大人によって手際よく並べ、注がれ、切り分けられていくテーブルを見つめながら、わたし達は椅子に腰を下ろす。

すると、別のテーブルで紅茶を飲んでいたアマデウスが、パンケーキを切り分けていた男に声をかけた。

「おや、今日は子供たちのお茶会かい?

お茶会なのに音楽の一つも無いとは随分さみしいじゃ無いか。

エミヤ、せっかくだからグランドピアノを一つ出しておくれ。」

「ええい、無茶を言うな!このスペースにグランドピアノなど置けるわけが無いだろうが。

簡易的な電子ピアノでいいか。」

「おや、それはまた何と色気のない。」

エミヤと呼ばれた色黒の男は、パンケーキを切り分けていた手を止めると、その隣のテーブルに手をかざした。

すると、なんと不思議な事だろう、テーブルの上に突然薄いピアノが現れたのだ。

「うそ、魔術…?」

思わず反射的に呟いてしまったわたしに、エミヤは振り返って微笑む。

「ああ、君は確か魔術師の家系だったか。わたしは魔術師としては未熟だが、これだけはそこそこに扱えるのさ。

さ、出来たぞアマデウス。言っておくが、くれぐれも下品な曲は弾くなよ。」

エミヤと代わり、アマデウスがピアノの載っているテーブルの椅子に腰掛ける。

「心配性だな、君は。そんな事言われると、弾きたくなるじゃないか。

大丈夫だよ、僕は最低な人間だけどね、子供たちのお茶会を台無しにするほど、下等な品性は持ち合わせていないのさ。」

そう言って、アマデウスは軽くストレッチをすると、ゆっくりとその曲を弾き始める。

キ・ラ・キ・ラ・ひ・か・る♪

それは光の雫が音になった様な、美しいメロディ。

聞いているだけで、胸の中に暖かな気持ちとかすかな高揚が沸き立ってくる。

「さ、子供たち、準備が出来たよ。

エミヤ・ブーティカご謹製パンケーキ。召し上がんなさいな。」

赤毛の女性の言葉に、今度はテーブルの上に意識が惹き寄せられる。

あまりに多くの楽しみ、幸せに目が回りそうだ。

「いっただきまーす!」

誰よりも先にかぶりついたのはジャックだ。口にソースとクリームをつけながら、パンケーキを思いっきり頬張る。

「おいしーーい!」

「ジャックたら、だらしがないのだわ。お口が喋るシャム猫のようよ。」

にぱっと笑顔を浮かべるジャックをたしなめながら、ナーサリーも上品にパンケーキを一切れ口に入れる。

「甘くてとっても美味しいわ!」

「とっても美味しそうね、食べましょうラヴィニア…ラヴィニア?」

わたしに声を掛けたアビーが怪訝そうに顔を向ける。

わたしは、それになんと答えたらいいのかわからなかった。

こんなに沢山の幸せに囲まれて、本当にわたしがここにいていいのかと、思わずにいられなかったのだ。

あまりの優しさと暖かさに体が潰れてしまいそうだ。

「…過酷な環境にいると、そこから這い出した時に自分のいる状況が信じられなくなる事がある。」

しん、としてしまった空気の中で、エミヤがポツリと呟く。

「その空気のあまりの違いに、自分の心が保たないのだ。自分はこんなところにいてはいけないのではないか、今も地獄にいる人たちに対して、あまりに無責任ではないのか。

そういった強迫観念にとらわれるんだ。

その全てが悪いなどと言うつもりはない、始めは偽りでも、願い続ければ信念へと昇華されることもあるだろう。」

エミヤの言葉はどこまでも誠実だった。彼に一体どんな過去があったかはわからないが、まるで見てきたことを語っているようにも思えた。

「だがね、それは一人の少女が背負うには、あまりに重すぎる。

ラヴィ、多くの人から愛を受けてきた子。

君にはその資格が確かにあるんだよ。こんな会ったばかりの男に言われても、と思うかもしれないが、それだけはオレが保証する。」

「…」

返せる言葉は無い。それでもすっと、胸の中が軽くなった気がした。

今まで胸の中につかえていた、ドロドロとした何かが少しだけ軽くなった気がしたのだ。

フォークを手に取り、パンケーキを口に一口放り込む。

口の中に生クリームの甘さ、パンケーキのふわふわとした食感、ベリーの甘酸っぱさがジュワッと広がる。

わたしはそれをよく味わってゴクリと飲み込むと、アビーの方を向いてにっこりと笑った。

「アビー、とっても美味しい!」

わたしはあまり笑顔を作った事が無いから、うまく出来たかはわからないけど、それでもアビーは一緒に微笑んで

「そうだね」

と隣で笑ってくれたのだった。

 


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