彼は英霊となり人理修復の旅に召喚される。
しかし、新たに呼ばれた英霊によって、彼は地獄に叩き落されることになる。
二十一世紀の日本で普通に生きていた青年は病気で死に、気づくと転生を果たしていた。
といっても何か特別な力を持っていたわけでもないし、特殊な人間になったわけではない。
彼は相変わらず普通の人間のままだった。
それどころか、生まれ変わった世界が千年以上昔の異国だった為、生活水準が大きく下回り彼を落胆させた。
しかし、人間生きていればその環境に慣れるもので、十年もしないうちに彼はその環境に悲嘆しなくなっていた。
だが一点。どうしても我慢ならないことがあったのだ。
それは娯楽不足である。
前世ではサブカルチャーにどっぷりと浸かっていた彼にとって、アニメも漫画もゲームもない世界と言うのは退屈極まりなかった。
彼は恵まれた前世に日々思いを馳せていたが、そのうちそれにも飽き、ないならいっそ自分で作ってしまおうと開き直った。
一応、前世で物書きであった彼は脳内で様々な物語を生み出していった。
やがて脳内で溜まったその物語を友人や家族に聞かせたのだが、これが彼の人生を大きく変える。
話を聞いた者はみんな一様にもっと聞かせてほしいとせがんできたのだ。娯楽に飢えていたのは何も彼だけではなかったのだろう。
二十一世紀では決して喝采を浴びることのなかった彼の物語であったが、この時代にとっては彼の生み出した物語はそのどれもが独創的で魅力的でたまらなかったらしい。
それからというもの、彼は周囲に求められるがまま様々な話を聞かせた。
やがて彼の作った物語は様々な人たちに言葉や文字で伝わり、千年以上経っても人々から愛され続けることになる。
彼自身はというと、いたって普通に成長し、普通に結婚し、普通に子供を作り、普通に年を取り、普通に死ぬという幸せな生涯をおくった。
未練も後悔もないとはっきり言えるだろう。
ただ一つを除いて。
時は流れて2015年、人理は燃やされた。
人類を救う為、大切な人たちの為、そして何より生きる為に最後のマスターである藤丸 立香はデミ・サーヴァントであるマシュ・キリエライトと共に、人理継続保障機関・カルデアのバックアップのもと特異点を解決することになったのだ。
早速オルレアンにレイシフトしようとした立香であったが、それはロマニに止められた。
「待って、先に新しいサーヴァントを召喚したほうがいいよ。冬木で召喚した『彼』はどちらかと言えばサポート型だからね。正直、もう少し戦力が欲しい」
その助言に従い、立香はマシュともう一人のサーヴァントを連れて召喚室に向かった。
「二人共どんなサーヴァントが来ると思う?」
「こんな状況ですから、こちらに対し協力的なサーヴァントが望ましいですね。ケイントスさんはどうですか?」
「ん? まあ、ロマニの言うとおりとりあえず戦える奴がいいかな。俺だけだときつい」
立香とマシュの後ろで事の成り行きを見守る男の名はケイントス。
冬木で召喚されたキャスターのサーヴァントだ。
千年以上も昔、様々な物語を生み出した作家である彼はマスターである立香には従順で人理修復にも協力的なのだが、いかんせん戦闘力が高くない。
冬木ではキャスターのクー・フーリンがいたからなんとかなったものの、オルレアンでは力になってくれるサーヴァントがいるのかもわからないのだ。
ここはなんとしても、攻撃に秀でたサーヴァントに来てもらいたい。
「よし、それじゃあ行くよ」
立香は大きく深呼吸をして召喚システムを発動させた。
光を発するエーテルが三人の視界を遮る。その際、さり気なくケイントスは前に出て立香とマシュを背中でかばった。
召喚されるサーヴァントがどんな相手がわからない以上、いきなり攻撃してくる可能性を考えてだ。
だから、光が収まった時、誰よりも先に召喚された相手を見る羽目になった。
「……貴様が、俺のマスターか?」
そこにいたのは一人の男。腰まである長い銀髪に青と赤のオッドアイ。顔立ちは非常に端正で老若男女問わず惹きつける魅力があった。衣服は黒一色でその背中には白い羽根と黒い羽が生えている。
「俺はセイバー、イルヴェインだ。まあ、よろしく頼むぞ」
立香とマシュはその名前に大きく反応した。
「イルヴェインって、あのイルヴェイン!?」
「イルヴェインといえば、ケイントスさんが創った作品の中でも最も有名な主人公です。まさかこうしてサーヴァントとして現れるなんて……」
ケイントスが残した作品は多種多様である。笑える物、泣ける物、冒険心を煽る物、深く考えさせられる物、いろいろあるがその中でも一番有名なのはイルヴェインの物語だろう。
魔と聖の両方の血を引くイルヴェインは世界で唯一の闇と光の両属性であり、そのあまりに強すぎる力を恐れた神によって人間界に捨てられる。拾われた家では奴隷のように虐げられていた彼であったが、その力に目覚めた後は旅に出て世の悪漢を成敗していき周囲からは賞賛され、やがては世界を救う、そういう物語だ。
世界的にも有名な彼の登場に二人は興奮を隠しきれない。
「すごい、イルヴェインだってさ、ケイントス! ……ケイントス?」
「……」
「ケイントスさん? あの、どうかしましたか?」
「……う」
「う?」
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ケイントスには後悔していることがある。
それは若き日の自分がそのノリとテンションに任せて生み出した一つの物語。
所謂、中二病や黒歴史満載に取り入れたその物語は、本当ならたった一度、語るだけで終わるはずだった。
しかし、どういうわけかこの物語は受けた。大いに周りから受けた。他のどの物語よりも受けた。
もう一度聞かせて欲しい。続きを聞かせて欲しい。
連日そう言われて、ケイントスは自分の過ちに気づいた。だが、気づいた所でもう遅い。
物語は自分の手を離れ、どんどん広がっていってしまった。
年月が経つに連れ、恥ずかしさは増し、もうイルヴェインの話は終わりと周囲に言うものの、周りは諦めてくれなかった。
あまりにしつこい為、ケイントスは続きを作ってほしくば謝礼をよこせと法外な報酬を要求した。もちろんこれは周りを諦めさせるためだ。
だがなんと、周りはその要求に応えた。そうなればケイントスは続きを作らねばならなくなる。
こうして彼は晩年に至るまで、イルヴェインの話を作り続けることになってしまったのだ。
これこそが彼の後悔。黒歴史を作り続けねばならなかった己の所業が、彼には憎くてしょうがない。
さらにサーヴァントになってからは、黒歴史が未だに世界中で公開されていると知って発狂しかかった。
故に聖杯に望むのは、イルヴェインの物語をまるっと消し去ること。
そのイルヴェインが目の前に現れたということは、彼にとって消し去りたい黒歴史ノートが動いて喋っているようなものなのだ。
気を失わずに済むわけがなかった。
「ケイントス! ケイントス! しっかり!」
「どうしたんですか、何があったんですか、ケイントスさん!」
「……何なんだ、そいつ」
白目をむいて倒れる彼は知らない。
イルヴェインの召喚で運を使い切ったのか、この後、主戦力に成り得るサーヴァントがなかなか来てくれないことを、自分とイルヴェインの相性が良くて常に同じパーティに入れられることを、結局最終戦までその見た目の言動で精神力をガリガリと削られるということを。
知らないほうが幸せなのかもしれない。