魔王は1000年後の未来に転生しました。   作:かり~む

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1話:かつての魔王、かつての勇者

「ははは。待てよ、ローラン君!何も逃げる事は無いだろう?」

 

 ローラン・レインダースに、下卑た声が投げかけられた。

 それを背に受けながら、ローランは夜の学園を駆ける。ちらりと後ろを確認すると、3つの人影が、変わらず自分を追いかけていた。荒い息を吐きながら、ローランは彼らから逃げ続ける。

 

 太ももの筋肉が悲鳴を上げそうになるが、足を止める事は決してしない。出来るわけがない。逃げる事を辞めた瞬間、自分は彼らの鬱憤を晴らす為に嬲られる、サンドバックと化すだろう。ローランは石畳で舗装された道路を、強く蹴り上げる。

 

 

 ローラン・レインダースはオールズホール学園に通う黒髪黒目の16歳の少年だ。身長は高くもなく、低くもない。その顔立ちも際立った特徴は見当たらず、道端ですれ違っても、印象にはまず残らないだろう。

 

 そんな平凡な容姿を持つ少年を語る上で、重要な要素が3つある。

 

 

 第一の要素。

 ローラン・レインダースは金欠に悩む苦学生である。

 

 彼は親元を離れて一人、学園の敷地内にある寮で一人暮らしをしている。ローランは、下級とはいえ貴族の出である。本来ならば、親元からある程度の仕送りを望めるはずだ。だが、彼はそれの殆どを断って、自身のアルバイト代で生活していた。

 

 そして、金欠の苦学生とアルバイトは切っても切れない関係にある。

 故に今日もローランは、いつも通りに学園近くの商店でバイトに励んでいた。勤労の対価として得られた賃金で懐の巾着を膨らませたローランは、意気揚々と帰路に着く。

 

 だが、ローランの上機嫌も、学園の正門の近くでたむろする3人組の少年を視界に捉えるまでだった。彼らの顔にローランは馴染みがあった。なるべく顔を合わせたくない相手だった。

 

 3人組に見つからないように、ローランは気配を消して、忍び足でその場を立ち去ろうとする。やや遠回りになるが、裏門からでも寮には向かえる。しかし彼が回れ右をして、その場から逃げるより先に、3人組は視界のにローランを納めた。

 

「おや、これはこれはローラン君!」

 

 彼らは仲間内で目配せして、ニヤニヤ笑いを浮かべながらローランに近づいてくる。

 

「声をかけてくれないなんて、酷いなあ!」

「実は俺たち、魔法の勉強漬けで金欠なんだよね。良かったら、恵んでくれない?」

 

 一言で言うと、カツアゲだった。

 聞き終わると同時に、ローランは駆けだしていた。

 

 そこから始まる学園を舞台にした逃走劇。

 追跡者の目的は、ローランの学生服のポケットに巾着の中にあるグレオン硬貨。ローランが汗水垂らして稼いだお金である。大人しく彼らに渡す選択肢はなかった。

 

 こういった事は初めてではない。

 例えば魔法の試験で思うような点数がとれなかった時、例えば魔法戦闘の演習で衆目の前で無様をさらした時。3人組は決まってローランをこのように追いかけまわした。彼らにとってローランは、己の特別性を感じさせ、自尊心を保つには格好の相手だったのだ。

 

 本来、ローランと彼らに接点はない。少年と3人組は、クラスも違えば、そもそも科も異なる。彼らは学園の花形でもある『魔法科』所属、こちらは何のとりえもない人間が行く、俗に卒業証明書以外に価値がないとまで言われる『普通科』だ。才を磨き、狭き門を潜り抜けた彼らは、それを弱者を虐げる事に使うようになった。

 

「ははは、逃げろ。逃げろ!」

 

 彼らにとってローランの巾着に入っている金銭は、実際そこまで価値を持っているものでもないだろう。そもそも、確か3人組は中流以上の貴族の出身だったとローランは記憶している。実家と縁を切ってでもいなければ、仕送りによって生活に困ることはない筈だ。

 

 彼らにとってローランが汗水たらして手に入れたグレオン硬貨を奪いとることは、手段であって目的ではない。或いは、ハンティングの結果手に入れることのできるトロフィーのようなものだろうか。

 

 彼らの目的は、あくまで狩り。

 弱く哀れな獲物を、己が鍛えた武器によって追い詰める。そして、そんな獲物が無様に逃げる光景を、腹を抱えて嘲笑する。たまたま目の前を通りかかった自身より劣る者を苛め抜き、その事によって、自身の才能と能力を最確認することこそが、彼らの真の目的だった。

 

 故に彼らは。

 確固たる幼稚悪意の元に。

 

 本来人々の生活を守るために行使されるべき力を、何の躊躇いもなく、ローランに行使した。

 

 

「ッッ!?」

 

 ローランの身体を悪寒が駆け巡る。

 彼は勢いよく後ろを振り返った。

 

「ははは、頑張って避けろよ。ローラン君!」

 

 ローランを追いかける3人組の一人。その男の手元が不自然に明滅した。次いで、男の身体からそれ自体が光を放つ、幾つもの紋様が浮かび出る。文字にも数字にも記号にも見える解析不能の輝きは、ふわりと空中に浮遊する。そして、数秒もしないうちに空気に溶けるように掻き消えた。それは魔法の使用に必要不可欠な『魔法式』。魔法使いは自身の血に『魔法式』を書き加え、魔力を使って外界に現象を起こす。

 

「----魔法《ロック・ショット》」

 

 魔法で空中に創造された岩の弾丸が、ローランを襲う。後頭部を狙うそれに対して彼は、頭をぐっと下げる事で回避する。危機一髪でもあったが、しかし確かに避ける事には成功した。

 

「くそっ!勘のいい奴!」

「ははは!だけど、魔法が使えないってのは困るねぇ、ローラン君!一方的に嬲られるだけだ!」

 

 3人組が無数の普通科の生徒の中で、わざわざローランを選んだのは理由がある。それは、彼の親が下級貴族であり、上位の貴族である彼らに抗議しにくいという、身分制度的なものもある。だが、それ以上にローランの生まれ持った身体的な欠陥が理由だった。

 

 彼を語る上で重要な第二の要素。

 

 ローラン・レインダースは、魔法が使えない。

 

 魔法の発動の為の土壌となる魔力を、彼は一切持たない。生まれつき魔力の少ない人間は、ちらほらはいる。しかし、それだってゼロという事はない。ローランは違う。彼は魔力を生み出す事も、それを貯蓄することもできない。ならば、他の一芸に秀でているのかと問われると、それも否だ。彼は生誕時に神から与えられるという『祝福(スキル)』も何一つ与えられる事はなかった。

 

 つまり。

 世界唯一の『無能者』にして、最底辺。

 それがローラン・レインダースだった。

 

「そら逃げろ!逃げろ!《ロック・ショット》!《ロック・ショット》!」

 

 幾つもの岩の弾丸がローランに飛来する。

 それを左右に躱しながら、ローランは錆びきった門を体当たりで開けて、その奥に佇む古びた建物の中に入っていく。

 

 

 

「ちっ!なんで当たらねえんだ!」

 

 ローランを追いかける3人組の一人、レイトン・グレガーは忌々しく忌々しく舌打ちしながら、扉を叩くように開けた。確かここは旧校舎だったか。何年も前に使われなくなって久しく、レイトンも入るのは初めてだった。

 

 陽はとっくに落ちている。

 当然のように、中は真っ暗だった。

 

「はは。逃げる事だけが、『無能者』の唯一の才能なのさ。………《ライト》っと」

 

 仲間の一人が、苦笑しながら魔法で光を生み出す。

 

 春の風のように爽やかな風貌の男だ。

 だが、レイトンはこの好青年がこの笑顔を浮かべたまま、自分より魔法力と権力の劣る生徒を、天井に縛り上げて何度も殴りつける趣味があることを知っている。

 

 中々悪くない趣味だとレイトンは思う。

 才のある者は才のない者を『有効に活用』する権利があると、彼は信じて疑わない。

 

 そして、彼ら3人は、そこは凡そ似たような意見を持っていた。

 だからこそ、彼らはこうしてつるんでいるのだ。

 

「はん。生意気な野郎だ。……《ライト》」

 

 自分でも魔法の明かりを生み出して、それを頼りにレイトンはあたりを見回した。ローランの姿は発見できない。何処かに隠れているのだろう。

 

 鼻がムズムズしてひくついた。足元を見ると、床には砂と埃がごっそり溜まっている。こんな場所にはなるべくいたくはない。ローランを嬲るのは別の場所にしよう。魔法で拘束して、裏庭にでも運べばいい。そんなことを考えながら、レイトンは廊下の床を照らしていく。

 

 

「ぷはっ」

 

 口から思わず笑いが零れた。腹を抱えて、間抜けを笑ってやりたい気分だった。だが、それは後のお楽しみにしておくとしよう。旧校舎の廊下には埃がごっそり溜まっている。だから、先に入ったローランの足跡は、それによってくっきり残っていた。彼が歩いた場所は、埃が薄くなっているのだ。

 

「…ああ、可愛そうに。逃げる才能もなかったらしいぜ」

「おや。本当だ。さて、ハンティングと洒落こもう。行こうか」

 

 2人は足跡を追って、歩きだす。だが、最後の一人はその場から動こうとはしなかった。レイトンは振り返る。

 言いずらそうに、目を逸らしながら小声で彼は言う。

 

「……なぁ、帰らないか?」

「あん、なんでだよ。ローランにコケにされたままでいいのか?あの『無能者』に」

 

 彼は、何かをいいかかけた状態で数秒沈黙したが、最後には意を決したのだろう。

「………ここ、出るんだよ」

「はあ?何が」

「レイスがだよ。聞いたことないか?旧校舎には、レイスが出るって」

「………はあ?」

 

 レイトンは目の前の男の頭がおかしくなったのかと思った。

 

 レイス。

 世に未練を残した人間が、肉体を失ってもなお、現世に留まり続けた哀れな姿。

 

「レイスなんている訳ないだろ」

 

 だが、それは所詮は創作の類の話だ。

 怪談の中だけに存在する、人々の妄想だ。

 

 レイトンだって、友人に聞かされたレイスの噂話に怖くなって眠れなくなった経験はある。だが、それはもう何年も前の子供時代の話で、今となっては、レイスなんてこれっぽちも信じていない。

 

「お前まさか、スケルトンとかも信じてるじゃないだろうな?粗雑に扱われた人間がモンスターになるなら、この世はとっくにレイスとスケルトンの楽園になってるだろうが」

 

 この世界には、ゴブリンやドラゴンといった不思議な生態をしたモンスターが多数存在する。だが、それらはあくまで個別の種として存在するだけだ。

 

「いや、マジだって。なんでも、報われぬ恋に悲観した女子生徒が自分で胸にナイフを刺して自殺したらしい。旧校舎が閉鎖されたのも、その生徒の死後、奇怪な現象が起きたからで」

「全部出鱈目だろ。最初に自殺者が出たのは本当かもしれねえけど、そこから尾ひれがついていったのさ。珍しくもなんともない」

「それが、さ。余りにも生徒からの被害と目撃例が多いから。昔、学校の教師と国の騎士が一緒になって探索したんだけどーーーー」

「はん、馬鹿馬鹿しい。行くぞ」

 

 レイトンはその会話を途中で切り上げる。

 こんな頭の悪い話に話に、これ以上付き合いたくはなかった。

 

「……ねえ、アレ」

 

 そして。

 さっきから、グループの一人、爽やかな笑みをいつも顔に張り付けている男が、全く会話に参加していないことに気が付く。

 

 

「アレ……誰だ?」

 

 彼はゆっくりと手を挙げて、廊下の奥を指さす。その顔にはいつもの優雅な笑みは微塵もなかった。顔は青く、唇は震えていた。

 

 彼が指し示す、その先。

 

 そこに一人の少女がいた。

 こちらに背を向けて蹲っている。腰まであるだろう長い金髪が、廊下に血管のように伸びていた。顔が見えないため、正確な年齢は分からないが、背格好からすると13、14歳くらいだろうか。

 

「痛いよぉ……」

 

 少女は蹲った状態のまま、すすり泣く。

 その声はレイトンから離れた位置から聞こえてくるはずなのに、彼はそれが耳元で囁かれているような錯覚に陥った。

 

「痛いよぉ…………」

 

 視界が小刻みに揺れる。

 レイトンはそこで自分の足が震えていることに気づいた。

 

「痛くて痛くて堪らないの……」

 

 だから、と続けながら少女は立ち上がり、ゆっくりとレイトンたちの方に振り返った。

 レイトンの脳裏に、さっきの会話の内容が反芻される。

 

(報われぬ恋に悲観して、自分の胸にナイフを突き立てて自殺した少女……)

 

 振り向いた少女の顔はぞっとするほど整っていて、そして背筋が凍る程に真っ白だった。

 しかし、レイトンの視線はそんな少女の顔ではなく、その胸元に注がれる。

 

 一本のナイフが、そこにはつきたっていた。

 ナイフを中心として、純白のドレスが真っ赤に濡れていた。とても生きている状態とは思えなかった。

 

「この胸に刺さったナイフを抜いてええええ!!!」

 

 口から赤い液体を零しながら、少女が叫ぶ。

 

 レイトンの口からも絶叫が飛び出した。それは悲鳴だった。目の端から涙が溢れた。

 気づけば彼の足は、旧校舎の出口に向かって走っていた。それに続くように、残りの2人も逃げ出した。

 

 

 大声を上げながら走り去っていく3人組を、少女は手を振りながら見送る。

 

「気を付けて帰りなよーー。廊下で転ばないようにねーー!」

 

 言い終わると同時に、ガラガラと、少女の傍の教室のドアが開いた。

 中から出てきたのは黒髪黒目の特徴のない少年、ローラン・レインダースだった。走り回ったせいだろう、額に浮く汗を、腕で拭う。

 

「ありがとう。助かったよ、クラウディア」

「ははは。いいよ、いいよー。宿敵には日頃から、私の快適な生活の為に骨を折ってもらっているからねーー。前に、教師と騎士たちが旧校舎にやってきた時は、撃退するのに宿敵に大分手伝って貰ったし」

 

 金髪の少女がそう言いながら胸元に刺さっているナイフを撫でる。すると、ナイフは跡形もなく消え去った。白いドレスを赤く染めていた鮮血も、ローランが瞬きする間に無くなっていた。

 

 いつ見ても奇怪な現象だとローランは思う。魔法を使っている様子はない。なんでも、レイスは魂のみが現世にしがみついた存在らしく、肉体の制約がないため、意識次第で自分の容姿をある程度弄れるらしい。

 

 彼女の名前はクラウディア。

 旧校舎に住み着くレイスだ。

 

 金髪を腰まで伸ばした14歳くらいの見た目で、真っ白なドレスを纏っている。よく目を凝らせば、彼女の身体が半透明で、向こう側の景色が見える事に気が付くだろう。ローランも、レイスの存在なんて信じてはいなかったが、こうして目のまえに化けて出られると、否が応でも信じるしかないのが現状だった。

 

「お互い様だろう?お前もやって欲しい事があるなら、いつでも僕を頼ってくれ。今も何か困ってることはないかい?」

「はは、そうだね。うーーん。でも特に不自由もないかな。……まあ、一つだけ言いたいことは、あるんだけど」

「うん、何だい?」

「仮にも、魔王ともあろう者が、たかだが不良たち数人に追いかけられて、汗水たらし流ら逃げ回って。恥ずかしくないの?」

 

 口に手を当てて、笑いを堪えるかのようにクラウディアは言う。

 

 黒髪の少年を語る上で重要な要素の三つ目。

 ローラン・レインダースは、かつて魔王であった。

 

 1000年前に『魔族』を率いて、世界を混沌に陥れたとされる魔王。

 ローランは、魔法の祖とも呼ばれる伝説の人物、その人であった。

 

「魔王だったのは前世の話だよ」

 

 ローランは肩をすくめる。

 彼はそもそも、と言葉を続けた。

 

「今世は魔力もなければ、ギフトもない。どうしようもないね。今の僕はしがない劣等生さ」

 

 ローランは何の因果か、こうして記憶を引き継いだ2度目の人生を送ることになったが、逆に言えば、引き継げたのは記憶だけだった。

 

 地形すら変えた莫大な魔力は、一滴も残っていない。

 保有していた多数の『祝福(スキル)』は、一つ残らず剥奪された。

 

 かつて世界の頂に座っていた男は、いまや世界の最底辺をさ迷う『無能者』となっていた。だが、ローランの顔に悲観は無かった。

 

「まあ、でもこうして2度目の人生をスタートできたのだから、それだけで儲けものと思わなくちゃね。理由が分からないのが不安ではあるけど。別に信心深くはなかった筈だし」

 

 最初の頃は前世と今の自分とのギャップで、色々と衝撃があったが、今ではそれらは全て飲み干して消化している。今更の話だった。本来なら『目の前の少女』に背後からナイフで刺されて終わっていた筈の人生だ。本来一度きりの人生を、こうして続けているのだ。それに、文句をいう事はひどく烏滸がましい事だとローランは考える。

 

「うむむ……。宿敵としては微妙な気分だなあ……!かつて散々凌ぎを削った相手の末路がこれかあ……」

「はあ。……だったら、僕も言わせて貰おう。仮にも、勇者ともあろうものが、夜の旧校舎にやってきた学生を脅かすことを生きがいにしてるなんて、恥ずかしくないの?」

 

 ローランが世界を壊しそうとした魔王ならば。

 そんな魔王を殺して世界を救ったとされる勇者こそが、目の前の少女、クラウディアだった。

 

「いやあ。勇者つっても、私1000年も前に死んでますしーー。今じゃあ学園を徘徊するしがないレイスでしかないですしーー!」

 

 クラウディアは快活に笑うが、その笑顔には微妙に強がりが見て取れた。こちらの少女は宿敵と違って、今の自分の現状を完全に受け入れているわけではないようだった。やはり納得できない部分はあるのだろう。

 

 

 かつて世界を混沌に陥れた魔王は、いまや魔力の持たない無能者として、不良たちからカツアゲの対象となっている。かつて世界を救いし勇者は、いまや学園をさ迷うレイスと化して、学園の生徒を脅かすことを唯一の楽しみとしている。

 

 

 どんなに無様でも、それが変えようのない現実だった。

 

 




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