魔王は1000年後の未来に転生しました。   作:かり~む

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9話:不老不死を目指すもの

 剣呑な雰囲気を纏いながら、グレンは病室を出る。

 真っ白な扉を後ろ手に勢いよく閉めながら、グレンは方眉を上げた。

 

 扉の前で彼を待っていたのは、肩ほどまで伸ばした癖毛のプラチナブロンドを頭の後ろで一つに結んだ若い男だった。

 

 黒のベストの上から白衣を纏った格好をしている。白衣の裾は煤か何かで汚れていた。すっと通った鼻筋は理知的な印象を醸しているが、きらきら輝くヘーゼル色の瞳は顔の面積に比べて大きい。跳ねた癖毛も相まって、それらの特徴は彼を幼く見せ、別に身長は低くないのに、子供が背伸びして白衣で着飾っているような、そんな感想を相手に抱かせる。

 

 男はグレンを見ると、「あっ」と小さく声を漏らす。

 そして、只でさえ大きい瞳を更に見開いて、今にも廊下で小躍りでも始めそうな、喜色に満ちた笑みを浮かべた。

 

「起きてらっしゃいましたか、グレンさん!丁度様子を見に行こうと思っていたんですよ!」

「ハリンド……さん」

 

 グレンは男の名前を呟いた。

 彼の名はハリンド・レイドモンド。

 

 若くして不老不死を研究する『レイドモンド研究所』の所長を務める男だ。所長の役職の証である銀のバッジが胸元で輝いていた。

 

「どうかハリンドと呼び捨てでお願いします。あの名高い『ティルファング傭兵団』の一員である貴方から、さん付けされるなんて恐れ多い……!」

「雇い主を敬うのは当然だろう?」

「では、雇い主として命じますよ。呼び捨てでお願いします」

 

 グレンは小さく息を吐いた。

 

「了解、ハリンド。これでいいか?」

「ええ、満足です。……ふふ。このやり取りも何回目ですかね」

「さあ、俺が雇われてからの一年。会うたびに繰り返してる気がするな」

 

 グレンは鼻を鳴らした。

 

 どういう訳か、ハリンドはグレンの事を一方的に気に入っていた。

 雇われてからの一年間、ハリンドは特に用も無いのグレンを所長室に呼んでは、紅茶や茶菓子を振舞うのだった。

 

 面倒ではあるが、雇い主の機嫌を損ねる訳にもいかず、グレンは結局何度も所長室に足を運んでいる。加えて言うならば、ブレンサムも定期的に開かれるお茶会に呼ばれていたのだが、付き合いが悪い彼はそれを全て断っていたらしい。

 

 なんでもハリンドはグレンやブレンサムに限らず、『才能のある人間』全員が好きらしい。

 ハリンドに『僕はグレンさんのファンなんですよ』と面と向かって言われたときは、思わずグレンも渋面を作ってしまった。髪を腰まで伸ばした少女のような容姿をしているグレンであるが、別に彼は男にモテたいわけではないのだ。

 

 グレンはハリンドの背の向こう側にある、研究所の壁と廊下を眺めて思わず言った。

 

「ひどい有様だな」

「ええ。全くです」

 

 ハリンドは苦笑しながら頷いた。

 

 『レイドモンド研究所』はラケンハイル郊外にある。

 

 外観からは只の廃墟にしか見ないだろう。

 だが、実際はそれを隠れ蓑にして、地下に広大な施設が建造されていた。王国内の上位貴族をスポンサーに持つことにより研究所は潤沢な資金を得ていた。不老と不死を求める意欲は、権力の高まりに比例して高まるらしい。

 

 

 しかし、そんな最新の設備を持つ研究所は、今となっては酷い有様だった。

 

 壁には穴が開き、向こう側の部屋と仕切りがなくなっている。

 天井は崩落し、そこからは灰色の空が覗いていた。

 病的なまでの白さを誇った研究所の廊下は煤と泥に汚れ、カモフラージュの為に存在している地上の廃墟と殆ど変わらない様相を作り出していた。

 

 「幸い死者こそでませんでしたが、研究を再開できるのはいつになるのか……」

 

 ハリンドは頭を掻きながら控えめに笑う。

 難しい宿題を前にした結果、父親に助けを求める少年のような笑みだった。

 

 それを目にして、決して顔には出さないように注意しながら、グレンは心の中で悪態をつく。

 

(マッドサイエンティストめ)

 

 グレンはこの反抗期前の少年のよう透明な笑みを浮かべる青年が、同じような笑みを浮かべてホワイトと呼ばれる研究対象を切り刻んでいる事を良く知っている。

 

(仮にも、『不死女王(ノーライフ・クイーン)』の見た目は人間だ。……ブレンサムが情に絆されるのも……、まあ理解はできるか)

 

 口に出さないが、実際の所、グレンはホワイトを連れて逃げ出したブレンサムに一定の同情を示していた。少なくとも顔色一つ変えずに、に少女の見た目をした生物を解剖する連中よりはずっと親近感を覚える。

 

 

「ようやく、人間相手への実験を始められそうだったのに、ブレンサムさんのせいでずっと先延ばしになろそうですよ。スポンサーの方々に早く目に見える成果を出せと、突っつかれているのに……。ほとほと困り果ててます」

 

「災難だったな」

 

 適当にグレンは相槌を打つが、それに気を良くしたのかハリンドはうんうんと大きく頷いた。

 

「本当ですよ!まさかブレンサムさんがこんなバカな真似をするなんて!培養したホワイトの細胞も全部だめになってしまいましたし、そもそも研究所がこんな様子ではモルモットを運ぶところではありませんよ!」

「そーかい」

 

 グレンは『レイドモンド研究所』がやがて研究を人間相手にも行う予定であり、身寄りのない子供たちを研究所に秘密裏に運び込む計画を立てている事を、ハリンド自身から聞かされていた。

 

 幾度もの動物実験を経た後、驚異的な再生能力を持つホワイトの細胞を人体に移植する目途が漸く立ったらしい。とはいえ、連れてこられた子供たちの殆どはきっと二度と研究所の外に出る事は叶わないだろうとも、ハリンドは言っていた。人類の発展に犠牲はつきものだと、ハリンドは真っすぐな瞳で宣言できる人間だ。

 

 ちなみに研究が新たな段階に進み、人体実験の様相を今にも呈しそうな事実を、ブレンサムは全く知らない。ハリンドはブレンサムにも嬉々として、その事を伝えようとしたのだが、それはグレンが止めた。碌な結果が想像できなかったからだ。

 

 結局、人体実験の計画を知る前にブレンサムはホワイトを連れ出して逃げ出したわけだが、もしブレンサムがそれを知っていれば、彼は研究所を破壊するだけではなく、ハリンドを殺害しようと企てた事だろう。

 

 色素の薄い金髪の癖毛を指で弄りながら、ハリンドは言う。

 

「とりあえず、私の部屋にでも行きましょう。こんな状況ですが紅茶くらいは出しますよ」

 

 

 ◆

 

 

 グレンとしては早く現状に確認をしたかったが、雇い主の意見に態々口を挟んで気を悪くさせるのも馬鹿らしかった。何より、ハリンドが紅茶を飲む余裕があるということは、事態はそう切迫している訳ではないのだろう。

 

 所長室に入ると、グレンの鼻孔を強烈な紅茶の香りが満たした。

 

 所長室は四角形の部屋だ。

 出入り口とは別に小さな扉が設置されており、そこはハリンドの寝室に繋がっている。彼はこの『レイドモンド研究所』に住みながら実験をしていた。

 

 部屋には見上げるほどに巨大な本棚が2つ設置され、そこには色あせて背表紙からタイトルが読めないような古い本が、びっしりと並べられていた。もっとも、そんなハリンド自慢の本棚は両方は倒れ、歴史的に価値のありそうな蔵書たちは、乱雑に床に転がっていたのだが。

 

 空き巣が入った直後でもこうはならないだろう。

 まるで地震や台風が過ぎ去った後のようだ。

 

「直撃ではなかったんですけどね。……やはり大きく揺れてしまって、御覧の有様ですよ」

 

 部屋の奥では紅茶の缶が倒れ、茶葉が散らばっているのが見えた。

 匂いの原因はアレだろう。

 

「すいませんね。忙しくてまだ片付けできてないんですよ。…………、寝室の方に無事だったティーセットと茶葉があったはずです。すぐにでも淹れて来るので、そこのソファにでも座って待ってて下さい」

 

 床にばら撒かれた書類の間を縫うように移動しながら、ハリンドは部屋の奥に消えていった。

 

 グレンはソファに腰を下ろしながら、なんともなしに足の一番近くに落ちていた本を手に取った。タイトルは日に焼けてしまって読めない。

 

 中身をぺらぺらと捲ってみる。

 古い言語で書かれているが、読めないことはない。

 

 歴史書のようだった。

 他の本も手に取ってみる。

 

 全て歴史やそれに類する資料だった。

 

「……意外だな」

「ああ、趣味なんですよ」

 

 ティーセットとお茶菓子を載せた盆を持ってテーブルに帰ってきたハリンドが、グレンの呟きに応じた。

 

「ふうん。……魔王と勇者についての本が多いな」

「ええ。1000年前、勇者・魔王時代について主に研究してます。……特に魔王に関する研究については本職の歴史家にも負けないと自負していますよ」

 

 2つのティーカップに紅茶を注ぎ、片方をグレンに差し出しながら、ハリンドは言う。 

 

「魔王、か。国に余りいい顔はされないだろうな」

「ええ。ですが、こんな公には存在しない研究所で働いてるんです。今更ですよ」

「はっ。確かに」

 

 その通りだと、グレンは頷く。

 グレンはテーブルに本を置いた。

 代わりティーカップを持って、紅茶を口に運ぶ。

 

「意外と多いんですよ。魔王が君臨した次代の歴史の裏側を知ろうと考える研究者は。……魔法研究の答えは未来ではなく過去に落ちている事も多いんです。何せ、魔法は年代を経るごとに数を減らし、劣化をしていますから」

「有名な話だな」

「ええ。まあ血を他者に移すという形態をとる以上、仕方のない事でしょう。今こうしている間にも、魔法は数を減らし続け、また現存するそれらも劣化し続けている」

 

 

 魔法は魔石に『魔法式』を移し、それを飲みこむ事によって、継承される。しかし、『魔法式』はそのたびに、劣化し続けていた。まるでビデオテープをダビングするたびに、画質が低下していくように。

 

 また、特定の一族や組織だけに秘伝されていた魔法は、その継承が上手くいかなかった時点で完全に消失する。現存する魔法はすべては、魔王が生み出したと言われてるが、『魔法式』の解読も進んでいない以上、人類が新たな魔法を生み出す事はできない。魔法は数が減ることがあっても、増える事は決してない。

 

「……『祝福(スキル)』持ちの『神子』であるグレンさんには、関係ない話かもしれませんが」

「そんなことはねえよ。俺はこれでも、一応魔法使いのつもりだぜ。戦いのときに切れる手札は多い方が良いからな。……………ああ、それに、俺が通ってるオールズホール学園でも教師が嘆いてたな。過去の戦禍で失われた魔法の数は数えきれないってな。特に王族は門外不出の魔法を隠し持ってることが多いから」

「ええ、人類の喪失ですよ」

 

 ハリンドはため息を吐いた。

 そして、カップの紅茶をぐっとあおって中身を飲み干す。

 ハリンドの少年のように大きな瞳が細められ、唇がぐっと引き締められる。

 

「さてと……、そろそろ仕事の話をしましょうか」

「ああ、頼む」

「研究所の爆破に伴って乱れ切っていた指揮系統もある程度は回復しました。グレンさんが船での逃走を防ぎ、時間を稼いでくれたお陰です」

 

 グレンは小さく首を振った。

 

「……いや、俺は結局あいつを逃がしちまった」

「自分を卑下なさらないでください!貴方は特別な存在なのですから。……相手はあの『炎獄』です。彼もまた飛竜を単独で討伐した天才。また、経験だけなら貴方を上回っているでしょう」

「……それは言い訳にはならなねえよ」

 

 そもそも、グレンは一度ブレンサムに勝利したのだ。

 しかし、そこで止めを刺さず、結果として不意打ちを許した。友人であるローランに全力を出すのを、躊躇しホワイトを回収するのを失敗した。

 

 すべてはグレン・ディスライトの甘さのせいだ。

 それを自覚して、グレンは唇を強く噛みしめた。

 

「まだ、彼らはこの『ラケンハイル』内にいるでしょう。問題は彼らをどうやって見つけるか…………、ということですが」

「研究所の職員だけじゃとても足りないな。『レイドモンド研究所』の職員は精々数十人くらいだろ。おまけに殆どが非戦闘員で荒事には向いてねえ。だからこそ、俺やブレンサムを雇ったんだろうけど」

 

 グレンの指摘にハリンドはにっこりと笑って答えた。

 

「ええ。ですのでラケンハイルの衛兵を借りています。流石に大規模な捜索部隊までは結成できませんでしたが、都市の城門や港は既に押さえ、ラケンハイルからの逃走はほぼ防いだと言ってもいいでしょう。また、感知系の魔法を使える者を何人か借ります」

「………へえ。凄いな」

 

 グレンの喉から思わず称賛の声が漏れた。

 

「ラケンハイルを統治している貴族は、私たちのスポンサーの一人です。……ラケンハイルの衛兵は、この事件に関わらない。何があっても、見て見ぬ振りをする。そういう約束を取り付けました。なので後始末なんぞ考えず、遠慮なく戦ってくれて構いません」

 

「それはありがたい」

 

「ああ、それと。………ホワイトを逃がそうとしている輩はブレンサムさんだけ………、ですか?」

 

 思わず。

 グレンは生唾を飲み込んだ。

 

『ならば捨てろ。余計なものは。それらの情は強さには不要な物じゃ』

 

 己を拾い育てた女性の言葉が、脳内で繰り返し反芻される。

 

「グレンさん…………、どうかされました?」

「………、なんでも、ねえよ」

 

 グレンは一度目を瞑った。

 ゆっくりと瞼を開けて、なるべく平坦な声色で言葉を紡ぐ。

 

「いや、別にもう一人いる。……協力者というより巻き込まれただけの一般人らしいがな」

「ほう。お名前は?」

「ローラン・レインダース」

 

 ピシリ、と。

 

 その名を口にした瞬間、己の中で何かがひび割れる音が響いた気がした。

 この1年間の平穏との決別の瞬間だった。その引き金を自分で引いたことをグレンは認識した。

 

 

「……どこかで聞いた名前ですね」

 

 ハリンドは眉を顰めながら言う。

 

「貴族だからじゃないか?」

「いや、そうではなく……。おかしいですね。何か特異な才がある者なら、すぐに思い出せるんですが……。今回は、上手くいかない。………ですが、これといって特徴のない人間を僕が覚えているとも思えないし……」

 

 顎に手を当てて、ハリンドは唸る。

 

「ああ!思い出した。世にも珍しい魔力のない無能者の名前がそんな感じだった気がします。なるほどマイナス方面に特異な才能を持ってましたか。上手く思い出せないわけだ!」

 

 

 ハリンドは人間が好きだ。

 正確には才能あふれる人間が好きだ。

 

 そして、彼はそれ以外の凡夫は、どうなっても構わないと考えている種類の人間だった。

 

「王国内の著名な魔法使いの名前は全員言えるくせに。……そんなに普通の人間が嫌いか?」

 

 グレンの指摘にハリンドは肩をすくめた。

 

「別に、僕は平凡な人間を嫌悪している訳ではありませんよ。ただ興味がなく価値もないと思ってるだけです。……その生にも、その死にもね。……だから、実験材料もちゃんと選別してます。皆これといって才のない人間たちですよ。元々価値のない命ならば、せめて有効に活用しなきゃ損でしょう?」

 

 ハリンドはテーブルの端に纏めてあった書類をトントンと叩いた。

 そこには後日、研究所に運び込まれる予定だった子供たちの情報が記載されていた。

 

 反射的に顔を顰めてしまいそうになるのを、グレンは我慢した。

 

 そんな内心を知ってか知らずか、ハリンドは新しい紅茶をカップに注ぎながら言う。

 

「できればブレンサムさんは、殺さずにお願いします。才能ある人が死ぬのは悲しいですから。……ローラン君、でしたか?彼についてはお好きにどうぞ。彼は確かに特異な存在ですが、僕の興味の対象とは少し趣が異なりますので」

 

 紅茶を一口含み、カップをゆっくりと置く。

 そして、目を細め一瞬考えるような仕草をとって、付け加えた。

 

 

「いえ、やっぱり殺しておいて下さい。……目撃者は処分して方がいいでしょうし」

 

 グレンは、ひび割れた自身の中の『何か』が、崩れていくような気がした。

 

「………………」

「おや、どうしました?ああ、紅茶が空ですか。どうぞ、遠慮せずお飲みください。お茶菓子もありますよ!」

 

 薄暗い照明のせいで、まるで血のようにも見えるる液体がカップに注がれた。

 グレンは視線を落とし、それを見つめた。カップを満たす液体の水面にはグレンの顔が映っていた。

 

 髪を伸ばした少女のような顔つき。

 2つの鋭い相貌がこちらを睨みつけていた。

 

 グレンは、視線を元に戻した。

 にこにこと笑顔を浮かべるハリンドの顔がそこにあった。

 

「……………、分かったよ。………『ティルファング傭兵団』は金さえ積めば、どんな仕事だってやり遂げる」

 

 呟き、そして注がれたばかりの紅茶を一気に飲み干す。

 それは灼熱の如き熱さで、グレンの喉を焼いたが、それでもグレンはカップを離さなかった。

 その液体は今まで口に含んだ何よりも苦く感じられたが、それでもグレンは飲みほした。

 

 




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