魔王は1000年後の未来に転生しました。   作:かり~む

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10話:戦い続ける貴方

 懺悔のようなブレンサムの独白を聞き終わったローランは、ややあって言った。

 

「…………、僕もホワイトを助けたい。貴方と同じ気持ちです」

「……ありがとう。………本当にありがとう」

 

 それに対して、ブレンサムは目を細めて、唇を開いた。

 

「だけど、それは駄目だ」

「……それは、僕は足手纏いだからですか?確かに、僕は魔力の持たない無能者ですが……」

「そうじゃない。………そうじゃないんだ。そこまで付き合わせる理由がないと言っているんだよ。……分かっているのかい?これから始まるのは逃亡生活だ。恐らく海路での逃走は、もう無理だろう。陸路で国内を抜けることになる。確かに不老不死の研究は、公にはならず秘密裏に行われているよ。……だけど、王国内の貴族が何人もあの貴族に出資している。彼らは、ホワイトを何としても捕らえようと考えるだろう……!」

 

 ブレンサムは早口でまくしたてた。

 その声と表情から、ローランは目の前のこの男が、心の底から自身の安否と将来を心配している事を理解した。

 

「君の気持はありがたいよ。だけど……、やはり君を連れていく訳のは無理だよ」

「……分かりました」

 

 仕方がなくローランは頷いた。

 それにほっとしたような顔をブレンサムは浮かべ、椅子から立ち上がった。

 

「………、私は少し外の様子を見てくる。ここでホワイトと待っていてくれ。私以外が来ても決して開けてはならないよ」

 

 そう言うと、ブレンサムは隠れ家から出て行った。

 

 

 

 それを廊下で見送った後、ローランはため息を吐いた。

 あの様子では、ブレンサムは自分がこの街を出る事を決して認めはしないだろう。

 もしかしたら、間接的な手伝いすらも認めない可能性もある。

 

「どうしたもんかね」

 

(今更ながら、魔力と『祝福』の全てを失ったのが悔やまれるな)

 

 全盛期の力を見せれば、きっとブレンサムも快くローランが協力することに同意してくれただろう。

 最悪研究所を、いや研究のスポンサーとなっている貴族たちを脅して研究を辞めさせることだって、できた筈だ。

 

 しかし、今のローランは魔法も使えない無能者でしかない。

 これではブレンサムがローランの身を心配するのも、仕方がない事だろう。

 

(ないものねだりをしても仕方がない、か。今の自分にできる事を考えよう)

 

 そう自分を納得させ、ローランは踵を返す。

 そして、彼は首を傾げた。

 

「……ホワイト?」

 

 純白の少女がリビングの扉に身体の半分を隠すような恰好をして、廊下に立つ自分を見つめていた。微動だにせず、じっとローランを見てくるその姿は、不気味ですらある。

 

「……ホワイトさん。その行動には一体何の意味が?」

 

 言いながらローランはホワイトに近づく。

 すると、彼女は目にもとまらぬ速度でローランから距離をとった。

 

「……………………嫌われちゃったかな?」

 

 ブレンサムとの会話で自分はホワイトを見捨てたと誤解されたのかもしれない。

 そうローランは考え、まずはその誤解を解こうとする。

 

「さっきブレンサムさんに言ったことはーーーー」

「違う。そうじゃない」

 

 囁くような小さな声だった。

 

「?」

 

 ローランは思わず眉を顰めた。

 今の言葉だけで、ホワイトの内面を察せと言うのは無茶が過ぎるだろう。

 

「…………その、私は理解している。……モンスターは人を襲う。私はモンスター。だから……、あなたは私を恐れている筈」

「なんだい、それ?」

 

 余りには馬鹿馬鹿しい考えに、ローランは思わず苦笑しかけて、そこでホワイトの表情を見て、笑うのを止めた。

 

 彼女は本気で心配し、恐れていたのだ。

 ローランに怖がられることを。

 

 代わりにローランはホワイトの黄金の瞳をじっと見つめて、薄く笑う。

 

「別に、怖がらないよ」

「………………本当に?」

 

 黄金の瞳は不安げに揺れていた。

 

「本当さ。……君が研究所でブレンサムさん以外の人から、どんな扱いを受けてどんな言葉を受け取ったのかは知らないけどね。………少なくとも僕は君をモンスターとは思えないしーーーー」

 

 そこまで言って、ローランは口を開けたまま、僅かに固まった。

 もっと適切な表現がある気がしたのだ。

 

「いや、少し違うな。………僕は、君が何であっても関係ない。………君は君という、誰でもない存在だ。モンスターでも、人であっても、僕は君の味方だよ」

「………どうして?どうして、ローランもブレンサムも私のために?」

 

 ホワイトの疑問にローランは答えず、ただ肩をすくめた。

 

 ブレンサムが戦う理由は贖罪の為だ。

 そして、ローランはそれをホワイトに教えようとは思えなかった。

 それはブレンサム自身の口から、いつか少女に話すべきことだ。

 

 そして。

 

 ローランは自分自身がホワイトの為に戦おうとする明確な理由を言える気がしなかった。

 

 ただ、目の前の少女が理不尽な運命に翻弄される。

 そんなことは間違っている。

 

 それだけは理解できたし、それこそが重要だった。

 

 何も言わないローランからホワイトは目を離し、やがてソファに倒れる様に座り込んだ。そして、うつ向きがちに言う。

 

「ローラン。………私は…世界に出ない方が良かったのかな?」

「………どうして……、そんなことを思うんだい?」

「私が世界に出たせいで、ブレンサムもローランも傷ついた。私が世界を見たいと思わなければ、きっとそうはならなかった。…………ローランはどう思う?」

「そう、だね。……君はどう思った?世界を見て、何を感じた?」

 

 ローランの言葉にホワイトは瞑目した。

 瞼の裏にはきっと、彼女の見た世界の景色が映っているのだろう。

 

「それは……」

 

 ホワイトは唇の端を僅かに上げた。

 それは笑みだった。

 

「……すごくすごく楽しかった……!」

 

 純白の少女の人生は3年前から始まった。

 あらゆる色が排除された真っ白な世界の中で、彼女はただ生きてきた。

 何度も何度も殺されながら生きてきた。

 

 しかし、果たしてそれは『生きる』と言えるのだろうか。

 

 それは否だ。

 そんなものを人生と宣うふざけた輩がいるならば、ローラン・レインダースが全員殴り飛ばす。

 

 

「初めて道路を歩いた。初めてパンを食べた。初めて家を見た。初めて青い空を見た。初めて星と月を見た。初めて夕焼けの海をみた」

 

 ホワイトという少女の人生は、昨日漸く始まったばかりなのだ。

 白に塗れた彼女の景色は、やっと色づいたのだ。

 

「世界は奇麗だった。世界は色彩に満ちていた」

 

 それを奪わせてはならない。

 もう彼女は純白の部屋の戻してはならない。

 

「君はどう思う。どうしたいと願ってる?研究所に戻りたいかい?」

 

 だから少年は少女に尋ねる。

 

「あそこは……白しかない。暗くて狭くて……、痛い」

 

 そして。

 

「もう、戻りたくない」

 

 

 少女は確かに己の願いを口にした。

 それだけで少年の覚悟は決まった。

 

 世界は奇麗なだけではないだろう。

 鮮やかなだけでは無いだろう。

 

 彼女の過ごした研究所も世界の確かな一部なのかもしれない。

 

 残酷で無機質で悲劇に溢れていて、世界の片隅には確かなそんな場所が存在する。

 或いは、それこそが世界なのかもしれないけど。

 

 だけど。

 それでも。

 

 ローラン・レインダースはそんな世界を認めはしない。

 

 

(そんな世界はーーーー)

 

 そんな決意を心の内に秘めながら。

 ローランは廊下を見て、ぎょっと目を見開いた。

 白いドレスを纏ったレイスの姿を、そこに見たからだ。

 

 ホワイトはそんなローランを見て不思議そうな顔をする。

 

「ローラン?」

「ごめんよ。ちょっとトイレに行ってくる」

 

 そう言ってローランは早足にリビングを出て行った。

 

 

 

「クラウディア?」

 

 リビングにいるホワイトに聞こえないように、小声でローランはその影の名前を呟いた。

 

 返事はない。

 気のせいだったのか、と首を傾げるが念のため、他の部屋のドアを開けて中の様子を確かめてみる。しかし、どの部屋にもクラウディアの姿はなかった。

 

 やはり見間違いかとため息を吐きながら、ローランは最後の部屋のドアを開ける。

 

 そこに。

 

 真っ白なドレスを纏った14歳ほどの少女が窓を背にして立っていた。

 

 金糸のように輝く髪の隙間から、青い瞳が覗く。

 目を凝らせば、彼女の身体が薄く透けているのが確認できた。陽光をせいにしているというのに、影はない。それは彼女が人の理から外れた存在であるという証明でもあった。

 

 地上をさ迷う死した勇者は、ローランが部屋に入ってきたのを見ると、にこりと笑った。

 

「やあ、どうもどうも」

「君、学園から動けたの?」

「はは。別に動けないとは言ってないよー」

 

 クラウディア殊更に声を張り上げて言う。

 

「いやあ、それにしても流石ですなあ!宿敵は!」

「何、いきなり?……というか、お前。いつから見てんだい?」

「感心してるんですよ。まさか、モンスターまで落すとは!このすけこましめぇ!死んでもそこはなおってないなぁ!」

 

 クラウディアはローランに近づいて、肘でぐりぐりと彼の胸を押す。

 とはいっても、クラウディアに実体はないため、彼女の肘はローランの胸を通り抜けるだけなのだが。

 

「…………そんなんじゃないよ。別に」

「じゃあ、宿敵はホワイトちゃんに惚れちゃったとか?いやー、美人さんだもんねえホワイトちゃん!」

「ホワイトちゃん?……はあ。それも違うさ。別にそんな理由で人を助けたりしないよ、僕は。…………というか何かテンション高いね、今日は」

 

 呆れたように、ローランは言う。

 

 そんな彼の言葉を聞き終わると、クラウディアはぐっと背伸びして、ローランの顔に自分の顔を近づけた。クラウディアの顔を至近で覗き込む形になる。

 

 

 ローランが首を少し下に落とせば、唇が触れ合うような距離。

 そこで、数秒の沈黙があった。

 

「……………なに?」

 

 ローランは囁くように言った。

 声が上ずっていないか心配だった。

 

「そうだね。宿敵はずっとそう………」

 

 泣き笑いのような、そんな表情をクラウディアはしていた。

 その理由がローランには全く分からなかった。

 

 

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