隠れ家に予め用意しておいたフード付きのコートで顔を覆いながら、ブレンサムは街を歩く。
ここまでで、数人の研究所の職員とすれ違ったが、気づかれた様子はない。
街の衛兵を使った大規模な捜索隊は、組織されていないようだ。
ただ、城壁付近の衛兵の動きは慌ただしいかった。恐らく敵はホワイトを街から出さないことに力を尽くしているのだろう。
(これならば、やりようはある……か)
ブレンサムの脳裏に幾つかの計画が浮かんだ。
事前に話を通しておいた、後ろ暗い生業をしている者に依頼し、馬車の荷に紛れて街を出る。
或いは包囲網が解かれるまで、街に息をひそめて残り続ける。
(とはいえ、前者も後者もリスクはある。………最悪、街を囲む城壁の複数個所を同時に破壊して、その混乱に紛れて街を出ればいいが……)
ブレンサムの『炎獄』は目視数キロメートルまでを、自在に爆破できる強力な『
高い丘か建物にでも登れば、城壁を目視できる。
魔力を出し惜しみさえしなければ、城壁の複数地点の爆破も何とか可能だろう。
(……ただ、周囲の住民や衛兵の被害が心配だな)
そこまで思考して、ブレンサムはふと自嘲するように笑った。
(………今更被害を心配するか。……ふん。自分の偽善者ぶりにほとほと嫌気がさすな。ローラン君も私の至らなさで、巻き込んでしまったというのに)
そんなブレンサムの思考の隙間に入り込む様に、
「----よお、ブレンサムさん。意外に元気そうだな。………腹の傷の調子はどうだ?」
その声は投げかけられた。
「ッッ!」
気づけば周囲からは人が消えていた。
人払いの魔法。
それは、はるか昔に継承が途絶え、公的には存在しないことになっている。
しかし、実際は、闇の生業をする者たちの間で細々と受け継がれていた。
グレンが属する『ティルファング傭兵団』もそんな人払いの魔法を、所有する組織の一つである。
グレンも当然のその『魔法式』を己の血に刻んでいた。
「悪いけど、こっちには感知系の魔法使いがいるんだ。隠れても無駄だぜ?」
「ッッ……!」
思わず舌打ちしながら、ブレンサムは渋々路地から出てくる。
グレン・ディスライトは30メートルほど離れた地点にぽつんと立っていた。
魔法使いの姿は見えない。
ブレンサムにやられないように、何処に隠れているのだろう。
ブレンサムはグレンを鋭く睨みつける。
対するグレンは薄く笑い、その視線を躱した。
好戦的な笑みではなかった。
いっそ穏やかともいえる雰囲気を纏いながら、グレンはブレンサムに語りかける。
「認めるよ。正直な所、アンタの境遇には同情するし、アンタの戦おう理由も全く理解できないわけじゃない」
「だったら何故私の前に立ちふさがる?」
「仕事だからな。……それに、俺なんぞを拾ってくれたボスには、一応これでも感謝してるんだ。なるべく親孝行してやりたい。……でも、やっぱりそういうのは二の次だな」
徐々に。
「俺は強くなる。決して折れない鋼の意志と、鉄の刃。それを俺は戦いの果てに、得て見せる。だから戦う。なあ、ブレンサム。………アンタは強いよ。ああ、だけどなぁ」
グレンの浮かべる笑みの質が変化していく。
深窓の令嬢のような、憂いを帯びたような顔に悪童のような笑みが形成されていく。
「----俺の方が、強いツ!!」
グレンは『錬鉄』の『
それと同時に、ブレンサムも己の『
パチパチと、グレンの身体を真っ赤な火花が包む。
一瞬の後。
グレンの身体は獄炎の炎に包まれた。
轟音が街中に響き渡る。
衝撃波がブレンサムの身体を叩く。
そして。
黒色の煙を突き破るようにして、銀色の騎士が現れた。
これこそがグレン・ディスライトの全力。
『錬鉄』の『
ブレンサムは自身に一直線に向かってくるグレンを冷徹な目で見つめ、再び爆破する。
「俺は強くなる!アンタよりも!誰よりも!」
この世界で一番強い人間というのは。
つまり、全てを自由に選択できる人間だ。
「二度と失わないように!」
グレンの足元が炎に包まれる。
しかし、その場所に既にグレンはいなかった。
「………悪いけど、それはもう食らわねえよ。アンタの『
爆破箇所には直前に必ず赤い火花が立ち昇る。
確かな攻撃の予兆をグレンに教えてくれる。
何よりも。
ブレンサムが対象を目視することで、『炎獄』の爆破は始まる。
つまり、それは。
逆に言えば。
「----目で追えなきゃ何の意味もないってことさ」
グレンが駆けた足跡を追うように、火柱が立ち昇る。
それらを置き去りにしながら、グレンは大地を駆けていた。
明らかにブレンサムの『炎獄』は、グレンの速度についていけていなかった。
30メートルほど空いていた距離が、数舜のうちに消え去る。
「遅すぎる」
(速い……!速すぎる……ッッ!鎧を着こんでいるというのに何という速度だ……!?)
もはや、ブレンサムと紅蓮の間の距離はほんの僅か。
「くッッ!?」
ブレンサムは自身の前面を爆破させる。
グレンを目で捉えたのでない。
予め、そこを爆破すると前もって決めていたのだ。
企みは成功し、グレンは自分から爆破に飛び込むような形になった。至近距離だったため、ブレンサム自分も爆破に巻き込まれ、後方に向かって無様に地面を転がったが仕方がない。
(……これで再びグレンとは距離が取れた筈。あの速度を何とかしない限り、一時しのぎにかならないが、これで思考の時間は何とか確保できた)
ブレンサムはそう思ったが。
「なに……ッッ!?」
グレンは空中に逃れていた。
最高速度に乗った状態から、真上への跳躍。
鈍重なフルアーマーの鎧を着た状態で、行えるような挙動ではなかった。
「その動き!?まさかッ!?鎧自体を動かしているのかッッ!?」
「正解」
言うと同時に、グレンが腕を斜めに振った。
銀の棘が高速で射出され、ブレンサムの肩に突き刺さる。
「がはぁっ!?」
それでもなおブレンサムは敵を見据え続ける。
『
しかし。
そこにはもう銀の騎士の姿はなかった。
「----じゃあな、ブレンサム・ハーウェイ」
背後から聞こえた声と共に、鮮血が舞った。
(ホワイト……、ローラン君。……逃げ)
最後の思考は言葉にもならなず、ブレンサムの意識は暗闇に沈んでいった。
◆
ふいに扉が開かれた。
ローランは咄嗟にその方向に身体を向ける。
そこにはホワイトが立っていた。
「ローラン。………誰かと話してたの?」
「いや………」
クラウディアの事をどう説明しようかと思案を巡らせるが、その時には既に彼女の姿はどこにもなかった。最初から誰もいなかったように。
「……………何でもないよ。今戻る」
そう言いながら足を踏む出した、その瞬間。
「まずいよ、宿敵。ここから逃げて」
耳元でクラウディアは囁く声が聞こえた。
「ホワイトッッ!」
ローランはホワイトを抱きかかえながら、部屋から脱出する。
間髪入れず。
数えきれないほどの岩の弾丸が、先ほどまでローランたちがいた部屋を襲う。
壁を突き破り、カーテンを引き裂き、窓ガラスと粉々にしながら、止む事の無い岩石の嵐は、部屋を無茶苦茶に破壊していく。
数秒もたたないうちに、部屋は消え去り、瓦礫の山と化した。
その山を踏みしめて、歩く男がいた。
生き物のように流動的に蠢く銀の甲冑を纏った、騎士。
ヘルメットの隙間から覗く、刃のように輝くその眼をローランは良く知っていた。
「グレン………」
「よーーーお。ローラン。諦めろ、とは言わねえよ。…………全力で足掻け。それを俺は断ち切るだけだ」