魔王は1000年後の未来に転生しました。   作:かり~む

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12話:理由もない彼ら

 大陸南部の地方都市、『パンデオン』。

 そこは、貧困と犯罪が花のように咲き乱れる暗黒の都だった。

 

 元は何の変哲もない港町だったそうだが、いつしか世界有数の麻薬の産出地となっていた。原料である植物の栽培に適した温暖な気候や、国の中枢から離れ目の届きにくい立地の結果だろう。

 

 また、数十年ほど前に、近隣に気象の荒い巨大なドラゴンが現れ、街や村を幾つも焼き尽くしたことも関係があるだろう。難民が大量に発生し、職と住居を求めて『パンデオン』にどっと押し寄せたのだ。街の治安はそれによって大幅に悪化した。当然職や家には限りがあるため、難民の多くは乞食のような生活を余儀なくされた。

 

 当時のパンデオンの有力たちはそんな行き場のない難民たちを使って、密造酒や麻薬の製造に着手したのだった。いつしか、街の有力者は貴族を凌ぐほどの財を手に入れ、気づいた時には国もうかつには『パンデオン』に手が出せない状況ができていた。こうして大陸随一の犯罪都市は完成したのである。

 

 そんな『パンデオン』の地下街。

 暗黒の都の更なる底。

 生者も死人も家畜もたいして変わらない生活を送る、陽すらも禄に射さない世界の最底辺。

 

 そこで、グレン・ディスライトは幼年期を過ごした。

 たった一人の肉親である姉と共に。

 

 2人の両親が、何処で何をしているは分からない。

 とうに死んでしまっているのかもしれないが、その生死すらグレンは知らなかった。物心着いた時には、彼は姉と2人、その街で暮らしていた。姉に聞けば、その疑問はきっと解消されたのだろうが、その質問を姉に投げかける事は今となっては、不可能だった。

 

 陽すらも射さないその場所において姉は、グレンの光だった。唯一の希望だった。

 

 優しい人だった。

 美しい人だった。

 

 弱い自分を、いつだって守ってくれる人だった。

 だから、幼いグレンはそれを良しとはしなかった。

 

『俺だって姉ちゃんを守りたい!俺は男だ!いつまでも姉ちゃんに守られてるだけじゃ、駄目だと思うんだ!』

『…………貴方はまだ、子供じゃない。それに弟を守るのは、姉の役目よ?』

『うーーー!!』

『…………納得できてない様子ね。そうね。じゃあこうしましょう?今は私が貴方を守るわ。だけど、貴方がいつか大きくなったって、強くなったら。……その時は、貴方が私を守ってね?』

『うん!約束だ!誰よりも強くなって、姉ちゃんを俺が守ってやるぜ!その日を首を洗って待ってろよ!姉ちゃん!』

『なんだか言葉の使い方が間違ってるけど。ふふ。ええ、その日を楽しみに待ってるわ、グレン』 

 

 

 だから、少年は力を求めた。

 愛する人を守れるように。

 大切な何かを失わないように。

 

 だけど、少年の光は奪われた。

 無遠慮で、無軌道な、残酷な運命がそこにあった。

 姉と弟の貧しくも、しかし穏やかな、ある種満たされた日常はある日突然壊された。

 

『グレン!こっちに!』

 

 姉の囁くような、しかし鬼気迫る迫真の言葉に急かされて、グレンは床下に逃げ込んだ。グレンたちが暮らす家は、床の板の建付けが悪く、一部分を外せば、その下に潜り込むことができた。

 

 『パンデオン』を抜け出し、別の土地で人生をやり直す。

 姉とグレンはその日を夢見て、毎日毎日少しずつお金をためていた。

 

 しかし、そんな姉弟のささやかな夢を、横からかっさらおうと企む下卑た盗人たちが、彼らの家にやってきた。相手は複数の大柄な男たち。女子供ではとても太刀打ちできない。だから、グレンの姉は今まで必死に貯めてきた財産を大切な弟と共に床下に隠した。

 

 グレンはそこで息を殺して震えていた。

 震えたまま、全てを見ていた。

 

 隠し場所を決して言わない姉に痺れを切らした男たちがナイフを取り出す姿を。

 手元が狂ったナイフに姉が刺される光景を。

 

 姉の身体はグレンが潜む箇所の丁度真上に倒れこんだ。

 

 全てを、彼は見ていた。

 床下に姉の血液がしみこんで、グレンの頬に落ちてきても。

 

 いつまでも彼はそこで震えていた。

 

 それから、少し経った後。

 グレンは『錬鉄』の『祝福(スキル)』に目覚めた。

 

 

 ーーーー何もかもが、遅かった。

 

 それでも、グレンは空っぽの身体に憎しみの炎をくべて、前に歩き出す。姉の敵に報いを与えるため。光を奪った男たちを奈落の底に突き落とすために。

 

 なのに。

 姉を殺した敵は、チンピラ同士のつまらない諍いで仲良く死んでいた。復讐相手はグレンが手を下す前に勝手に居なくなっていた。

 

 力を求める理由は失われた。

 力を向ける相手もいなくなった。

 ただ、残骸のように力だけが残った。

 

 そして、グレンは無軌道に力を振るうようになる。パンデオンの地下には鬼の子が住む。そんな噂は、街の外まで聞こえるようになる。

 

 やがて、仕事で『パンデオン』を訪れた『テュルファング傭兵団』団長に、養子として引き取られることになる。養母に彼は問うた。

 

『どうしてだ、どうしてだ?どうして姉ちゃんは死ななきゃならなかったんだ?』

『………それはお主が弱いからじゃ。弱い者は奪われ続けるだけじゃ』

『それは、婆さんも?アンタ程強くても駄目なのか?』

『ああ。失ってばかりの人生じゃよ』

『…………だったら、俺は強くなる。誰よりも強くなる』

 

 最強になりさえすれば。

 

 そうすれば、きっと何も失わずに済むはずだ。

 誰からも、奪われずにすむはずだ。

 

 そして、グレン・ディスライトは再起する。

 しかし、それは迷走だった。空の身体に無理やり執着を流し込んだだけだった。

 

 なぜなら、彼の大切だったものは只一つ、姉だけなのだから。

 それだけが、少年の光だったのだから。

 

 だからこそ。何も持っていない少年は、もう何も奪われずに済むはずだ。

 強くなる理由なんてない筈だ。最強を目指す必要なんてない筈だ。

 

 それでも、グレンは戦い続ける。

 敵を倒し、己が相手より強い事を証明し続ける。

 

 これが、グレン・ディスライトの半生。

 振るわれるべき理由も意味も失った、ただ研ぎ澄まされただけの銀の刃の人生だった。

 

 

 

 黒髪の少年と銀色の騎士の影が瓦礫の上で交差する。

 ローランは右手にグレンが破壊した家の残骸である木の杭を持っていた。

 グレンが右手から生やした銀の剣に比べれば、明らかに粗末な武器だが、その先端は鋭利に尖っており、人体にまともに刺されば、重傷を与えるだろう。それを振るって、ローランはグレンと相対する。

 

「……ッ!お前、昨日よりも強くなってやがるなッ……!」

 

 グレンの繰り出した横なぎを頭を下げてローランは回避する。

 

「動きのキレが違う……!」

 

 銀の甲冑の内側から、憎々し気なくぐもった声が聞こえる。

 ローランはそれに反応せず、というより反応する余裕もなく、眼球をぎょろぎょろと動かしながら、グレンの動きを油断なく見据える。その黒色の瞳を見て、グレンは内心で舌打ちした。

 

(こうしてる間にも一秒ごとに動きが良くなっている。……いや、戻ってる!?……どうなってやがんだ、こいつは!)

 

 グレンは剣をローランに向かって突き出す。切っ先の先に、確かな殺意を載せて。しかし、その殺意に呼応するようにローランの動きのキレは一段と早くなった。

 

 それは才能と経験。

 両方を併せ持った者だけができる動きだった。

 

「お前、貴族のボンボンじゃなかったのか!?どこで、これほどまでの力を身に着けやがった……!?」

 

 ローラン・レインダースは15年前、王国辺境の男爵家の嫡男として産まれた。

 

 この世界はここ数十年、大きな戦禍には包まれていない。

 モンスターの被害は各所であるものの、男爵家の屋敷にまでモンスターが侵入することがあるわけもない。

 

 よって、ローランは戦争も知らずモンスターに出会う事もなく、牧歌的なのどかな土地で健やかに育った。

 

 つまり。

 

 ローランは産まれてからの15年間、ずっと戦いの第一戦から離れていたのだ。

 

 経験はレントンたちのような苛めっ子との喧嘩程度。

 それしたって、基本的には逃げる事に主眼を置いていたし、レントンもローランの命を本気で奪おうとはしなかった。実際に貴族の嫡男を殺したとあれば、彼らだって大いに困り果てるだろう。

 

 長い穏やかな生活の中でローランの牙はゆっくりと抜かれていた。

 魔王時代の頃の記憶が、癖が、勘が、技量が、少しずつ消えていく。

 ローラン・レインダースに上書きされていく。

 それをローランは知覚していた。

 

 しかし。

 昨晩。

 

 自身の敵に値する相手と、15年ぶりにローランは相まみえた。

 グレン・ディスライトとの戦いによって、眠っていた彼の魔王としての過去は、確かに堀り起こされた。

 

 今はまだ、微睡みの中で眠気眼を擦っているだけだろうが、一秒ごとに魔王は目覚める。

 グレンが本気の敵意と殺意を浴びせる度に、徐々に、ローランは過去の技量と感を取り戻していく。

 

 そして。

 

 数えきれないほどの剣閃を躱し切った先に、ついにローランはグレンの隙を見つけた。

 

 気の杭の切っ先を、ローランはグレンの顔面に向かって突き出す。

 

 狙いはフルフェイスのマスクの隙間。

 視界を確保するための、僅かな隙間。

 

 

 グレンの鎧はブレンサムの『炎獄』ですら防ぎきる。

 鎧越しに、まともな攻撃は通らないだろう。

 

 ローランが、漸く掴んだチャンスだった。

 

 

 本来なら血しぶきが舞ったはず。

 

 しかし、結果は木の棒の方が、半ばから折れただけだった。

 バキリ、乾いた音が響き、折れた杭の先が瓦礫の丘を転がっていく。

 

 銀の鎧を纏ったグレンは全くの無傷。

 彼は鎧を一瞬の間に形状変化させ、マスクの隙間を消し去っていた。

 

「…………流石に、冷汗が流れたぜ。あと少し鎧の形態を変化させるのが間に合わなかったら、間違いなく死んでたよ」

「………ッ!」

 

 ローランは思わず歯を食いしばる。

 

 グレンは、剣を大降りに振った。

 ローランは咄嗟に後方に跳躍する。そのまま瓦礫の丘から滑り落ち、必然的にローランとグレンの間には距離が開かれた。

 

 グレンは依然として、丘の上に立ったまま。

 

「体術では僅かにお前が上だよ。認めよう、ローラン。………だから俺はこうする」

 

 ーーーーまずい。

 

 ローランがそう思考した次の瞬間、グレンの身体を『魔法式』が覆う。

 

「《ロックショット》」

 

 雨のように岩の礫が上段から飛来する。

 

 事前に『魔法式』を見ていたため、魔法が飛んでくるルートは分かる。

 

 しかし、グレンは岩の弾丸の中に、己の『祝福』でつくった鉄の矢を紛れ込ませていた。

 

 魔法は避けれても、『祝福』での攻撃は避けれない。

 それでもローランは身体を捻り、矢の直撃だけは回避する。

 

 その次の瞬間。

 ローランの眼前にグレンがいた。

 

 

(早いッ!)

 

 グレンは剣を斜めに振るう。

 ローランの肩から胸にかけてが切り裂かれ、真っ赤な血が地面を汚した。

 

 黒髪の少年は呆けたように目を見開いて、その後、膝から崩れ落ちた。

 

「ローランッッ!?」

 

 背後で事の成り行きを見守っていたホワイトが悲鳴を上げる。

 しかし、ローランはピクリとも動かず、返事を返さなかった。

 真っ赤な粘性の水たまりが、仰向けに倒れたローランの胸元を中心に、ゆっくりと広がっていく。

 

「さて、回収だ」

 

 

 グレンは真っ赤な水たまりを踏み抜き、一秒ごとに躯へと変わっていくかつての友人の横を通りすぎる。最早ローランを見ることすらしなかった。

 

 今後、グレンがくだらない感傷で刃が鈍ることは決してないだろう。

 弱い心を粉々に打ち砕いて、グレンはまた強くなる。

 最強への階段を、また一段駆けあがる。

 

「抵抗はやめろ。ブレンサムもさっき処理した。お前を助けようなんて考える奴は、もう何処にもいない」

「………そんな」

 

 信じられないとでもいうようにホワイトは首を横に振る。

 この様子なら、大した抵抗はせずに確保できそうだな、とグレンは内心で思った。

 

「さあ、俺と一緒に来てもらうぜ。『不死女王』」

「……………ローラン、もうやめて」

 

 ホワイトの眼はグレンを見ていなかった。

 その背後を捉えていた。

 

「…………………あ?」

 

 ゆっくりと、壊れたゼンマイ仕掛けの人形のような動作で、グレンは背後を振り返る。

 そこには血だらけのローランが立っていた。

 

 相手は魔法も使えない無能者だ。

 おまけに今にも死にそうな虫の息。

 

 だというのに。

 

 グレンの全身の細胞が殺気立つ。

 冷汗で背筋がびっしょりになる。

 

 グレンはまるで、伝説の中に存在する魔王と相対しているような、そんな重圧を感じていた。

 

 そして、黒色の瞳がグレンを射抜いた。

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