魔王は1000年後の未来に転生しました。   作:かり~む

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14話:灰色の人生

 目を覚ますと、見慣れた天井がそこにあった。

 学生寮の自室。必要最低限度の物しかない殺風景な部屋だった。

 

 部屋は暗い。カーテンの隙間からは黄色の月光が漏れていた。

 もうとっくに陽は落ちているようだった。

 

 ローランは重い身体に力を込めて上体を起こす。

 横を見ると、純白のドレスを纏った14歳程の少女が立っていた。

 

「………クラウディア?」

「やあ、宿敵。……一応、あいつ等約束は守ったみたいだね」

 

 何のことだと、聞き返そうするローランだが口に出す直前で思い至る。確かホワイトは自分が研究所に戻ることで、ローランの命を助けようとしたのではなかったか。

 

 グレンに切られた筈の肩口を手で触るも、そこには傷一つなかった。随分と腕のいい魔法使いが治療したのだろう。

 

「なんでその事を……って見てたのかい?」

「うん」

「手助けしてくれても良かったのに」

「うーん。幽霊風情に期待されても困るよ。この世界は今を生きてる人たちのためにある」

「それを言うなら僕だって死人だよ。僕の人生はとうの昔に終わっていた筈なんだから」

 

 だからこそ、いま生きている人間の為に命を使う事に微塵の躊躇もない。

 

 ローランはベッドからの立ち上がる。

 くらりと意識が一瞬明滅した。明らかに血が足りていない。

 身体は休息を要求していた。

 この2日の間に2度も死にかけたのだ。

 当然の話だった。

 

 それを冷ややかな視線で見つめながら、クラウディアは尋ねた。

 

「何をする気?」

「決まっている。ホワイトを助けに行くんだよ」

「場所はわかるの?」

「心当たりは幾つかあるよ。……それに、ブレンサムさんは一昨日ホワイトを研究所を連れ出した。その時には、きっと『炎獄』の『祝福(スキル)』を使ったはずだ。長年磨いてきた信用できる力をね」

 

 だけど、とローランは続ける。

 クラウディアに向けて喋りながら、彼自身も情報を整理していた。

 

「彼の『祝福』は目立つ。見た目もそうだし、何より爆発に際して大きな音があたりに響く。だっていうのに、僕はそれらしき轟音を聞いていないだよ。………という事は、まず間違いなく研究所には存在を隠蔽する何らかの魔法が使われているんだろう。そして、僕は『魔法式』が読める。人気のない怪しい地点を中心に探せば、いつかは見つけられる筈だよ」

「宿敵が行ったところで何の役に立つの?」

「役に立つかどうかは問題じゃないさ。僕はね。こんな現実が認められないから、行くんだよ。戦うんだよ。いつだってそうさ」

 

 勝算のある戦いなんて殆どなかった。

 

 ローランはおぼつかない足取りで、しかし確か一歩ずつ進んでいく。それは断頭台へ向けての死の歩みにも等しい。それをローランも理解している。だけど、止まることはできなかった。馬鹿だなと、自分でも思う。馬鹿は死ななきゃ、治らないと言うが、自分の『コレ』は結局死んでも治らなかった。それが何となく面白くて、ローランは苦笑した。

 

 クラウディアは悲痛な面持ちで睨むようにローランを見てくる。

 自身の愚かさに呆れてるんだろうなとローランは判断した。

 

 自分はもうこの部屋に帰ってこれないかもしれない。

 この学園に戻れないかもしれない。

 

 なによりも、自分を裏切り殺した少女。

 敵対し、憎みぬいて、誰よりも憧れた多くの人を救った勇者に、二度と会えないかもしれない。そう思うと、こんな言葉が口をついて出ていた。

 

「----、ねえ。クラウディア。僕はどうして君に殺されたんだい?」

 

 

 

 グレンはレイドモンド研究所の廊下で一人壁に背中を預けて立っていた。

 その瞳は真っ白な天井に向けられているが、その実どこも見てはいなかった。

 己の内側にだけ向けられていた。

 

 考えるのは、これまでの己の半生、そして友人であった筈の黒髪黒目の少年についてだ。

 

(丸一日は目が覚めないだろうな。いや、タフなアイツのことだ。もう起きてるのかもしれない)

 

 できれば、彼が馬鹿な行動をしないようにグレンは祈る。

 常人とはどこか違う独特な雰囲気を纏った男だとは思っていたが、まさかあそこまで狂った人間だとは思わなかった。

 

 思えば、自分はローランの事を何も知らなかったのだな、と自嘲する。

 そして、自分も彼に何も語っていなかったことに思い至り、更に笑った。

 乾いた虚しい笑みだった。

 

 ローランは戦った。

 力なくとも、理由すらあやふやでも、それでも戦った。

 

 それを羨ましいと思う。

 半面、己を情けないと思う。

 

 自分は姉が殺されたあの日、床の下で震えるだけだった。

 あの日グレンが選べなかった、あるとすら思わなかった選択肢をローランは迷いなく選んでいる。

 

『………今からでも遅くないんじゃないか?』

 

 脳内でローランの言葉が反芻される。

 が、グレンは首を振った。

 

 もう遅い。

 グレンは既に道を選んだあとだ。

 最強へ続く、孤独な一本道。それをグレンは走り抜けると決めたのだ。

 

 なのに、何故だろう。

 グレンの気分は晴れなかった。

 

 ブレンサムを下した。

 ローランを下した。

 

 友を斬り捨て、甘さを捨てて、グレンはまた一段と強くなったはずだ。

 

 

 なのに、彼の気分は全く晴れない。

 一欠けらたりとも嬉しくない。

 

 ずっとずっと、永遠に彼の心は曇ったままだった。

 

 いつからだろうか。

 決まっている。

 

 

 -----姉が死んだ日からだ。

 

 

 最強となった自分を想像する。

 心は変わらず淀んだままだ。

 

 ならばと、ホワイトを救った自分を想像する。

 それでも、心は変わらず淀んだままだ。

 

 

「-----------、はっ」

 

 泣き笑いのような、嘲笑のような、掠れた笑みをグレンを浮かべる。 

 

 ずっとずっと、そうではないかと思っていた。

 長年の疑問が晴れる瞬間は呆気なかった。ここにきてグレンは漸く確信を得た。

 

「ああ。……全部、どうでもいいってことか」

 

 グレンは自分の真実に行き着いた。

 結局、彼は満たされないのだ。

 

 最強の座を手にしても。

 誰かを救っても。

 

 だって、グレンは最愛の姉を救うために強くなろうとしたのだから。

 それだけが、彼の全てだったのだから。

 

 最強になろうと思った。

 それすらも、空白の身体に無理やり埋め込んだ偽りの目標だった。

 だって、そうしなければ耐えられなかったから。

 生きていけなかったから。

 

 人生には目標が必要だ。

 生きる糧が必要だ。

 

 だけど、グレンのそれはもう二度と手に入らない。

 それでも人生は無慈悲なまでに続いていく。それなんともありがたく、残酷な話だった。

 

 グレン・ディスライトは満たされない。

 この先、何か偉業を成し遂げても、結婚して子供を授かっても、あらゆる人々に悼まれながら人生を全うしても、命が尽きる最後の瞬間まで、心の真ん中に穴があいたような寂寥感を味わって生きるのだ。神は何て優しいのだろうか。

 

「結局、満たされないのなら、最強にこだわる理由もない、か。……ああ、それなら」

 

 だったら。

 

「せめて、誰かの為に戦おうか」

 

 グレンの脳内に、とある景色が反芻される。

 それは一年前、グレンとローランが出会った日の夕焼けだった。

 

『大丈夫か、アンタ。酷いツラだぜ』

『………平気だよ。見た目ほど傷は深くない。あいつら意外と限度を知ってるんだ』

『セコいだけだろ。……なあ。魔力を持たない世にも珍しい奴がこの学園にいるって噂だけど、もしかしてアンタ?』

『ああ、そうだよ』

『つまんない理由で人を嬲る奴がいるんだな。……待ってろ、俺がシメてきてやる』

『いいよ、目的は果たした。……今回は僕がアイツらに突っかかったんだ』

『?』

『これだよ』

『ネックレス?随分と旧い品だな』

『クラスメイトの大切な品物なんだ。なんでも、お婆さんの形見らしい』

『……それを取り返すために、戦ったのか?』

『うん』

『……お前、名前は?』

『ローラン。ローラン・レインダース。見ない顔だね。君は?』 

『俺はグレン・ディスライト。転入してきたばっかだからな。知らないのはしょうがねえ。なんつーか、お前とは仲良くやれそうだよ、ローラン』

『奇遇だね、僕もだよ』

 

 最初にあったあの日から、誰かの為に戦えるあの傷だらけの姿に憧れた。

 だからこそ、友達になりたいと思った。

 

 あの傷らだけの姿に、今度は自分がなる番だ。

 

 

 ブレンサム・ハーウェイは四肢の自由を鎖で封じられた上、『祝福』対策に目隠しをされた状態で研究所の牢屋に繋がれていた。ご丁寧に猿轡までかまされている。本来はホワイトの細胞を移植され、拒否反応を起こした、若しくは逆にホワイトの細胞に則られ怪物と化した生物たちを隔離・観察するための区画である。

 

 『炎獄』の祝福は目視数キロメートルを自在に爆破する強力な力だ。中距離以上の戦闘で、ブレンサム・ハーウェイの右に出るものは大陸全土でも、数える程度しかいないだろう。しかし、その爆破を目視に頼るという特性上、視界を塞がれれば何もできないという大きな弱点があった。

 

 目が覚めてからどれ程の時間が流れたのかも分からない。自分を監視する人間が何人か配置されているようだが、その者たちはブレンサムに一切反応を示さなかった。そのように指示されているのだろう。

 

 

(状況はどうなっている。……ホワイトは、ローラン君は無事なのか!?)

 

 一分一秒ごとに焦りだけが募っていく。

 だが、ふいに、人間大の重さの物体が床に転がる音が聞こえてきた。

 ついで、自分が繋がれた牢屋に向かって歩いてくる人間の足音。

 

「俺たちは似てるな。ブレンサムさん」

 

「……ッッ!!」

 

 それは自分を倒し、ここに繋いだ男の声だった。

 猿轡をかまされた状態では満足な反応もとることができず、うめき声のようなくぐもった音が口元から零れるだけだった。

 

「俺たちの守りたいものはきっと別にあったんだ。…………アンタは妹、俺は姉」

 

 その声は悲しい色をしていた。

 

「きっと、俺たちの人生にもう意味なんかない。永遠に満たされることのない灰色の日々が無限に続いてくだけさ。虚しいなぁ」

 

 ああ、だから、と少年は笑った。

 ふいに視界が光に包まれた。ブレンサムの目隠しが、外されたのだ。

 

「好きにやろうぜ。周りなんて知ったこっちゃねえ。少しでも後悔しねえ人生を送ろうじぇねえか」

 

「君は………」

 

「----さあ、ホワイトを助けにいこうぜ」

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