魔王は1000年後の未来に転生しました。   作:かり~む

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17話:そして魔王は世界を壊す

「で、どう?自分の死んだ理由とか、私の人生とか所業とか聞いてみて。怒った?軽蔑した?」

 

 ローランは左右に首を振った。

 

「いや、自分の無力さを恥じるだけ、だね。お前に辛い選択をさせてしまった。ありがとう、話してくれて。……色々と知れてよかった。じゃあ、僕は行くよ。ホワイトを助けに」

 

 ローランは踵を返す。

 ドアノブに手をかける

 

 自分の死の理由を知った。

 この世界の理を知った。

 だからといって、自分のやるべきは変わらない。

 

「-----そっか」

 

 ローランがドアを開くとそこには壁があった。

 凍えるような風が背中をたたき、ローランは咄嗟に振り返る。

 

 

「………え?」

 

 紫紺色の照明に照らされた広大なドーム状の空間の端に、ローランは移動していた。

 空間の中心には、直径100メートルほどの巨大な穴が穿たれている。穴の底は見えず、内側から外に向かって身を切るような冷たい風が吹いている。

 

 

「ここは?」

「ラケンハイルの地下1000メートルだよ」

 

 ラーランの疑問にクラウディアの声は答える。が、その姿は何処に見当たらなかった。

 

 

「この街の地下にこんな場所があったのか。……ん、アレは」

 

 

 穴の中央に、脈打つ『何か』が浮かんでいた。

 

 黒色のそれは拳大ほどの大きさで心臓のようにも見える。半透明の黒色の魔力が覆っていた。

 

 それが何かローランはすぐに分かった。

  

 『魔力袋』。

 

 この世界の全ての人間が生まれながらにしてその身に宿す、魔力を貯蔵する器官。これがあるからこそ人々は魔法や『祝福(スキル)』を使用できる。

 

 本来なら可視化できない器官だが、それを言うならこうして単体で存在できるものではない。

 

 誰かが意図的に人体から切除したりしなければ。

 

「やっぱり。君が持っていたんだね。僕の『魔力袋』。いや、そもそも。僕を蘇らせたのも、君かい?」

 

 クラウディアの返事はなかった。

 

 

 暗に肯定したも同じだった。

 

 具体体にどんな手段を使ったのかは分からない。

 死んだ人間を生き返らせるなんて魔法の始祖であるローランであっても、簡単にはできそうにない。

 

 しかし、ローランがこうして現代に蘇ったという事は、クラウディアは実際にその難行を遂げたのだろう。

 

 1000年の時を超えて。

 

 そして。

 

 ローランは奈落に足を踏み入れた。

 

 底に落下することはなかった。

 透明なガラス版のような何かが形成されて、足場となる。

 

 ゆっくりと、ローランは奈落の中央に歩み寄る。

 

 そして、『魔力袋』をそっと手に取った。

 パチパチと火花のように黒色の魔力が周囲に飛び散る。

 

 ローランの背に女性の声が投げかけられる。

 

 

「ここに連れてきてなんだけど、それをとるのはお勧めしないな。それをとったが最後、宿敵は戻れなくなる」

 

 それは鈴のような声色ではなく、成人した女性の声。

 ローランは背後を一瞥する。

 

 

 20歳前後の長身の女性がそこに立っていた。

 稀代の美人であることは間違いない。しかし、彼女はとうの昔に擦り切れていた。

 

 色素の薄い金髪は結えられる事もなく太ももまで伸ばし放題だ。

 前髪も禄に切られておらず、鼻先までに掛かっていた。

 髪の隙間からは、隈に覆われた血走った碧眼が覗いている。

 真っ白なドレスは誰かの血で真っ赤に穢されていた。

 

 

 それこそが、良いところの箱入りお嬢様のような純白のドレスを纏った仮初の少女の姿ではなく1000年前のローランと出会った『狂聖女』の姿。

 

 クラウディアがそこにいた。

 

 生身の時の姿だというのに、今の方がよっぽど幽霊らしい。

 だけど、ローランはその姿を奇麗だと思った。

 自分と形は違えど、誰かの為に奔走するクラウディアの姿に彼は憧れていたのだ。

 

 

「まあ、私が言うことじゃないとは理解しているよ。でも、さ。宿敵がそんなに頑張れなくていいじゃない。田舎に帰りなよ。……そこで、かわいいお嫁さんでも貰ってさ。のんびり過ごして当たり前のように歳をとって、そうして死ねばいいじゃない。わざわざ、面倒な道を選ばなくてもいいじゃない」

 

「……なんでだろうね。僕も馬鹿だなとは思う。正直な所、今でもさ。逃げてしまおうかって考えが頭を掠めてるんだ」

 

「ならどうして……!」

 

「お前がいるからだよ、クラウディア」

 

 優しい声色で、諭すようにローランは言った。

 

 

「お前は自分を貫き通した。死ぬまで、いや、死んでからも誰かを救い続けた。だから。僕もお前に続く。『勇者』であるお前に並び立てるような『魔王』であり続ける。死ぬまで、いいや、死んでからも」

 

 ローランの言葉にクラウディアは愕然とした表情をつくる。

 そして、片手を顔にあてて呟いた。

 

「馬鹿だなぁ」

 

 泣いているような。

 

「……本当に、馬鹿だなぁ」

 

 笑っているような。

 ローランには判別がつかなかった。

 

 

「お前はどうしてこんなことを?……どうして僕を生き返らせて、その後に『魔力袋』を奪ったんだい?そこが僕には分からない」

 

「色々と理由はある、よ。……でも一番は、宿敵に幸せになって欲しかったから、かな。命の価値は平等だよ。だけど、平等な価値持つ命の中で、宿敵だけが私の例外だった。……だから、貴方を生き返らせて、力を奪って、最後に優しい心を持つ夫婦の元へ送り出した。前みたいな道を宿敵が決して選ばないように。うん、きっと私は『貴方』にこそ、救われて欲しかったんだ」

 

 クラウディアの言葉にローランは目をぱちぱちと見開いた。

 そして可笑しそうに小さく笑う。

 

「僕はね。もう、とっくに救われてるんだよ」

 

 ローランは『魔力袋』を胸に押し当てた。

 それは何の抵抗も見せずにローランの身体に吸い込まれていく。

 

 その光景を見て。

 クラウディアは唇を動かした。

 

 最早誰も口にすることもなくなった、歴史書の何処にも記されていない、ローランのかつての名前を。

 

 

「いってらっしゃい。XXXXXX」

 

 涙を流しながら、嘗ての敵の復活を祝福する。

 

 そして。

 

 闇よりも濃い漆黒の魔力がラケンハイルの地下を満たした。

 

 

 

 鎧を纏った騎士が駆ける。

 剣を振るう。

 

 その度に異形の巨人の肉体は破壊され、その直後に再生を始める。世界の監視を宿命づけられた『不死女王』の細胞は安易な死を許さない。

 

「おおおおおおおお!」

 

 グレンは叫びながら、右手に数メートルもの巨大な剣を形成する。

 それを横なぎに振るい、巨人を3体纏めて屠る。

 

 荒い息を吐きながら、グレンはその地面に倒れた肉塊を注意深く睨んだ。

 ボコボコと斬られた断面が泡立つように音を立てるが、最後には静かになりうんともすんとも言わなくなった。今度こそ巨人はその活動を永遠に停止し、只の屍に還ったのだ。

 

「はあ、はあ。20回以上殺してやっと終わりかよ!!そっちはどうだ、ブレンサムさん!!」

 

 背後で戦っている筈の相棒に声をかける。

 爆発音がひっきりなしに聞こえているという事は、まだ彼もやられてはいないのだろう。

 

「ああ!こっちも今片付いた!」

 

 ブレンサムは額の血を拭いながら応えた。

 グレンは、逃げる事もせずその場でグレンとブレンサムの奮闘を見守っていたハリンドに剣を突き付ける。

 

「さあ、観念しろよ、ハリンド。ハリンド。龍を復活させるだがなんだが知らないがな」

 

「ホワイトを返して貰おう!」

 

 ブレンサムが吠えた。

 

「ぐ、う……。身体が……!」

 

 ホワイトは床に蹲って苦悶の声をあげていた。

 戦闘が始まるとすぐにホワイトの首輪が妖しく光り、彼女の自由を奪ったのだ。恐らく逃亡を防ぐためにハリンドが、『首輪』の機能を使ったのだろう。

 

「ふはっ。ははははっ!流石ですねえ!本当にィ!」

 

 ハリンドは両手を天に掲げ星を仰ぐ。

 天井はとうになくなっている。異形の巨人と『神子』2人の戦いは『レイドモンド研究所』を廃墟に変えていた。他の職員はとっくに逃げ出していた。

 

 

「しかし私は終わりはしません!やっとここまできたのです。不老不死を夢見た愚かな貴族たちから資金を巻き上げ、ホワイトを研究して、漸く私はここまで来た……!後すこし。あと少しホワイトの『首輪』を調整すれば、それで『シャガナル』は目覚める!」

 

「はっ。させるかよ」

 

「さあ、来なさい。私が直に相手をして差し上げましょう!」

 

「あん?」

 

 グレンは目を細めた。

 ハリンドはとても戦える人間には思えなかったからだ。

 

 しかし。

 

 

「『雷帝』」

 

 雷が瞬いた。その閃光でグレンの思考は一瞬空白になり、動きが止まる。

 

「『氷結』」

 

 その隙に地面から生成された氷が足に纏りつき、身体の自由を奪う。

 

「『筋力増強』」

 

 気づけば肉薄していたハリンドに鎧の上からでもその打撃を通された。明らかにその細腕で放っていい威力ではない。先日食らったブレンサムの『炎獄』を遥かに超える威力。

 

「『攻撃複製』」

 

 それは一撃ではなかった。

 ハリンドが拳を放った次の瞬間、まるでその攻撃が複製されたかのように、全く同じ威力の衝撃が四方八方からグレンに襲い掛かる。

 

「が、はああああッ!?」

 

 グレンは口から血を吐いて、銀の鎧を鮮血で染めながら地面に崩れ落ちる。意識を失う事だけは気合で耐えたが。が、心中で喝を入れても身体はぴくりとも反応してくれない。

 

「勝てますかね?私の99の『祝福(スキル)』とーーーーー」

 

 ハリンドは足元に蹲るグレンに止めを刺さず、子供のようにな笑みを浮かべてブレンサムを見た。

 

 基本的に『祝福』は1人につき一つだけ与えられると考えられている。

 少なくとも、グレンとブレンサムの常識はそうだった。

 

 

 しかし。

 

 どんな時代、どんな世界においても異端は産まれる。

 只人の普遍と思われていた価値観を破壊し、新たな理を世界に埋める個人は確かにいるのだ。

 かつて、魔王が『魔法式』を生み出し、超常の力を万人の道具にした様に。

 

 

「私が新たに編み出したこの『魔法式』に!!」

 

 光が瞬いた。

 ハリンドの身体を『魔法式』が覆う。

 

 それが何の魔法かブレンサムには分からなかった。

 いや、この世界の誰にだって分かりっこないだろう。

 

 例え魔法の始祖たるローラン・レインダースにさえも。

 それはハリンド・レイドモンドが自力で創造した『魔法式』。

 

 勝敗なんて子供にだって分かり切っていた。

 

 後にあったのは。

 

 

 ただの蹂躙だった。

 

 

 

 

 床に転がるグレンとブレンサムを見てハリンドは言う。

 

「まあ、こんなところでしょうか。それなりには楽しめました」

 

「こんな力を隠していやがったのか。何者だ、テメェ……」

 

「只の天才ですよ。それに私程度なんて、きっと世界にはいくらでもいます。いる筈です。グレンさんだってその気になれば、すぐ私に追いつけるでしょう」

 

 

 苦笑しながらハリンドは肩を竦めた。

 この程度の力は大した事は無いと言いたげだ。

 

 血だらけで地面に斃れる2人をみてホワイトが呟く。

 

「ブレンサム。グレン?……どう、して」

 

 何故ブレンサムがまた助けに来たのか。

 何故そこにグレンまでいるのか。

 

 いや、そもそも。

 

 何故2人は傷ついているのか。

 

 

「私が、世界に出たことがいけなかった、のか?」

 

「ふむ。それもあるでしょう。しかし、世界とは元来人に優しいものではありませんよ。いつだって残酷で、人間を弄ぶ。……まあ、私に『ここ』は少し物足りませんが、それでもーーーー」

 

 

 ハリンドは片手を手を広げた。

 その先に広がっていたのはホワイトから見た世界だった。

 

 己を救いに来た男2人は血を流しボロボロの状態で這いつくばっている。

 ーーーー自分がいなければこんなことにはならなかった。

 

 人としての姿を失った数メートルもの巨人たち。『不死女王』の細胞によって、命の尊厳すらも奪われた哀れな者たち。

 ーーーー自分がいなければこんなことにはならなかった。

 

 

 ホワイトは世界を知った。

 

 

 世界(ちしき)を知った。

 

 世界(やさしさ)を知った。

 

 世界(いかり)を知った。

 

 

 

 そして、世界(ひげき)を知った。

 

 

「世界には悲劇が満ちている。ここが世界だ。これこそが世界だ」

 

 ハリンドは項垂れるホワイトの首元に手を伸ばす。

 『首輪』には僅かに亀裂が入っていた。この『首輪』はホワイトの記憶と力を封じ、かつ『シャガナル』を目覚めさせる鍵ともなる装置だ。この程度の皹で今すぐにどうこうなる訳でもないが、なるべき早くに直さなければならないないだろう。

 

 不老不死を隠れ蓑にした研究でホワイトの身体の秘密と『シャガナル』を呼び出すシステムは、ほぼ明らかになっている。

 

 あと、少し。

 あと少しで世界は変わる。

 

 きっと、輝かしい夜明けがやってくる。

 

 そんな未来を夢想して。 

 ハリンドが顔を喜色に歪めると。

 

 

 

 

 ーーーーー『それ』はハリンドの傍らに立っていた。

 ホワイトの首に伸ばすハリンドの手を掴み、ギリギリと締め上げていた。

 

 

「ッッッッ!!!!!!!」

 

 

 ハリンドは全力で自分を腕を掴み上げる手を振りほどくと、何の躊躇も見せずホワイトごと『それ』に攻撃を加える。

 

 

 赤、青、黄、白、緑、と数えきれない色が織りなす極彩色のそれは『祝福(スキル)』の行使の結果だった。個人に向けるには余りに過剰で容赦のない、圧倒的質量と速度の攻撃。

 

 

 人体なんて塵一つ残らない。

 後にあるのは、死の後に再生を開始したホワイトの姿だけ。

 

 そんなハリンドの予想は、裏切られる。

 

「《ダークネス・シルト》」

 

 翼のように巨大な『魔法式』が瞬くと、闇色の巨大な盾が現れた。吸い込まれるように、ハリンドの攻撃は盾の中に消えていく。数秒後、暗黒の盾が空気に溶けるように霧散した。

 

 『それ』は無傷だった。

 傍らのホワイトにも傷一つついていない。

 

 

 『それ』はまだ、少年だった。

 

 黒色の瞳に黒色の髪。

 これといって特徴の無い平凡な顔立ち。

 

「貴方は、ローラン・レイン、ダース」

 

 まるで影を纏うかのように、ローランの周りには黒色の闇が漂っている。

 余りに濃密な魔力が身体から噴き出ているのだとハリンドは分かった。

 

 それは死を背負っているようだった。

 

「世界は悲劇に満ちている、か。そうかい。だったら」

 

 

 ローランの瞳がハリンドに向けられる。

 そこに明確な闘志をたたえて。

 

 

 

 1000年の時を超え。

 

 かくして、魔王は復活した。

 

 魔族の王。

 魔道の王。

 

 運命に翻弄される歴史の影に消えゆく者たちを救う、弱者の王。

 

 

「----そんな世界(ひげき)は僕が壊そう」

 

 

 世界を壊せ。

 悲劇を壊せ。

 

 

 その後に。

 

 幸福な世界(ハッピーエンド)を創ってみせろ。

 

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