影のような魔力を纏う、ローランの姿を見てグレンは呆然と声を出した。
どうして、魔力を持たない筈のローランがこれほどまでの魔力を持っているのか。
「ローラン、お前…」
ローランは地面に斃れるグレンを見て、にっこりと笑った。
「やあ、グレン。加勢は必要かい?」
グレンの脳裏に数日前の記憶が蘇る。
まだ、グレンとローランがた只の友人だった頃に交わした何ともない会話。学校が始める前の早朝、苛めっ子達に校舎裏に連行されるローランを見てグレンはこんな台詞を口にしたのだった。
『よーお、ローラン。加勢は必要か?』
『あぁ、是非ともお願いしたいな』
『任せとけ』
あれからローランとグレンの関係性は大きく変わってしまった。
少なくとも、グレンはそう思っている。
「あ、ああ。ああ……!是非ともお願いしたいな、ローラン」
「任せなよ」
だというのに。
ローランはこの男は、まだ自分を友人として扱ってくれるのか。
そして自分は。
友人が加勢に来てくれたというのに、いつまで倒れているつもりなのか。
「お、おおおおおお!」
筋肉が悲鳴を上げ、骨は軋んで音を立てる。足りない分は気力で補い、グレンは立ち上がる。
その一連の光景を見て、ブレンサムも再起した。この戦い、ホワイトを巡る攻防は自分が最初に始めたものだ、だというのに、今自分は少年2人に全てを任せて意識を手放そうとしている。
そんな情けない終わり方をブレンサムは認められなかった。
「私だって、まだ戦えるぞ……!」
ハリンドは実に愉快そうに笑った。
「はははははは!いいですねぇ!実にいい!」
ハリンドの身体を数多の『魔法式』が覆う。
ボコボコォ、と音を立てて地面が揺らいだ。
数秒もたたないうちに、20メートルほどの巨大な瓦礫の人形が生み出される。
ゴーレムは自分の身体の感触を確かめるように両手足を微細に動かした。魔法に並行して何らかの『神子』の力も使ったのだろう、3人の誰も見たことがない生物的な動きをするゴーレムだった。
「本当に申し訳ないのですが、あなた方2人はそのゴーレムの相手をお願いしますよ。今は彼に集中したい」
ハリンドの身体の周りに『魔法式』が舞う。
瞬間、ローランも『魔法式』を瞬かせた。
「【フォトン・シャイネン】」
「《ダークネス・ネビュラ》」
一瞬の空白の後。
莫大な数の爆発と光が2人の間で延々と交差する。
ローランがその場に足止めを食らっている間に、ゴーレムがホワイトを連れ去ろうとするが、ゴーレムの右足の腱をグレンが切り裂き、横腹をブレンサムが爆破することで、それを防ぐ。ゴーレムは一瞬動きが止まるが、直後何事もなかったかのように、再び動き出した。
人体なら致命傷だが、命なき瓦礫の人形ならば関係ない。
身体が欠片となるまで戦い続ける事ができる。
「グレン!ブレンサムさん!ゴーレムの相手と、ホワイトを任せていいですか!?」
「ああ、任せとけ!」
「それくらい私にだってできるさ!」
「その間に、僕はあいつを仕留めます!《アース・ライズ》」
ローランの魔法で、ハリンドの足元の地面が隆起する。
「おや…?」
見上げる位置に立ったハリンドに向かって、ローランは風の大砲を撃ちだした。
「《ワインド・カノン》!!」
圧縮された空気の弾丸が、ハリンドを上空へと吹き飛ばす。
とはいえ、ダメージ自体はたいして与えられていないだろう。ローランは《ワインド・ウォーカー》を使用して、ハリンドを追いかけようとする。
ローランの身体が風の力でふわりと浮き上がった。
ホワイトが心配げに声を出す。
「ローラン……」
「大丈夫。行ってくるよ」
優しく笑い、ローランは空に昇った。
◆
ラケンハイルの街並みが小さく感じられるほどの高度で、ローランとハリンドは向かい合っていた。当然のようにハリンドも《ワインド・ウォーカー》を習得していた。風系統の魔法の最高難易度に種別されるが、この程度ハリンドにとっては何の自慢にもならない。
「素直に吹き飛ばされてくれて、感謝するよ」
「いいえ、お気に為さらず。私も貴方と一対一で戦ってみたかった」
そして。
星空を背にして、縦横無尽に2人は駆ける。
花火のように、星空に更なる星座を付け加えるように、魔法が飛び交う。
「《フレイム・フェンリル》」
それは時には、灼熱の涎を滴らせる炎の餓狼であり。
「《アクア・シャークス》」
時には、鋭い牙持つ水でできた鮫たちの大群だった。
「《ワインド・ブレイド》」
「《サンダー・アックス》」
数十秒の間に百を超える魔法が飛び交い、夜を彩る。
それを生み出す2つの影は、何度も何度も、激突を重ねる。
ハリンドは嬉しそうだった。
いつも笑みを浮かべている男だが、今は過去最大級のはちきれんばかりの笑みを浮かべていた。
「ははははははは!やりますねェ!では、これはどうです!?【フォトン・シャイネン】!」
魔法式が瞬いたと思うと、幾百もの球状の閃光がローランを襲う。
ローランは憎々し気に対処した。
「っ!《ダークネス・ネビュラ》!」
不定形の、雲のような暗黒の塊が高速でローランの周りを飛び交い、迫る閃光を飲み込んでいく。
しかし、完全には威力を殺せず、一撃を肩に貰った。
かすった程度ではあるが、この戦闘でローランに初めてできた傷である。
「その『魔法式』…」
「ははは!分かりますか!そうです!私が新たに言語から、造ったのですよ!貴方を真似て!まあ、一部貴方の『魔法式』を流用してはいますが。ふふ。こちらの魔法では適切な対処が分からないでしょう!?」
この1000年新たな魔法は生み出されていない。
魔法の要である、『魔法式』の解読が進んでいないからだ。
その常識をハリンド・レイドモンドは打ち破った。
魔法式の全てを解読し新たな魔法を生み出す、どころの話ではない。
彼はその先、『魔法式』そのものを想像した。
それは、ハリンドがかつてのローランに追いついたという証明だった。
「ああ、分かりますよ。分かりますとも!貴方は本物だ!私が憧れた魔王だ!どうしてこの現代に復活したのか、どうして今の今まで魔力を失っていたのか!そんな事は今はどうでもいい!今こうして貴方は私を止めに来た!それで十分だ!【フィアンマ・ファルシオン】!」
喜悦に顔を歪ませながら、ハリンドは独自の『魔法式』で生み出した炎の剣を数百ほど周囲に並べる。それを一気にローランに向かって射出した。
それをローランは水の壁で防御する。
『魔法式』を解読することで、相手の魔法に対して適切な処置を事前にできるという、ローランの優位性は完全に失われた。……この高速戦闘の中では殆どあってないようなアドバンテージだったのだが。
そして。
炎、雷、氷、多種多様の攻撃がローランを襲う。
それに『魔法式』は見当たらなかった。
「君は一体いくつの『
「ははは!100個です!嘘です!見栄を張りました!99個しかありませんよ!」
「ふざけてるね!」
言いながら飛来してくる『神子』の力を見据えて、ローランは片手を掲げた。
何も持っていない腕を、迷いなく振り下ろす。
その手には、魔剣でも握られているかのように。
直後、無限の斬撃がローランの前面に発生し、飛来する攻撃を全てを撃ち落とした。
ローランの手には一本の剣が握られていた。
装飾もない柄には布を巻いただけの武骨な剣だ。
しかし、それは『魔剣』であった。
使用者の斬撃を吸い取った魔力に応じて複製する、そんな効果を持った『魔剣』であった。
ローランは手を掲げ、振り下ろす僅かな動作の間に幾百もの魔法を使い『魔剣』を精製したのだ。
「素晴らしい!貴方は最高だ!」
ハリンドは手を叩いて、ローランの魔法を喝采した。