魔王は1000年後の未来に転生しました。   作:かり~む

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19話:勇者v.s.魔王

「聞いていいかい?」

 

 激突の最中、言葉を交わす。

 散歩中に、旧友に出会って少しだけ会話するかのように。

 

「ええどうぞ!遠慮なくどうぞ!」

 

「どうして『シャガナル』を復活させようなんて考えたんだい?」

 

「それはもう決まってますよ!人類の未来の為だ!」

 

「人類の未来……?」

 

「貴方がどれほど以前の記憶を保持しているのか、そしていつからこの世界に蘇ったのか。それは知りませんがね。貴方はこの世界を見てどう思いました?いいえ、分かります、分かりますとも!当てて見せましょう!こう思ったんじゃないですか!?」

 

 ハリンドはふいに《ワインド・ウォカー》を解いた。

 当然彼の身体は重力に従い自由落下する。

 

「ぬるい……とね」

 

 頭から墜落する彼は両手を掲げ、ラケンハイルを、リンドバード王国を、世界を見下ろす。

 

「そうです。この世界はぬるすぎる。人に優しくはないし、変わらず悲劇に満ちてはいるでしょうが……、余りにも温い。1000年前、貴方が生きた世界は地獄だったでしょう?海は濁り、大地は荒れ果て、空は曇っていた。今よりずっと戦争が多く、世界は人に厳しかった」

 

 

 まるで、世界を指し示すかのように。

 世界に唾を吐きかけるかのように。

 

「ああ、私たちの生きるの世界のなんと優しい事か。なんと温い事か。…これではいけない!これでは人は進歩できない!過酷な環境は……、溢れんばかりの悲劇はっ!人を前へと進ます。グレンさんが姉の死を経た後、あそこまで強くなったように!ブレンサムさんが病の妹を治すため、死にもの狂いで任務に明け暮れたように!そして、貴方がかの時代に魔法を創った様に!」

 

 ハリンドはそこで、落下する自分を追いかけるローランに視線を移した。

 

「だのに!この1000年で人類は何を為しました!?そうです!貴方がを血反吐を吐いて舗装した道の上を、悠々と我が物顔で歩いていただけだ!何も変わっちゃいない!こんな世界ではッッ!才ある者は、価値のない凡俗共も中に埋もれ、その輝かしい将来を閉ざされて死んでいく!そんなことを認められない!」

 

 2人の距離はぐんぐんと街に近づいている。この高度で戦闘を行うと、街に被害が出るかもしれない。

 そう判断したローランは、下方に向かって一気に加速する。自由落下するハリンドを追い抜く。

 

 一瞬、2人の視線が交差した。

 その最中でローランは唇を開いた。

 

「だから『シャガナル』を目覚めさせるのかい?」

 

 我が意を得たりと、ハリンドは笑った。

 

 再び、星が瞬く。

 魔法同士の衝突で発生した球状の爆発を置き去りにして、ハリンドは再度、《ワインド・ウォーカー》を使い上空へと駆けのぼっていく。

 

「そうです。この停滞した世界を壊して、世界を悲劇で満たします。世界人口の半数ほどを消し去る予定ですよ。……既存の国家の殆どはその体裁すら保てなくなるでしょう、戦乱と貧困が世界に拡散すして、輝かしい世界への扉が開く!……人は知恵を絞り!技術を磨いて!その世界を生き抜く筈だ!ぬるま湯の世界で埋もれていた筈の原石は目覚め、その輝きで周囲を照らす筈だ!数多の勇者がきっと産まれる!」

 

 螺旋階段を描きながら、空を駆けるハリンドは己の野望を口にした。

 

「そして私はその世界で、魔王として君臨するのです!勇者たちの審判役となりましょう!」

 

「随分とロマンチストだね、子供の夢想みたいだ」

 

「なんとでもどうぞ。私はやり遂げますよ。世界の為に、人の為に」

 

 ローランはハリンド・レイドモンドの本質を理解した。

 紡いだ言葉は底冷えするほど、冷たかった。

 

「----嘘をつくなよ、子供(ガキ)が」

 

 ◆

 

 まず、とローランは言う。

 

「悲劇は人を前へと進ませる?馬鹿をいうな。そんな環境じゃ、人間は前に進めないよ。悲劇は人を追い詰め、狂わせ、地獄での迷走を促すだけだ。世界なんて、優しい方が良いんだよ。……少なくとも、僕はこの世界で前の時代では見られないものをたくさん見られた」

 

 この世界はローランがかつて暮らした時代と大きく変化している。

 

 万人が当たり前のように魔法を使い、かつては魔族と蔑まれていた種族が今は獣族と名を変え、人族と共に暮らしている。蛇口を捻れば、いつでも清潔な水が出てくるし、大地は荒廃しておらず、毎年実りをつける。夜は街灯が街を照らし、安全に歩くことができる。

 

 何よりも、人々は表情には笑顔があった。

 その心の内には善意があった。

 

 勿論、悲しいことだってこの時代には溢れてる。モンスターの被害や戦乱も今も世界のどこかで起こっているし、悪意を持った人間は確かに居る。身分間の格差はいつまでたっても是正されない。世界は変わらず悲劇的なのかもしれない。

 

 それでも。

 それでも。

 

 人は人らしく生きれていた。

 それが許される時代が『ここ』だったのだ。

 

「僕は志半ばで死んでしまったけれど、本当はあの光景を1000年前に見たかったんだけど。それでも、ああ、『僕ら』の目指した世界は実現したんだって。そう思ったんだ。僕らの努力は報われただって、そう思えたんだ」

 

 かつてクラウディアと目指した理想郷。

 完璧な形ではなかってけれど、夢の結実がここにはあった。

 

 この時代に生を受けて、その世界を瞳に映した瞬間、彼は救われた気がしたのだ。確かに。そして、思ったのだ。何て美しいのだろう、と。

 

 空は青く、海は澄み渡り、小麦は穂をつけ、人は笑う。

 当たり前の光景だ。

 きっと、クラウディアはこの当たり前の景色をこそ、ローランに見せたかったのだ。

 

「僕らはずっと、この景色を求めてた。そして、誰もが見ること叶わずに、消えていった。この世界を、つまらないなんて言わせない。言わせてなるものか。悲劇なんて人間には必要ないんだ」

 

 いや、そもそも。

 とローランは言葉を続ける。

 

「悲劇、悲劇っていうけれども。……君は悲劇の後に、その『力』を手に入れたのかい?」

 

 決定的だった。

 黙ってローランの話を聞いていた時でさえ、ずっと笑顔だったハリンドの表情が崩れ去る。その張り付いたような笑みがはぎ取られる。

 

「…………は?」

 

 能面のような表情でハリンドは呆けた声をあげた。

 

「順序が逆なんじゃないかい?……悲劇の後に力を手に入れたのではなく、力があったから悲劇があった」

 

「黙れ」

 

 呟くようなその声には、間違いなく怒りの感情が乗っていた。

 

「同情するよ。排斥されたんだね、周りの人々から。きっと君の才能は、幼い頃から突出していた。周囲から異物として扱われるほどに」

 

「黙れっっ!!」

 

「君はきっと探したんだろうね。自分を受け入れてくれる人を。だけど、そんな人間は何処にもいなかった。君はそれに、深く、とても深く傷ついたけれども、諦める事はできなかった。世界にはきっと自分と対等の人間がいる筈だって考えた」

 

「黙れ、黙れ、黙れ、黙れっっ!」

 

「だから、君は世界を変えることにした。世界を変えれば、自分の同類がきっと現れる筈だって思った。……世界に絶望しても、人に失望することはできなかったんだね。また随分と、子供のようにロマンチストだ」

 

「だ、ま、れェェェェええええええええ!!!知ったような口を!聞くんじゃないッッ!!」

 

 

 最初は皆、喜んでくれるだけだった。

 

 ハリンドはとある学術団体に拾われて、そこで幼少期を過ごした。彼らは、他人にも世間の評価にも興味がなく、純粋の世界の謎を解き明かそうと考える集団だった。

 

 人と談笑する事よりも、洞窟のような住処で計算式をひたすら解く事に圧倒的な価値を感じる彼らが、ハリンドを曲がりなりにも育てたのは、彼に才能があったからだ。一を知れば十を知る、どころの話ではない。一を知れば百を知り、時には一を知る前から千を自力で発見した。

 

 ハリンドが新たな『祝福』に目覚め、新たな理論を発見する度、彼の先生たちは皆我がことのように喜んでくれた。それが心底嬉しくて、少年は無邪気に頑張った。頑張りすぎた。

 

 いつからだろうか、ーー先生の理論が間違っていたので幾つか修正してあげた頃からだーー彼らの瞳の色は変化した。

 

 嫉妬、憎悪、そして恐怖。

 あらゆる悪感情をドロドロに煮詰めたような目で、誰もが見てくる。意味が分からなかった。

 

 だから、10歳の誕生日(正確には学術団体に赤子のハリンドが拾われた日だ)の前日、少年は狭い箱庭を飛び出して、世界へ羽ばたいた。

 

 少年の翼は余りにも大きすぎたのだ。

 小さな巣穴には相応しくなかったのだ。

 

 そんな期待に胸を膨らませて、少年は空へ羽ばたく。

 

 しかし、世界ですらも。

 その翼には小さすぎた。

 

 

「死人風情が。…私が…この僕が、只人に拒まれた程度で、傷つくだとっ。あんな、何の価値も持っていない、視界の隅に入れても何とも思わない、世界の真理も仕組みも理解せず、ただ生きて死んでいくだけの者どもに。そんな。そんな感傷を、抱くものかっ!【フォトン・ファング】ゥウ!」

 

 感情を露にして、ハリンドは叫ぶ。

 的外れだが癪に障る事を平然とのたまう面の皮が厚いローランを、なんとしても撃ち落とそうと、魔法を発動する。

 

 しかし、そこに先ほどまでのコントロールはなかった。

 ただ力任せに発動しただけの、大ぶりな魔法だった。ローランは自分に一直線に向かってくる光の大顎を防御し、その隙をつく。

 

「《ダークネス・シルト》。《フレイム・ヨルムンガンド》」

 

 ハリンドの右腕が炎の大蛇に飲まれ、大やけどを負った。

 白衣を燃やしながら、ハリンドは落下していく。

 

「がはっ!?畜生!!……そんなっ。その程度で、僕がっ!傷つくわけが……!」

 

 最初は誰もがこういうのだ。

『凄い、君は天才だ!』と。

 

 次にこう言う。

『お願いだ…。これ以上を私を惨めな気分にさせないでくれ……』

 

 最後はこう。

『このっ、化け物がァ!』

 

 どうしてなのだろう。

 僕はただ、頑張っているだけなのに。

 

 先ほどと同じように、ハリンドは墜落する。

 しかし、その内心は以前と大きく変わっていた。

 

「そんなっ。そんなっ。僕は、僕は……」

「----尊敬するよ。他の誰かが認めなくても、僕だけは君を認める」

 

 声の方向に、視線をあげる。

 そこに魔王が立っていた。

 

「なん、です?」

 

「君は碌でもない奴だよ。『シャガナル』を目覚めさせて世界を変える。そんな馬鹿げた妄想に、大勢の人を付き合わせて、沢山の人を不幸にして、…ホワイトを傷つけた。僕は君を許せない」

 

 眼下のハリンドを鋭く睨んだ。

 そして、僅かな間の後、ふっと視線を外して笑みを浮かべる。仕方なさそうに、これだけは不本意だが認めざるを得ない、そんな風に。

 

「だけど、同時に僕は君を心底凄いと思ってるんだ。君はそれを実現させる一歩手前まで来た。神とやらがつくったシステムに、人の手で改竄を加えようとしたんだ。……たった一人で、そう。たった一人だから、君はこんな所に来てしまった」

 

 なんて悲しい男なのだろうか。

 なんて空しい少年なのだろうか。

 

 誰かが、一人でもいいから、ハリンドの傍に寄り添ってくれたなら。

 

 彼はこんな凶行を決してしようとは、思わなかった筈だ。むしろ、自分を受け入れてくれなかった大勢の人たちの為に、その頭脳と力を振るってくれたのかもしれない。

 

 彼は世界に絶望しても、人間に失望はできなかった男だから。

 心の底では、人に期待し、人を愛している人間だから。

 

 だから、ローランはこう思わずにはいられない。

 

「もし、さ。君がこの先命を繋いで、罪を自覚し、ちゃんと償って……。それでも周りの人々に酷い事を言われたり、そんな扱いをされた時はーー」

 

 もしも、そんないつか未来が訪れたのだとしたら。

 

「僕を頼りなよ。僕はいつだって、そんな人間の味方だからさ」

 

 ローラン・レインダースはハリンド・レイドモンドの為に戦う。戦って、見せる。

 

 

 ローランの言葉をハリンドはじっと黙って聞いていた。その顔に浮かんでいたのは、困惑、だろうか。視線を十秒ほどさ迷わせ、最後に曖昧な表情で照れたようにハリンドは笑った。まるで、褒められ慣れていない子供のように。

 

「…それ、は……、なんとも。はは…。そうですね。魅力的な提案、かもしれません」

 

 その瞳に。

 少しずつ闘志が宿る。

 

 《ワインド・ウォーカー》を使い、落下するだけの身体を浮かせる。体制を整え、ゆっくりと上昇していく。

 

 その先にいるのは、魔王だ。

 己の敵。己を見透かし、称え、救うなどと嘯く強大なるハリンドの敵だ。

 

「ああ、ですが。そんな未来はやってきません。そうです。そうです…!勝つのは僕ですから。ああ、何故でしょうか。僕は今、無性に貴方に勝ちたい。心の底から、貴方に、勝ちたい。不思議です。こんな思いは初めてだ……」

 

「そうかい」

 

「ええ、そうです。申し訳ありません」

 

 ローランは一度だけ瞑目して頷いた。

 それがハリンドの選択ならば、何も言うまい。

 

 

 そして、ローランは両手を広げた。

 自身の居城にて、勇者を迎え撃つ魔王のように彼は言う。

 

「……たった一人、此処までたどり着いた孤高なる勇者よ」

 

 ハリンドの背から翼が広がった。

 それは数百メートルにも渡る輝く翼。

 

 それは数多の『魔法式』の結晶だ。ハリンドという孤独な少年が誰にも理解されずに歩んだ、その足跡だ。

 

 彼の翼は余りにも大きすぎた。

 世界は余りにも小さすぎた。

 

「お前の存在、その全てを認められずとも、お前の力を認めよう。お前の努力を認めよう。()はお前を認めよう」

 

 自分を受け入れ、対等と見なしてくれる人間なんて世界の何処にもいなかった。

 

 ーーーー友達が欲しかった。

 

 最初は、本当にそれだけだった。

 そんなちっぽけな願いを世界は許してくれず、ハリンドは絶望し、僅かな希望をもって世界を変えようとした。最初の理由を自分でも受け入れられず、『人類の為』なんてメッキを被せて誤魔化した。

 

 そのメッキを剥いだ男がここにいる。

 見上げるその先で、魔王は玉座に腰かけて、自分が来るのを待ってくれている。

 

「さあ、来るがいい。……お前の力を、お前の覚悟をッッ!全霊を持って、この魔王に示して見せろッッ!!」

 

 そのなんと幸福な事か。

 そのなんと胸躍る事か。

 

 まさかこのハリンド・レイドモンドが『挑む』とは!

 

 

「いいでしょう。……いや、いくぞ、魔王!魔法【フォトン・アイザーム・メテオール】ゥウウっっ!!」

 

 それは彼が学術団体の中で生み出した最初の魔法【フォトン】、その発展形。

 

 それは一筋の光。

 重力に逆らって、世界を逆に疾走する孤独なる流れ星。

 

 

 その姿を目に納めて、魔王は囁いた。

 

「魔法ーーーーー《ダークネス・ヴェルト・ネビュラス》」

 

 黒色の『魔法式』がラケンハイルを覆う。

 

 比喩でもなく、誇大表現でもなく、純然たる事実としてその『魔法式』は広大なラケンハイルを覆っていた。星の光がさえぎられ、『魔法式』の黒色の光が町全体を照らす。まるで大海が頭上にあるかのような重圧。

 

 そして、『魔法式』は堕ちてきた(、、、、、)

 漆黒の言語は漆黒の魔力に変わる。

 

 魔王が認めないあらゆる存在、それを塵ひとつ残さず抹消する暗黒物質は、流れ星ごとハリンドを飲み込んだ。

 

 己の放った最強の魔法が飲み込まれる光景を見て、ハリンドは呟いた。

 

「ああ、これは勝てないや……」

 

 心の底から嬉しそうに。だけど少しだけ悔しそうに。

 まるで子供の浮かべるあどけない笑みのように。

 

 或いは、それこそが。

 産まれて初めての、彼に笑みかもしれなかった。

 

 ----かくして、勇者は魔王に敗北した。

 

 

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