魔王は1000年後の未来に転生しました。   作:かり~む

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20話:最後の戦いの始まり

ラケンハイルの湾岸地帯、人の手によって整備もされていない砂浜に一つの影が堕ちてきた。

 

「……が、はぁっ。はあ、はあ、はあ…」

 

 ハリンド・レイドモンドだった。彼の身体はボロボロだった。左腕はなく、わき腹には大きな穴が開いている。至る所に裂傷があって、焦げた白衣を真っ赤に濡らす。

 

 ひゅーひゅーと浅い息を繰り返しながら、砂浜に大の字になって横たわるハリンドは空を見上げた。

 

 星空がそこにあった。

 人の手の届かない景色がそこにはあった。

 

 そこから誰かが降りてくる。

 ローラン・レインダース。

 

 ハリンドは自分を倒した男が砂浜に到着するのを確認すると、上半身を起こした。

 

「……やあ、どうも。流石ですね」

「僕は君に驚いてるよ。まさかその程度の傷で済むとは思わなかった」

 

 見るからに重症のハリンドの傷を『その程度』で済ますローラン。

 というのも、先ほど彼が使った《ダークネス・ヴェルト・ネビュラス》を食らって、生きていること自体が驚嘆に値するのだ。

 

 ローランの使用する魔法、《ダークネス》系統の魔法は、触れた存在を消滅させる。正確にはローランが『必要ない』と判断した存在だけを抹消する。それがどれ程の硬度を有している鉱石でも、関係ない。触った部分はまるで、消しゴムにでもかけられたかのように削り取られる。

 

 《ダークネス・ヴェルト・ネビュラス》はその最終形態の一つ。

 範囲・威力共に他の《ダークネス》系統の追随を許さない。

 

 ローランの創り出した暗黒の雲海はラケンハイルごと世界を飲み込み、その中でハリンドだけを確実に消滅させた筈だった。

 

 しかし、現実としてハリンドは生きている。

 その身体に大きなダメージを負いながらも、命を繋いでいる。

 

 それにはきっと、彼が直前に使用した【フォトン・アイザーム・メテオール】が関係しているのだろう。他属性の高密度の魔力は、《ダークネス》系統が生み出す暗黒物質の効果を減衰させることがある。彼はあの世界を逆行する流れ星で己に迫る暗黒の雲海を打ち消し、その後も全身全霊の魔法で自分の身体を覆い、その身を守ったのだろう。

 

「傷が酷い。手当てするよ。魔力もなくなっているようだし」

 

 ハリンドの手は細かく震えてた。魔力を全て使い切り、魔力欠乏症に陥りかけているのだろう。

 

 魔力は無限でない。個人の魔力袋のサイズに応じて、ため込める魔力の量には限りが出る。魔力がなければ魔法も『祝福(スキル)』も使えはしない。

 

「いいえ。貴方のお手を煩わせる必要はありませんよ…」

 

 変化はすぐに現れた。ハリンドの腕がみるみるうちに再生していく。腹の傷も、まるで時間を逆戻しで再生しているかのように塞がっていった。この光景をローランは見たことがあった。ホワイトとそっくりだ。

 

「これはまさか。完成していたのか、不老不死は……」

「はは……。まさか。ちょっと人より死ににくいだけですよ。不死とは程遠い」

「それでも、偉業だよ。君はいつも僕を驚かす」

「そこは、まあ。僕は…天才ですので」

 

 ハリンドは笑った。才能に振り回された者の皮肉的な、だけど少しだけ前向きになった笑み。

 それにローランも釣られて笑った。

 

 街の明かりは遠い。

 ここの砂浜は入り組んだと所にあるためか、開発が進んでいないのだろう。

 

「ああ、楽しかった。…本当に、本当に楽しかった」

「ああ、そうだね。でも、もう終わりだよ」

「終わり……ですか」

 

 ハリンドは数秒ほど虚空を見つめると、小さく首を横に振った。

 その何処か満足げだったヘーゼル色の瞳は細く引き締められ、闘志が灯る。

 

「いいえ、まだです。僕はまだ全ての手札を切ってはいない。僕はまだ、貴方と戦える。挑戦し続けますよ、最後まで。初めてなんです…こんな経験は。だから、もっと……」

 

 ハリンドの白衣の内側が輝いていた。

 不気味な白色の発光。その原因を彼は焦げた白衣の内ポケットから取り出す。

 

 それは、人の拳ほどの球体。表面には様々な『魔法式』が刻まれていた。ローランが解読できないものも、多くある。それでも、彼にはそれがなんであるのかすぐに分かった。

 

 ホワイトの『首輪』の制御装置だ。

 

「お前っ!まさかっ!」

「----『シャガナル』が目覚めます。世界を壊し再生させる、神のシステム。漆黒の龍が」

 

 ぐらり、とローランの足元が揺れた。

 砂浜が、ラケンハイルが、リンドバード王国が、世界全体が揺れていた。

 大地を震わす地鳴りが響く。

 

 それは悲鳴のようにも、或いは喝采のようにも聞こえた。

 

 

「私は世界の看視者、『シャガナル』の端末ともいえるホワイトに『首輪』を施して『シャガナル』に誤った情報を送信することを考えました。この世界はもう、龍が目覚めるほどに『世界の活力』が尽きている、という風にね」

「だけど」

 

 『シャガナル』を目覚めさせるシステムが完成しるならば、もっと早くに使えばよかった筈だ。それはつまりその『首輪』の機能が未完成であるという証拠に他ならない。

 

 ローランの当然の疑問にハリンドは頷いた。

 

「ええ、そうです。まだ未完成ですよ。あと少しで完成していたのですが……。『シャガナル』が現れたとしても、精々数日程度。そのあたりで活動を止めるでしょう。まあそれでも、このラケンハイルに留まらずリンドバード王国は滅ぶでしょうが……」

「なにっ!?」

 

 ローランはうめき声を上げた。

 

 それでも、十分すぎる被害だろう。

 一体どれほどの人間が犠牲になるのか。

 

 ローランのその反応を見て、ハリンドは満足そうに笑う。

 

「さあ、止めてみなさい。魔王よ、これが僕の最後の戦いだ…!最後の挑戦だ…!」

 

 ローランはハリンドに向かって無言で手を振った。

 

 突如現れた暗黒の帯がハリンドを縛り上げる。

 四肢を封じ、顎から砂浜に倒れた彼の身体を包み込んでいく。最後には彼は黒い寝巻袋から頭だけを出しているような、滑稽な格好になった。

 

 その上からローランは幾重もの魔法を重ね掛けしていく。全てハリンドの身動きを封じるためだけに。それらの魔法は人間個人に対して使うには、余りに過剰で無慈悲な代物だったが、この天才にとっては余りに軽い。

 

 ハリンドは一切の抵抗を見せなかった。

 只粛々と己の身体から自由を奪われる様を見ていた。

 

 最早魔力も尽きている。

 抵抗する気もその力もなかったのだろう。

 

 

「……いいさ、やってやるよ。最後まで付き合ってやる。君はここで、自分が負けるのを見ているといい!」

「ははっ。ええ、そんな未来を見せて下さい……!」

 

 そして、ローランはラケンハイルの街並みに目を移した。

 

 悲鳴が聞こえた。

 実際は咆哮だったのだろう。

 

 大気を震わせるような、龍の咆哮。

 それでも、ローランにはそれが悲鳴に聞こえた。

 

 待っているのだ。

 ホワイトが。

 

 『シャガナル』を目覚めさせる鍵。

 世界を監視する永遠の少女。

 

 彼女は今まさに、ローランの助けを待っているのだ。

 ならば、助けよう。自分はいつだって、そうしてきたのだから。

 

 

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