闇色の魔力が街の空を覆った次の瞬間、グレンたちがいる地上に向かって落ちてきた。
何事かと慌てる暇もなく、その魔力は霧散して、ハリンドの創造したゴーレムが突如として動きを停止する。
「ローランが何かしたのか?」
グレンはそう結論を出すが、合っているのかは分からない。
だが事実として、先ほどまで星空を舞台に繰り広げられていた人知と常識を超えた戦いは終わり、静寂が空には戻っている。恐らく決着がついたのだろう。ローランが勝利したのだ。
しかし、安堵の時間は長くは続かなかった。
ホワイトの『首輪』が突如として白色の輝きを放ち始め、彼女は苦しみ始めたのだ。
同時に激しい地鳴りも鳴り響いている。
「ガ、ァァァァァアアア!?」
そして、ホワイトの身体が人の姿を保てなくなった。
虫、魚、何かよく分からない哺乳類とホワイトの身体は次々と変化していく。
やがて、翼をもつ一匹の飛竜の形で固定される。
純白の鱗に、金色の瞳持つ神々しい竜。
いや、神が生み出した、龍。
それは大口を開けて天へ咆哮する。
「ホワイト、ホワイト!?一体どうしたんだ!?答えてくれ!ホワイト!」
「下がれ、ブレンサムのおっさん!アレは不味い!」
白龍は目の前の2人に向けて鎌首をもたげた。
龍のずらりと生えそろった牙の間から、金色の炎が漏れる。
ブレスを放つつもりなのだろう。
「ホワイトォォオオ!!」
そこに空からローランが到着する。
白龍と2人の間に割って入るような格好だ。
ローランは白龍のブレスに備えて防御用の魔法を構築しようとしてーー。
白龍は結局、ブレスをローラン達に向かって放たなかった。
直前で、空を仰ぎ上へ向かってブレスを撃ちだしたのだ。
金色の炎が空を焦がす。
それは幻想的ではあるが、もしそれが街に振るわれた際には、そんな感想は抱けないだろう。
白龍は首を何度か左右に振ると、空に飛び立った。
「今のは……、躊躇したのか。僕らに対して攻撃することを」
その姿をローランは呆然と見る。
そして、確信を抱いて呟いた。
「君はまだそこにいるんだね、ホワイト……!」
ローランは白龍を追いかけるため、空へと飛び立つ。
白龍は高く、高く、登っていく。
やがて、雲を突っ切る程に。
それをローランは追いかける。
やがて、白龍に追いついてその横を並走した空を昇るローランは、白龍の首元をみた。
そこには鱗に癒着するような形で、『首輪』があった。
「こんな所までやってきたのも、誰かを傷つけてしまわないためなんだろう、ホワイト!分かってるさ!だから今、君を開放する!!」
「ガ、アァァァァァ!!」
返事は苦悶に満ちた悲鳴と金色のブレスだった。それをローランは危なげなく回避する。
ホワイトを狂わせているのは、あの『首輪』だ。
アレをローランは何としてでも破壊しなければならない。時間はあまりない。早く決着をつけなければ、『シャガナル』が目覚めてしまう。
「《ワインド・エクスプローション》」
選んだのは風の魔法。
圧縮した空気を一気に開放して周囲の物を破壊する、凶悪な魔法だ。それを、ホワイトではなく、自身に使う。己の背中で空気を爆熱させるのだ。
結果として得られるのは『ワインド・ウォーカー』の比ではない、圧倒的加速。一気に白龍の懐まで潜り込む。
「おおおおおおおおおお!!《ダークネス・メッサー》!!」
掌に形成した暗黒物質の刃で、『首輪』を削り取る。『首輪』は消しゴムにかけられたように、跡形もなくこの地上から消失した。
「ガ、アアァァァァァ!?アアァァァァァ!!!!!」
白龍の身体が次々と変化していく。
ある時は虫、ある時は魚、ある時は何かの哺乳類。
そんな異形の姿となったホワイトに近寄りながら、ローランは頭の片隅で考えた。
ホワイトが変化していくあの生き物たちは、もしかしたら以前のホワイトが姿なのかもしれない、と。
ホワイトは世界が始まった頃から変わらず存在している。
しかしブレンサムによれば『不死女王』の被害はここ200、300年の間の話だそうだ。
つじつまが合わない。
勿論、単純に『不死女王』による被害がそれまで公に確認されていなかっただけかもしれないが、あの目立つ容姿だ。何かしらの噂になる筈だとローランは思う。
恐らくだが、ホワイトはその時代で最も強いと推定される生物の姿を真似るのだろう。
例えば、飛竜とか。
白い飛竜のおとぎ話はローランが暮らしていた1000年前の時代から現在に至るまで世界の各地に残っている。というか、魔王時代に一度だけ戦ったことがある。あの頃の自分はまだ、魔法やら戦い方やらが、色々と未熟であり、結局勝敗はつかなかった。それを、たった今思い出した。
きっと、あの竜の正体がホワイトなのだ。
1000年前、まだ魔法を持たない人間は竜に狩られるだけの存在だった。食物連鎖のピラミッド、その頂点には竜がいた。
しかし、現代では違う。
人は魔法を手にし知恵を磨き力を蓄え、逆に竜を狩るようになった。
それを見て、ホワイトも竜の姿から人の姿となったのだろう。
この世界には『不死女王』や白い竜だけではなく、純白の生き物の伝承が各地に残ってる。それらの伝承の元となった存在もホワイトなのではなかろうか。
真相は分からないし、正直間違っていても構わない。
ただ、ローランが一つ思う事といえばーー。
「意外と君との付き合いも長かったんだな!」
ホワイトの頭部にローランは額を合わせた。
数秒ごとに様々な生物に変化していくその顔を、そっと両手で包み込む。何かの獣の牙で肩や背中をひっかかれるが、今は気にしない。
治癒も後回しで構わない。
今はそれよりもずっと大事なことがある。
ホワイトは4年前に産まれた。
『首輪』でそれまでの人格、力、記憶を封じる事によって。
ならば、その『首輪』が破壊された時、彼女はホワイトのままでいられるのだろうか。
彼女は、きっと戻ろうとしているのだ。
神々が造ったシステム、世界の監視者に。
身体を切り裂かれながら、ホワイトに優しくローランは語りかける。
変化が一巡したのだろうか。ホワイトは再び白い純白の龍の姿になっていた。
「ホワイト、君はどうしたい?」
世界の監視者に戻りたいのか。
それとも、ホワイトのまま生きていくのか。
そうローランは問う。
「君の願いを聞かせてくれ!」
答えは龍の喉を通じてやってきた。くぐもった低い声。
「わたしは、わたしは……神がつくった龍を目覚めさせる存在だ……」
「ああ、知ってるよ。腐れ縁のおっかない奴に教えて貰ったからね」
「わたしは、わたしの、せいで……、今まで、この世界では沢山の人が、死んでいった。世界の再生という、お題目も、犠牲となった人からすれば、関係、ない。わたしは、わたしは、きっと、この世界にいない方が、良い存在、なんだ…」
「そんなこと……ある訳がないだろうっ……!」
ローランは、龍の頬を掴む手にぎゅっと力をこめた。
「世界にいない方が良い人間なんているわけがない!そもそも君が世界の監視者としての罪の意識を、感じる必要はないんだ!それは何処かの誰かが、勝手に君に背負わせたものだ!」
クラウディアはこの世界が失敗作だと言っていた。
神は上手く世界を創れず、応急処置的に『シャガナル』を生み出したのだろう。
「それを理解してなお、君が世界の監視者としての自分の役割を罪に思うのなら、背負って前に進めばいい!……挫折も失敗も罪も何もかもを背負って、それでも前に進むのが、生きるっていう事なんだよ!誰だって!……僕だって!人間は皆そうして生きてきたんだ!奇麗なものも汚いものも抱え込んで、そうやって歴史を紡いで、ここまでやってきたんだからッッ!」
ローランも。
クラウディアも。
グレンも。
ブレンサムも。
ハリンドも。
誰もが成功だけに彩られた人生を送ってきた訳ではない。
むしろ、失敗と挫折、そして決して拭えない罪を抱えてここまで歩んできた。
だから。
「誰だってそうしてきたように、君だってそうすればいい!なあ、ホワイト!君はどうしたい!?お願いだ!君の願いを教えてくれ!こうするべき、ではなくて君がどうしたいかを言ってみろォ!」
「……わたしは、…わた…しは」
くぐもった声に何かが混ざる。
それは嗚咽。涙交じりの悲鳴。
「……生きたい。世界の監視者ではなく、ホワイトとしてこの世界で生きていたい!まだわたしには知らない景色が山ほどある!知らない感情が星の数ほどある!私はそれを知りたい!世界は悲劇に溢れているのかもしれなけど、確かに美しいものはあるはずだから!」
「あぁ…!ああ!だから、来い!ホワイト!ともに生きよう!この世界で!」
ーーそして、少女は産声を上げる。
龍が、砕ける。
純白の鱗が紙吹雪のように空に舞う。
ふいに世界が輝いた。
夜明けだ。
純白の鱗は朝の光を反射して、きらきらと輝く。
その光の中から、一人の少女が出てきた。
「…うん!ローラン!」
自由落下する少女の手をローランはとった。
そのまま抱きしめる。穏やかな笑みを浮かべて、真っ白な髪に顔を埋めて言う。
「やあ、ホワイト。お帰りなさい」
こうしてホワイトは世界に産まれた。
◆
ラケンハイルへと下降するローランとホワイト。
その途中にホワイトはこんな事を言ってきた。
「エロき、ローラン」
「あれ!?なんで今そんな過去の不名誉なあだ名が出てくるの!?」
「ローランの視線はわたしの胸元で固定されている。そして、ローランはやたらと私の胸を自分の身体に押し付けている。これはもう、ローランはエロいと理解するしかない」
「それはっ!もう、なんというかっ、仕方ないだろう!なんで君は裸なんだ!」
純白の龍から出てきたホワイトは何故か裸だった。
すっぽんぽんだった。
驚くほど白い肌も、豊満な胸も、長い手足も、煽情的な括れも全てが丸見えなのであった。
ローランとて所詮は男。
抱きしめる腕に力が入るのも、ホワイトの柔らかな感触が伝わる胸元に意識を集中させるのも、つい視線が下がってホワイトの胸部をガン見してしまうのも、おかしなことではないのだ。
(そう、おかしなことではないのだ!!)
そうローランは自分を納得させる。
「分かっている。私の身体は男性の欲情を誘う事を。本で読んだから、理解している。仕方ないなーー(棒)」
「ちゃ、ちゃわい!僕は紳士だからね!女性の裸なんて見ないし、見ても興奮しない!」
「…まさか、ローランは本に書いてあった薔薇を嗜む者だった?」
「つーか、ブレンサムさんは君に何て本を読ませてたんだ!小一時間ほど問い詰めたい!」
はあ、はあ、とローランは荒い息を吐く。
別に高度が高いため、酸素が薄いわけでもないだろう。空中を自由に駆ける魔法、《ワインド・ウォーカー》はそう言った細かいところまで調整するように、『魔法式』が組まれている。というか、細やかな操作が必要だからこそ、風系統の魔法の中でも最高難易度と目されてるのだが。
「ローラン」
「うん、なんですかね?お嬢さん」
若干拗ねたような感じでローランは言う。
しかし、ホワイトの言葉は真摯な思いに満ちていた。
「感謝を。心からの感謝を貴方に」
なんというか、からかった後に『コレ』は反則だとローランは思うのだ。
むこうが一糸まとわぬ姿というのも相まって、柄でもなく照れてしまう。
おまけにホワイトの方はきっとこれを天然でやっているのだから余計タチが悪い。将来はきっと魔性の女だな、などとローランは現実逃避気味に考える。
「どう、いたしまして」
結局、微妙にどもった間の抜けた返答になってしまった。
「ふふ」
それを見てホワイトは小さく笑った。
ラケンハイルの街並みがすぐそこまで迫っていた。
もうすぐ、この遊覧飛行もおしまいだ。最終的に上手く纏って、本当に良かったとローランが安堵したその時。
--大地が揺れた。
--大気が震えた。
--世界が戦慄いた。
「まさか…、嘘だろう?遅かったのか!?」
「そんな、わたしは何もやっていない!」
ローランはラケンハイルの背後にある、とある山に目を移した。
「目覚めてしまったのか、『シャガナル』!?」